どれか1つでも入っているか、で仕事を選ぶ
僕がエンタメを作るとき、大切にしている判断基準が3つあります。
いつもこのどれかが入っているものを選ぶようにしていて、3つのうち1つも入っていなかったら、その仕事はやらないと決めています。
その3つがこれです。怒られること。サイズを間違うこと。積み上がること。
昨日相談をくれた石川亮さんも溝口雄二さんも、次のプロジェクトの構想が全部ちゃんとここを押さえていたんですよね。
1つ目、怒られること
正論って、誰かにとってはすごく都合が悪いものだったりします。痛いところを突かないでくれ、というのがあるわけです。
たとえば映画『えんとつ町のプペル』を無料公開したとき、クリエイターさんを中心にめっちゃ怒られました。
無料で提供したら有料で提供している人が馬鹿を見るじゃないか、不当廉売だ、ダンピングだ、と。
でも、YouTubeでは楽曲もMVも全部聴けて観られるわけですよね。それでもいいのは、ライブに足を運んでもらって、そこで回収するから。1000年前からやっていたことで、出版がやっていなかっただけなんです。
絵本もそうで、そもそも絵本って利用者が買うものじゃなくて、寄贈者が買うものなんですよね。子供が買うわけじゃなくて、お父さんお母さんやおじいちゃんおばあちゃんが買い与えるものです。
ギフトやお土産って、中身のわからないものは買わないじゃないですか。中身を知っているものを買う。
結局、自分が子供の頃に読んでもらって面白かった絵本を、自分の子供に買い与えるというループなんです。絵本ってネタバレしているところがスタートなんですよね。
だから家の中で立ち読みできるようにしようと思って無料公開したんです。洗濯や料理の合間に読んで、「これうちの子にも読ませよう」と買ってもらう、という流れです。
この説明、たぶん引っかかる部分はなかったと思うんです。それでも当時はめちゃくちゃ炎上して、『ミヤネ屋』に取り上げられたくらいでした。
新しいこと、正しいことをすると、ちゃんと怒られるんです。クラウドファンディングのときも同じでした。
以前も話しましたけど、知らないという状態と嫌いという感情は、極めて近い位置にあります。人は知らないものを嫌いたがる。
生存本能みたいなものかもしれません。とにかく、怒られることって大体、その人が知らないことなんです。
2つ目、サイズを間違うこと
これもほんとに大事で、大体の人はサイズを間違っていないんですよね。
去年の夏にやったミュージカル『えんとつ町のプペル』は、KAAT神奈川芸術劇場でやりました。1200キャパくらいの劇場です。
そのラストシーンのためだけに、客席の床を引っ剥がして星空の照明を敷き詰めたんです。煙が晴れて主人公たちが星空に行く、その一瞬のために。
その照明の数も、1000発や2000発じゃダメなんですね。10万発なんです。むしろ10万発からです。
できそうなことをやっても、お客さん的にはノーカウントなんですよ。時間とお金の無駄になる。できないことをやらないと意味がないんです。
なのに皆さん、収支表を見て、できそうなことしかしない。そうすると、そのプロジェクトをやったという記憶がお客さんの中に定着しないんですよね。
その点、溝口雄二さんも石川亮さんも、いつも「普通はできないよね」というところに張っています。「その規模でやっちゃうの?」「YouTubeっていうか、もうテレビじゃん」みたいな。
太陽の塔もそうですよね。あれが3メートルだったら、みんなの記憶に残っていないわけです。でかすぎる、サイズを間違っている、屋根を貫いている。あれがめちゃくちゃ大事なんです。
3つ目、積み上がること
これは意外と抜け落ちやすいんです。
たとえばイベントの場合、こういうことがあります。準備をして、チケットを売って、完売して、盛り上がって、収支も黒が出て、キャストさんスタッフさんにギャランティーもちゃんと払えました、と。
一見、万々歳なんです。僕もずっとこれをやっていました。でも、これって積み上がっていかないんですよね。
その瞬間はすごく成功の顔をしているんですけど、それをやったことで何かがどうなった、というところまで行っていない。
いま、ぼんやり構想しているのが、2028年に河口湖 音楽と森の美術館でミュージカル『えんとつ町のプペル~約束の時計台~』をやることなんです。
都内の超一流の劇場さんからもお話をいただいていたんですけど、最後の最後で「ちっちゃいな」と思って、CHIMNEYTOWNが本腰を入れてとんでもないものを作りたいと思ったんです。
美術館全体を使って、お客さんが館内を歩き回れて、いろんなところに登場人物がいる、イマーシブなものにしようと思っています。
これ、美術館でやると積み上がるんです。たとえばナギというキャラクターの衣装を作りますよね。
普通、ミュージカルが終わった衣装って、東京衣装さんのようなところに保管してもらっても、次に使われることはなかなかなくて、処分の話になっていくんです。
でも美術館でやるなら、ステージに合わせて作ったナギのドレスを、公演終了後もそのまま美術館のレンタルドレスとして出すことができる。
衣装を作ったら、その衣装はその後もずっと働いてくれるわけです。ルビッチの衣装もそう。衣装を作るという1つの作業が、積み上がっていくんですよね。おじゃんにならない。
僕らの周りのプロジェクトって、積み上がっていないのに、すごく成功の顔をしてやってきます。達成感もあるし、お客さんも喜ぶし、収支も黒だし、一見成功っぽい雰囲気を出してくるんです。
でもそのとき忘れちゃいけないのは、自分の人生の時間が大幅に削られているということです。積み上がらないものにそれを使ってしまうと、チームも強くなっていかないんですよね。
割り切れているなら、それでいい
もちろん、積み上がらないものが全部ダメだと言いたいわけじゃないんです。
たとえば来年、キングコングの漫才の全国ツアーがあります。あれは別に資産が残るものじゃなくて、僕が梶原君と2人でキャッキャやりたいというだけなんです。
刹那的なものだと割り切っていれば、それでいい。資産になるものが残らなくても、そこは問題ないんです。
問題なのは、割り切って意識しないまま、すごく成功したみたいな顔でやってしまうことです。人生の時間は、結構持っていかれていますよ、というお話です。
まとめ
怒られること、サイズを間違うこと、積み上がること。仕事を選ぶときの基準は、いまのところこの3つしかないなと思っています。皆さんの仕事選びにも、何か参考になればうれしいです。
- 3つのうち1つも入っていない仕事はやらない、と決めている
- 正しいことや新しいことは基本的に怒られる。怒られることは大体、相手の知らないこと
- できそうなことはお客さんにノーカウント。サイズを間違えて初めて記憶に残る
- 積み上がらない仕事は一見成功っぽいが、人生の時間だけが削られていく







