贈り物は誰のための商品なのか
番組「物と価値のリベラルアーツ」のリニューアル後2回目は、「贈り物は誰のための商品なのか」がテーマです。竹野さんは、贈答品や菓子折りを持っていった経験を入り口に話を始めます。
竹野さんがこの回で注目するのは、買う人と食べる人が違うという点です。その違いを強みとして打ち出している企業として、とらやが紹介されます。
自分で食べるならね、好きなお菓子を選べばいいんですけども、誰かに贈るとなるとね、ちょっと事情がやっぱ変わってきますよね。
普段食べているポテトチップスのようなお菓子は、自分で食べるにはおいしくて十分です。ただ、菓子折りとして持っていく場面や、久しぶりに会う人に渡す場面では「これでいいのだろうか」と迷いが生まれる、と竹野さんは話します。
贈る場面では、相手が好きなもの、失礼にならないもの、気持ちがきちんと伝わるものを考える必要が出てきます。そこで竹野さんは、とらやの羊羹から「贈る」という行為の価値を考えていきます。
室町時代から続くとらやは、どう生き残ってきたのか
竹野さんによると、とらやは室町時代後期に京都で創業したと言われています。歴史を調べて想像はできても、当時の実際の空気感まではわからず、「そんな状況で和菓子を作れたのか」と感じるほどだといいます。
とらやには、16世紀末に宮中の御用を務めていたという記録があります。竹野さんは関ヶ原の戦いが1600年ごろだったことに触れ、戦乱の世をくぐり抜けて店を維持してきたことに驚きを示します。
さらに1635年の御用記録には、とらやの看板である羊羹も登場すると言われています。お菓子は昔から、祝い事や儀礼、贈答にも使われてきた歴史があるそうです。
とらやの歩みを、竹野さんが紹介した出来事で並べると次のようになります。
和菓子が人間関係をつなぐっていうのはね、なんか不思議な感じしますよね。美味しいだけだったらね、他のお菓子でもいい気もするんですよ。
和菓子が苦手な人もいるはずなのに、なぜとらやの羊羹が人と人をつなぐのか。竹野さんは、そこに500年の歴史が深く関わっているのではないかと考えます。
一方で、1900年前後や現在のように、時代の移り変わりはそれ以前とは比べものにならないほど速くなっています。とらやはその中で新しい形を取り入れ、進化してきたからこそ今も残っている、と竹野さんは見ています。
小形羊羹のヒントはフランスの香水箱
竹野さんがポイントとして挙げるのが、1930年に15代店主の黒川武雄さんが発売した小形羊羹です。多くの人に気軽に買ってもらえるお菓子を考える中で生まれた商品だといいます。
それまでの羊羹は、和菓子屋のケースに入っていて、紙でさっと包んで売るような形でした。黒川さんは、フランスの香水の箱から小さな羊羹の着想を得たそうです。
さらに2008年には、小形羊羹を1本ずつ購入できる形に変わりました。売り方の変化を、竹野さんの説明をもとに前後で整理すると次のようになります。
大きな羊羹をケースから出し、紙で包んで売る
小さく切り分けた形で売り、のちに1本ずつ買えるようにする
ただし、羊羹を売っているという本質は変わっていません。竹野さんは、とらやが時代に合わせる部分と本質の部分をしっかり分けて考えてきたと評価しています。
大きい羊羹をただちっちゃく切り分けただけじゃないかみたいな話だったりとかもあるかもしれないんですけども、その変化が(購入する人の)ニーズに合ってるかどうか(が大きく関わってくる)。
家族で集まって切り分ける需要が中心なら、小分けの売り方は合わないかもしれません。けれど企業への訪問やお土産では、それぞれの人が手に取れる個別包装のほうが便利だ、と竹野さんは話します。
竹野さんがもう一つ注目するのは、とらやが香水というまったく違う業界から着想を得た点です。今は個別包装があふれていますが、当時の日本にはほとんどなかったのではないかと竹野さんは推測しています。
フランスの香水を見た時に、あ、この感じ、羊羹に生かせるなっていう、こういうことがね、考えられるかっていうことはね、多分その当時ものすごく普段から(羊羹のことを)考えてた人なんじゃないかなって思います。
竹野さんは、こうした他業界からの発想は、今あるサービスでも考えていける部分がたくさんあるのではないかと話しています。
贈り物には関係性とお返しの期待が含まれる
贈答用の包装や熨斗 ── 贈り物の包装に添える飾りや、その意味を表した紙。用途や相手に合わせて種類や書き方を選ぶ、日本の贈答の慣習の一つですは、贈る場面や渡す相手に合わせた選択を助けている、と竹野さんは見ています。
竹野さんは、贈り物は物の交換だけでなく、関係性や返礼の期待も含んでいると話します。ここで取り上げられるのが、マルセル・モース ── フランスの社会学者・文化人類学者。著書『贈与論』で、贈り物が「与える・受け取る・お返しする」という義務を通じて社会の関係をつくると論じましたの贈与論です。
竹野さんが投げかける問いはいくつかあります。贈り物は相手を喜ばせるためなのか、自分の気持ちを表すためなのか。高級な贈り物は本当に喜ばれるのか、お返しを考えなければならない贈り物は相手の負担になるのではないか、という問いです。
最近ではAmazonギフトのように何にでも使えるギフトもあり、竹野さんはそれが羊羹と同じ価値を持つのかどうかも問いかけます。
また竹野さんは、返報性の法則 ── 人から何かを受け取ると、お返しをしなければと感じる心理的な傾向のこと。マーケティングや交渉の場面でもよく取り上げられますにも触れます。もらったら返さなければという感覚が、贈り物をし合う際の判断にも影響しているのではないかと話しています。
なぜお詫びの菓子折りにとらやが選ばれるのか
竹野さんは、とらやの価値を考えるうえで、贈与の考え方がとても重要だと話します。例として挙げるのが、お詫びに菓子折りを持っていく場面です。
お詫びの菓子折りは、デパートの地下で買うことが多いものです。お菓子なら本来何でもいいはずなのに、あえてデパ地下やとらやを選ぶのには理由があるのではないか、と竹野さんは考えます。
竹野さんによると、贈り物の場面では「いいところのお菓子だ」と見た目ですぐわかることがポイントになります。作っている企業の背景が見えると、さらに「ちゃんとしている」という印象が生まれるといいます。
(菓子折りぐらいのお詫びを求めている場合は)とらやの羊羹で外れることはほぼほぼないと思うんですよ。なんでとらやの羊羹なんだみたいな人はいないと思うんですよね。
竹野さんは、相手が羊羹をそれほど好きでなくても、そうした不満は生まれないだろうと話します。儀礼や儀式に近い場面で渡すのに最適なお菓子として、とらやはしっかりブランディングされているという見方です。
竹野さんは比較の例としてゴディバも挙げます。ゴディバも有名で歴史もあり、贈り物として十分だとしたうえで、違いは日本で暮らす人の感覚の厳しさや関係性の問題ではないかと話しています。
日本の昔からのものを大切にする人にも受け入れられ、どこに持っていっても角が立ちにくい
有名で歴史もあるが、年配の人には新しく有名になったお菓子と受け取られるかもしれない
竹野さんは締めくくりに、私たちは普段、商品を使う人のことを考えてモノやサービスを作っているが、選ぶ人や贈る人にとってはまた違う価値があるのかもしれない、と話します。自分の仕事や暮らしに置き換えれば、今まで気づかなかった誰かの価値が見つかるのではないか、という問いかけで回は終わります。
まとめ
とらやの羊羹は、食べる人だけでなく、選ぶ人や贈る人にとっての価値を持つ商品として語られました。本質を守りながら売り方を変え、贈り物の場面で外れない存在になったことが、500年近く続くブランドの強みだと竹野さんは見ています。
- 贈り物は、買う人と食べる人が違う商品であり、選ぶ理由が自分用のお菓子とは変わる
- 1930年の小形羊羹はフランスの香水箱から着想を得ており、羊羹という本質を変えずに売り方を変えた例とされる
- 贈り物には関係性やお返しの期待が含まれ、贈与論や返報性の法則から考えられる
- お詫びの菓子折りとしてのとらやは、どこに持っていっても角の立たないお菓子という位置にある
- 商品を使う人だけでなく、選ぶ人や贈る人の視点に立つと、新しい価値が見つかるかもしれない





