テック業界で話題の「FDE」とは何か
この回のテーマは、テック業界でよく耳にするようになったFDEという用語の解説です。清沢さんは、XのSaaS界隈やテクノロジー業界で「FDEモデルは今後いくのか」といった議論が盛り上がっている一方で、意味そのものはまだ浸透していないと指摘します。
FDEはForward Deployed Engineerの略です。浜田さんは一言で、AIサービスを提供する企業が顧客企業に送り込むエンジニアだと説明します。
AIサービスを提供する企業がお客様企業に送り込むエンジニアで、Forward Deployedっていうのは前線、ビジネスの戦場に配備するっていう感じです。
つまり、プロダクトを渡して終わりにするのではなく、顧客の現場という「前線」に人を配備するという発想が名前に込められています。
軍事用語から生まれ、AIスタートアップで再評価
FDEはもともと2000年代後半に、Palantir ── 2003年創業のアメリカのソフトウェア企業。ピーター・ティールらが立ち上げ、国防・諜報分野のデータ分析から出発し、近年は民間向けでも急成長していますが軍事用語から転用して生み出した職種だと清沢さんは紹介します。昔からあった概念ですが、いま改めて注目されているといいます。
清沢さんによれば、A16Zのパートナーであるジョー・シュミット氏が、FDEを「the hottest job in startups right now」と評したほど、AIスタートアップの文脈で再評価されているとのことです。
その背景には、SaaS is deadと語られる潮流があります。より顧客に深く入り込んでデプロイしていく職種として、FDEが位置づけ直されているのではないかと清沢さんは話します。
もともとは昔からあった概念ですが、この今SaaSis deadって文脈の中で、こういったより顧客に入り込んでデプロイしていく職種として注目を浴びてるんじゃないかなと思います。
Palantirが「国防」でFDEを生んだ経緯
浜田さんは、FDE誕生の経緯を歴史から振り返ります。Palantirは2003年創業と非常に古く、その創業のきっかけの一つが2001年の同時多発テロだったといいます。
もっとシステムがしっかりしていればテロを防げたのではないか、という問題意識から、Palantirには国防の仕事が最初は多かったとのことです。
国防のシステムを更新するには、人を現場の中に入れていくしかありませんでした。顧客が国防だからこそ「前線が大事だろう」という発想になり、Forward Deployed Engineerという言葉が20年前に生まれたと浜田さんは説明します。
そしてAI時代になり、Palantirが国防だけでなく民間でも売上を伸ばしたことで、その強さの理由としてFDEがこの1年で再び話題になった、という流れだといいます。
「Palantirってなんであんなうまくいってるの?」っていう時に、FDEっていうのあるらしいよっていう感じで、この一年で急にまた話題になった。
日本のSIerや客先常駐と何が違うのか
清沢さんは、FDEが日本のSIerや客先常駐と同じものなのか、という疑問を投げかけます。Palantirは軍事や国防、テロリズムの未然防止といった、ソフトウェア業界では異端の領域を手がける会社だと整理します。
浜田さんは、ここが大事なポイントだと応じます。Palantirにはゴッサム ── Palantirの製品名。諜報・防衛向けのデータ分析プラットフォームで、2008年に登場したとされますやファウンドリといった、ベースとなるAIプラットフォームがしっかり存在します。
FDEは、そのプラットフォームを現場で動かすために送られる存在です。スクラッチで何かを作るわけではないため、SIerの現場常駐とは違うのだと説明されます。
清沢さんは、ゴッサムが諜報・防衛向けでビンラディンの捜索にも使われたブランドだと補足します。顧客はCIAやペンタゴンといった機関で、民間に売り出したのはこの10年ほどのことだといいます。
民間向けの製品がファウンドリです。2016年以降、商業向けの統合データプラットフォームとして展開が広がりました。国防からスタートし、コマーシャル側へ広げていった流れです。
FDEって割とコンサルとかSIer常駐っていうイメージが先行するけど、実際プロダクトがコアにあるっていう。
時価総額50兆円、Palantirが儲かる理由
浜田さんは、FDE=SIerという理解では、Palantirの高い時価総額を説明できないと指摘します。判断材料として挙げるのがルールオブフォーティー ── SaaS企業の健全性を測る指標。売上成長率と利益率の合計が40%を超えていれば優良とされる考え方ですです。
Palantirはこの指標が100を超えており、利益率も50%ほど出ているといいます。正確な数字はIRで開示されていないものの、浜田さんの見立てでは、売上の約8割がソフトウェア、約2割がエンジニアによるものだとのことです。
さらに、そのエンジニアの部分も粗利が高いといいます。給与水準は年間20万ドルほどで、日本の感覚では3000万円と高く見えますが、アメリカでスーパーエンジニアを採用できる額ではないと浜田さんは話します。
その水準で採用した人材を、顧客には数億円で提供していく構造です。つまりかなり粗利の高いモデルができている点で、SIerとは違うと説明されます。
清沢さんは、ソリューションの切り口の絶妙さも指摘します。CIAのような諜報機関は、機密性ゆえに自分たちが何を必要としているかを語れず、要件定義を出せません。
だからこそ前線に入り込み、極めて機密性の高い場所にプロダクトと要件定義がセットで入っていく。清沢さんは、これはPalantirだからこそできる、競争戦略として美しいビジネスモデルだと評します。
FDEを支える「ペア」の仕組み
浜田さんが今回の調査で面白かったと語るのが、FDEがもともとペアで動く仕組みだった点です。Palantirの社内用語では、FDEはデルタ、もう一方はエコーと呼ばれるといいます。
エコーはデプロイメントストラテジストにあたります。FDEがエンジニアリングを担い、エコーがコンサルティングやPMを担うという役割分担が、もともと存在していたということです。
実際のエンジニアリングを担う役割
コンサルティングやPMを担う役割
浜田さんは、他社のFDEを見て抱いていた疑問が解けたと話します。たとえばリーガルAIのHarveyが弁護士と若手エンジニアの2人組で送るのを見て「FDEの役割を2人で分担しているのか」と思っていたそうです。
実はPalantirにおいても、エンジニアリングをするFDEと、PM的なエコーは分かれていました。清沢さんは、このペア制がFDEを社内に実装するうえでの要かもしれないと応じます。
エンジニアリングとPM的なディレクションのところをセットで、両輪で回していくっていうのがFDEを社内で実装するには大事なのかなと。
上場後20倍、AI時代に評価が反転
清沢さんは、Palantirが2020年にニューヨーク証券取引所に上場した点に触れます。上場当初は「SIerなのではないか」と見られ、評価が上がりきらなかったと浜田さんはいいます。
しかしAI時代に入り、成長率も利益率も上がっていったことで、評価は反転しました。浜田さんによれば、時価総額は3280億ドル、日本円で約50兆円に達し、トヨタを上回る水準だといいます。
浜田さんは、2022年の株価と比べると約35倍だと述べます。NVIDIAなどと並び、「当てたわ」と語る投資家がいる銘柄の一つだと2人は話します。
なぜ今、AIスタートアップにFDEが必要か
話題は、FDEをAIスタートアップにどう取り込むかへ移ります。浜田さんは、FDEがいま注目される理由は、やはりAIの時代だからだと整理します。
AIはいろいろなことができるからこそ、何をすべきかという定義から取り組む必要があります。そこにFDEがいるのがよいのではないか、という文脈で注目されているというわけです。
実際に使う企業として、以前取り上げたシエラ ── AIによるカスタマーサポートなどを手がける企業。この番組の過去回でも取り上げられていますや、その競合のデカゴンが挙げられます。いずれもカスタマーサポート領域でFDEを活用しているといいます。
さらに直近で話題なのが、OpenAIやAnthropic自身がFDEを採用し、FDEを主体とした会社をブラックストーンなどのファンドと共同で立ち上げている点です。浜田さんは、いまAIを伸ばそうとするとFDEは必須という空気になっていると話します。
AIもいろんなことができるから、何をすべきかっていう定義からしっかりやらなきゃいけない。そこにFDEがいるのがいいんじゃないの、と注目を浴びている。
FDEが向く企業、向くプロジェクト
清沢さんは、FDEと相性のよいAIスタートアップのビジネスモデルや顧客層について尋ねます。単価の観点では、SMB向けだと適用が難しそうだと投げかけます。
浜田さんは、FDEはプロジェクトとして2〜3億円規模の、それなりに大きな案件でないと向かないと答えます。かなりガッツリ現場に入っていくため、エンタープライズ向けや複雑性の高いものが対象になるといいます。
例として、シエラの森川さんのポッドキャストが挙げられます。シエラの強みは、金融のように規制が厳しくミスが許されない領域でやり切れる点にあり、そこをやりきるにはFDEのような存在が不可欠だと浜田さんは説明します。
清沢さんも、規制業界や国防のような領域が上々のフィット先だと応じます。汎用的なSaaSを導入するより、自分たちの組織やルールに適用できるかというところから入り込むベンダーと付き合いたい顧客に向く、というわけです。
FDEに向く人材と「ミニCEO」という基準
話題はFDEに向く人材へ移ります。清沢さんは、もしimmedioでFDEを取り入れるとしたら、どういうケイパビリティの人が適切かと問いかけます。
浜田さんによれば、PalantirのFDE採用基準には「ミニCTO」のように、小さなチームを回すつもりで、という要素があります。一方でシエラのFDEの採用の定義は「ミニCEO」だといいます。
理想を言えば起業経験者ほどの人材だといいます。ただし現実には、ストラテジストにコンサル出身者、FDEにAIネイティブな若手エンジニアという組み合わせでも成り立つのではないか、と浜田さんは見立てます。
理想を言ったらもう起業経験者くらいの勢いですよね。そのくらいになると本当にできるんだろうなっていう感じがする。
清沢さんは、変化の激しい領域だからこそ、ビジネス側と連携しながら新しい技術を吸収し、フットワーク軽く課題に突っ込める人が向いていそうだと話します。清沢さん自身も「やってみたい」と語ります。
浜田さんは、FDEを戦略コンサルとITコンサルと対比して説明します。絵は描くが実行しない戦略コンサルとも、要件定義から下請けを動かすITコンサルとも違う、という整理です。
戦略コンサルは絵を描くが実行しない。ITコンサルは要件定義後に下請けを動かし、オペレーションを外さないと高くつきやすい
何が論点かをクリアにし、自ら実行して実現していく。実行まで踏み込む点が特徴
浜田さんは、最近の戦略コンサルにも実行まで担ってレベニューシェアするモデルが増えていると触れ、FDEはそれに近い入り込み方になると話します。
日本市場でも増えるFDEのポジション
清沢さんは、FDEはチャレンジングで、経験値や知見を広げられるポジションだと評価します。日本でもすでにポジションが増えていると紹介します。
具体名として、レイヤーX、テイラー、ジャパンAI、ログラス、エクサウィザーズなどが挙げられます。エクサウィザーズは福岡でFDEの求人を出していたといいます。
テイラーは日本とアメリカで事業を展開し、YC ── Yコンビネーター。アメリカの著名なスタートアップ支援プログラム。参加できること自体が実力の証とされますでも実績を出して成長している印象だと話されます。ログラスはエンタープライズ向けでデータ連携も多く、FDEモデルがフィットしやすいと2人は見ています。
レイヤーXの本気度と、FDEの事例が出づらい理由
浜田さんは、レイヤーXがXなどでFDEの発信をしている点に触れます。ただし注意点として、レイヤーXのFDEは「バクラク」ではなく、AIワークフォースという別の事業部で手がけていると補足します。大企業の変革に取り組む事業部です。
清沢さんは、レイヤーXのAIワークフォースは採用サイトに事業部そのもののデックがあり、どういう事業かがかなり具体的に書かれていると紹介します。そこに本気度が表れていると評します。
(レイヤーXは)ベットAIっておっしゃってますけど、こういうFDE事業に対してもすごく投資も人材含めてやってらっしゃるなと思います。
浜田さんは、SaaSからこの領域へシフトする企業が増えていると話します。SaaSを名乗らず「プラットフォームプラスFDE」「コンサルティング」と位置づけ、SaaSだった頃より伸びている企業もあるといいます。
一方で難しさもあります。浜田さんは、FDEは業のコアの部分に踏み込むため、事例が出しづらいだろうと指摘します。SaaSなら生産性向上の効果を事例にしやすいのに対し、FDEはミッションクリティカルすぎるからです。
清沢さんは、事例が出しづらいことは参入障壁の裏返しでもあると応じます。深いパートナーシップと情報開示が求められるからこそ、入り込めれば強く、一部門での成功を他部門へ展開できる良さがあるといいます。
FDE経験者による人材の還流
清沢さんは、FDEをめぐる人材の層が厚くなっている点にも注目します。アメリカでは、PalantirのFDE責任者が起業し、RPAを刷新するような新しいサービスを立ち上げているといいます。
FDE経験者のいわば「マフィア」が、また新しいAIネイティブなプロダクトを生み出す。こうした人材の還流が、この領域を単なる事業だけでなく人材面でも豊かにしていると話されます。
浜田さんは、コアのFDEのノウハウが、秘伝のタレのようにクローズドに受け継がれているのではないかと語ります。オープンに語られにくいこと自体が、Palantir発祥のFDEの一つの特徴だという見立てです。
清沢さんは、事業責任者を経験してきた人がライドして新しいチャレンジができる、職種としても魅力的なポジションだとまとめます。
まとめ
FDEは、AIサービスを提供する企業が顧客の現場という前線にエンジニアを送り込む職種です。Palantirが国防の現場で生み出したこの仕組みが、AI時代のいま、規制業界やエンタープライズ向けの難しいプロジェクトを担う存在として再評価されています。
- FDEはForward Deployed Engineerの略で、プロダクトを顧客の「前線」で動かすために送り込まれるエンジニアを指す
- Palantirは製品(ゴッサム、ファウンドリ)を核に持ち、粗利の高いモデルを築いた点で日本のSIerや客先常駐とは異なる
- FDEはもともとエンジニア(デルタ)とストラテジスト(エコー)のペアで動く仕組みだった
- 2〜3億円規模の案件や、金融・国防など規制の厳しい難易度の高い領域でフィットしやすい
- 日本でもレイヤーX、テイラー、ログラスなどでFDEのポジションが増え、人材の還流も生まれている






