2〜3時間睡眠で毎日投稿を回した"ボーナスタイム"
話は忙しかった頃の働き方から始まります。一時間睡眠で全部回したという噂について聞かれると、やまとさんは「さすがに二時間、三時間だった」と振り返りました。
当時は毎日投稿で、毎日動画を上げなければいけないプレッシャーと戦っていたと話します。
当時毎日投稿だったんで、毎日動画を上げなきゃいけないっていう、このストレスというかプレッシャーですね。それと毎日戦ってたんで。
当時は先輩たちが「編集は大変なもの」とブランディングしていなかったため、視聴者から「なんでそんなにキツそうにしてるの」と言われることもあったそうです。
一方で、健康は若さでなんとかなっていただけで、今やったら終わると話します。メンタルについてはリターンが大きすぎたと言います。
チャンネル登録者が毎日五千から八千と伸び、努力がそのまま返ってくる状態だったからです。
やればやるだけのボーナスタイムだったんで、みんなチャンネル登録者百万人にいったら燃え尽きみたいになるんですけど、僕らは「百万人で止まるって普通すぎない?」みたいな。「俺ら日本取るって言ってるからぶっちぎろうぜ」って言って、すぐ二百万宣言して。
この期間が無限には続かないと誰よりも認知して、睡眠時間以外の量を全投下したと語ります。コロナ禍2020年頃からの新型コロナ流行期。外出自粛で在宅時間が増え、動画視聴などの需要が高まった時期のステイホームも追い風になり、「頑張れば頑張った分だけ返ってくる」という感覚が明確にあったそうです。
ただし、メンタルが揺れたのは炎上した時だと言います。アンチコメントが異常な量で届き、応援コメントが埋もれて見えなくなる状態です。
炎上した時にアンチコメントが大量に届くんで。届く量が異常なのと、応援してるコメントが埋もれて全く見えなくなるっていう。家から出るのも怖いぐらい世界中に敵がいるって思ってしまうんですよね。
なぜ編集を一度も外注しなかったのか
忙しい時期に「外注しないか」という話は出なかったのか。やまとさんは「一回も出ていない」と即答します。
YouTubeクリエイターとして、出役であり職人でもある、その職人の部分にこだわりがあると言います。
編集をしなければタレントと同じ時間軸になり、夜が空いて楽になります。それでも自分たちで料理した方が面白くなるから譲らないと話します。
僕たちが言う編集って、どう面白くするか、自分たちがやった素材をどう料理するかっていう話なんで、それが編集の技術云々でどうにかなる問題じゃなくて、僕たちが料理しないと絶対に素材以上の味が出ないっていう。
他人に渡しても自分たち以上の味付けはできない。素材を料理できるのは五人だけという感覚
高めたクオリティを下げると「下げた」と思われるから、あえて上げない決め事にしている
AIにも奪えない"内輪の文脈"の価値
編集にこだわる理由の核心は、五人の歴史にあります。ツッコミには文脈があるからです。
「いや、四年前のゆうまの顔の再現しなくていいよ」っていうツッコミは、僕らの会社にいる人間しかできないっていう。「その瞬きの仕方、高岡先生やん」っていう意味わかんないツッコミは、同じ中学校の僕らしかできない。果たしてこれはAI撮れる?っていう。
コンテクスト文脈のこと。共有された背景や関係性の積み重ねを指す。ここでは五人の長い付き合いから生まれる内輪の理解を意味するが高ければ高いほど、自分たちの価値も高まると言います。
ただし、内輪ノリはそのままだと伝わりません。そこでやまとさんは、わからないことをやって見せつつ、編集では丁寧に説明するという二段構えを取ります。
できるだけ「お前らにわかんないことやってるぜ」を見せるんですけど、編集ではめちゃめちゃ丁寧に説明してるっていうことによって、身内のノリなのに、なぜかみんなも入っていける。画面越しに自分も一人の友達として成立する。
この構図はテレビでは絶対にできないと二人も納得します。文脈がわからない人を編集に入れれば、それだけでクオリティが下がるからです。
なお、メンバー間に編集能力の高低はなく、得意不得意があるだけだと言います。人狼企画をうまく編集する人、多数のカメラの画角を要約する人など、それぞれ違います。ファンは誰の編集かがすぐわかるそうです。
人気がなくなっても「友達に戻るだけ」
十年後に自分たちが面白いと思うものが周りとずれる恐怖はないか。やまとさんの答えは明快でした。
今が奇跡的で、本当に何の芸もない、そこらへんの男の子五人組を捕まえてきたようなものだと言います。磨いたら輝いただけで、需要はゼロだったと振り返ります。
ただし、それは今売れているから言えるとも認めます。数字が取れなくなったら厳しいだろうし、ファンがいなくなったら考えるかもしれないと、率直に話しました。
もし二十代前半に戻ってゼロからやり直すなら、という問いには、コムドットがいないならやると答えます。ただ当時ほどの数字は環境が違うため難しいとも話します。
一方で、YouTube以外で若い五人組で何かをするなら、この五人ではないかもしれないと言います。ビジネスをやるならベストなメンバーとは限らないからです。
メンバーが面白いから撮ってるだけ、友達が面白いから撮ってるだけで、それがお金になってるっていう感覚なんで。これはもう僕からしたらすごい天職なんで。
「コムドットみたいになりたい」という若者が来たら、まず覚悟を見ると言います。当時の自分たちと同じ覚悟があるかどうかです。
さらに、自分は業界の誰にも憧れていなかったのが良かったと語ります。全員をなめていたからこそ、はっ倒せると思えて始められたという理屈です。
"おじドット"相談への答えは「握手会」
ここでけんすうさんが、五十代以上から百万人の支持を得たいという相談を投げかけます。やまとさんは「ここ三年で一番頭痛い」と悩みながら、一つの答えを出しました。
握手会っすね。会える頭いいおじさんっていうコンセプトで、とにかく地方を回っていくっていうのがいいと思います。
理由は逆張りです。AIとSNSが当たり前の時代に、会って触れることが最強の逆張りになると言います。
大人気アイドルは時間対効果が悪すぎてできず、コムドットでも今はできない。まだ会える人数のうちにやるのがポイントだと話します。
さらに、握手会から徐々に会場を大きくして講演会にしていくストーリーを、ファンと一緒に作ると言います。最初に来た人ほど「古参」として離れなくなるからです。
もう一つの工夫は、応募して落選する人を減らすことです。落ちた感覚は次の勇気を削ぐため、なるべく当ててあげる設計にするそうです。
田中さんも、小さな書店での対談後に長く話し込む場の熱量は非常に高いと共感します。
加えて、やまとさんはお金に余裕がある人の言葉の価値に触れます。稼ぐ必要がない人の言葉ほど信頼できるという視点です。
お金ない人って余裕で嘘つくし、お金稼ぐためにむちゃくちゃなこと言うじゃないですか。でも本当にお金に余裕があって、自分が満たされてると、その幸せを外に出そう、返そうってなる。そういう人の言葉を聞くべきだなって思う。
信頼から始めるマーケティングと逆張り戦略
相談の流れで田中さんが指摘したのが、3Cマーケティングのフレームワーク。Customer(市場・顧客)、Competitor(競合)、Company(自社)の三つを分析するの視点です。競合を見て、その逆を取るのが基本だと言います。
コムドット自身も、今は逆張りされている側だと語ります。頑張ることを美徳とするコンテンツを長くやったため、頑張らないことや冷笑がいま伸びやすい、という構図です。
そして案件をやらない件について、やまとさんは重要な種明かしをします。有名なのは、自分たちが言い続けているからだと。
つまり信頼されるのは案件をやらないからではなく、「やらない」と言い続けることで他との対比が生まれ、人が信用できると認知するからだという整理です。
コムドットって案件やんないらしいねっていうのを、別にコムドット好きじゃない人も知ってて。僕が有益な情報を言ってる時に、「あいつ案件やんないって言ってたから」みたいな感じでつながって、どっかのタイミングで俺の言葉聞けって思ってるんですよ。
本当にいいと思った商品には、逆に自分から案件をくれと言うそうです。結果、一流企業からしか仕事が来なくなり、去年の仕事は二、三件だったと言います。
けんすうさんは、マーケティング理論が最初にアテンションから始まるのに対し、コムドットは信頼から始めていると指摘します。ただやまとさんは、初期のブーストとしてはアテンションもやっていたと補足しました。
自己効力感ではなく"組織効力感"で成り上がる
コムドットの特徴は、あまり考えていない自信と、戦略的な頭の良さが同居している点です。この「バカになれるところ」と「頭よくなれるところ」の両立を、けんすうさんは真似しづらいと語ります。
やまとさんはその根っこを、自分たちを「いい奴らだ」と思っていることに置きます。だから上に行くべきだと心から思えるのだと言います。
思いっきり「仲の良さ一点突破」みたいな感じで。ロジックがこうこうこうでじゃなくて、俺ら仲いいから、この仲いい俺らの空気感、日本を良くするからっていう、この一点突破なんで。
その自信の正体を、やまとさんは自己効力感ではなく組織効力感だと表現します。
友達への信頼が相互に作用して「自分たち」になる、という感覚です。中学からずっと一番一緒にいたメンバーであり、YouTubeという受け皿があってよかったと話します。
田中さんはこれを、Who・When・Whereで語る経営だと整理します。普通は何をやるか、どうやるかというWhatとHowが中心になるからです。
WhoとWhenとWhereが強いんですよね。今やる、どこでやる、誰とやるだけがあって。普通は何をやるか、WhatとHow、Howしかないじゃないですか。そこを上手にやろうとするから。
WhatとHowは変わり続けてもいいと思っている点も特徴的です。面白いことはお笑い芸人が、歌はアーティストがうまい。それでも「仲の良さ」だけはどのコミュニティにも負けない自信があると言います。
毎日100万再生でも訪れた"虚無"と、努力を支えた環境
数字目標には天井がありません。田中さんが虚無にならないかと尋ねると、やまとさんは去年なりかけたと明かします。
毎日百万再生当たり前のように取れるって、「これ一生やるんかな」みたいな。すごい虚無になりかけて、「あ、これ虚無っぽいな」と思って。
そこから生き方を考えようと本を読み漁り、人間関係や時間の使い方の方が大事だと気づいたそうです。数字というゲームは一度やり終えたと考え、会社の組織改革に取り組んだところ、今はやりがいに溢れていると言います。
数字はあくまで指標にとどめ、別の軸を持つことが大切だと話します。今日百万再生でも来週十万でオワコンと言われるリスクと常に戦うからです。
僕は深く刺すこととか、人生を変えることとか、会いに来てもらうっていうのを一個指標にしてるんですけど。数字としては出てきにくいんで。
最後に、やまとさんは謙虚さについて語ります。努力が報われると信じられる人は、環境が良かっただけだという話に触れながら、自分たちも環境に恵まれたと振り返りました。
努力が報われると思っている人は、環境が良かっただけで、報われない環境に入ってしまった人は努力なんてクソだって思うみたいな話で。今思えば環境のおかげだなって思っていて。時期とか、いた場所とか、縁とかが大きくて。
三年前は「俺らのおかげだ」と傲慢だったけれど、引いて見れば「今の俺らがやってもうまくいかない、時代に感謝だ」という視点になれたと言います。
そしてやまとさんは、自分がやっているのは経営ではないと繰り返します。
会社は部活やサークルのようなもので、大人だから会社という箱なだけだと言います。みんなを法律で守る枠組みであって、経営論なんて書けないという感覚です。それでもけんすうさんと田中さんは、この言語化こそ経営者に聞いてほしいと締めくくりました。
まとめ
やまとさんの話は、編集を外注しない職人の流儀から始まり、内輪の文脈という価値、握手会の逆張り、そして仲間を軸にした「組織効力感」の経営へとつながっていました。WhatやHowより、誰と・いつ・どこでを語るその視点が一貫していました。
- 編集を外注しないのは技術ではなく、五人だから出せる「味」と文脈を守るため
- 内輪ノリを見せつつ丁寧に説明することで、新規も友達として入っていける
- 資源はあるが拡散力で勝てない人の逆張り戦略は、会って触れる「握手会」
- 「案件をやらない」と言い続けることで、他との対比から信頼が生まれる
- 成り上がりの源泉は自己効力感ではなく、仲間への信頼=組織効力感
