AI SDRの筆頭「Artisan」とはどんな会社か
Growth Radioのシリーズ「Nextユニコーン解説」は、アメリカを含む日本以外のSaaSから、次のユニコーンになりそうなスタートアップを取り上げる企画です。第2回のテーマはArtisanでした。
ArtisanのテーマはAI SDR ── 営業のインサイドセールス業務をAIが担うサービス領域。SDRはSales Development Representativeの略で、見込み客の発掘やアプローチを行う役割を指します、つまりAIによるインサイドセールスです。浜田さんは、AIが普及し始めたとき、多くの人が最初に「代替されるのはインサイドセールスだ」と考えたと振り返ります。
やっぱりそのジュニアな人がやることが多いので、これAIになるだろうっていうところで、いろんなスタートアップが出てきた。
多くのAI SDR企業が生まれた中で、割と堅調に伸ばしているのがこのArtisanだというのが浜田さんの見立てです。清沢さんはこの回まで名前を知らなかったといいます。
AvaがメールもリストアップもこなすArtisanの仕組み
Artisanのサービスは、AvaなどAIに人格と名前を付けている点が特徴です。清沢さんが誰向けに何をするサービスかを尋ねると、浜田さんは「本質はアウトバウンド代行」だと説明します。
仕組みとしては、AIがターゲットになりそうな顧客に大量のメールを送り、興味を示して反応した相手だけを人間に引き継ぐ流れです。反応するのは全体の数パーセントほどだといいます。
スコープはターゲットリストの抽出から始まります。3億人分のデータを持っているとされ、たとえば「スタートアップのCMO」といった条件でリスト化できます。
メッセージ作成も自動です。デモではウェブサイトのURLを入れるだけで、伝えるべきポイントをまとめてくれるといいます。
さらに、リストアップした一人ひとりのLinkedInやウェブサイトの情報を見て、その人に向けたパーソナライズされたメールを送ります。そこから反応があった人を獲得するまでを担います。
使い方は2通りあります。インサイドセールスがいる会社では人間の代わりに、インサイドセールスがいない小さな会社では担当者を置かずに商談を取る手段として機能します。
何千通みたいなメールを、嫌がることもなく淡々と送ってくるっていうサービスですね。
清沢さんは、Devinのようにコーディングを担うAIにも名前を付けて働かせる思想があると指摘します。浜田さんは、アメリカのAI SDRはAvaやJasonといった人名とアバターが付いたものが多いと話します。
21歳で創業、1年で急成長したArtisanの歩み
ArtisanはYCombinator ── シリコンバレーの著名なスタートアップ育成プログラム。多くの有力スタートアップを輩出しており、卒業は資金調達や信頼の面で評価につながりますを卒業しています。創業は2023年で、この2、3年で急速に伸びてきた会社です。
ファウンダーはイギリス出身のJasperさんで、創業時はまだ21歳でした。ロンドンでマーケットプレイスを起業した経験もあるシリアルアントレプレナー ── 複数の会社を連続して立ち上げる連続起業家のことです。
2023年7月、オックスフォードで研究していた共同創業者のRupertさんと設立し、AIによる自律的なデジタルワーカーの開発を始めました。最初に営業分野から着手した点が分かりやすいと清沢さんは評価します。
成長スピードも速く、1年足らずで120社に導入され、ARRは1.5億に達しました。
なぜ先行のEleven Xは失墜し、Artisanは生き残ったのか
成長スピードだけなら、以前はEleven Xという会社のほうが速かったといいます。同社はAI SDRで最も資金調達をしていましたが、投資家に伝えた内容に嘘があったことが分かり、急速に失墜しました。
これちょっと有名な話で、そのEleven XっていうのはAI SDRで一番資金調達をしていたんだけども、実はその投資家に言ってた内容に嘘があった。
具体的には、1年契約でありながら2カ月で解約できる条件を設けていたのに、解約が多かった実態を隠していたとされます。VC向けの資料には高いARRを載せ、解約済み顧客のロゴもウェブサイトから消していなかったといいます。
そうした市場のダメージを生き延び、ここまで来たのがArtisanでした。清沢さんは、Eleven Xの不正会計疑惑は今年かなりのニュースになっていたと振り返ります。
Artisanも立ち上げ当初はハルシネーション ── AIが事実と異なる内容をもっともらしく生成してしまう現象が多かったものの、それを認めてスピーディに改善したことで市場の評価を得たといいます。
VC向け指標や顧客ロゴの見せ方に虚偽があり、信頼を失って失墜した
初期のハルシネーションを認めて改善し、価値にこだわる姿勢で堅調に成長
返信で課金する「サクセスベース課金」という設計
プライシングも面白い点だと清沢さんは挙げます。SaaSは年間契約の固定料金が一般的ですが、Artisanは成果に応じて課金するサクセスベース課金 ── 利用量ではなく、成果が出たぶんだけ料金が発生する課金モデルを採用しています。
課金対象になるのは、おそらくポジティブな返信だと浜田さんは推測します。アウトバウンドメールの返信率は数パーセントで、この成果に紐づけているという見方です。
浜田さんによると、SaaStrというカンファレンスの会社がArtisanを試したところ、7000通送って3.5パーセント、約250件の興味ありの返信があったといいます。
Artisanは返信もAIで即座に判定します。「送らないでくれ」という反応やアウトオブオフィスの自動返信は成果として認めず、興味ありの返信だけを特定します。
浜田さんは、AIサービスでは従量課金が多い中、成功に紐づけている点が熱いと評価します。近い例として、顧客の質問を解決した数で課金するZendeskのヘルプ系サービスを挙げ、その営業版のようなモデルだと説明します。
Artisanは従来ツールと何が違うのか
清沢さんは、Outreachのような従来のセールスエンゲージメントツールとの違いを尋ねます。浜田さんは、違いは完璧に自動化する点にあると答えます。
元々そのアウトリーチとか、人間に対して今日はこのメールとこのメールを送ってみたいな世界で、結局人間はクリックするだけじゃんみたいな世界もあったんですけど、それすらしなくていい。
従来ツールは人間にメール送信を促すもので、最後は人がクリックしていました。Artisanはターゲットリスト作成やパーソナライズまで担い、自動化の範囲がより踏み込んでいると浜田さんは話します。
清沢さんは、これまではAIが人間を補助する発想だったのに対し、Artisanは営業担当そのものをAI化していく点が大きく違うとまとめます。
「Stop Hiring Humans」という挑発的キャンペーン
マーケティング戦略も話題になりました。2024年末、Artisanは「Stop Hiring Humans(人間を雇うのはやめよう)」と銘打った挑発的なキャンペーンをサンフランシスコで展開しました。
浜田さんは、彼らを「エンジョイマーケ」と表現します。SaaStrのスポンサーとしてWi-Fiスポットを提供し、そのパスワードを「Stop Hiring Humans」に設定するといった仕掛けもしていたといいます。
パスワードも「Stop Hiring Humans」って入力しないとWi-Fi繋がらないみたいな。こういう面白いことやるんですよね。
サンフランシスコの看板には「Artisanの従業員はワークライフバランスの不満がない」「週70時間の労働も喜んでやり遂げる」といったメッセージが掲げられました。
これにはSNSで人間を侮辱しているという批判が殺到したものの、強烈なインプレッションとニュース記事を生み、結果的に史上最大のリード獲得につながったといいます。清沢さんは初期のSalesforceを思わせると評します。
3億件のデータとセグメントの絞り込み
マーケティングだけでなく、プロダクト自体の価値も高いと清沢さんは調べて感じたといいます。ポイントは、3億件を超える企業データベースを自社で保有し、これをAvaがフル活用して理想的な見込み顧客を抽出できる点です。
浜田さんは、デモ画像では単なる企業リストにとどまらず、ウェブサイトに来ている人物を推測して教えてくれると話します。アメリカでは、今サイトに来ているらしいLinkedInの人物を100人ほど示し、メールを送るか提案してくれるといいます。
特定率は10〜15パーセントほどで高くはないものの、広告のデータなどを組み合わせると実現できるようです。清沢さんは、データを購入して見るだけでなく、AIだけで完結できるレベルのデータを保有している点もポイントだと整理します。
狙うセグメントのフォーカスも特徴的です。Artisanは全ての会社がAI SDRに向いているわけではないという立場で、成果が出にくい業界には無理に売り込みを行いません。
浜田さんは、成果課金だからこそこの姿勢になると説明します。差別化が難しいレッドオーシャンでは成果が出ず、売上も立たないため、成果が出やすいセグメントに集中する必要があるという理屈です。
日本ではまだ同様のサービスは出ていないのかという問いに、浜田さんはアルゴマチックのアポ取りが一番近いと答えます。ただ、企業データの充実度でアメリカに及ばない難しさがあるといいます。
日本で成果を出しにくくする「メールアドレス」の壁
日本で成果を出し切るのが難しい理由として、浜田さんはメールアドレスを取れているかどうかを挙げます。アメリカのほうが企業データが充実しており、いろいろなことができるといいます。
やっぱ基本日本はそれが難しいので、アポ取りさんでも最後はやっぱりフォーム営業とか、お手紙みたいな感じになっちゃう。
日本ではメールアドレスが取りづらいため、最後はフォーム営業や手紙のような手段になりがちで、法規制の面でも成果を出し切るのが難しいと浜田さんは指摘します。アメリカはメールアドレスがある分、一定の成果が出るという対比です。
清沢さんは、日本で近いサービスとしてアポノリを挙げます。LPには「決済商談を増やす営業AIエージェント」とあり、Artisanとメッセージが近いと感じたといいます。
マルチプロダクトで営業の上流から下流まで
マルチプロダクト戦略にも話が及びました。清沢さんは、ユニコーン企業ではマルチプロダクトがほぼ必須の命題になっていると述べます。Artisanは2023年創業でまだ3期目ながら、すでに次のプロダクトを開発中です。
1つはインバウンド担当のAIエージェントAaron、もう1つは会議日程調整アシスタントAriaで、年内のリリースを目指しているとLPにあります。アウトバウンドだけでは届く企業が限られるため、インバウンドリード向けも進める狙いです。
浜田さんは、これはウェブ接客的な領域に入ってくると話します。チャットボットや資料請求フォームの情報を捉えるか、ウェブサイト上に置くかといったイメージで、清沢さんは自社immedioがやっている領域に近いと指摘します。
これが実現すると、見込み顧客の発掘やアプローチ、フォーム経由の問い合わせ対応、商談設定やフォローアップまで、営業の上流から下流を一貫してカバーするAIエージェントになります。
もともとBDRの自動化から入ったものを、SDRの自動化もやっていくっていうところですよね。
浜田さんは、両方をやらないとスポットソリューションになってしまうため、GoToMarket ── 製品やサービスを市場に届けるための、マーケティングから営業までの一連の戦略や活動を指す言葉全体の効率化を目指したいのだろうと読み解きます。
Jasperが描く壮大なビジョンとExitの行方
今後の未来について、ファウンダーのJasperさんは壮大なビジョンを持っています。Artisanが次の産業革命をリードする存在になるとし、営業だけでなくマーケや財務分析など、あらゆるホワイトカラー職種にAIエージェントを展開したいと語っています。
浜田さんは、バーティカルが大きく異なるため、そちら側への進出は大変そうだと率直な感想を述べます。清沢さんは、デスクワーカー全員が使えるプラットフォームを作る思想なのだろうと補足します。
資金調達は累計で3500万ドルに上ります。Exitを目指す方向性と見つつ、清沢さんは、M&Aが加熱する中でSalesforceやAWSのようなテックジャイアントに入っていく可能性もあるのではと展望します。
差別化とモートはどこにあるのか
浜田さんが難しいと感じるのは、このサービスの差別化です。Eleven Xも同じことをやっており、サービス名がそのままAI SDRである点も含めて、各社が同質化しやすいといいます。
手に入るデータもAIのエンジンも同じであれば、結局同じサービスになり、最後は値段の叩き合いになりかねません。
AIコールの規制とスパム判定というボトルネック
サービスの難しさは、Eleven Xの失速とも重なります。まずアメリカでは、アウトバウンドの電話におけるAI活用が規制されているといいます。
浜田さんは、前回の大統領選でバイデン候補の名でドネーションを募る電話をAIで行ったことが問題になった例を挙げます。簡単にできてしまうため、今後は詐欺に使われるという懸念です。
ブラッドピットの声で「僕の映画に出資しないか」って電話を100万人くらいにかけたら、何十人か捕まりそうじゃないですか。
電話が使えないため、実際に使える手段はEメールとLinkedInくらいになります。そのEメールにも問題があると浜田さんは続けます。
人が送る体のメールはスパム申告が多くなると、GoogleやYahooでドメインがNG判定されてしまいます。artisan.comのような本来のドメインが使えなくなると、通常の営業担当も困ります。
そこで各社はgetartisan.comやtryartisan.comのような、潰れてもよいサブのドメインを用意します。ウォームアップを経て使うものの、1つのドメインから送れる量には上限があります。
そのため、AIが24時間稼働しても、実際に1つのドメインから送れるのは1日数十件ほどで、人間一人を雇うのと同じくらいの出力にとどまるといいます。人よりは効率的でも、事業の成長速度を劇的に上げるほどのインパクトは出しにくいということです。
清沢さんは、ツール自体は揃ってきているが、実行に移そうとしたときの障壁があって足踏みしている状態ではないかとまとめます。
理想的なものはないって思うわけですよね。でも爆発的に売れてるかっていうと意外にそうではない。最後のエクゼキューションのところでボトルネックに引っかかってる。
電話はAI規制
アメリカではアウトバウンド電話へのAI活用が規制され、詐欺懸念から使えない
手段はメール中心
結果としてEメールとLinkedInくらいしか実用的な手段が残らない
スパム判定のリスク
申告が増えると本来のドメインがNG判定され、通常の営業にも支障が出る
送信量に上限
潰れてもよいサブドメインを使っても1日数十件が上限で、劇的な成長にはつながりにくい
サポートは進むがセールスはスロー、市場の行方
浜田さんは、SalesforceもAgentforceに力を入れているものの株価はあまり上がっておらず、実際に多く使われている領域はまだ少ないと話します。
比較的使われているのはサポート領域です。DecagonやSierra、Agentforceのサポート用途はエンタープライズでも使われていそうな一方、セールスはAIによる置き換えが思ったよりスローだといいます。
清沢さんは、この市場がどうなるかに加え、HubSpotがArtisanに出資している点や、アメリカのセールステック事業全体の行方も注目だと述べます。
浜田さんは、HubSpotの共同創業者でCTOのダーメシュさんがAIを追っていることを挙げ、彼の動きはフォローに値すると話します。清沢さんは、そこをベンチマークするとトレンドが見えてくるとまとめました。
まとめ
Artisanは、ターゲット抽出からパーソナライズしたメール送信までを自動化し、成果課金という設計で堅調に成長するAI SDRの筆頭企業です。一方で、AIコールの規制やスパム判定によるメール送信量の上限が、営業のAI置き換えを想定より遅らせている実態も見えてきました。
- Artisanはアウトバウンド代行をAvaなどのAIが担い、リスト抽出からパーソナライズしたメール送信までを自動化する
- 先行のEleven Xは指標や顧客ロゴの見せ方に虚偽があり失墜したが、Artisanは初期のハルシネーションを認めて改善し評価を得た
- 返信で課金するサクセスベース課金を採り、成果が出やすいセグメントに絞る戦略を取っている
- アメリカのAIコール規制とメールのスパム判定・送信量の上限が、営業のAI置き換えを想定より遅らせている
- サポート領域ではAI活用が進む一方、セールスはスローで、HubSpotなどの動きが今後の注目点となる






