前回の症例で見落とした「薬ではない可能性」とは?
薬局で在宅医療や外来対応に取り組み、新人育成や研修講師も務める薬剤師のたいぞーさん。今回の放送は、薬ではない可能性を十分に検討できずに判断を誤ったケースを深掘りする、前回の続きです。
前回紹介した症例では、患者さんの消化器症状について、薬の副作用かもしれないという思い込みが強くなりました。その結果、薬ではない可能性という、もう一つの選択肢を十分に検討しきれなかったといいます。
一方で、たいぞーさんは医師と連携していたことで、思い込みがあっても最良の治療にたどり着けたという気づきも、前回共有しています。
今回は、その症例を経験した後、改めてきちんと薬の情報を調べ直した結果、分かったこと。薬の特徴や自分の認知バイアスについての気づき、これを共有できたらと思っています。
半分の量でも発現率が変わらないデータは何を示すのか
たいぞーさんが問題となった薬の臨床試験の情報を確認し直したところ、服用量を標準量の半分にしても、消化器症状の発現率に大きな変化が見られないデータが見つかりました。
もちろん、臨床試験の条件が実際の患者さんに完全に一致するとは限りません。それでも、用量を下げても発現率がほぼ同じという傾向は、この薬の副作用の特徴を示唆する一つの情報になると、たいぞーさんは考えています。
このデータから見えてくるのは、この薬による消化器症状が血中濃度 ── 薬を服用したあと、血液中に含まれる薬の成分の濃さ。一般に、薬の効果や副作用の出方を予測する手がかりとして使われますに強く依存しない可能性が高い、ということです。もしそうなら、減量で症状が改善する可能性はもともとあまり高くなかったと考えられます。
データ
標準量の半分でも消化器症状の発現率にほぼ変化がない
示唆
この薬の消化器症状は血中濃度に強く依存しない可能性が高い
帰結
減量しても症状が改善する可能性は、もともと高くなかった
上の流れは、たいぞーさんが臨床試験の情報から順に考えた筋道を整理したものです。
作用の発現時期と症状の時期が重なれば副作用と言えるのか
薬剤師は、薬の血中濃度から作用が現れるタイミングを予測することがよくあります。ただ、この薬の消化器症状が血中濃度に依存しないのだとすれば、予測した作用発現のタイミングと症状が出るタイミングは、必ずしも一致しない可能性があります。
つまり、薬物動態学 ── 薬が体内でどのように吸収・分布・代謝・排泄されるかを扱う学問。血中濃度の推移から効果の出方を予測する際の基礎になります的な予測だけでは、発現時期を説明しきれない副作用がある、ということです。
今回の症例でたいぞーさんは、作用発現時期と消化器症状の発現時期が同時期に重なっていたことから、副作用である可能性が高いと判断していました。
(副作用という判断は)こういった情報を踏まえた時に、必ずしもそうだとは言い切れない、つまりは判断を誤っていた可能性があるのではないかなということを今回振り返ってみた時に思いました。
作用発現時期と症状の時期が重なるので、副作用の可能性が高いと判断した
症状が血中濃度に依存しないなら、時期の一致は副作用の根拠として言い切れない
すでに知っていたデータを、なぜ読み違えたのか
たいぞーさんがもう一つ振り返ったのは、臨床試験の情報を読み直して得た気づきに関わることです。実は、半分の量でも発現率が変わらないというデータには、患者さんの対応をしている時点ですでに行き当たっていたといいます。
当時患者さんの対応をしている時点でも、僕はこの情報には行き当たっていて、すでに知っていたんですね。
にもかかわらず、たいぞーさんは減量すれば少しは症状が改善するかもしれないという期待を持ち、医師に減量を提案しました。その後フォローアップを行いましたが、症状は改善していませんでした。
今振り返れば、症状の改善を期待してフォローアップしながら、データから見てもその可能性は低かったのではないかと、たいぞーさんは話しています。
たいぞーさんは、希望的観測が薬剤情報の読み解き方を曇らせたと、自身の判断を率直に振り返っています。
専門家でも認知バイアスから逃れられないのはなぜか
今回の症例でたいぞーさんが強く感じたのは、専門知識がいくらあっても、人間は認知バイアス ── 物事の判断や解釈が、思い込みや願望、経験などによって無意識に偏ってしまう心理的な傾向。専門家にも起こるとされていますから逃れきれないということでした。
たいぞーさんが当時抱いていた願望は、次のようなものだったといいます。
- この薬が原因であってほしい
- 減量すれば少しでも改善すると信じたい
- 手元の情報が、思う未来にたどり着く根拠であると思いたい
こういった願望が入るだけで、正確に分析しているつもりでも判断がずれてしまう。こういったことは、専門家として仕事をしている薬剤師であっても例外ではないんだなということを思いました。
だからこそ、冷静に情報を精査し、他職種と連携して様々な視点で補い合うことが大事だと、たいぞーさんは考えています。前回語られた医師との連携が最良の治療につながった経験とも、この気づきは重なります。
たいぞーさんは今回の症例を、そうした重要性を改めて実感できた症例だったと振り返り、認知バイアスが判断を歪める瞬間とその気づきを共有して放送を締めくくりました。
まとめ
消化器症状を薬の副作用と判断した症例を、たいぞーさんは臨床試験データから見直しました。そこで見えたのは薬の特徴だけでなく、知っていた情報を希望的観測で歪めてしまった自分自身の認知バイアスでした。
- 標準量の半分でも消化器症状の発現率が変わらないデータは、症状が血中濃度に強く依存しない可能性を示唆していた
- 血中濃度に依存しない副作用では、作用発現時期と症状の時期の一致だけで副作用とは言い切れない
- たいぞーさんはデータを知っていながら、減量で改善するという期待から減量を提案していた
- 専門知識があっても、願望が入るだけで正確なつもりの判断がずれてしまう
- 冷静な情報の精査と、他職種との連携で視点を補い合うことが重要だと語られた



