内弟子ではなく「通いで習う」師弟関係
今回のテーマは、囲碁界の師弟関係のうち、内弟子以外のかたちです。三村九段は以前、内弟子について話したうえで、今回は通い弟子や囲碁道場での師匠と弟子の関係を取り上げます。
三村九段によると、内弟子はプロ棋士が自宅に住まわせて生活から丸ごと育てる形で、大昔は普通でしたが、今はなかなかできなくなっているといいます。
一方で、今主流なのは「通っておいで」という形です。プロ棋士を目指す際、師匠は必ずしも必要ではないものの、プロの先生に教わりたい場合、先生の自宅やサロン、囲碁サロンなどに通って習うことになります。
三村九段自身は囲碁道場を運営しており、その道場で師弟関係を結んでいます。今回は、その通い弟子と道場という2つのかたちを中心に語られます。
趙治勲と小林幸一、対照的な弟子の育て方
通い弟子の例として、三村九段は日本のトップ棋士2人を挙げます。1人は、七番勝負の鬼と言われ、名誉名人や25世本因坊など多くの名誉称号を持つ趙治勲九段です。趙治勲九段は内弟子を取っていたといいます。
もう1人は、そのライバルだった小林幸一九段(名誉三冠)です。小林幸一九段は内弟子を取らず、自宅に通わせて研究会のような形で弟子を育てました。
三村九段によると、小林幸一九段のもとからは大矢幸一九段や、娘である小林泉さんなど、プロになった弟子が数多く出ています。自宅に呼んで長時間対局し、碁を見て講評するという形だったと聞いているといいます。
これがいわゆる通い弟子です。普段は自分で生活を管理して練習し、週に1回や2回、定期的に勉強に来る。何かあればその都度アドバイスをする、という師弟関係です。
これがあるのとないのでは、やっぱりね、大きく緊張感も違うし、何かの時に大きな心の支えにもなります。
藤沢秀行門下での通い弟子時代
三村九段自身も、藤沢秀行先生の弟子にしていただいたときは通い弟子でした。弟弟子には、名人・本因坊になった高尾紳路九段がいます。三村九段、高尾九段、森田道明九段の3人が弟子になったといいます。
研究会は週に1回ほどで、小田急線のよみうりランド前駅から15分ほど歩き、急な坂を登ったところにある先生の自宅で行われました。若いプロ棋士が15人ほど集まって習っていたそうです。
その週や最近打った碁を先生の前で並べ、講評を受ける形でした。三村九段は、その様子をこう振り返ります。
「ここはこうだ」とかね、「バカもん」とかね、そんな風に鍛えていただいたんですけども。
さらに年に2回ほど合宿があり、若いプロが30人や40人と集まったといいます。長いときは1週間ほどで、先生が70歳を超えてからは3泊4泊に短くするなどして続けられました。
弟子でなくても教えた藤沢秀行という師匠
藤沢秀行先生は、自分の弟子でなくても教える先生でした。研究会には、三村九段たち3人の弟子以外に、よその弟子にも「習いにおいで」と声をかけて集めていたといいます。
その背景には、囲碁界特有の師弟観があります。師弟関係だからといって、必ずしも碁そのものを教えるとは限らないというのです。むしろ生活の指導という面が大きく、直接碁は教えないこともあるといいます。
三村九段によると、子供の頃は教えても、プロになってしまえば対等だという感覚が棋士にはあります。15歳でプロ試験に通れば、相手が九段で40歳であっても、対戦時は互先でハンデなしの対等な勝負になるためです。
だからこそ、プロになった相手には「もうお前は一人前だから」と言って教えないのが普通だといいます。その中で、藤沢秀行先生はプロにも教える珍しいトップ棋士でした。
さらに驚くのは、教えている生徒と挑戦者を決めるリーグ戦で対戦しながら、研究会を続けていたことです。教えた生徒に負けるようになっても、指導を続けていたといいます。
まあ日本の未来のために、こいつらを鍛えてっていうようなことを考えてやってらっしゃったわけですね。
合宿で30人集まっても弟子は3人だけでしたが、弟子だから扱いが違うということもなく、みんな可愛がられていたと三村九段は振り返ります。これは特殊な例だといいます。
囲碁道場では「生徒イコール弟子」ではない
三村九段が今運営しているのは囲碁道場です。日本では囲碁道場は今とても少なく、関東では、韓国から来た洪清泉さんの本道場と、藤沢一就八段の新宿の天宝道場が二大道場だといいます。
最近閉じられた緑星学園は、最も古い道場と言っていいそうです。これらも通って勉強する場所であり、通い弟子に近い形ですが、みんなが弟子というわけではありません。
生徒イコール弟子ではないですね。
道場に通うのはプロを目指す子供だけとは限らず、純粋に囲碁が強くなりたい子も来ます。三村九段の道場も、5歳ぐらいから囲碁のルールを覚えるところから通ってきます。
同じ部屋で、時にはプロ試験を受けているような子と一緒に勉強することもあるといいます。習い事として通う子から、県代表や全国優勝を目指すレベル、さらに院生になってプロを目指すレベルまで幅があります。
師弟関係になってくるのは、院生になるあたりからです。推薦者として名前を書いてもらうようなところから、大体師弟関係に近づいていくといいます。
プロになるときに決まる「何々門下」という関係
ただし、はっきりした契約や口約束があるわけではないと三村九段は言います。プロ試験に通って入段するときに、日本棋院への登録で「何々門下」と書くことになります。
三村九段の生徒がプロ試験に通れば、大体は三村門下になります。ただ、そうならないこともあるといいます。他のプロの弟子として道場に通ってくるケースがあるためです。
その代表例が本道場です。新宿の天宝道場ではみんな藤沢門下になりますが、本道場はそうとは限りません。本道場出身には、一力遼名人や芝野虎丸棋聖といったトップ棋士がいます。
三村九段によると、一力名人は宋光復九段の門下です。宋光復九段は多くの弟子をプロに育てていますが、毎日自分が教えて生活の面倒を見るのではなく、定期的な勉強会は行いつつ、日ごろの勉強は別の道場に通わせるという形を取っているといいます。
自分は通い弟子の先生だけども、別のところにも通わせるという、まあちょっと変わったスタイルですね。
弟子の掛け持ちを、師匠はどう思うのか
基本的には、プロを目指す弟子があちこちの研究会に行くことを、あまりよく思わない先生が多いと三村九段は言います。三村九段自身も、師匠の藤沢秀行先生から言われた経験があります。
「俺に習ってるのに、よその研究会に行くのか、お前」みたいなことを言われたことはあるので。
そのため三村九段も気を使ったといいます。師匠が時間を割いて鍛え、勉強に付き合っているのに、あちこち掛け持ちされるのはつらいものがある、という師匠側の気持ちを語ります。
その点、宋光復九段は割と広く柔らかい考え方をする、と三村九段は評します。つまり、道場の生徒であることと師弟関係にあることは、必ずしも一致しないということです。
三村九段の生徒でプロになった水上初段も、その一例です。父の水上友親九段、母もプロという家庭で、父の弟子としてプロになっています。
道場の師弟関係は、普通に教室に通っているときは師匠という雰囲気ではまったくないといいます。プロになるとき、プロ試験に近い院生あたりから、少しずつ師匠と弟子の関係になってくる。これは大体どこでも同じだそうです。
中国では師匠の力が桁違いに大きい
この師弟関係のあり方は、中国や韓国では事情が違いそうだと三村九段は言います。韓国にも同様の道場があり、中国にも道場があります。
中国の例として挙げるのが、常衛平九段です。高い壁だった日本を倒し、鉄のゴールキーパーと呼ばれた英雄的存在で、中国の囲碁を飛躍的にレベルアップさせたレジェンド棋士でしたが、昨年亡くなられました。
三村九段によると、中国では師匠の発言権が非常に強く、常衛平九段が推薦すれば国家チームの選手になれてしまうようなこともあったといいます。「今回の選手はこいつにしろ」というのが通る世界だというのです。日本にはそうしたことはないといいます。
そのため、師匠が要求する条件も違うことがあるといいます。三村九段は、賞金を稼いだら何パーセントかを師匠に納める、といった話を聞いたことがあると語ります。
例えば世界チャンピオンになった常浩九段は常衛平九段の弟子とのことで、そうなると師匠は何もしなくても収入が入ってくる形になると説明します。日本では、このような話は聞いたことがないといいます。
師匠の発言権が強く、推薦で国家チーム入りできることも。弟子の賞金の一部を師匠に納める例もあると聞く。
師匠が弟子を育てて豊かになる話は聞かず、精神的な充足感のために教える先生が多い。
日本の師匠は「恩を後輩に返す」ために教える
日本では、師匠が弟子を育てたことで自分が豊かになるという話は聞いたことがない、と三村九段は言います。皆、精神的な充足感のために頑張っているのだと考えられます。
日本の囲碁道場が大儲けできるという印象もないといいます。三村九段は自身を「経営へぼ」と表現しつつ、他の道場もそれなりに苦労しているはずだと話します。
日本のプロ棋士は、先輩から受けた恩を後輩に返すという意味で、取り分をあまり気にせずに教える先生が多いといいます。三村九段自身はビジネスとして成り立たせる気満々で始めたものの、結果はうまくいっていない、と率直に語ります。
ちょっとまた、この話ちょっとずれてきちゃいました。師弟関係の話だとちょっとずれてきていますね。戻しましょう。
「名前だけ貸してください」という師弟関係
最後に三村九段が挙げたのは、純粋に名前だけの師弟関係です。ほとんど教えることも会うこともなく、師匠が欲しいから名前だけお願いする、というケースがごく一部あるといいます。
三村九段自身は道場を運営しているためそうしたことはないそうですが、そのような話を聞いたことはあるといいます。
「あの人、兄弟弟子ですよね?」「いや、一回も会ったことないんです。兄弟弟子だって最近知りました」とかね。
今回は久しぶりの収録で、三村九段自身も喋り方がしっくりこない、マイクに向かうのが久しぶりすぎると振り返りました。通って習う弟子の話と、道場の場合の師弟関係について語る回となりました。
まとめ
内弟子以外の囲碁の師弟関係には、通い弟子や道場を通じた関係など、さまざまなかたちがあります。日本では師匠と弟子が対等になる感覚が強く、恩を後輩に返す精神で教える先生が多い点が特徴です。
- 内弟子が難しくなった今、通って定期的に習う「通い弟子」が主流になっている
- 藤沢秀行先生は自分の弟子でなくても教え、教えた生徒に負けても指導を続けた
- 道場では「生徒イコール弟子」ではなく、師弟関係は院生やプロになる頃に固まる
- 中国では師匠の発言権が強く、弟子の賞金が師匠に入る例もあると聞く
- 日本の棋士は精神的な充足感や恩返しのために教える先生が多い







