お便り「いつ音楽を聴いていますか?」
丑三つ時のランナーこと田中渓さんに質問です。音楽はどんな時に聴いていますか?運動や移動、デスクワークなどの聴く場面と聴かない場面をお聞かせください。
この問いに対する田中さんの回答は、ある意味で身も蓋もないものでした。「音がない時間が、ほぼない」というのです。
朝起きてから運動中はポッドキャストやビデオポッドキャスト、ラジオ。家事のような単調作業中はインプット系のニュース。仕事中もずっと何かしらの音楽。家でご飯を食べる時も必ず何かを流している。まさにノーミュージック・ノーライフタワーレコードのキャッチコピーとして知られる言葉。「音楽のない人生は考えられない」という意味で、音楽愛好家のスタンスを表す際によく使われる。を地で行く生活です。
音ない時、多分ないです。耳休まってないですね。無音がほぼない。
用途別プレイリストで"ゾーン"を作る
では何でも流せばいいのかというと、田中さんの音楽選びは極めて戦略的です。仕事中は歌詞のあるものは聴かず、すべてインストゥルメンタル歌詞のない器楽演奏曲のこと。ボーカルなしのため作業や集中時のBGMとして使われやすい。に限定。さらに「集中して生産性を高めたい時」と「リラックスしたい時」で、ジャンルそのものを切り替えています。
| シーン | ジャンル/曲 | 狙い |
|---|---|---|
| 集中・生産性 | ディープハウス(イビザ系) | ゾーンに入る |
| リラックス | ピアノ、ジャズ | 程よい集中 |
| 逆立ちチャレンジ | Eye of the Tiger | 7分持つ |
| 自転車・最大強度 | X JAPAN | 限界を引き上げる |
とりわけ印象的なのが、運動と曲の相性についての話です。田中さんが実践している「1日1秒ずつ逆立ちの時間を伸ばす」チャレンジでは、流す曲によってパフォーマンスが大きく変わるといいます。Eye of the TigerアメリカのロックバンドSurvivorの代表曲。映画『ロッキー4』の主題歌として有名で、トレーニングや格闘技の入場曲としても定番。日本では武井壮の登場シーンでも知られる。を流せば7分持つのに、適当なJ-POPに替えると4分で倒れそうになる。自転車で最大強度を出す時はX JAPANじゃないと出ない。
無音タイプと生活音タイプ
一方で、けんすうさんは作業中にはあまり音楽を聴かないタイプだといいます。音声入力をよく使うため、マイクに向かって喋る時に音楽があると邪魔になる、という実務上の理由もありました。さらに、音楽が流れると「ちゃんと聴かなきゃ」と意識してしまい、かえって集中が削がれるとも語ります。
作業中は基本無音。音声入力との両立を優先。音楽が流れると逆に聴き込んでしまう。
静かな部屋では集中できない。カフェの方がはかどる。生活音や音楽が常に必要。
田中さんによれば、これは「幼少期にリビングで勉強していたかどうか」と関係があるかもしれません。家族の生活音がある中で過ごしてきた人は、一人で仕事部屋に籠もるよりカフェの方が落ち着く傾向があるのだといいます。
ちなみに田中さんは、音声入力との両立問題を「骨伝導イヤホン+指向性の高いダイナミックマイク」で解決しているとのこと。耳には音が聞こえているのに、マイクには音楽が乗らないので音声入力が成立する、という仕組みです。
ラジオ文化とプレイリストのマネタイズ
田中さんは昨年度までラジオ番組を持っており、そこで自分の好きな曲を1年間セレクトし続け、その内容をSpotify世界最大手の音楽ストリーミングサービス。プレイリスト機能が充実しており、ユーザーが作った再生リストを共有・公開できる文化が根付いている。のプレイリストとして公開しているとのこと。ラジオでは版権音楽を流せても、ポッドキャストになると音楽部分はカットされてしまう。だからプレイリストとセットで聴く若いリスナーも多いのだといいます。
ここからけんすうさんが投げかけたアイデアが興味深いものでした。
サブスクで聴ける音楽は「百貨店チック」で何から選んでいいかわからない。だからこそ、センスのいい人がキュレーションする「セレクトショップ」としてのラジオやプレイリストに価値が生まれる、と田中さんは指摘します。電気グルーヴ石野卓球とピエール瀧によるテクノユニット。日本のテクノシーンを牽引し、海外の最新音楽を紹介する文化的役割も果たしてきた。の石野卓球テクノミュージシャン、DJ。長年ラジオ番組を通じて海外テクノを日本に紹介し続けてきた人物。さんがラジオで海外テクノを紹介していた時代には、それが唯一の情報源だった、というけんすうさんの述懐も印象的です。
ポッドキャストを聴ける運動・聴けない運動
音と作業の組み合わせには、脳科学的な相性があります。田中さんが脳の専門家から聞いた話として、ランニング・サイクリング・スイミングのような「リズム運動」ならポッドキャストを聴いてもインプットが入る、という分析が紹介されました。
リズム運動は予測誤差がほとんどなく、脳が安定している状態。だから新しい情報が入ってきても処理できる、というロジックです。一方の筋トレは「次どうしよう」という判断が連続するため、聴いているようで内容が抜け落ちてしまう。ポッドキャストを習慣化したい人にとって、これは大きなヒントになりそうです。
なお田中さんは、寝る瞬間まで音を流し続け、寝ると決めたら一切を遮断する派。とはいえ「1分以内に寝てしまう」ので、ほぼ起きている時間は常に音がある状態だといいます。
骨伝導イヤホン30個の使い分け
田中さんが所有するイヤホンは約30個。そのうちShokz骨伝導イヤホンを主力商品とするブランド。スポーツ用途を中心に世界的なシェアを持ち、耳を塞がず周囲の音も聞こえる構造が特徴。製品が6個もあるとのこと。学生時代はShure、Sony、Ultimate Ears Pro、64 Audio、Sennheiserといったプロ仕様のカナル型耳の穴に差し込んで密閉するタイプのイヤホン。外音を遮断して音楽だけを聴きたい人向け。を使い込んでいたものの、2018〜19年頃に骨伝導イヤホンが登場して以降、用途別の使い分けが本格化したといいます。
きっかけはAirPodsが耳に合わなかったこと。「ストンと落ちちゃう」ため、フィット感を最優先に考えるようになったそうです。骨伝導は耳に引っ掛ける構造で安定感があり、ランニングや仕事中など、環境音が必要なシーンに最適だと評価しています。
| モデル | 用途 | 特徴 |
|---|---|---|
| OpenRun | ランニング(廉価版) | 台風など過酷環境用。壊れてもいい |
| OpenRun Pro 2 | ランニング(上位) | 骨伝導+空気振動のデュアルシステム。晴天時専用 |
| OpenSwim | 水泳 | 内蔵メモリ型。洗濯機で回しても無傷だった |
| OpenComm | 会議・電話 | 指向性マイクで空港レベルの騒音でも通話可能 |
| OpenFit Pro 2 | 分離型・音楽鑑賞 | Dolby搭載で空間音響を再現。ケースで急速充電 |
OpenSwim、わざとやったわけじゃないですけど、洗濯機入れちゃったんですよ。ぐるぐる回されてぐしゃぐしゃにされてたのに無傷。
全く同じ失敗をしました。聞けねえじゃんと思って。何?ってなったんですけど、Bluetoothなんですよね、あれ。
ヘッドホン選びの裏側にあるKPI
本格的な音楽鑑賞用のヘッドホン選びになると、田中さんの語りはさらに専門的になります。「測るKPIが10個くらいある」と前置きしつつ、いくつかの指標を解説してくれました。
低音の「深み」、中音の「広がり」、高音の「伸び」を表す指標。ヘッドホンごとに得意な帯域が異なる。
音の歪みの度合い。1%以下がベスト。3%を超えるとNHKアナウンサーの声すら聞き取りにくくなり、5%超で山手線の車内放送が「次は」「上野」と途切れて聞こえるレベルになる。
音の立ち上がり(アタック)と消え方(ディケイ)の表現力。雑なヘッドホンだとバスドラの音が「ボム」と滲んで余韻も濁る。
楽器ごとの音を分離して聴き分けられる能力。同じ音階の人の声とバイオリンを別々に認識できるかが指標になる。
音の前後・左右・高さ・奥行きをどれだけ立体的に再現できるか。GLAYの「グロリアス」のイントロのような左右の振り分けで実感しやすい。
オーディオマニアはこうした指標をワインのようにテイスティングしていく世界がある、と田中さん。ただし最終的には「これが好き」と感じるかどうか、そしてデザインで選んでもいい、というのが田中さんの結論です。
まとめ
「いつ音楽を聴いていますか?」という素朴なリスナーの問いから始まった今回は、最終的に「音で自分の状態を設計する」という哲学に行き着く回となりました。
用途別にプレイリストを作り、運動の強度ごとに曲を割り当てる。骨伝導イヤホンを30個揃え、シーンごとに使い分ける。歪率や位相といった専門指標を理解しながら、最終的には「好き」で選ぶ。徹底するからこそ見えてくる選び方の本質が、今回の話には詰まっていました。
無音派のけんすうさんと生活音派の田中さん、対照的なスタイルの背景には幼少期の環境や仕事の進め方の違いがあり、自分がどちらのタイプかを知るだけでも、集中の作り方は変わってきそうです。次回はおすすめイヤホン・ヘッドホン特集を予告して終了。今回の話を踏まえた具体的な製品紹介編、楽しみに待ちたいところです。
- 仕事用はインストゥルメンタル限定。集中したい時はディープハウス、リラックスしたい時はピアノやジャズと、用途別に明確に分ける
- 高強度の運動には専用の1曲を割り当てる。逆立ちは「Eye of the Tiger」で7分、適当なJ-POPなら4分が限界という差が出る
- 無音で集中できないタイプは、幼少期にリビングで勉強していた人に多い傾向。カフェの方がはかどる
- ポッドキャストはリズム運動(ラン・自転車・水泳)や家事と相性がいい。筋トレは緩急が激しく頭に入らない
- 骨伝導イヤホンShokzはOpenRun・OpenSwim・OpenComm・OpenFit Pro 2と用途で使い分け。水中はBluetoothが通らないため内蔵メモリ型が必須
- ヘッドホン選びは周波数特性・歪率・トランジェント・解像度・空間表現がKPI。歪率は1%以下が境界線、最終的には「好き」とデザインで選んでいい
