なぜ最初のテーマに飲食店を選んだのか
吉田さんは今回から、業種に特化した労務管理の解説を始めると話しています。今週と来週の2回に分けて、飲食店の労務管理を取り上げます。
なぜ最初に飲食店を選んだのか。それは、吉田さんの事務所が飲食店の労務顧問を最も得意としているからだと説明されています。
実は当社なんですけれども、飲食店の労務顧問が一番得意なんです。なのでいろいろノウハウがあるんで、初回で話すんだったらここしかないかなと思いました。
今回の前編は「飲食店の労務管理の基本」がテーマです。必ず起こるから押さえておいた方がよい論点を扱います。
後編は飲食店の経営に踏み込んだ内容で、経営者と話す際に役立つポイントを解説する予定だと予告されています。
飲食店に労務問題が多いのはなぜか
吉田さんはまず、飲食店は労務問題が非常に多い業種だと切り出します。現場の構造そのものがリスクを生みやすいという見立てです。
たとえばレジの近くには現金があるため、横領の問題が起こりやすいと指摘されています。
また、コックやシェフは職人気質な人が多く、本人にそのつもりがなくてもパワハラの問題につながることがあると話されています。若い人を厳しく指導しすぎてしまうケースです。
注文を取るホールスタッフには若い女性が多い一方で、店長など立場の強い人が男性という構成になりやすく、セクハラの問題も出てくると説明されています。
さらに衛生管理が厳しい業種のため、体調面のトラブルも論点になります。吉田さんが挙げたのは、ノロウイルスから回復した人が出勤を求めてくるようなケースです。
正社員の長時間労働や、それに伴う未払い残業の問題もあります。ざっと挙げただけでも、飲食店には多様な労務リスクが存在すると整理されています。
現金だけじゃない「横領」の落とし穴
最初の論点は横領です。現金を扱う商売のため、飲食店では横領が意外と多いと吉田さんは話しています。
飲食店の方から横領の相談を受けた時に思うのは、あ、またかって感じです。
対策として、就業規則に定めるだけでなく、新入社員に「横領したら場合によっては一度で解雇になる可能性もある」ことをあらかじめ伝えておくことが重要だと説明されています。
気をつけるべきは現金だけではありません。吉田さんは横領には他の形もあると指摘します。
たとえば販売促進用のクーポンを友人に配ってしまうケースや、金券相当のクーポンを不正に使ってしまうケースです。
さらに、売れ残りの商品を勝手に持ち帰る行為も、広い意味では横領にあたると考えられると話されています。
感じのいい人でも横領する、という現実
横領する人は特別に悪い人ばかりではない、という点を吉田さんは強調しています。イメージと実態が違うという指摘です。
吉田さんが挙げたのは、ずいぶん前に会食で訪れた飲食店での経験です。店長の接客も料理も素晴らしく、退店時の挨拶まで丁寧だったといいます。
ところが、その直後にその店長の横領が発覚したと語られています。今でも覚えている出来事だそうです。
だからこそ、横領させないための仕組みづくりが大切だと吉田さんは話します。
先進的な飲食店では、あえて現金を扱わず、クレジットカードやPayPayなどの決済に限定して、横領しづらい仕組みを作っているところもあると紹介されています。スタッフが道を外さないルールや仕組みを作るという発想です。
職人気質とパワハラ、立場の差とセクハラ
次の論点はパワハラとセクハラです。飲食店にはさまざまな立場の人がいるため、注意が必要だと説明されています。
パワハラについては、職人の世界とパワハラが切っても切れない関係にあると吉田さんは話します。職人はこだわりが強く、料理のクオリティを一定に保ちたいと考えるからです。
そのため、新人のパフォーマンスが低かったり仕事を覚えなかったりするとストレスになり、つい怒鳴ってしまったり、場合によっては手が出てしまうこともあると指摘されています。良くない行為だと教育していくことが重要だと話されています。
セクハラについては、店長や料理をする人が男性、ホールで注文を取る人が女性、という構成が多いことが背景にあります。
立場の強い正社員が女性スタッフをしつこくデートに誘うといったケースがあり、チェーン店では本社にセクハラの相談が来ることもあると説明されています。
申し出があった場合はちゃんと事実調査とかをしていって、うやむやにならないようにしていくっていうのが重要です。
会社としては、ハラスメント研修を実施することと、申し出があったときに事実調査を行いうやむやにしないことが対応の基本だとまとめられています。
食中毒とノロウイルス、休ませ方のルール
続いての論点は衛生管理と食中毒です。飲食店にあまり関わりのない人にまず伝えたいこととして、吉田さんは重大なリスクを挙げます。
食中毒が出ると、飲食店は一度で閉店になるリスクがあるため、多くの経営者が高い感度で気を使って経営しているといいます。手洗いなど基本的な部分は当然のこととして徹底されている、という前提です。
問題になりやすいのは、ノロウイルスです。飲食店でノロウイルスが出ると、保健所の調査に発展して大変なことになると説明されています。ノロウイルス ── 激しい嘔吐や下痢を引き起こす感染性胃腸炎の原因ウイルス。飲食店では集団食中毒につながりやすく、発生時には保健所の調査対象となることがある。
難しいのは、ノロウイルスは治れば肉体的には働けるようになる点です。そのため回復した従業員が「出勤させてくれ」と求めてくることがあると話されています。
そこで、そうした場合は休みになるとあらかじめ決めて周知しておくことが重要だと指摘されています。保菌者の出勤を止められず食中毒につながると、会社に大きな被害が出る可能性があるからです。
もう一つの論点が休業手当です。出勤を強行する人は賃金も求めるため、どこまで払うのかを就業規則で決めておく必要があると説明されています。休業手当 ── 使用者の都合で従業員を休ませた場合に、労働基準法にもとづき平均賃金の6割以上を支払う義務がある手当のこと。
賃金を全額払える経営体力があればよいものの、そうでない場合は、民法の考え方をもとに賃金を100%は保証せず休業手当までとするルールを決めておいた方がよいとされています。
長時間労働・メンタル不調・未払い残業
最後の論点は、基本に立ち返る長時間労働の話です。飲食店といえば、一時期は過労死の問題があったと吉田さんは振り返ります。
大手の居酒屋チェーンで過労死が起き裁判になったこともあり、飲食店といえば長時間労働・過労死というイメージが強かった時期があったといいます。現在はかなり減ってきたと話されています。
実務では、36協定の年6回の上限をすぐ超えてしまいがちなため、超えないようにコントロールしていくことが重要だと指摘されています。36協定 ── 時間外労働や休日労働をさせる場合に、労使で結んで労働基準監督署に届け出る協定。月45時間を超える時間外労働は原則として年6回までとされている。
長時間労働があるところには、メンタル不調者も出やすいと説明されています。店長から厳しく言われてうまくできず、そこに長時間労働が重なって参ってしまうといったケースです。相談も多いと話されています。
そして、長時間労働があるところには未払い残業の問題もあります。ただし吉田さんは、世間のイメージよりは請求を受けることは少ないと話しています。
理由は離職率の高さです。未払い賃金の時効は最大3年ですが、合わない人は半年ほどで辞めてしまうため、その分が溜まらず高額になりにくいと説明されています。
意外と私が思うイメージ、世間的なイメージよりは未払い残業の請求っていうのは少ないイメージです。
一方で、次週の話につながるものの、変形労働時間制を適切に運用できていない飲食店が多いとも指摘されています。潜在的にはどこの飲食店にも未払い残業代があるはずだという見立てです。変形労働時間制 ── 一定期間の中で労働時間を平均して法定内に収める制度。繁閑の差が大きい業種で使われるが、要件を満たさないと未払い残業の原因になりやすい。
だからこそ、どこがおかしいのかを意識して説明できる状態にし、直す努力もしていくことが未払い残業のポイントになるとまとめられています。
まとめ
飲食店の労務は、横領・ハラスメント・衛生管理・長時間労働と、幅広い論点を抱えています。吉田さんは、まず就業規則を整え、飲食店に強い社労士に相談しながら適切な職場をつくることをすすめています。
- 飲食店は横領・パワハラ・セクハラ・衛生・長時間労働と労務問題が多岐にわたる
- 横領は現金だけでなくクーポンや売れ残り商品にも及び、感じのいい人でも起こりうる
- ノロウイルス回復者の出勤や休業手当の扱いは、あらかじめ就業規則で決めて周知する
- 長時間労働はメンタル不調につながり、変形労働時間制の運用不備は潜在的な未払い残業の温床になる
- まずは就業規則を整え、飲食店に強い社労士に相談して適切な労務管理を行うことが基本






