学校の先生はダンスの何に困っている?
前回の教育の話を受けて、今回はダンスインストラクターの黒田雄介さんが自身の仕事を掘り下げます。黒田さんはダンスインストラクターを16年続け、塾講師や家庭教師として勉強も教えてきました。
黒田さんによると、ダンスと勉強には共通点もありつつ、違いもあるとのこと。そこで今回のテーマは「インストラクターが考える楽しさとできたの作り方」です。
出発点は学校のダンス授業です。ダンスは義務教育に入り、先生は教えざるを得ない状況にありますが、映像を流すだけだったり、生徒に任せたりと、教え方に困っている現場も多いといいます。
黒田さんがよく質問されるのは、特に評価のしかたです。上手い子には点数を付けられても上手さの基準がわからないので評価の精度に自信が持てない、という悩みです。
そこで黒田さんは教育委員会と連携し、この夏も90人ほどの小中高の先生に「ダンスがうまくなくても教える方法」を伝えてきたそうです。
何でも教える側が熱量がないと絶対相手に伝わるんで、自分自身が楽しまないといけないなと思ってます。
黒田さんの答えの最初の柱は教える側がまず楽しむこと。先生自身のリズムアレルギーやダンスアレルギーを取り除けば次は子どもたちにも同じことができる、という考え方です。
明るい鏡張りのスタジオがマイナスになる理由
黒田さんはいま増えているレンタルスタジオの「鏡があって明るい」環境をダンスを始める人にとってはむしろマイナスだと見ています。
恥ずかしさの晒し者にする環境になってるんですよね。自分自身にも突きつけてくるっていう。
恥ずかしいからやらないという人が多いからこそ、黒田さんは恥ずかしさを取り除くところから始めます。使うのはラジオ体操、音楽に合わせた手拍子、じゃんけんといった、誰でもできる日常の動きです。
そのうえで黒田さんはあえて「バグ」を作ります。たとえば「足は走りながらじゃんけんしてください」と、複数のことを同時にやってもらうのです。
できる動き
ラジオ体操・手拍子・じゃんけんなど、誰でもできる動きから入る
バグを作る
走りながらじゃんけんなど、複数の動きを同時にしてリズムを狂わせる
爆笑が生まれる
日常でできるはずの動きができず、間違いが笑いになる
心理的安全性
間違えてもいいんだ、という空気ができ、みんながノッてくる
バグをエンタメ化することによって間違えてるけど爆笑が生まれるんですよ。その爆笑が生まれたら間違ってもいいんだっていう空間作りになるんですよね。
黒田さんによれば、ダンス業界ではいきなり振り付けや基礎のリズムを教えることが多いそうです。けれど、そうではない領域からアレルギーを取り除く「一発目」がないとダンスのハードルは高いままだといいます。
黒田さんはこの考え方を勉強にもつなげます。100円の商品が110円になる、その10円が消費税、というように、100均での日常から学ばないと知識が結びつかない、という例えです。
ダンスアレルギーは体育祭から始まった?
高村さんは自分のダンスのイメージを振り返ります。体育祭でクラスのダンス経験者に教わり、必死についていき、放課後にこっそり教えてもらう、そんな記憶です。
心理的安全性もないし、そのプロセスも弱いしっていう中での経験が積もり積もって、多分いま、ダンスアレルギー。
黒田さんも同意し、「間違えたらダメ」「振り付けは揃えないとダメ」という正解ありきの見方が、ダンスのハードルを上げていると話します。
そこで黒田さんが持ち出すのが卓球との対比です。旅館の卓球なら未経験でもラケットを持って打ち合うのに音楽が流れても「踊ってみよう」とはなりません。
旅館などでやったことがない人でもラケットを持って打ち合う
SNSに上手くてかっこいいダンスがあふれ、ちゃんと踊らなきゃという印象が邪魔をする
ダンスってちゃんと踊らなあかんっていうイメージを崩さないと、ダンスという言葉が邪魔してるんですよね。
黒田さんにとっては、音楽に合わせた手拍子も、好きな曲でついうなずくのもダンスです。エアロビクスでガンガン踊るジムの女性たちが「ダンスなんて」と言うのが不思議だ、というエピソードも紹介されます。
カラオケで弾けたり、ライブで手を左右に振ったりする姿を見ると、黒田さんは人はもともと踊りたいのだと感じるそうです。
「荒い」か「元気がいい」か、声かけ一つで変わること
黒田さんが次に挙げるのは、小さな成功体験を積み上げることの大切さです。まったくできない経験が続くと「ダンスは難しい、一生やらない」となってしまうからです。
そこで先生の役割として紹介されるのがリフレーミング ── 同じ出来事を別の枠組みで捉え直すこと。心理学やコーチングで使われる考え方で、短所を長所として言い換えることなどが代表例です。コップの水が「半分も」か「半分しか」か、事実は同じでも解釈が変わる、という考え方です。
雑で荒いよ、もっと小さくコントロールしないと(失敗のダメ出し)
めっちゃ元気よくていいやん、あとはもっとコントロールしたら良くなる(成功体験)
黒田さんは観察してどんな言葉をかけるかが本人の小さな自信になっていくと話します。勉強でも、1+1=2が解けたら「これできたやん」と伝えるだけで違う、という例えです。
自分が向いてるかもしれないって小さな成功体験の積み重ねやと思うんですよね。
高村さんはフェス運営に関わる学生にも同じことを感じているそうです。知識が多い先輩が「なんでこんなのわからんの?」と言いがちなので捉え方を変えるよう学生に伝えているとのこと。
捉え方の差は小中学生とかやったら余計ね、もっともっと強烈というか、本当に人生のトラウマになるか得意になるかの差が生まれる瞬間ですよね。
何かを教える立場の人って、1人目が教え方失敗したらその人は一生そのことをやらなくなるじゃないですか。
次の動きの案内と、失敗のものまね
黒田さんがダンスで意識しているのがキューイング ── レッスン中に次の動きを事前に声で案内すること。フィットネスやエアロビクスの指導でよく使われる技術ですです。YouTubeのトレーニング動画の右上に次の動きが小さく出るように、今の動きの最中に「次は足を左右に振ってくださいね」と伝えます。
黒田さんによると、何も言わずに音楽だけ流すと「次なんやったっけ?」とテンパってしまうので、キューイングは成功しやすくするための工夫なのだそうです。
もう一つの工夫が、失敗している人の動きをものまねすることです。笑いが起きることで「間違えてもいいんだ」という空気ができ、自己開示しやすくなるといいます。
僕お笑いとかで言ったらツッコミなんですよ、完璧に。ツッコミなんすけど、ダンスってみんなボケてくれるんですよ。
高村さんが1対1の信頼関係とクラス全体の雰囲気のどちらを意識しているかを尋ねると、黒田さんの答えは「全体の雰囲気作り」でした。
ただし初めての人には黒田さんはまず声をかけるそうです。返答から、開放的な人か、構ってほしい人か、放っておいてほしい人かを見極め、全体の中での扱い方を変えていきます。
名前を覚えようとすると顔も覚えられる?
黒田さんは初めての人には「どこから来たの?」と共通点を探し、名前も聞くようにしています。20人のワークショップでも全員の名前を覚えようとするそうです。
名前を覚えようとすることによって顔覚えるんですよ。
その場で言えなくても盛り上がるし、2年ぶりに会った人のことも覚えている、と黒田さん。名前を覚えようとするとじっとその人を観察するからだといいます。
220人の高校生のような大人数では全員は難しいものの、1秒ずつでも「めっちゃええやん」と声をかけることで「この人はちゃんと私を見てくれている」と感じてもらえる、と黒田さんは話します。
高村さんの質問に答えて、定期クラスの人数は2〜3人から、多いと20〜30人ほどと紹介されました。少人数ではパーソナルに一人ひとりの課題に向き合い、大人数では全体に教えるスタイルに切り替えるそうです。
20年選手と初心者が同じクラスでどう学ぶ?
黒田さんが面白いと話すのは、勉強のようなクラス分けがない点です。ダンス歴20年の人の中に今日始めたばかりの人が入ることもあるといいます。
最近も、3〜5年続けている生徒たちの中に今日からダンスを始めるという60代の女性が来たそうです。
黒田さんの答えは、初心者には「狭く浅く」、経験者には「狭く深く」。初心者に広く教えると情報量が多すぎて何をしているかわからなくなるからです。
| 対象 | 練習の範囲 | 意識すること |
|---|---|---|
| 初心者 | 1つの動きだけ | 万歳や手でバツなど、日常の動きで「なんちゃってダンス」 |
| 経験者 | 同じ1つの動き | 4カウントのどこにこだわるか、深める作業 |
客観的に見たら一つの動きを何回も練習してるんですけど、皆さんの意識してることは違うことを意識してますよね。
黒田さんはダンスのクラスは「いつまで経っても途中参加」だと言います。準備した15秒の振り付けも初心者が来れば足をなくして手だけにするなど、即興で「引き算」する必要があり、その力がプレゼンにも生きているそうです。
高村さんは高校1年の未経験者からベテランまでが混ざる自分の団体のスタッフ指導にも通じると話します。グループごとに順番に説明して、待っている人の時間が無駄になる、という状況がありがちだからです。
あえて「できない」から始める教え方
黒田さんはダンスでは背伸びしたレベルを教えて、まず全員が「できない」状態を作るといいます。上のレベルの人もできない内容にするのがポイントです。
黒田さんのやり方は1から10まで説明してから練習するのではなく、1から3ほどを教えたらすぐに「テスト」として踊ってもらうこと。間違えたあとはなぜ間違えたのかと集中力が増すそうです。
常に背伸びを作ってるんですよ。
黒田さんによると、1が苦手な人にはすでに説明した1を重点的に復習するので誰も置いてけぼりにならないといいます。
ドラゴンボールで教える「力み」と「リラックス」
黒田さんが大事にしているもう一つは例えです。ダンスは力むとダメで、リラックスが大切。ただリラックスだけでもダメで、アクセントを付ける緩急が重要だといいます。
そこで黒田さんが使うのが『ドラゴンボール』のセル編です。トランクスは力みまくってパワーは上がったもののスピードが落ち、悟空と悟飯の親子は普段からリラックスしたまま超サイヤ人でいる、という対比です。
パワーはあるがスピードが落ちる。ダンスでいえば踊れなくなる状態
寝る時もバーベキューの時も超サイヤ人。力まず自然体でいる状態
(ドラゴンボールネタは)知らない人からしたらわからんっていうエンタメなんですよ。
黒田さんはわからない人にとってはそれ自体が笑いのネタになると話します。そのうえで、水に入るようにゆっくり、熱い床で足を弾くように、といった比喩でイメージをつかませるのは、特に子どもに有効だそうです。
一方で、大人は理論を欲しがる傾向があるといいます。「足はどっちに上げる?つま先は?」となるので世代や性格を見ながら理論と感覚のバランスを変えているそうです。
高村さんも「肘を上げて」ではなく「肘に紐がついて持ち上げられている感じ」と伝えるだけで動きが変わると共感。黒田さんは伝え方の引き出しを増やすには経験と勉強が要り、『呪術廻戦』のようなアニメの例えは子どもにも伝わりやすいと話します。
ウケるネタはいつまでもウケる?
高村さんは企画の通り方にも同じことを感じると話します。時代や対象、タイミングで刺さる言葉が変わり、自分が一番しっくりくる案が周りには響かないこともある、と。
黒田さんはズレることは山ほどあり、それを「スベった」と呼んでいるそうです。スベる回数が多いネタはボツにし、ウケたネタをいくつも持っておくのが基本です。
じゃあ米津を流しとけばいいのかみたいな。ミセスを流しとけばいいのかって言ったらそうでもないしみたいな。
DJの選曲でもある場所で盛り上がった曲が別の場所ではまったく響かないことがあります。黒田さんは年代、性格、地域性などが絡み合うので、反応を見て選ぶことが大事だと話します。
そこから黒田さんは今回の結論にたどり着きます。教育で教える内容は変わらない「定数」ですが、エンタメは変えられる「変数」だという考え方です。
だからこそ、常に好奇心を持って学ぶことがエンタメを使いこなす条件だ、と黒田さんは話します。
映画や漫画は仕事のインプットになる?
高村さんはLGBTQ ── レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーなど、性的少数者を包括的に表す言葉ですの扱いを例に、エンタメでの捉え方が時代とともに変わってきたと話します。表に出すなという時代から、いじって笑いを取る時期を経て、当事者自身が面白くしていく段階へと変化している、という見立てです。
高村さんによると作品にはその変化が反映されるのでYouTubeも映画もテレビ番組も見続けなければいけないのがエンタメの仕事の大変なところだそうです。
黒田さんは少し前まで映画や漫画は見ないほうがいいと考えていたものの、意外と仕事に生きていると感じているそうです。娯楽でありながら仕事にもつながるので「一石二鳥」だといいます。
何かしら行動を起こして、それがインプットにもつながるなっていうのは最近思ってますね。
インストラクターの話はレッスン前・中・後やアイスブレイクなど尽きないとしつつ、最後は高村さんのDJの話へ。空気が読める人がDJに向いていて、フロアを見ることが欠かせないそうです。次回はブラックボックスになりがちな選曲や曲の切り替えの話をしてみたい、と二人は話しています。
まとめ
黒田さんの教え方の軸は、恥ずかしさを笑いに変えて安心できる場を作り、声かけや背伸びの設計で小さな「できた」を積み重ねることでした。そして、その道具になるエンタメは時代に合わせて変え続けるもの、というのが今回の結論です。
- 教える側がまず楽しみ、日常の動きと「わざとのバグ」で間違えていい空気を作る
- リフレーミングした声かけで、失敗を小さな成功体験に変える
- 同じ動きでも初心者は狭く浅く、経験者は狭く深くで、混ざったクラスでも全員が学べる
- あえて「できない」から始め、例え話と理論を相手に合わせて使い分ける
- エンタメは変数。好奇心を持ってインプットし続けることが使いこなす条件



