なぜ月給は下げづらく、賞与は動かしやすいのか
この回のテーマは、月給と賞与と退職金の役割の違いです。吉田さんによると、中小企業の経営者からよく聞かれる相談だといいます。
創業したとか、初めて人を雇ったとか、そういう時に時々聞かれるんですよ。月給と賞与、退職金、それぞれどういう分配にすればいいんですか、とか。
退職金は少し難しいため、まずは月給と賞与の違いから単純化して整理していきます。
月給の大きな特徴は、一度上げると下げるのがかなり難しいという点です。以前の回でも触れられていた論点だといいます。
たとえば給与を20万から25万に上げた後、会社側の一方的な都合で元に戻すのは、人事評価制度で決めていればできなくはないものの、心理的にも難しいと話されています。
一方で賞与は、業績や成果に応じて上げたり下げたりするのが比較的容易です。この違いが、それぞれの役割につながっていきます。
一度上げると下げづらい。実力・業務内容・ポジションがそのまま反映されやすい
上げ下げが比較的容易。実力に加えて、会社の業績や個人の成果が反映される
つまり月給には、そのスタッフの実力や今の業務内容、ついているポジションが反映されやすいということです。
一方の賞与には、そうした要素に加えて、ほぼ必ずと言っていいほど業績や個人の成果が加味されます。会社の業績が良ければ上がり、営業成績が良ければ上がる、という形で設計されることが多いといいます。
会社に有利なのは賞与、でも上げすぎられない理由
会社側の視点で見ると、上げ下げできる賞与の比率が高いほうが経営上は有利です。逆に月給のウェイトが高くなると、毎月の固定費が上がり続けるため経営は難しくなります。
ただし、雇用は会社側の都合だけで動かせるものではありません。
月給が低すぎると人が集まらないとか、辞めてしまうとか、そういうことにもなるので、賞与のウエイトを上げればいい、月給のウエイトを上げればいい、っていう簡単なものでもない。
賞与を上げればいい、月給を上げればいいという単純な話ではないという点は、この回を通じた前提として押さえておきたいところです。
たまたま取れた大型契約、月給と賞与どちらで報いるか
月給と賞与の役割を考えるために、吉田さんはビールメーカーの営業を例に挙げます。
想定するのは、あまり成果の出ていない営業担当です。成績が振るわないため、月給も賞与も少ない状態が続いているとします。
この人が、たまたま大きな成果を上げたらどう処遇すべきか。ここが考えどころです。
例として挙げられたのは、親族に巨大飲食チェーンの社長がいて、その社長に話をしたらチェーン店のビールを全部入れ替えてもらえた、という状況です。
吉田さんは、これは正直なところ本人の実力ではないと指摘します。たまたま力のある親族がいて話をつけただけで、再現性のない契約の取り方だからです。
ここで問題になるのが、この契約を理由に月給を上げてしまうケースです。
これを理由に月給を上げてしまうと、この再現性のない契約の取り方ですから、給与を上げた後っていうのは不採算な形になってしまう。月給と実力が釣り合ってない状態になってしまう。
かといって、月給を上げず何もしないのも本人がかわいそうです。そこで役割を果たすのが賞与だと吉田さんは言います。
大型契約で会社に莫大な利益が出たのなら、それを賞与として本人に還元できます。話が一巡した後は今まで通りの給料に戻るため、実力に見合った月給を保ったまま、貢献に報いることができます。
退職金「うちの規模ならいくらが妥当?」に答えが出ない理由
ここからは退職金の話です。吉田さんが長く答えに悩んできた相談があるといいます。
うちの会社の規模だったら退職金ってどれくらいが妥当ですか、っていう質問なんです。これは本当に難しくて。
ただし指針はあります。東京都が出している退職金の統計です。
この数字をもとに「中小企業なら40年勤めて大体1000万円ですね」と説明はできます。しかし、ここでまた別の悩みが出てきます。
中小企業ってそもそも40年勤める人ってほとんどいなくて、5年も勤めてくれれば長い方かなという感じがします。
では5年勤めた人の退職金の適正値はいくらか、と聞かれても答えようがないといいます。月給・賞与・退職金のどこにどうお金を入れているかで、適正な退職金額も変わるからです。
さらに、10人20人規模の中小企業では5年後10年後にどんな組織になっているかも読めず、賃金原資の予測も難しい。その中で退職金額を決めるのは非常に難しいと話されています。
退職金は「従業員本人に決めてもらう」という答え
長く悩んだ末に、吉田さんは一定の答えにたどり着いたといいます。それは、退職金の金額を従業員本人に決めてもらう、という発想です。
具体的な仕組みとして挙げられたのが、選択型確定拠出年金の導入です。ライフプラン手当・生涯設計手当を5万5000円つけます。
この5万5000円を月給として受け取るか、一部を受け取らずに退職金の原資へ回すかを、従業員本人が選びます。つまり自分で自分の退職金を作る形です。
吉田さんは、この方式は納得感があり、選択できることで人生の選択肢が増えると話します。今お金が欲しい人は手当を満額もらえばよく、将来に備えたい人は一部や全額を退職金の原資に回せばよい、という整理です。
月給・賞与・退職金、それぞれのウェイトを増やすべき会社
最後に、月給・賞与・退職金のどれのウェイトを増やすべきかを、会社のタイプ別にまとめていきます。
まず月給を増やしたほうがいいのは、人材採用が難しい業界です。月給を増やすのは固定費が上がるため経営上は不利ですが、求人票で最初に見られるのが月給だといいます。
会社にとって不利ということは、裏を返せば労働者にとって嬉しいことです。求人の入り口で目立ちやすく、その後も離職率の低下につながると考えられています。
次に賞与のウェイトを増やしたほうがいいのは、業績や個人の成果が上下しやすい業種です。例として生命保険や不動産の業界が挙げられました。
こうした業界で月給を増やしすぎると、業績が下がったときに資金ショートし、倒産の確率を高めてしまいます。賞与のウェイトを高めれば会社が存続できる確率が上がり、やった分だけ返す形はスタッフにとっても納得しやすいといいます。
最後に退職金のウェイトを増やしたほうがいいのは、退職時に会社へ損害を与えられるような業種です。
たとえば機密情報を持ち出すと大きな得になるような業種では、退職金規定に「悪さがあれば退職金が減額される」と定めたうえで退職金のウェイトを上げます。最後まできちんと働いてもらうための仕組みとして、経営の安定につながると説明されています。
| 増やす対象 | 向いている会社 | 理由 |
|---|---|---|
| 月給 | 人材採用が難しい業界 | 求人で最初に見られ、離職率の低下にもつながる |
| 賞与 | 業績や成果が上下しやすい業種 | 資金ショートを避け、成果に応じて還元できる |
| 退職金 | 退職時に会社へ損害を与えうる業種 | 減額規定と組み合わせ、最後まで働く動機づけになる |
まとめ
月給・賞与・退職金は、上げ下げのしやすさと反映される要素が異なり、会社のタイプによって置くべきウェイトも変わります。「正解の金額」を探すより、自社の状況に合わせて役割を使い分ける視点が示された回でした。
- 月給は下げづらく実力やポジションが反映される。賞与は上げ下げしやすく業績や成果が反映される
- たまたまの大型契約は、月給ではなく賞与で還元すると実力と月給の釣り合いを保てる
- 退職金の適正額は専門家でも一律には決めにくく、選択型確定拠出年金で本人に決めてもらう方法がある
- 月給は採用が難しい業界、賞与は成果が上下する業種、退職金は退職時の損害リスクがある業種でウェイトを高めるとよい






