うまくいくほど痕跡が消える「横串人材」の悩み
冒頭、岡島さんはこのところの近況を振り返ります。2ヶ月にわたって朝から晩までAIと対話し続ける生活が、ようやく落ち着いたところだといいます。
チャットをピン止めしたまま次々とタスクを進めていたら、20〜30件が溜まって「頭がおかしくなりそう」だったとのこと。途中でタスク管理表と期限を作ってもらい、なんとか5件ほどまで整理できたと話します。
ダメなタスクマネジメントじゃないですか。
バカ進んだんですけど、バカ疲れましたね。
玉置さんからは以前「人間と接して、AIと離れなさい」と言われていたそうで、岡島さんは高校の友達と飲みに行くなど、人と接する時間を意識的に取ったと明かします。
ここから本題のお便り回へ。ハナさんは経営企画として、経営と現場、異なる部門や専門家の間に立ち、前提や言葉を揃えて組織を前に進める仕事をしていると自己紹介します。
人や部門をつなぎ、化学反応を起こす力は専門性と呼ばれるのでしょうか。また、その価値をどう磨き、証明し、キャリアとして積み上げればよいのでしょうか。玉置さんが考える横串人材の価値を伺いたいです。
ハナさんは、主役になるより誰かの原石を見つけて0.1を1にする「カタリスト」のような仕事が好きだと書いています。
一方で、こうした横串の仕事は成果が見えにくく、何でも屋や便利な調整役と見られがちだといいます。うまくいくほど自分の痕跡が消えるため、「あなたは何の専門家ですか」と聞かれると毎度答えに詰まる、という葛藤です。
なぜ「私には専門性がない」と思ってしまうのか
玉置さんは、この悩みはハナさんだけでなく多くの人に通じると話します。キャリア面談で「どんなスキルがありますか」と尋ねると、「特に専門スキルもなくて」と答える人が実は非常に多いのだそうです。
その原因は、仕事の「対象領域の名前」を専門性だと思い込んでいる点にあると玉置さんは指摘します。
営業とか経理とか政策みたいな、その仕事の対象領域の名前をイコール専門性にしてる人って、そうなっちゃうと思うんですよね。
この定義だと、資格も特別な知識も要らず、入社後に教わりながらやってきた仕事は「専門ではない」ことになってしまいます。だから専門性がないと感じる人が増えるわけです。
そこで岡島さんが「専門性」の言葉の定義を調べると、「特定の分野において高度な知識や技能、豊富な経験を有する度合いのこと」と出てきました。
あ、やっぱりグラデーションだよな。
「高度な」がどの程度なのか、どれだけ積み重ねれば専門性と呼べるのか、明確な線引きはありません。玉置さんは、多くの人が「手に職」「専門スキル神話」のようなものを抱えていると話します。
「横串人材」に横串も縦串もない
玉置さんは、ハナさんが使う「横串人材」という言葉そのものに疑問を投げかけます。
横串とは、複数の部署にまたがる動きを指すイメージで使われます。しかし玉置さんは、それは今属している組織の都合による見取り図にすぎないと言います。
たとえば開発部門のスタッフが複数の事業を見ると横串っぽく見えますが、各事業部に配属された開発スタッフは横串でも何でもなく、やっている仕事は同じだったりします。組織図でどう見えるかの違いにすぎないのです。
では人の仕事の価値はどう測るのか。玉置さんはこれを2つに絞ります。
何を解くべき課題として設定できたか
選択肢の中でどう決めたか
どういう問いを立てたのかっていうのと、どういう判断で課題を解決したのか、極論言うとこの2つなんですよね。
いわゆる専門性は、この問いの質や判断の質を上げる「一材料」にすぎず、価値そのものではないと玉置さんは言います。むしろ知識が豊富でも判断が悪ければ、掛け算した結果はマイナスにもなりうると話します。
知識やウンチクはあっても問いを立てない人、あるいは判断から逃げる人は、専門性があっても仕事にはならない。「AにもAの良さ、BにもBの良さがあります」で終わるなら、それはAIで足りるという指摘です。
単にリサーチ結果を並べるみたいなのを専門家とは呼ばないですよね。詳しい人ですよね。
仕事を「構造」で語り直すと専門性が見えてくる
では、ハナさんの仕事はどう捉えればいいのか。玉置さんは、「調整」「管理」という言葉にした瞬間に解像度が粗くなり、抽象度が上がってしまうと言います。
ハナさんが実際にやっているのは、違う言語・前提・利害を「共通の意思決定が可能な形式に変換する」仕事です。玉置さんは、これこそがバリューであり、この会社でしか役立たないものではないと強調します。
つまり足りないのは実績や能力ではなく、自分の仕事を説明する言葉だという整理です。
自分の仕事をその説明する言葉が足りてないだけなんですよね。命名した瞬間に存在することになるものっていっぱいあるじゃないですか。
例として玉置さんが挙げたのが「タイパ」という言葉です。少し前まで存在しなかったのに、名付けられた瞬間に「あ、あれだ」と皆が使うようになる。仕事も同じで、言葉にできていないだけで専門性がないように見えてしまうのだと言います。
岡島さん自身も「メディアや発信の立ち上げができる人」といった領域での語りになりがちだと打ち明けます。玉置さんは、それだと同じ領域の人との違いが分からないと応じます。
ポッドキャストのことをやる人ってこういう人いるよね、みたいな時に、まず違いがわかんないですよね。
大事なのは領域ではなく、何をしている人なのか、どういう価値を届けているのかという仕事の本質に言葉を与えること。それを作業レベルや領域レベルではなく定義すると、専門性という見方が芽生えると玉置さんは説きます。
仲の悪い部署の間に入って話をまとめた、というエピソードだけでは「人柄がいい人」「コミュ力が高い人」と受け取られ、便利屋に見えてしまいます。便利屋と専門家の差は、やっていることや能力の差ではなく、構造で話せるかどうかだという指摘です。
同じスキルは「縦」でも使える汎用的な力になる
玉置さんは、構造で語ったときのポイントを、その仕事が「日常的に反復的に発生する業務に必要だ」と思われるかどうかだと言います。
「前提や利害、言語が違う人たちを一つの意思決定ができる共通言語に変換できる人」と定義してしまえば、応用範囲が一気に広がります。
たとえば部署間の調整だけでなく、クライアントと下請け会社の三者間、あるいは社内の役員・部長・スタッフの間でも同じことが起きます。つまり、ハナさんが言う「縦軸」でも使える力なのです。
ここを同じ共通言語に変換することができるっていう機能だと、ハナさんが言う縦でも使えるんですよね。すごく汎用的な尊いスキルになるんですよ。
再現性高く発揮できれば、便利屋ではなく「特殊な専門性を持っているから仕事を任される人」になっていくと玉置さんはまとめます。
「好き」の裏にある責任と評価の問題
ここで玉置さんは、ハナさんが使った「便利屋で終わる」という言葉に注目します。これは横串問題ではなく、別の構造の問題かもしれないと言います。
「主役になるより0.1を1にする役割が好き」という言葉の中に、責任のない軽さ、楽さが混じっていないかを確認したほうがいい、というのです。
横串の動きはどの事業部門にも属さないため、責任が不明確になりがちです。調整できなかったときに誰の責任になるのか。それを持っていなければ、うまくいったときの評価もついてこない構造になります。
責任が発生するから評価もセットでやってくるんですよね。
もし組織的に責任も評価も曖昧なのであれば、ハナさん自身ができることは「責任を引き受けること」だと玉置さんは提案します。
たとえば横串で意見が割れたとき、「次の会議までに必ず意見を取りまとめます」と約束する。約束して果たせば、それが評価につながっていくという考え方です。
岡島さんも思い当たる節があると応じます。玉置さんとYouTubeを撮る中で「約束したほうがいい」と言われ、年内にチャンネル登録5万人という目標を軽口で口にしてしまい、後で頭を抱えたと明かします。
これを言っちゃったから、数字があんまりだったら「収録増やしましょう」とかガンガン言わないとな、みたいな考えになったりした。
約束をした瞬間に自分の仕事になり、責任度が増して行動が変わる、と岡島さんは実感を語ります。
便利屋と専門家を分ける「先に動けるか」
玉置さんは、便利屋と専門家のもう一つの違いを挙げます。便利屋は「なんとかしてくれ」と頼まれてから動くのに対し、専門家は先に自分から仕事をし、提案できる人だという点です。
頼まれてから動く。エピソードでしか語れない
自分から提案し先に動く。構造で語れる
専門家は先に自分から仕事をすることができるんですよね。
「この部署とこの部署を連携させたほうがいい」と自分から提案して動ければ、それはもう明確に便利屋ではなくなります。社内での扱いがプロフェッショナルへと変わることで、自己認識も行動も変わっていくと玉置さんは言います。
さらに、自分のスキルが今の会社の外でも通用するのか不安があるなら、外で力を使ってみるのも一手だとして、プロボノを紹介します。
玉置さんによれば、調整能力は関係団体や地元の人との調整が多い非営利団体でこそ役立つといいます。外で試すことで「私の能力って結構役立つじゃない」と自分でも実感できる、というわけです。
言語化がもたらす自信と行動の変化
まとめに向かう中で、岡島さんは「自分の専門性が分からない」という悩みはハナさんに限らず、日本人にありがちなものではないかと語ります。
玉置さんは、キャリア逆転塾ヒトハタでも、何回かの面談を通じて一人ひとりの専門性を探っていくと紹介します。自分だと思い込みがあるため、第三者と話しながら本人が腹落ちする言語化をしていくのだそうです。
時間がかかる人もいますが、見えた瞬間に大きな自信になると玉置さんは言います。バラバラに見えていた経験値が一本につながる感覚です。
玉置さんは、仕事のコアが分かればコア以外も分かり、コアに集中できると続けます。調整の仕事も、ゴールを「共通の意思決定ができること」と置けば、どこを捨てて誰をキーマンにするかといった優先順位を戦略的に選べるようになります。
岡島さんも、周りから「これはできるよ」と言われることがあると振り返り、自分では言葉にできていない得意を言語化することで、次の仕事や職場の選び方まで変わりそうだと話します。
概念を、言葉を整理するっていうだけかもしれないですけど、めっちゃ行動変わりそうだなっていうお話だったなって思います。
まとめ
専門性は、営業や経理といった「領域の名前」ではなく、自分の仕事を一段抽象化した「構造」で捉え直したときに立ち現れます。名前を与えて責任を引き受け、先に動くことで、便利屋はプロフェッショナルへと変わっていきます。
- 専門性は対象領域の名前ではなく、どんな問いを立て、どう判断したかで測られる
- 横串の仕事の本質は、違う言語・前提・利害を共通の意思決定可能な形式に変換すること
- 足りないのは実績や能力ではなく、自分の仕事を説明する言葉であることが多い
- 責任を引き受けて約束を果たすことで、便利屋ではなく評価される専門家になれる
- 自分の仕事を構造と言葉で整理できると、自信になり行動も変わる



