AI時代に提唱した「アンカー」という考え方
西野さんは、AIがコンテンツを大量に作れる時代に、何が価値になるのかをCHIMNEYTOWNで4年ほど前から話し合ってきたと語ります。
そこで提唱したのが「アンカー」という概念です。
コンテンツを船に例えると、クリエイターやサービス提供者は日々船を作っています。そこにお客さんを乗せるのが本来の目的です。
ところが今は、AIによって毎日膨大な数の船が作られ続けています。
そうするとですね、船作ってもですね、どんどん次から次へと船ができてしまうもんですから、気いついたら人を乗せないまま船が沖に出てしまうみたいなことが起きちゃってる。
この「沖に流れないよう船を港に停泊させておくもの」がアンカー、つまり錨だと説明されています。
船を作ってもアンカーがなければ意味がない、と西野さんは話します。沖に出てしまった後にPR費をかけても、もう人は乗れないというわけです。
AIで再現できない「アンカー」の中身
では、アンカーとは具体的に何か。西野さんは、AIで再現できないものだと定義します。
これを2022年、Midjourneyが登場したあたりに言い始めたと振り返っています。
当時流行していた「AIアーティスト」的な動きについては、意味がないからやめた方がいいと話していたそうです。AIで映像や画像を作れる時代は来るが、みんなが作れるようになる以上、それ自体には価値がなくなるという見立てです。
そのうえで、アンカーになる要素として挙げられたのが、土地、時間、癒着、プロセス、そして思い出です。
癒着について、西野さんは「安くない方をあえて選ぶ」ような、合理的でない選択を例に挙げます。あいつが頑張っているからあいつを選ぶ、といった感覚はAIには再現できないという説明です。
そして、こうした要素を絡めないコンテンツはすべて淘汰される、と2022年の時点で語っていたと話します。
ただ、こう伝えると「思い出って何ですか」という質問をよく受けるそうです。その答えとして持ち出されたのが、今回のテーマです。
90年代J-POPが強すぎる理由
西野さんは、思い出が価値になる最もわかりやすい例が90年代J-POPだと言います。
理由のひとつが、この時代がCDの最盛期だったことです。日本でCDが最も売れたピークは1998年だったと語られています。
さらに、90年代はインターネット以前の時代でした。
だからみんな同じテレビ見てたの。HEY!HEY!HEY!見てたの。うたばん見てたの。ミュージックステーション見てたの。みんなが同じメディアを見て、みんなが同じアーティストを応援してたんですよ。
みんなが同じメディアを見て、同じアーティストを応援していた。その時代に滑り込んだアーティストは強い、というのが西野さんの見立てです。
もうひとつのポイントが世代の広がりです。当時応援していた層が今では子どもを産み、親子でライブに行くような二世代の現象が起きていると話します。
当時
みんなが同じテレビ・同じアーティストを応援
現在
当時のファンが親世代になる
いま
親子で同じ曲を楽しむ二世代の広がり
イベントで一番盛り上がるのは問答無用で90年代
この強さは、西野さんが手がけるイベントでも明確に表れているそうです。
「えんとつ町の踊るハロウィーンナイト」でDJが曲を流すとき、各年代のなかで一番盛り上がるのは問答無用で90年代だと語ります。
懐かしいっていうお父さんお母さん世代、そして最近その曲を聴いた子供世代。これのボリュームがめちゃくちゃでかい。
ゼロ年代や2010年代とはスケールが違う、と西野さんは話します。イベントで一番客を沸かせるのは、DJ KOOさんのTKミュージックだそうです。
深夜のスナックで実感した「懐かしい」の価値
西野さんは、声がガラガラになった理由として、前夜の出来事を明かします。CHIMNEYTOWNのスタッフと五反田のおでん屋で飲んでいたときのことです。
スタッフの一人が、東京のあるスナックで90年代に活躍したアーティスト本人が歌っている、と話したそうです。
もう今から行くってなりましてですね、そっからもう12時回ってた、1時ぐらいかな。もうそっからそのアーティストさんがやっているというスナックに、タクシー乗って向かいまして。
店に着くと、青春を彩ったアーティストが本当にいて、本人が自分の曲を歌ってくれたといいます。
さらに客同士でCHAGE and ASKAやMy Little Loverを歌い、その盛り上がりは半端なかったと振り返ります。
西野さんは、これこそがアンカー、つまり思い出だと言います。懐かしいがそのままコンテンツになっている、というわけです。
YouTubeにはAIが作った曲や新しいアーティストの曲で、いい曲がたくさんある。それでも昨日のスナックにあって新曲にないものは「懐かしい」だと語ります。
90年代だけに絞る「今っぽい戦い方」
西野さんが特に感心したのは、その店が90年代の曲しか歌わないという徹底ぶりでした。
選曲の自由がなく、2020年代の曲は流れない。それでも客はごった返している、と語ります。
うわぁ今っぽい戦いだわと思ったね。九十年代以外の曲を入れたらちょっと裏切りっぽくなるんですよ。そう、90年代に完全に的を絞ってるんですよ。
2020年代にもいい曲はたくさんある。ただ「知らない」か、あるいは最近の曲でしかなく、「懐かしい」が乗ってこないぶん弱い、というのが西野さんの分析です。
同じ構図は「えんとつ町の踊るハロウィーンナイト」にも当てはまると話します。ダイノジさんに好きな音楽ジャンルを聞かれ、問答無用で90年代J-POPだと答え、そこに絞ったところ強かったそうです。
象徴的なのが「366日」で、子どもにとっては最近の曲であり、映画『えんとつ町のプペル』の曲にもなっているといいます。
親世代の懐かしいと、子ども世代にとっての新しさ。この二世代が重なることが強さの正体だと締めくくられました。
いい曲は多いが「懐かしい」が乗っていない
いい曲に加えて「懐かしい」と二世代の支持が乗る
まとめ
AIが大量にコンテンツを作れる時代に価値になるのは、AIで再現できない「アンカー」だと西野さんは語ります。そのわかりやすい例が、二世代の懐かしいを抱え込んだ90年代J-POPでした。
- AI時代のコンテンツには、流されないための「アンカー」が必要だと西野さんは提唱している
- アンカーとは土地・時間・癒着・プロセス・思い出など、AIで再現できないものを指す
- 90年代J-POPは、CD最盛期と同一メディア時代を背景に、二世代へ届く「懐かしい」を持つ
- 同じいい曲でも「懐かしい」が乗っているものが勝つ、というのが西野さんの見立て
- 90年代だけに絞る店やイベントは、あえて自由を捨てることで強くなる「今っぽい戦い方」
