CVCは目的ではなく「先読み」の手段
中馬さんはみずほのBDO、つまり新規事業の責任者です。スタートアップ業界からは「CVCで一番投資している人」というイメージを持たれがちだと言います。
ただ本人は、そのイメージには少し注釈をつけます。投資はあくまで手段であって、目的ではないという立場です。
僕はCVCの長ではあるんですけど、それは手段であって、投資が目的じゃなくて、僕はBDOだから事業を作る人なんです。KDDI時代からずっと新規事業をやっていて、結果CVCの活動もしていたっていうことなんです。
では投資は何のためにあるのか。中馬さんは、新規事業は「作るもの」ではなく「見つけるもの」だと考えています。
世の中でこれから流行るものの一歩手前を見いだし、そこに大きく張る。その先読みの方法論が、スタートアップ投資を通じて世の中を勉強することだと語ります。
投資によるリターンも大事だし、会社へのシナジーもいいと思うんですけど、実は本質的には、世の中でこれから何が起きるのかを、投資を通じて勉強したいっていう感覚に近い探索をしているんです。
この考え方はKDDI時代から一貫していると佐俣さんは指摘します。誰もが真似できそうに見えて、実は続かないのだと中馬さんは言います。
財務目的や事業シナジーは成果がわかりやすい一方、探索投資は複線的です。集めた情報を本業の何かに結びつけないと「何をやっているのか」となってしまうからです。
自社でやるKDDIから、群れをつくるみずほへ
みずほには、この中馬理論に賛同した上で新規事業のアップデートを託されて来たと言います。ただ本人は、通信会社の手法が金融機関でそのまま通用するとは限らないと考えていました。
期待してくれるのはありがたいが、やり方も含めてニュートラルに全権委任してくれたら、僕は考えて設計しますんでっていうことでやりました。その結果、探索の部分はほぼ同じでいいし、これはやっぱり普遍的だと分かりました。
一方で、事業化のやり方は大きく変える必要がありました。KDDIは手金でM&Aを重ねて自ら事業を持つ会社ですが、金融機関は業法の壁もあり、性格も異なります。
中馬さんは、金融機関はオペレーションの会社ではなく「エネーブラ」だと整理します。そこから、自社で事業をやるという発想自体を手放しました。
もうみずほのための仕事はしないと。日本の産業を作るのであると。日本でこれから伸びる産業があったときに、特定個社で頑張って産業ってできるんでしたっけ、っていう話なんです。
特定の一社で産業を起こすのは限界がある。ならば複数のプレイヤーを集め、再定義し、再編成することで新しい産業をつくれるのではないか。それが中馬さんの結論でした。
一社十億を三十社集めれば、世界と戦える
この「群れ」の発想を、中馬さんはエンタメ施設の例で説明します。ラスベガスのスフィアやUKのABBA Voyageといった体験型施設です。
スフィアが三千億くらい、ABBA Voyageが三百億くらいの設備投資です。世界の二大巨頭ですね。一方で日本のエンターテインメントは、どんなにかかっても大体十億から二十億くらいなんですよ。
これらの巨大施設が日本に来るか来ないかが話題になる一方、国内は成長産業と言いながら一件あたり十億、二十億しか投資できていないと中馬さんは言います。
そこで発想を変えます。一社十億でも、三十社集めれば三百億です。そのとき初めて世界と戦える規模になる、という考え方です。
みんな三百億の相手と同じクオリティを作れますか、お客さんを満足させられますかって。できないんですよ。じゃあ一緒になって作ればいいじゃないかって思うんだけど、やらないんですよね。
ドローン産業で百社が各十億の売上でも、合わせれば相応のスケールになる。それでも誰もやらないのは、日本的な慣習と、何より「グランドデザインの欠如」だと中馬さんは見ています。
世界で一番か二番にならなければ勝てない。だからこそ、その絵を描いて全員を巻き込む人が必要だと語ります。
自社で探索し、手金でM&Aして飛び地に入り、自ら事業を持つ
自らは主役にならず、複数社を巻き込んで大きな産業の渦をつくる
金融機関というニュートラルな立場は、むしろ動きやすいと中馬さんは言います。誰ともカニバらず、仕掛ける範囲も自由だからです。制約が逆にプラスになる感覚だと語ります。
大企業はアンダーバリューされすぎている
話は大企業のポテンシャルに移ります。佐俣さんは、投資家の仕事を「アンダーバリューされているものを見つけること」だと表現します。
その上で、今の高校生や大学生から見て大企業が過小評価されすぎているのは損だと指摘します。大企業でしかできないことがあるからです。
佐俣さんは、二年だけ在籍したリクルートでの経験を振り返ります。当時見た四十歳前後の先輩たちの仕事ぶりが印象に残っていると言います。
当時四十ちょっとの人が、M&Aしたいですって話を決めてきて、自分が責任者として行きますって。それがリクルートの今の時価総額のうち、たぶん七兆くらいはインディードなんです。
一千億の投資が七兆になるまで十年ほど。スタートアップを中途半端にやるより圧倒的なインパクトがある、と佐俣さんは大企業の醍醐味を語ります。
中馬さんは、大企業に安定を求めて入るのはおかしいと投げかけます。個人的なリターンは少なくても、社会的インパクトというリターンは最大級だからです。
安定なんか求めてないし、むしろチャレンジングだからやっていますっていう人も大企業にはいるわけですよ。ひと握りではありますけど。醍醐味とか社会的インパクトのリターンでいうと最大級なんです。
その代わりハードルは高く、難解な問題や面倒な組織と向き合う必要がある。それを好きか嫌いか、ただそれだけの話だと中馬さんは言います。
ゼロイチへのリスペクトと、支援者の役割
中馬さんは、佐俣さんと共通の知人であるファッションデザイナーの三原康裕さんの話を持ち出します。学生時代の遊び仲間だと言います。
溢れる才能に早く出会ってしまったことで、自分がクリエイティブを語るのは恥ずかしいと感じたと言います。だからこそ会社に入り、システム側からクリエイターを応援する道を選びました。
天才はスタートアップなりクリエイターで自分の感性で戦ってもいいけど、僕らみたいに特に才能はないけれども思いはある、っていうやつは、むしろ大組織のほうが本当は向いてると思いますけどね。
福岡を出るとき、仲間から「インディーマインドを忘れないメジャーになってくれ」と言われた言葉を、中馬さんは今も大事にしていると語ります。
ここで中馬さんが本当に伝えたいのは、支援者側のメンタリティです。自分たちは必ずしもゼロイチを生み出せない、その限界を理解しておくべきだと言います。
佐俣さんもこれに強く共感します。投資家の仕事を「相撲を砂かぶりの席で見る権利くらい」と表現し、自分が土俵に上がれると勘違いしてはいけないと語ります。
投資家の仕事なんていうのは、相撲を砂かぶりの席で見る権利くらいでしかないから。相撲に参加できると思ったらアウトだし、背中を押したらアウトなんですよ。
同時に二人は、起業家側も大企業を舐めすぎないほうがいい、という相互のリスペクトも確認します。大企業が動いたときの意味や価値は、スタートアップには出せないものだからです。
大企業の人がやるべきは、小手先のゼロイチに入り込むことではなく、仕組みを作って社会を大きく動かすことだと中馬さんは言います。
これからの日本を救うオープンイノベーション
後半、佐俣さんは中馬さんに、この一、二年で挑戦したいことを尋ねます。
まず挙げたのはエンタメです。日本が絶対に負けてはならない領域であり、大きな座組を組んでライフワークとして仕上げると語ります。
エンタメは日本が絶対に負けてはならぬ領域だと思ってるんで、こういう大きな座組をやりますよっていうことをちゃんとやろうと思ってます。これはもうライフワークだから、やり切ります。
そして中馬さんが最も熱く語ったのが「オープンイノベーション」です。大企業とスタートアップの連携で最も実績のある人と評される中馬さんが、これからの日本はこれに尽きると言い切ります。
リアルの社会をアップデートしようにも、既存の大企業にはもうアイデアも技術もない。かといってスタートアップが単独で大企業に成り代われるわけでもない、というのが中馬さんの見立てです。
主従関係でいうと、大企業という社会資本側が、いかにスタートアップなり新しい技術やアイデアを生かせるか。これをどれだけの解像度で、精度で、回数で、規模でやれるかで決まると思ってるんです。
これまで成功事例が多くないオープンイノベーションを、KDDIなどで進めてきたノウハウとして日本の大企業や国に塗り込んでいく。それを「自分しかできない」と中馬さんは言います。
中馬さんは、困っている人はどこにでも行くし協力もすると呼びかけます。局面を変える、という強い言葉で締めくくりました。
まとめ
中馬さんにとって投資は目的ではなく、世の中を先読みするための手段です。個社の限界を認め、群れで世界と戦える規模をつくり、大企業がスタートアップのイノベーションを社会に実装する。それを一年かけて形にすると語る回でした。
- CVCや探索投資は、リターンやシナジーよりも「世の中の先読み」を学ぶための手段
- 特定個社では産業は作れず、複数社を束ねて世界と戦える規模をつくる発想が要る
- 金融機関のニュートラルな立場は、誰ともカニバらず産業を仕掛けやすいという利点がある
- 支援者はゼロイチを生めない限界を自覚することで、起業家へのリスペクトを保てる
- これからの日本の鍵は、大企業がスタートアップのイノベーションを実装するオープンイノベーション
