美術館の運営を引き継いで最初にやったこと
西野さんはいま、河口湖音楽と森の美術館の事業承継、事業再生に毎日向き合っていると話します。
運営のバトンを少しずつ引き継ぐなかで、最初に取り組んだのは財務管理や経理体制の見直しでした。
人件費を含めたコスト構造や資金の流れには改善の余地が多く残されていたため、最初の二ヶ月は土台を整えることに時間を注いだといいます。
チムニータウンが運営に関わり始めたにもかかわらず、展示やショーといった目に見える変化が少なかったのはそのためだと説明されています。
まずは止血を優先する必要がありました。もちろん、これは決してこれまでを否定するものではありません。この美術館は、多くの方々が長い年月をかけて守り、育て、今日までバトンをつないできてくださったからこそ、今があります。
ここからは上ものの演出に着手するけれど、内容を一新するのではなく、美術館にすでにある価値にきちんと光が当たるようにしていく。そういう宣言だと語られています。
黒船扱いされ続けてきた過去
これまで西野さんは、絵本業界、映画業界、ミュージカル業界と、いくつもの業界を渡り歩いてきました。
その度に、その業界に長くいる人たちから黒船のような扱いを受け、「お前、この業界をぐちゃぐちゃにする気なんだろ」という目を向けられたことは一度や二度ではないといいます。
ですが、やってきたのは破壊ではないと強調します。
たとえばミュージカル業界では、キャストへの稽古場代が支払われなくて当たり前という慣習に対して、創作に費やした時間に対価が支払われる労働体制の見直しを提案し、実現してきたと話します。
絵本業界では、いい作品を作れば売れるという精神論だけではなく、作品が世の中に届くためのマーケティングの選択肢を提示してきたといいます。クラウドファンディングやオンラインサロン、無料公開などです。
やるかどうかは別として、万が一に備えて選択肢としてこれは持っておいた方がいいよね。これをずっと言い続けてきたんですね。でも、実際に僕が誰よりも時間を使って走り回ってるのは、その業界で働く人を守ること、その文化を守ること、そしてその歴史を次の世代の子たちへ残すことです。
放置されていたオルゴールに光を当てる
今回の河口湖の美術館でも同じだと西野さんは言います。
倉庫や廊下の片隅に、歴史的価値のあるオルゴールが放置されていたそうです。
その放置されている歴史こそがこの美術館にしかない最大の価値だとして、人目につく場所に移動させ、メンテナンスをし、照明を当てるよう提案したと話されています。
オルゴールなんて古臭いから全部捨てましょう、などとは言うはずがないと強調します。
僕はペリーでもマッカーサーでも織田信長でもなくてですね、エンターテインメントを守りたくて、そこで働く人を守りたくて、その場所に積み重ねてこられた歴史を守りたいっていう、そういうやつなんですね。
SNSの話題と、現場で交わされる会話のズレ
毎日この事業と向き合っていると、SNSのタイムラインに流れてくる話題と、チムニータウンの中で交わされる会話との間に大きな隔たりがあることに気づかされる、と西野さんは話します。
美術館の運営に携わるスタッフの口からは、再生回数やインプレッションといった言葉はほとんど出てこないといいます。
代わりに毎日のように話しているのは、IPの力を使って観光地の価値をどう高めるか、といったことです。
インバウンドの比率の推移、オフシーズンの来館者数の底上げ、地域全体の滞在時間を伸ばすこと、夜にも人が集まる理由をどう作るか。そうした話ばかりだと語られています。
僕らが相手にしているのはSNSのアルゴリズムじゃなくて、観光地の現実だからですね。そこを見なきゃいけないんですよ。そこと向き合ってるから、やっぱり話題がそうなっちゃうわけですね。
競争を始めた時点で負けが始まる
美術館の運営に関わってみて改めて確信したことがある、と西野さんは切り出します。
それは、競争を始めた時点で負けが始まるということです。
サービスをよくするために使うコストと、競争に勝つために使うコストはまったく違うと説明します。
競争を意識すると、他社に勝つための広告や価格競争、話題作りにチームのリソースを割かざるを得なくなります。
その結果、本来一番大切にすべきサービスやコンテンツそのものへの投資が削られてしまう。投資はお金だけでなく、時間もそうだといいます。
コンテンツそのものの質を高め、価値が積み上がっていく
広告や価格競争、話題作りに割かれ、本来の投資が削られる
競争の先には競争しかないんですね。再生回数の獲得に勝てば、今度は再生回数を維持するっていう競争が始まっちゃうんですよ。競争に勝っても競争しか待ってないんですよ。
競争がないポジションは最初から狙う
では競争がないポジションはどこにあるのか。西野さんは、それは競争の先にはないと言います。
たまたま手に入るものでもないので、最初からそのポジションを狙いに行くぞと思っておかなければならない、と語られています。
そのために大切なのは、どこがビジネスの弱点なのか、どこが通過しなければならない関所なのかを探し続けることだといいます。
競争がないポジションは、競争の先にはなくて、たまたま獲得できるものでもない。これね、最初から狙わないといけない。最初から、もうそういうポジションを狙いに行くぞって思っておかなきゃいけないですよ。
まとめ
競争に勝ち続けても、その先に待っているのはまた競争です。西野さんは河口湖の美術館の事業再生を通じて、競争に参加しないポジションを最初から狙うこと、そしてすでにある価値に光を当てることの大切さを語りました。
- 運営引き継ぎでは、まず財務と経理体制の見直しという土台づくりを優先した
- これまでも業界の慣習を壊すのではなく、選択肢を増やし、働く人と文化と歴史を守ることを目指してきた
- 現場で交わされるのは再生回数ではなく、観光地の価値や滞在時間をどう高めるかという議論
- 競争を始めた時点で負けが始まり、競争の先には競争しかない
- 競争のないポジションはたまたま得られるものではなく、最初から狙いに行くもの
