日本人の前で手で食べると引かれる、その先にある食べ方の話
この回のきっかけは、親方さんが勤めるタンジャイミールスに寄せられた質問でした。常連でも、ミールスやドーサの食べ方がわからないまま、なんとなく雰囲気で食べていることが多いといいます。
結構タンジャイによくいらっしゃるような方でも、なんか雰囲気でいつも食べてて、(ミールスやドーサの)食べ方がわからないまま、ずっとそのままにしてることが多々あると。
カレー哲学さん自身も、実家に帰ったとき左手を使わずに食べていて行儀が悪いと怒られたと明かします。手食の話は、日本の食卓ではそれ自体が異物になりがちなテーマでもあります。
この間実家帰った時に左手使わないように食べてたら行儀悪いって怒られました。
2人はまず、日本でよくあるインド料理の「これはどうしたらいいのか」という疑問に、順番に答えていく形で進めます。
パパドは「お茶漬けのあられ」 ミールスの回し方
ミールスで最初に目につくのが、銀のお皿に乗ったパパド(アッパラム)です。パリパリのおせんべいのようなもので、どう食べればいいか迷う人が多い一品です。パパド(アッパラム) ── 豆の粉などで作る薄くて丸いせんべい状の食品。ミールスに添えられ、揚げたり焼いたりして食べる。南インドではアッパラムとも呼ぶ。
インドではパパドをカレーにディップする食べ方はあまり見られません。そのままかじるか、砕いてご飯の上にふりかけのように乗せるのが多いといいます。
そのままかじった後に、やっぱアクセントを加えるというかね、食感、お茶漬けのあられみたいな。
ベンガルでは甘めのチャツネと、タミルではパヤサムという甘い汁物のスイーツに砕いて入れて食べることもあると、親方さんは地域差にも触れます。基本は好きに食べてよい、気楽な存在です。
ミールスそのものの食べ方も、本来はバナナの葉の上に順番にサーブされていく形です。ご飯とおかず、ご飯とサンバル、ご飯とギー・ポディ、というように組み合わせを変えながら回転していきます。
カレー哲学さんは、米をよく食べると言われるアンドラを例に、フレーバーライスから白米へと移り、白米の中でもさらに組み合わせを回していく食べ方を紹介します。
「全混ぜ」はNG カレーは最初から全部かけない
好きに食べてよいと言いつつ、最低限のマナーもあると親方さんは切り出します。その代表が、最初からカレーをすべてご飯にかけて全部混ぜてしまう「全混ぜ」です。
(ご飯とカレーを)全部混ぜて食べるみたいな。それは割と地方関係なく、どのインド人に聞いてもそういう食べ方はしないだったり、良くないだったり、汚いだったり。
親方さんは、全混ぜを見て「汚い、絶対にやってはダメ」と嫌悪感を示すインドの人に遭遇したこともあると話します。結果として混ざることはあっても、最初から全部かけるのはしないというのがポイントです。
理由の一つは、一つ一つの味がわからなくなってしまうことです。豆のカレーと酸っぱ辛い野菜のカレー、ギーとポディなど、組み合わせて食べるとおいしい相性はあるものの、最初から全部かけると個々の味が消えてしまいます。
あくまでご飯食べるためのおかずがたくさん並んでるっていう状態だからね。
もう一つの背景として、インドではカレーはご飯を消費するための補助アイテムに近い位置づけだと親方さんは説明します。全がけをすると最後に混ざった液体だけが皿に残り、それはインド的にはよくわからない状態なのではないか、というのが親方さんの予想です。
手食の極意 団子を作り、異物を避ける
全混ぜをしない理由は、手食とも深く関わっています。手で食べる以上、液体ばかりになるとまとまらず、そもそも手ですくえなくなってしまうからです。
手食をするから、こう液体ばっかりになったら手食できないじゃないですか。だからグレイビー全部びしゃがけってのはあんまないんですよね。
カレー哲学さんは、手食のコツを「団子を作るイメージ」と表現します。水分量が多すぎるとまとまらないため、米にカレーやドライアイテムをまぶし、指先でまとめて口の中に落とすように食べるといいます。
一方でカレー哲学さんは、どうしようもなく日本人なので残す方がもったいないと感じるとも話します。米の量の調整、いわゆるライスマネジメントに失敗して、カレーだけ余ることもあると笑います。
ライスマネジメント経験が浅くて、ライスマネジメントに失敗した場合は、ちょっとカレーをそのまま食べたりとか、ちょっとびしゃがけになってしまうことはあるかもしれないけど。
ラッサムのような酸っぱ辛いスープは、基本的にそのまま飲むのが多いといいます。カトリから飲んだり、インドでは別のコップで出てくることもあります。ラッサム ── 南インドのトマトや豆をベースにした酸味と辛味のあるスープ。ミールスに添えられ、そのまま飲んだりご飯にかけたりして食べる。
カレー哲学さんは、カトリがないお店で右手にラッサムを注いでもらい、手で受けて少し飲んでからご飯にかける光景を見たと話します。容器がなければ、そうやって手で受ける形になるようです。
硬いスパイスは食べるべき? ドラムスティックの中身だけ
ミールスのサンバルには、ドラムスティックという野菜が入っていることがよくあります。外側の皮が繊維質で硬く、そのまま口に入れると噛み切れず、戸惑う日本の食べ手も多い一品です。ドラムスティック ── モリンガの若い果実。細長い筒状で、外皮は硬く繊維質。中身や種、煮出した出汁を味わう南インドの定番野菜。
インドの人も外側は食べず、指や歯でしごいて中身の柔らかい部分だけを食べます。面倒なので、そのまま残す人も多いといいます。
種が美味しいのと出汁が美味しいんだよね、あれは。
カレー哲学さんは、ムンバイのファインダイニングで働いていたとき、ドラムスティックの中身だけを取り出す仕事があったと振り返ります。中身を詰めたシガー状の料理で、面倒な作業を客がせずに味わいを楽しめる工夫でした。
カルダモンやシナモン、クローブといった硬いスパイスも、噛んで不快になるものは無理に食べなくてよいと2人は話します。カレーリーフや唐辛子を避ける人も多いといいます。
手食には、異物を避けやすいという利点もあります。魚の小骨に気づくのと同じように、口に入れる前に硬いスパイスや、昔は混じっていたという小石や虫を手で避けられるのです。
範囲を広げると、多く使われる油も全部飲むわけではありません。カラヒのような料理でも、グレイビーと肉をチャパティにつけるだけで、油まで飲み干すことはしないといいます。
なんか温度を上げるために必要だけど、香りをもたらすために必要なんだけど、(油を)全部食べなくてもいいっていうことだよね。
さらに親方さんは、汁と液体と米だけを求めて、肉や大根、人参、ナスなどの具材を全部残す人も一定数いると明かします。月に1人ほどは見かけるといい、美味しいところだけご飯が進む分だけ食べるのがインドのスタイルなのではと話します。
ヨーグルトはカレーの一種 締めに効く食べ方
ミールス初心者だったころ、カレー哲学さんが戸惑ったのがプレーンヨーグルトの食べ方でした。無糖のヨーグルトが添えられていても、日本の感覚ではデザートのイメージが強く、ご飯にかけることに抵抗を感じやすいといいます。
このイメージ(ヨーグルトはデザート)から脱却できてないと、これをご飯にかけるなんて気持ち悪いみたいな感覚になってしまうかな。
親方さんによれば、世界的にはヨーグルトとご飯はよく合わせられる組み合わせです。ご飯とプレーンヨーグルトと塩だけでも、おいしく食べられるといいます。
食べ方としては、最初ではなく締めに、ご飯にかけて食べるパターンが多いそうです。アチャールのような味の濃いお漬物と、ヨーグルトとご飯を合わせる食べ方もよく見られます。
辛い料理をマイルドにする役割もあり、味の強いノンベジ料理に混ぜて食べることもあります。特に夏には、酸味のあるヨーグルトで締める食べ方が夏バテ防止のように選ばれるといいます。
ドーサ、イドゥリ、ポロタ 手が汚れることを恐れない
南インドのドーサは、SNSでも話題になり、初めて挑戦する人が増えているといいます。一方で食べ方はよくわからないまま、なんとなく食べる人が多く、提供時に食べ方を尋ねると8割ほどは知らないと答えるそうです。ドーサ ── 米と豆を発酵させた生地を薄く焼いた南インドのクレープ状の料理。外はパリパリ、中はもちっとした食感で、サンバルやチャツネを添える。
ドーサは手でちぎって、添えられたサンバルとチャツネにつけて食べるだけとシンプルです。必然的に手が汚れるタイプの手食が前提になりますが、そこにこそ楽しみがあると親方さんは語ります。
手食って、普段の食事に加えてもののテクスチャーみたいなのがすごく伝わるので、シンプルに感覚が拡張されてるような感じで、食事としての楽しみが増えるんですね。
イドゥリやパンケーキ状のウッタパムは、つけるよりもチャツネやサンバルをかけ、指でなじませて崩しながら食べることが多いといいます。サービスであらかじめ崩してくれることもあります。
そして親方さんが力を込めて語るのがポロタです。渦巻き状で層になったサクサクのパンで、多くの人はちぎってカレーにディップして食べます。ポロタ ── 小麦生地を薄く伸ばして層状に折り込み焼いた南インドのパン。パラタとも。焼き上げた後に叩いて空気を含ませ、層をほぐして提供する。
しかしインドの楽しみ方は違い、ポロタの上にカレーをかけてなじませます。サクサク感は失われますが、代わりに手打ちパスタのようなモチモチ、シコシコの食感が生まれるのです。
麺料理になるよね。
タンジャイのポロタセットは、この食べ方を前提に、焼いたポロタを裂いて細かくちぎり、そこにカレーがかかった状態で出てきます。ちぎって細かくすること自体が、食べやすくするおもてなしになっています。
親方さんのおすすめは、最初は少しそのまま食べ、次にカレーをディップし、残り半分ほどをカレーでなじませる食べ方です。かけるカレーは少なめでもしっかりなじむため、かけすぎなくてよいといいます。
砕いてもてなす文化 バーティー、サモサ、チャパティ
ポロタの話から、カレー哲学さんは自身がなじんだチャパティの食べ方に話を広げます。北や西の出身であるカレー哲学さんは、チャパティをバラバラにはちぎりません。チャパティ ── 全粒粉を薄く伸ばして焼いた無発酵の平たいパン。北インドや西インドで主食として食べられる。
チャパティは右手だけで押さえながらちぎり取り、ドライアイテムを挟んで三角形に包んで食べます。片手で小さなタコスや手巻き寿司を作るようなイメージだと2人は表現します。
一方、ラジャスタンなどで食べられるバーティーは、店員が細かく砕いてダールをかけ、ふやかしながら食べる料理です。カチカチに硬いパンで、そのまま食べると口の水分を持っていかれてしまいます。バーティー ── ラジャスタンなどで食べられる硬く焼き締めた丸いパン。砂漠地帯で数日保存できるよう作られ、ダールに浸して食べる。
そのまま食べるともう口の中の水分が持ってかれてしょうがないみたいな。
バーティーは砂漠のハードパンのようなもので、数日保存が利くように作られた生活の知恵でもあります。ダールにしっかり浸すことで、初めて美味しさが全開になるといいます。
サモサも本来は、路上で仕方なくそのままかじる以外は、家では皿の上でちぎって中身を出し、チャツネやケチャップをかけて食べるものだとカレー哲学さんは話します。
バーティーもポロタもサモサも、作り手が目の前で手で細かくして客に渡す点が共通しています。一口サイズに細かくしてあげることが、おもてなしになっているのです。
ただし日本人には、人が素手で触ったものを食べにくい感覚や、形あるものは損なわず食べるのが礼儀という感覚があるとも2人は指摘します。それでも異文化交流として、ぜひ試してほしいと勧めます。
バナナの葉の向きと折り方は気にしすぎなくていい
カレー哲学さんが気になったのが、バナナの葉の向きと折り方です。食べ終わった後に手前に折るのがよく、奥に折ると良くない意味がある、といった話がインターネットで見られます。
親方さんは、そもそも畳まずに帰る人が多く、店員が席を立つ前に回収するパターンもあるため、あまり深く気にしなくてよいと話します。無難にするなら手前に折る程度でよいようです。
意外とマジで(バナナの葉を)畳まないで帰ってる人多いです。
葉の根元をどちら側に置くかという向きについても、地域差というより適当にやっていることも多いといいます。宗派や由来があったのかもしれませんが、今は大事なマナーというほどではなさそうだと2人は見ています。
実際、タンジャイでも右に軸がある状態で出てくることがあり、インドで撮った写真を見ても向きはバラバラだったと親方さんは話します。
スプーンを使う若者と、変わりゆく手食文化
散々手食の話をしてきた一方で、最近のインドの若者はスプーンを使うことも多いと2人は話します。むしろ手で食べると驚かれることもあるといいます。
米文化でミールスがある南インドでは手食の比率が高いものの、南から一歩出るとスプーンを使う人が増えます。都市部では特にその傾向が強いようです。
カレー哲学さんが働いていたムンバイの店では、賄いのときに手で食べるのはカレー哲学さんだけで、周りはスプーンを使っていました。若いシェフは賄いを食べずにハンバーガーを食べることもあったといいます。
なんかね、そういう感じだよね。
さらにカレー哲学さんは、そもそも手食もインドを出れば作法が違うと指摘します。京都でよく食べるラオス料理のもち米、カオニャオは、ちぎって握り込み、寿司のようにおかずをつけて食べるといいます。
そのカオニャオを食べているとき、手の使い方がインドっぽいと言われたそうです。同じ手食でも、国が違えば全く別物なのです。
親方さんは、インド料理を食べるハードルが下がり、よくわからないまま食べていたものが少しでも減ればいい、という思いでこの回にしたと締めくくります。
まとめ
インド料理の食べ方には「好きに食べてよい」という気楽さと、全混ぜはしないといった最低限の作法が同居しています。その多くは、味を混ぜすぎない、手食でまとめる、といった理屈に根ざしていました。同時に、若者はスプーンを使い、国や地域で作法も違うという、変わりゆく文化でもあります。
- パパドはディップより、砕いてご飯に乗せる「あられ」的な使い方が主流
- カレーを最初から全部かける「全混ぜ」は地域を問わず避けられる
- 手食は米に団子を作るイメージで、硬いスパイスや異物は無理に食べなくてよい
- ヨーグルトはデザートではなくカレーの一種として、締めにご飯へかけると合う
- ポロタは上からカレーをかけてなじませると、手打ちパスタのような食感になる
- 砕いてもてなす文化や手食の作法は国や世代で異なり、決めつけず謙虚に楽しむのがよい







