髪型は固定すべき?パーマと安定のあいだ
本題に入る前に、今井さんは青木さんに「自分のビジュアルを固定しておこうという意思はあるか」と相談を持ちかけます。
自分のビジュアルを固定しておこうみたいな意思あります?
青木さんは、10年に1回くらいスタイルを大きく変えることはあるものの、周りの反応はあまり気にしていないと答えます。急にアクセサリーにハマった時期には、リングをいくつも重ね、ごついブレスレットを着けていたそうです。
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青木さんはアクセサリーにハマった時期について、入れ墨を入れ始めた人がどんどん範囲を広げてしまう気持ちがわかった、と振り返ります。着け始めると、何も着けていない部分が寂しく感じられたといいます。
全部スロットで全部つけたくなるみたいなのもあって。でもそういうのがこう見えてるんだろうなって思っても、なんかそれも含めておもろいかってなっちゃって。
一方の今井さんは、直毛にパーマをかけてはほどける、を繰り返しています。番組の収録写真とXのアイコンで印象が違うため、初対面の人に「全然髪型違いますね」と言われ、相手を混乱させている気がしているそうです。
結局その3ヶ月に1回ぐらいまたキュッってかけ直してっていう。だからまあパーマをかけている以上安定しないってのがあるんです、僕の中では。
青木さんも、40代の大部分はマッシュスタイルでした。50代のスタイルを模索する時期にパーマや長めのセンターパート、襟足を伸ばす髪型などを試し、今の普通のセンターパートに近い形に落ち着いたと話します。
傾聴ブームは本当か?1on1でも6〜7割喋る青木さん
今回のテーマは「話はするよりも聞く方が大事なのか」です。今井さんは、相手の話をよく聞こうと説く本『リスン』が売れるなど、傾聴がコミュニケーションの基本とされる風潮を挙げます。聞くことがテクニックのように扱われ、自分の話ばかりする人がわがままとみなされる状況は本当に単純な話なのか、と問いかけました。
青木さんは自分のことを、聞くと話すのバランスがいいタイプではなく、圧倒的に話す側だと認めます。
いやもうこれさ、ラジオ聴いてる人ほぼ全員が思ってると思うけど、いやもう圧倒的に話すのよね。
青木さんは、直接マネジメントしているメンバーと1on1 ── 上司と部下が1対1で定期的に行う面談。業務の進捗確認だけでなく、部下の悩みやキャリアの相談を聞く場として位置づけられることが多いですを行っています。そこで部下から「青木さんが6〜7割喋っている」と言われたそうです。
だから僕それを6割7割ってフィードバックが返ってきた時に結構ショックで。「俺半分以上は聞いてると思うけどな」みたいな。
今井さんは「6割7割なら頑張っている方ですよ」と返します。青木さんも、自分なりに取り組んだ結果がその割合なのだと笑います。
なぜ日本で「プレゼン上手」は褒め言葉にならないのか
青木さんは、最近になって聞くことが注目されていると言われても、子どもの頃からずっと聞く人のほうが得をしてきた、と感じています。
青木さんによれば、日本では喋るのが上手いことが「誠実じゃない」「実力がない」「配慮がない」といったネガティブなイメージと文化的に結びついています。日本人がプレゼン上手だとポジティブな意味だけで語られたことはあったのか、と問いかけます。
言語化が上手いと言われることも、青木さんの世代の男性にとっては嬉しくない評価だといいます。何かを作ったり掴んだりすることのほうが上等で、言語化はその外側をラッピングするのが上手いだけ、という受け取られ方をするからです。
そのみんながやってることを、つまり君たちがやってるのってこういうことだよねみたいなこと言うのがうまいやつなんだから。嫌じゃん。
青木さんは、語彙やメタファーの引き出しが多いタイプだと自覚しています。それでも、その特性を発揮して褒められた経験は一度もなく、疎まれることはあっても褒められることはなかったと話します。
青木さんは、外に向けて自分の仕事を語る機会を作るまで、この特性を「隠れキリシタンのように」出すまいとしていたと振り返ります。
思いつきを留められない青木、放っとくとインタビューする今井
それでも青木さんは、思いついたことを自分の中に留めておくのがものすごく苦しいといいます。自慢したいのではなく、「これってつまりこういうことじゃん」と気づくと、人に言わずにいられないのだそうです。
こういうことわかったとか、こういうことを思いついたとか、あ、これってつまりこういうことじゃんみたいなことを思ったことさ、黙っときゃいいのに。なんかね、人に言いたくなるんだよね。
今井さんは、聞くことも話すことも仕事上必要なスキルとして鍛えてきたと話します。どちらかといえば意識的に鍛えたのは話すほうで、聞くのはもともと得意だといいます。
同業の後輩とお茶をするとき、今井さんは最初に「放っておくとずっとインタビューしてしまうので、聞きたいことがあれば遠慮せず聞いてください」と断るそうです。
僕放っとくと本当にずっと多分インタビューしちゃうんで、あの、聞きたいことあって、今日もし来られてるとしたら遠慮せず聞いてください。
今井さんの話に、青木さんは「羨ましい。俺もう真逆だから」と応じます。青木さんは、放っておくと自分がずっと喋ってしまい、自分のそういうところはもう諦めているといいます。
今井さんがつい聞いてしまう理由は、知りたいことが次々に出てくるからだけではありません。求められているかわからない自分の話をするのが苦手だからだといいます。
正確に言うと求められてるかわからない自分の話をするのがちょっと苦手。だから需要ありきなんですよ、多分会話が。
今井さんは、求められていないアドバイスにならないか、という恐れがあると話します。対して青木さんは「こんな面白いことを思いついちゃった」という感覚で話してしまう、と自分との違いを笑います。
思いついたことを留めておけず、放っておくとずっと喋ってしまう。1on1でも6〜7割を話す
求められているかわからない自分の話が苦手で、需要を作るために聞く。放っておくとインタビューしてしまう
「聞かしてこい!」青木さんが一番うれしいのは素直なリアクション
青木さんは、社会の中で損得を考えれば聞けるほうがいいとは理解しています。それでも、相手がめっちゃ喋ってくれるほうが安心だといいます。
僕は結構めっちゃ喋ってくる人の方が安心ではあるのね。一緒に喋ってて。だから僕も聞けるぐらい喋ってきてほしい。
相手がたくさん喋ってくれれば、青木さんが意識しなくても自然にバランスが取れ、「今日も喋りすぎた」と思わずに済みます。聞きたくないわけではないので「聞かしてこいよ」という気持ちもあるそうです。
逆に青木さんが興味を持てないのは、聞くことでイニシアチブ ── 物事を主導する立場や主導権のこと。会話では、話の流れや関係性をコントロールする側に立つことを指して使われますを取ろうとしたり、聞く側に回るほうが美味しいから聞いたりする姿勢が透けて見える人です。そういう人からは、こちらの話への興味が感じられないといいます。
青木さんにとって一番ありがたいのは、聞くかどうかより素直なリアクションです。興味がないなら興味がなさそうにしてくれれば、青木さんのほうも自然と喋らなくなるからです。
本当は興味ないんだけど興味ありそうにしてるとか、逆に本当はなんか言いたいことがあるんだけど、ちょっとここは抑えて、なんかこういうポジションでとかっていう、その1個かましてくるなよみたいな。
相手の本心が分かりづらいと、青木さんはどうしていいかわからなくなります。持ち球が「投げる」一辺倒なので、状況がわからないとさらに喋ってしまうのだそうです。
また青木さんは、自分の感覚を上澄みだけさらっと掴まれると分かってもらえた気がせず、「そもそもさ」というところから話したくなるとも明かします。
短く端的に話してしまう今井さんの悩み
今井さんは、青木さんの「お喋りっぷり」が羨ましいといいます。今井さん自身は、何でも言葉を短く伝えてしまうからです。
青木さんは「それ、めっちゃ褒められるやつじゃん。1分で話せとかさ」と返します。それでも今井さんはそれを課題だと考えており、雑談が不得意という自認から、一人喋りのポッドキャストもトレーニングを兼ねて続けているそうです。
国宝って映画がとても良かったみたいな。ここはほんと良くて、えっと、こことこことここがすごい最高だったみたいなのって、なんかすごい放っとくと端的に喋っちゃうんですよね。
今井さんによれば、ポッドキャストやラジオが上手な人は、どうでもいいことと必要なことの間ぐらいにあるものも混ぜながら話せます。青木さんも身の締まった話し手ではあるものの、「だってさ」とつないでいく話し方が羨ましいといいます。
青木さんは、今井さんが話すと「次は自分のターンか」と早めに番が回ってくると気づきます。今井さんは相手の承認やリアクションを挟まずに話を続けていくイメージがない、と指摘しました。
今井さんは、端的に話すことは相手を脅かさないという点では正しいと認めます。ただ、ポッドキャストやトークイベントでは適切な長さと深さで喋る必要があり、その点で自分は「短いし浅い」という自認があると話します。
何のための会話か?相手を知るための「球数」
青木さんは、話すと聞くはどちらかだけではなく、必要なバランスは人によって違うのではないかと考えます。その理由は、コミュニケーションの目的が関係性のメンテナンスや分かり合うことにあるからです。
楽器を演奏するようにおしゃべりを楽しむ場なら、ソロが長すぎる人は嫌がられるでしょう。けれど目的を持ったコミュニケーションの場であれば、どんなバランスが分かり合いに近づくかは、それぞれの「持ち物」によって変わるはずだと青木さんはいいます。
意外なことに、青木さんは目的のない雑談の場ではほとんど喋らないそうです。全てへの興味関心を失い、他に喋る人がいればスマホをいじりたくなってしまうといいます。
楽器を演奏し合うような場。興味を失い、ほとんど喋らなくなる
分かり合いたい、認識を揃えたい場。自分からどんどん喋って相手に当てていく
青木さんは、一つの物事をいろいろな表現で言い表せるタイプです。いろいろな表現を相手に当てていくことで、相手が自分だけでは表現しきれない本質にたどり着き、かえって相手のことを深く知れる感覚があるといいます。
あちこちのところから投げていくと、あ、なるほど、こう、この人の自認はこっち側だけなんだけど、その反対側にこういう部分もあるんだっていうことを。
本質的には相手を分かろうとして喋っているため、喋りすぎる人が言われがちな「わかってくれない」という不満を、青木さんはあまり言われないそうです。
こんなに一方的に喋ってるのに。いやわかんないよ。これ聞いてるやつが。もう一番身近な妻とかがわかってないじゃんって地団駄踏んでる可能性あるんで。
青木さんは、1on1で「6〜7割喋っている」と言ったメンバーも、自分のことを見ていないとは思っていないのではないか、と考えています。むしろ自分以上に自分を見ている、と感じてくれているかもしれないといいます。
傾聴ムーブなのに興味がない人、言語化の持ち上げすぎ
青木さんは、聞く姿勢でも話す姿勢でも、相手が自分に興味を持ち、見えにくい一面まで見ようとしてくれているという印象が一番大事だと考えます。その一方で、傾聴のムーブはあるのに全く興味を持たれていないと感じる場面もあるといいます。
めっちゃ聞きますよって雰囲気はあるんだけど、別にその僕の隠れた一面とかを知りたいわけでもなく、僕が今話してる話をもっと聞きたいわけでもなく。
青木さんが嬉しいのは、本当に分かり合えたときや、自分でも気づいていなかった一面を引き出してもらえたときです。聞くことでそれをしてくれる人もいれば、一方的に喋られているのにズバズバ言い当てられて嬉しくなることもあるといいます。
青木さんは同じ疑問を言語化にも向けます。言語化が得意と言われる人でも空気が読めていないことがあり、それは単に大喜利 ── お題に対して気の利いた答えを即興で返す遊び。転じて、うまいことを言う能力を指して使われることがありますがうまいだけかもしれない、と指摘します。
青木さんは、相手が我慢して自分の話を一生懸命聞いてくれていると気づくと、とても苦しくなるそうです。早めに興味がなさそうにしてくれれば、方針を変えられるからです。
その人そのもので向かってきてくれ。素直に喋りたく喋り、聞きたきゃ聞いてるなっていう感じの人こそが、僕にとっては癒しだし、信用できるし、喜びだしって感じがあるんだよな。
青木さんにとっては、言語化が大事という言説も、聞くことが大事という言説も、自分がどう見えるか、どう得するかという利己的な話に見えるといいます。相手を喜ばせることも、自分が得するための発想ならナンパ師と変わらない、と踏み込みます。
今井さんは「本当に喜ぶ人もいる」と返します。青木さんもそれは認めつつ、テクニックで喜ばせた相手に本当の意味で敬意を持てるのか、と問い返しました。
喋りすぎても後悔しなくなった理由
青木さんが喋りすぎをあまりコントロールしない理由は、相手を信頼しているからです。相手が不快なら、その状況を解決する力が相手にもあり、リアクションで知らせてくれるはずだと考えています。
以前の青木さんは、自分が「片手落ち」の人間だと幼い頃から理解していたため、テクニックを使おうとした時期もありました。けれど途中で、それは相手を信頼していない態度だったと気づいたそうです。
今井さんと僕でさ、なんかご飯食べに行って、俺8割喋るとするじゃない。でも今井さんはそれが自分にとって嫌な気分だったら、その嫌さを解決するはずだし。
喋りすぎたと後悔し、「今日は自分のほうが聞いたぞ」と意気込むこともあった
相手は嫌なら伝えてくれると信頼し、喋りすぎた後悔をしなくなった
いまの青木さんは、好きだと思った相手と過ごした結果として喋っているのが嫌だと言われるなら、それは合わないということだと受け止めているそうです。相手を信頼することが、喋りすぎの後悔から青木さんを解放したといえます。
画家との対話と、広がらない「本当の話」
青木さんは最近、自宅に飾っている大好きな絵を描いた画家と、同じく画家であるそのお子さんの3人で話す機会がありました。2人は言語化が苦手だと言うものの、青木さんにとってはその会話がめちゃくちゃ面白かったといいます。
一見そこではさ、僕はいろんなのを当ててってるんで、めっちゃ僕が喋ってるように見えるかもしれないけど、こっちは相手のことをめっちゃ楽しんでるんだよね。
言葉にせず形にしている人たちが持つ感覚や論理を確かめていき、共有できるモデルを作れたときに大きな喜びがあるそうです。青木さんの周りで一緒に働く人にも、言語が得意なタイプより直感的に何かを掴めている人が多いといいます。
青木さんは、言葉にすることが得意でない人に「聞きますよ」という姿勢で臨んでも、深いコミュニケーションには至れないと考えています。そこで選択肢を当てながら少しずつ絞っていくのだそうです。
青木さんの興味の対象は、聞く人か喋る人かではなく、興味を持てる人かどうかです。見立てが違えば「ちょっとしっくりこないです」と言ってくれる人とは、話がとても楽しくなるといいます。
青木さんは例として、以前の回に出演した内沼さんを挙げます。「昔からこういう人なんですか」と尋ねたとき、多くの人はきっかけとなる出来事を語りたくなるものです。ところが内沼さんは、素直に答えたそうです。
自分ってね、最初からこういうことできちゃってたんですよねって返して。ああいう時に無上の喜びがある。
青木さんが求めているのは面白い話ではなく、その人自身を知ることです。今井さんも同じように、広がらない「本当の話」をちゃんと出してくれる人だといいます。
一方で、聞くことをテクニカルに意識している人は、自分が話す番になると「こっちですよ」とガイドライン付きの答えを出し、話が予定調和になってしまうと青木さんは指摘します。
青木さんは、53歳の自分が18歳の相手と向き合うときでも、適当にやればいいと考えず生身で臨むべきだといいます。そうしないと、若い人にも「この大人大したことねえな」と思われるからです。
傾聴はなぜ流行るのか?自分を知り、相手を信頼する
今井さんは、聞くことがなぜ流行っているのかと問いかけます。言語化がもてはやされるのは、字数の限られたSNSがあるからだと今井さんは理解できるものの、聞くほうの理由はわからないといいます。
青木さんの仮説は、言語化がもてはやされることへのカウンターだというものです。聞くことが自分にとって本当に相手に触れる行為である人が、言語化だけではないと発信するのは自然なことです。
言語化がもてはやされる
字数の限られたSNSで、うまいことを言う「大喜利」が評価される
カウンターとしての傾聴
聞くことが得意な人が「それだけじゃない」と発信する
特性と合わない真似
喋りすぎる人が「聞かなきゃ」、聞く人が「うまいこと言わなきゃ」と行き過ぎる
青木さんは、自分の特性と関係ないことに行き過ぎるのが良くないのかもしれないと考えます。大切なのは、自分が何者なのかを知ることと、相手を信頼することです。
そのつい聞くしかない人がもっと話せよって話して欲しかったら相手が言うよとか、喋りすぎてどんなにいても相手が喋りたいことあったら遮ってでも喋ってくれるよっていう信頼感を持って相手と向き合うことの方が僕はいいんじゃないかなと思いますけどね。
今井さんは、青木さんの立場だと「テクニック聞き」をされがちではないかと尋ねます。青木さんはそれを認め、悲しい気持ちになるものの、どうしようもないと答えます。
むしろほんと意味わかんない話、一生して帰ったやつの方がまた会いたいよね。
青木さんは、話がまったくわからなくても本人が楽しそうにしていれば、その顔を見ているだけで自分も楽しくなるといいます。エンディングでは、11月23日の文学フリマ ── 文芸作品を中心に、個人や団体が自作の本を展示・販売する即売会。東京をはじめ各地で開催されています東京41への出店も告知されました。
まとめ
話すか聞くかのどちらが大事かという問いに、青木さんと今井さんは「どちらか一方ではない」という答えにたどり着きます。傾聴も言語化もテクニックとして使えば相手への敬意を失いかねません。自分の特性を知り、素直に反応し、相手も嫌なら伝えてくれると信頼することが、分かり合いへの近道だと語られました。
- 日本ではプレゼン上手や言語化上手が、必ずしも褒め言葉として受け取られてこなかった
- 青木さんが一番ありがたいのは、聞くか話すかより、本心が分かる素直なリアクション
- テクニックとしての傾聴は相手への興味を欠き、相手への敬意も失わせかねない
- 喋りすぎても、相手は嫌なら伝えてくれると信頼すれば、後悔せずに向き合える
- 広がらない「本当の話」を出してくれる人に、青木さんは敬意と喜びを感じる




