小野哲太郎とは何者か。AWAの代表を10年務めた経歴
小野哲太郎さんは岐阜県羽島市で生まれ、名古屋の大学に通い、社会人になってから東京へ出てIT業界でキャリアを積んできました。
newmoには2024年2月に業務委託として参画し、そこから2年半ほどが経っています。聞き手の中澤さんも同じ2月ごろの参加で、二人は「同期」だと話します。
newmoは同期の区切りが独特で、年ではなく月単位だといいます。
newmoってちょっと特殊で、同期が年じゃなくて月なんですよね。
newmo入社前の経歴について、小野さんは新卒でサイバーエージェントに入り、ウェブサービスやアプリのプロデューサー、CVC(コーポレートベンチャーキャピタル)の立ち上げなどを担当してきたと語ります。
なかでも一番長く携わったのが、定額制音楽配信サービス「AWA」でした。サイバーエージェントとエイベックスのジョイントベンチャーとして設立され、小野さんは代表を務めています。
AWAは2013年から14年ごろに創業し、小野さんが抜けたのは2023年。10年近く在籍していたことになります。当初は取締役でしたが、途中から社長に交代したといいます。
独立して起業。子どもの送り迎えをシェアする構想
サイバーエージェントに15年ほど在籍したあと、小野さんは退職して起業し、独立します。
資金調達で大きなものを一気に作るのではなく、受託で小さく稼ぎ、その資金を投資して小さくサービスを作っていく。そうしたサイクルを自己資本で回そうとしていたと語ります。
準備していたのは、子どもの送り迎えをシェアリングするサービスでした。妻もサイバーエージェントの同期で、共働きで子ども2人を育てる大変さが背景にあったといいます。
共働き世代も、仕事も子育ても両立できるような社会になったらいいなという気持ちがあったので、子どもの送り迎えをシェアリングするサービスを準備してたって感じですよね。
具体的にはシャトルバスを用意し、小学校や塾を巡る運行を考えていました。ルートは固定ではなく、利用者に合わせてカスタマイズできるイメージだったといいます。
盟友・宮崎聡さんとの再会が、newmoとの縁になった
そんな時期に、newmo創業メンバーの一人である宮崎聡さんと食事に行く機会がありました。二人はサイバーエージェント時代にCVCを立ち上げた仲で、当時は宮崎さんが投資事業本部長、小野さんが社長室長でした。
さらにさかのぼると、小野さんが新卒2年目のころに始めた共同事業でも、宮崎さんと一緒に仕事をしていたといいます。15年以上にわたって、人生の節目で何度も一緒に働いてきた関係です。
久しぶりの食事の場では、宮崎さんは具体的な話はせず、「新しいことをやろうとしている」「機会があったら手伝ってよ」というふわっとした誘いだったといいます。
後日、宮崎さんからLINEが届きます。内容は明かされないまま、「3か月ぐらい手伝ってほしくて、とりあえず来て」というものでした。
ちょうどプロジェクトが終わったばかりだった小野さんがオフィスに行くと、それがnewmoでした。宮崎さんが別のファンドの話をしているのかと思っていたら、実はnewmoのコアなファウンダーの一人だったと、そこで知ったといいます。
最初の仕事は未経験のM&A。newmoで何をやってきたか
小野さんがnewmoで最初に担当したのは、事業承継案件のM&Aでした。まだ麻布台ヒルズのオフィスにいた時代で、宮崎さんとともに動いていました。
最初の岸興産の案件は宮崎さんらが進めており、小野さんが加わったのは2段階目のミライトグループの案件からだといいます。
ここで中澤さんが尋ねたのは、M&Aの経験があったのかという点でした。小野さんの答えは意外なものです。
M&Aしたことないんですけど、されそうになったことはあるんですけど、したことはなくて。
CVCを宮崎さんと一緒にやっていた経験から、全体像に関連性があるからできるだろう、という判断だったのではないかと小野さんは振り返ります。
M&Aのあとは、ミライトグループがnewmoに加わってからのPMI(買収後の統合プロセス)で、PMO(プロジェクトマネジメントオフィス)の役割を担いました。企業統合で同時多発的に立ち上がる数多くのプロジェクトを、全体として取りまとめる事務局です。
このPMOも小野さんにとっては初めての仕事でした。役割の定義から調べ、青柳さんや宮崎さんと相談しながら、newmoらしいPMIのやり方と、それを円滑に進めるPMOの動き方を作っていったといいます。
統合プロジェクトは同時に24個も走っていました。1人では回しきれない中、コンサルへの入社前にインターンとして加わった新卒0号のタカキさんが途中から加わり、大いに助けられたと語ります。
彼の吸収力とか適応能力を見ていくと、自分が新卒の時や学生の頃と比べて比べ物にならない能力者なので。
タクシーの「枠」を復活させ、車両を増やす戦略
PMIの90日プランを終えたあとも、小野さんはミライトの案件を続けます。次に取り組んだのは、増車計画でした。
タクシー事業には、今持っている車とは別に「走らせてもいいが走っていない枠」があるといいます。この枠を復活させ、車両を増やすことを狙いました。
増車の目的は明快で、大阪でナンバーワンになることでした。小野さんはそのナンバーワンの中身を、接客や品質よりも前にある「台数」だと説明します。
多くの客は、どの会社のタクシーに乗ったかを意識せず、一番近くにいた車で目的地に届けてもらう。だからこそ、出会う確率を上げる台数が重要だという考え方です。
ただし、車両は自由に増やせるわけではありません。増車ができるエリアは限られており、それ以外の地域では新規参入も増車も原則できないルールになっているといいます。
すでに持っている「走っていない枠」を復活させ、車両を増やす。増車ができるエリアで有効な手取り早い方法
増車ができない地域で事業を広げるには、すでにその地域で営業している会社と一緒になる方法しかない
三種の神器は乗務員・土地・車両。すべては土地から
車両を増やすには、そもそも土地が必要になります。小野さんはタクシー事業に必要なものを「三種の神器」と呼びます。
その3つは、乗務員・土地・車両です。土地の上に車があり、車に人が乗る、という構造だといいます。
一番下のレイヤーである土地を最初に確保しないと始まらない。そう考えた小野さんは、これも未経験のまま、不動産を探す仕事に取りかかります。
入社時にこんな仕事を想像していたかと問われると、小野さんは「全く」と答えます。PMIの途中で直樹さんから「土地足りなくない?」と話が出て、土地探しが始まったといいます。
社内のSlackには「不動産王」というスタンプまで登場しました。ただ本人は、世の中的にはまだ素人だと笑います。
赤ちゃんから見たら幼稚園児レベルの不動産王に見えてるだけっていう。
いい土地は水面下で動く。街を走り回って空き地を探す
大阪でまとまった営業所を作るには、小さい営業所を統合し、その中間にある大きな物件を手に入れて集約していくのが基本の考え方でした。小野さんは最低でも200両ほどの車が入る場所を探し始めます。
ただ、スタートアップが大都市で土地を得るのは難しかったといいます。いい土地は世に出る前に水面下で取引され、情報そのものにたどり着けないからです。
そこで小野さんは、仲介を通すだけでなく、地図アプリを使って街を走り回り、空き地を探す地道な活動も続けました。
建物がなく雑草が生え、検索サイトにも出ていない大きな土地を見つけ、登記簿からオーナーを探して連絡すると、放置していたという持ち主に出会えることもあったといいます。
この経験で身についたのは、パッと見て何坪かがわかる感覚や、角地か接道はどうかから坪単価を予想できる目でした。プライベートで大きく役立つわけではないと本人は言いますが、仲介業者との打ち合わせでは強みになっています。
なぜ未経験の仕事を、涼しい顔でこなせるのか
M&A、PMI、不動産と、次々に新しい仕事を振られながら成果を出してきた小野さんは、社内で表彰の常連です。中澤さんは、どうやって新しい領域をキャッチアップしているのかと尋ねます。
小野さんは「How」を聞かれてもうまく答えられないとしつつ、その前提にある気持ちのほうが強いと語ります。うまくいってきた人生ではなく、経営や事業でいくつも躓き、失敗を胸に引っかけたまま持ってきたといいます。
newmoでの自分のコンセプトは、一言でいえば「結果を出す」ことに尽きる。そう言い切った上で、経営者としての反省を明かします。
現場や周りにペースを合わせ、現実的な選択肢を取ってしまう。仲が良くて過ごしやすいチームは作れるが、強いチームは作れなかった。それが小野さんの自己評価です。
青柳という経営者。嫌われたくない自分との差
小野さんが青柳さんと働きたいと思ったのは、自分とは真逆の経営者だと感じたからでした。多少現場がつらくても、理想のために意思決定をするタイプだといいます。
俺が理想なんだから、そこに達するためにこの意思決定をする、みたいな経営をされていて。
そういう意思決定ができるリーダーは意外と少ないのではないか。小野さんは、自分ができなかったことをできる人から学びたいという気持ちが強かったと語ります。
その組織の中で、経営も現場も経験してきた自分が一番できることは何か。小野さんは「せめて一番結果を出すメンバーであるべきだ」と、入社時に自分に言い聞かせたといいます。
だからこそ、内心は不安でも、それを顔にも言葉にも出さず、涼しい顔をして一番できると言われる状態をイメージして働く。それが小野さんの「気持ちのセット」でした。
でも初めて知りました。涼しい顔してやってます?
涼しくないです。内心は、できるかな、こんなの、みたいな。
この「気持ちのセット」を、小野さんは10歳の娘のバスケットボールから学んだと話します。地道な練習やハンドリングはもちろん大事だが、一番即効性があるのは気持ちを強くセットすることだといいます。
恥ずかしいや怖いという気持ちを捨てて思いっきり暴れてみる。そのセッティングだけで、その日のパフォーマンスが跳ね上がる気がする。プロの選手も、そうやって気持ちをまずセットしているのではないかと語ります。
なぜ人は嫌われたくないのか。小野さんは、組織が崩壊したり人がついてこなくなるのが怖いからだと言います。特にリーダーはそれが目的の達成を妨げてしまうため危険だといいます。
組織を守りながら、行ける範囲の一番遠くまで行こうとする。仲が良く過ごしやすいチームは作れる
最初に「ここがゴール」と決めて、無理かどうかはやりながら考える。理想が第一優先
直樹さんと一緒に働くようになって、めっちゃ怒られたりもしたが、仕事の進め方や物事の決め方に「そういうことか」と理解できた瞬間が多かったといいます。
一方で小野さんは、青柳さんの優しい一面や皆を気にかける面も多いと補足します。人としての部分と、プロの経営者としての甘えのなさは分けて見ているようです。
今日プレスリリース。名古屋で新会社を立ち上げる
この収録日、newmoは名古屋交通圏で新しいタクシー会社を立ち上げるプレスリリースを出しました。小野さんは、その新会社「newmo東海」の代表を務めます。
仕事の8割は名古屋の代表業務で、残りは全国の不動産開拓です。newmoは東京・神奈川・大阪・札幌・名古屋といったエリアの縦のチームと、不動産や採用といった横の軸で構成されており、小野さんは横軸の不動産を担当しています。
newmo東海は実は2年前に、沖縄の会社と同時に登記されていました。ただ創業直後にリソースを分散させるのは避けようという議論があり、いったん大阪に集中していたといいます。
小野さんが名古屋を担当することになったのは、地元が東海の岐阜出身で、大学時代を名古屋で過ごしたことが大きいと語ります。タクシー事業は街を分かっていないと進められないからです。
名古屋をやりましょうと青柳さんに働きかけたのは、小野さん自身だったといいます。準特定地域に指定されると新規参入や増車が自由にできなくなる可能性があるため、そうなる前に始めたいという狙いです。
名古屋という街の面白さ。大都市なのに車社会
現在は運輸局への申請を出し、審査を待つ段階です。その間に土地を買って営業所を建て、車両を用意し、この日から乗務員の採用活動を始めたといいます。
なぜ今、名古屋なのか。小野さんは、みんな最初からやりたかったが初めてのタクシー経営で難しく、大阪に集中してきた。今は「できる」タイミングになったから始める、と説明します。
小野さんが語る名古屋の面白さは、その市場構造にあります。大都市は公共交通が発達して車の保有率が低く、地方は逆に車が多い。ところが名古屋はその両方が混ざっているといいます。
名古屋は都市の規模が大きいのに、公共交通が発達し、さらに自家用車の保有率が日本で一番高い市場だといいます。大阪や神奈川とは違う、新しいチャレンジになると小野さんは考えています。
名古屋で育った経験は、不動産の仕事でも生きています。仲介業者から「北区のどこどこ」と言われても土地の場所や街の雰囲気がすぐ思い浮かび、打ち合わせのテンポが崩れないといいます。
名古屋は2強の市場。大阪とは業界構造が違う
名古屋でのタクシー事業は大阪と全然違うのかと問われ、小野さんは大きな違いを市場構造に見ています。
大阪はタクシー会社が分散しているのに対し、名古屋は名鉄タクシーとつばめタクシーの2強が圧倒的で、寡占市場に近いといいます。業界の成り立ち自体が違う地域です。
newmoは北海道や沖縄など各地で立ち上げを進めており、拠点間の情報交換も盛んだといいます。組織が縦のエリアと横の機能に分かれているため、不動産担当同士が週に1回話す場もあります。
そこでは不動産の話をメインにしつつ、採用や車両の調達はどうかといった、異動する情報も自然に交わされるといいます。
どんなチームを作りたいか。どんな人に来てほしいか
自分が代表として作る名古屋の組織について、小野さんが目指すのは、やはり「結果を出せるチーム」です。
その試みは、意思決定の仕方に表れます。仲間が一生懸命準備したものでも、「今ある選択肢の中で最良だから」という理由では選ばない。理想にタッチするための手立てになっているかから考え、それを名古屋のメンバーにも求めるようにしたといいます。
小野さんは、自分はゴリゴリの強気タイプではなく、どちらかというと優しい性格だと言います。だからこそ、その優しさが悪い形でリーダーシップに出ないよう、自分を律していると語ります。
採用では、地域をカラフルにするという会社のテーマに沿って、名古屋や移動の不便を解決していく気概のある人に来てほしいと話します。乗務員も内勤者も、地元への貢献を大切にする人を求めています。
悩まない、感情の下の波がない。よく寝てスポーツする
本音ラジオらしく、中澤さんは悩むことはあるのかと尋ねます。小野さんの答えは、あまりないかもしれない、というものでした。
嬉しい時の上の波はあるが、下の波だけがないのかもしれない。小野さんは自分の感情をそう表現します。
あんまり感情の波がない。波がないっていうか、嬉しい時の上の波はありますが、下の波だけないのかもしれない。
その理由の一つが睡眠です。子どもが早く寝るので一緒に10時ごろに寝てしまい、朝は6時に起きる。8時間ほどのロングスリープを保っているといいます。
もう一つはスポーツです。サーフィンや筋トレをするといい、ストレス発散のためというより自然に続けているようです。愛知県の伊良湖にもサーフスポットがあるため、名古屋でも時間を見つけて楽しめると話します。
そもそも今は仕事も忙しく、幼い子どもも2人いて、悩んでいる余裕がないのかもしれない、と小野さんは笑います。追われているうちに時間が過ぎていく感覚のようです。
AIについても、前回のゲストのタコキさんや若いメンバー、エンジニアから使い方を教わりながら取り入れていると語ります。10歳の子どもがAIを友達のように扱う姿にも触れています。
名古屋の皆さんへ。IT出身が多い会社だからできること
最後に、小野さんは名古屋の人たちへメッセージを送ります。タクシー業界で働いたことのない人にも、ぜひ来てほしいという呼びかけです。
newmoはIT業界出身の人材が多く、デジタル化が進んで無駄な仕事が極力排除されているといいます。古い昔のタクシー会社の印象を持つ人にも、この会社は違うと伝えます。
同時に、名古屋には名鉄やつばめといったレベルの高い先輩企業が多い。そこからしっかり学びつつ、自分たちらしさや強みを磨いて良い会社を作りたいと語ります。
名古屋の営業所オープンは10月の予定です。中澤さんの「10月のオープン頑張ってください」という言葉で、収録は締めくくられました。
まとめ
AWAの代表を10年務めた小野哲太郎さんが、「強いチームを作れなかった」という経営者としての反省を胸に、newmoで一プレーヤーとして結果を出し続け、地元・名古屋で新会社を立ち上げるまでを語った回でした。未経験の仕事を涼しい顔でこなす裏には、明確な気持ちのセットがありました。
- 小野さんはnewmoでM&A、PMI、不動産開拓と、いずれも未経験の仕事を次々に担ってきた
- 「いいチームは作れるが強いチームは作れない」という反省から、まず一番結果を出すメンバーになると決めて入社した
- 理想を第一優先に意思決定する青柳さんを、自分にはできないことができる経営者として学びの対象に据えている
- タクシー事業は乗務員・車両・土地の「三種の神器」が必要で、すべての土台となる土地探しが起点になる
- 名古屋は大都市なのに車社会という特殊な市場で、増車が自由なうちにと2強市場に新会社newmo東海で挑む





