空港で始まった「誰も気づかないコント」とは?
今井さんは収録の1週間前にB型インフルエンザにかかり、療養中に、旧ジャニーズの社長だった藤島ジュリー景子さんのインタビュー本『ラストインタビュー』をようやく読んだそうです。
今井さんによると、『ラストインタビュー』は『ロイヤルファミリー』などを書いた小説家が聞き手を務め、「絶対に嘘をつかないでくださいね」という前提から始まるインタビューだといいます。そのジュリーさんの本を読んで、今井さんは自分が持っている旧ジャニーズのタレントの思い出を思い出しました。
今井さんが十数年前に友達と上海へ行こうとして出国審査に並んでいたとき、2つ隣の列にアンタッチャブルの山崎弘也さんがいたそうです。友達が「あれザキヤマやんな」と言ったとき、今井さんは「それどころじゃない人がお前の後ろにいるぞ」と思っていました。
ちらっと見たら、その人(香取慎吾さん)が僕らの会話に入ってきたんですよ。「あれ絶対ザキヤマですよね」って言って。
後ろにいたのは香取慎吾さんでした。そこから今井さんたちと香取さんの3人で、「それ以上の有名人に誰も気づかない」というコントが始まったといいます。
(香取さんが)「あれ多分ザキヤマだと思うんで、僕ちょっと確認してきますね」って言って、「有名な人に会えて嬉しいんで握手してください」って。
山崎さんも「あんたも有名だよ」と返し、今井さんは、2人が自分たちのためだけにやってくれたのだと受け止めています。今井さんはこの話を100人以上にしてきたそうで、こうやってファンを増やしてきたのだろうと感じたといいます。
同じ区の人を隣の席にするファンづくり
今井さんが『ラストインタビュー』で驚いたのは、ジュリーさんの母であるメリーさんの話です。母親としては思うところが多いものの、プロデューサーとしては天才的だった、という文脈で語られていたそうです。
メリーさんは、フォーリーブスの頃からすでにファンのコミュニティを意識していたといいます。チケットを発送するとき、住所を見て同じ区の人の席をこっそり近くにしていたそうです。
席を近くにする
同じ区に住むファン同士をこっそり近い席にする
帰り道で友達になる
帰る方向が同じなので知り合うきっかけが生まれる
誘い合う
どちらかが「今回はやめておこうかな」と思っても、もう一方が誘う
今井さんは、この仕組みを昭和の時代からやっていた点に感心したと話し、ここから今日のテーマであるプロデュースの話へと入っていきます。
セルフプロデュースが大事かは「目的」と「フェーズ」次第
今井さんが投げかけたのは、誰もが何かしら見られている前提で振る舞う時代に、セルフプロデュースとどんな距離感で付き合えばいいのか、という問いです。
青木さんは「大事なのかなぁ」と考え込んだうえで、セルフプロデュースそのものよりも、その人にちょうどいい、フィットする見方をされている状態、つまり誤解がない状態がいいのではないかと答えました。
今井さんが「本当はそんなことないのに、いい人だと言われているのは成功とは言えないのでは」と返すと、青木さんは目的によると話します。仕事で得をするための目的なら、した方がいい場合もあるかもしれません。
青木さんはもう1つの軸として、今その人がどう見られているかという「フェーズ」を挙げました。目的とフェーズによって、セルフプロデュースが大事にも大事でなくもなる、という見立てです。
持たざる者と持てる者で矢印が逆になる?
青木さんは、セルフプロデュースはまず持たざる者がやることだと考えています。そのうえで、持たざる者と持てる者では、セルフプロデュースの方向性が真逆になると話しました。
現実よりも持っている方向へ、大きく見せざるを得ない
持たない方向へ矢印が向く
結局は目指してる山って同じ頂上を目指してて。逆方向から登ってってるんだけど。
そのため、「セルフプロデュースなんて」と言っていることが、逆にセルフプロデュースに見えてしまうこともあると青木さんは指摘します。青木さん自身は、全く持たざる者でも、エスタブリッシュメントでもない、ふわっとした立ち位置にいるため、この問いに考え込んでしまうそうです。
テーマを考えた番組作家のノジさんについて、今井さんは、本人はあまりセルフプロデュースをしていない自覚で、世代的に「バレるとダサいこと」という感覚もありそうだと推測しています。
インスタのストーリーに出た「スイッチ」
今井さんは、青木さんの「持たざる者は大きく見せ、その後は逆になる」という話を聞いて、自分に当てはまることに気づき、少し恥ずかしくなったといいます。
今井さんは、誰とご飯を食べたかといった記録をインスタのストーリーにできるだけ上げたいそうです。人と人のつながりに気づいてもらうことで起きることもあるからです。
会社を始めたばかりの頃は、重鎮っぽい人と一緒にいる感じを出していたはず
今は後輩と一緒にいるときの方が上げたくなっている
青木さんはこの変化を「逆方向にスイッチした」と受け止め、それは普通のことだと話しました。
「セルフプロデュースしていない」というセルフプロデュース
セルフプロデュースしてないっていうセルフプロデュースっていうのもあるじゃん。俺はそう、自然体なんだよっていうセルフプロデュースっていうのもあるからね。
青木さんは、他者と深く関わって仕事や生活をしている人が、自分の見え方を全く気にしていないということはないだろうと話します。程度の差はあっても、みんなある程度はセルフプロデュースをしている、という見方です。
青木さんが鼻につくと感じるのは、個人としての見え方で得をしたいという目的が前に立っているセルフプロデュースです。子どもの頃なら、モテたい、人気者になりたいという理由でおしゃれを始めるようなものだといいます。
青木さんは自分の年齢になると、ファッションでも得をしたい気持ちはゼロではないものの、心地よさや自然体でいられるか、気分が上がるかに重きが移ると話します。セルフプロデュースもファッションのように捉えると、目的が変わってきているかもしれないそうです。
青木さんの今のセルフプロデュースは、何かをやるときに邪魔になったり、気持ち悪くなったりしないためのものです。ただ青木さん自身、それも「ぐるっと回って得しようとしているのかも」と認めています。
上品さとは欲望への「回り道」なのか?
青木さんは、誰が言ったかは覚えていないとしながら、欲望についての印象的な考え方を紹介しました。上品さとは、欲望の対象にどれだけ回り道してアプローチできるかに過ぎない、というものです。
今井さんはこれを、大学生が将来稼ぐために勉強するのか、FXで今すぐ稼ごうとするのか、という違いにたとえました。
なんなら欲望の対象と反対方向に向かって歩き始めて。なんだけど、「回り回るとこれって繋がっちゃうんだよな」みたいなことをどっかで信じてる。
青木さんは、つながらなかったらそこまでだという諦めもありつつ、いい形で欲望の対象に出会い直せたら最高だと考えているそうです。まっすぐ向かうのは、「このままだと死ぬ」ような危機のときくらいだといいます。
青木さんは、自分のセルフプロデュースも回り道の方向で、やっていないように見せる形でやっているのかもしれない、と振り返りました。
本棚とマーケティング本に見えた「スカす」ことの変化
今井さんも、自分はだいぶセルフプロデュースをしていると認めます。例として挙げたのが、家もオフィスも背後にある本棚で、映る位置の本にはやはり気を使うそうです。
今井さんは最近、Xで20代半ばくらいの女性インフルエンサーの部屋の写真を見かけました。素敵な暮らしを発信している人の部屋に、初心者向けのマーケティング本が10冊ほど積まれて映っていたそうです。
ビジネスを感じさせること自体があんまり良くないんじゃない?って、僕はマネージャーなら言ってる気がするんですけど。
今井さんは、紙の本がレコードのようにおしゃれなものになっているのかもしれない、とも考えました。これに対して青木さんは、世代が遠いので何とも言えないとしたうえで、別の見方を示します。
青木さんによると、本当はマーケティングを考えているのに考えていない雰囲気を出す、つまり「スカす」こと自体が、一周してダサいと感じる価値観の人もいるといいます。価値観は分かれているという見立てです。
最短距離で向かう姿勢は下品で、見えてしまうのはダサい
やっているのに、隠してスカしている方が逆にダサい
青木さんは、テレビや雑誌の時代に自意識が育った自分たちは、完成したところを切り抜いて見せるのがいいと思ってきたと話します。いろいろな側面を常に発信できる今は、それとは違う価値観の人も増えているようです。
経営者がポッドキャストをやるのは品がない?
青木さんは、テレビ・雑誌世代の価値観から見れば、経営者がポッドキャストで経営と関係ないことに意見を言うのは、品がないと思われているかもしれないと話します。
経営者としては不都合なほどに考えすぎたり、喋りすぎたりして、自分でも自分に困ってるみたいなものをお出ししてる場じゃない、自分からするとね。
青木さんにとって『考えすぎフラグメンツ』は、マーケティング本を見せてしまう部屋と同じような場でもあるといいます。53歳なのだから、スンとして見せた方が箔がつく、という考え方もあると話しました。
今井さんから見ると、青木さんは番組を始めるまで、スンとした見せ方に成功していたそうです。冷たくはないものの、愛想がいいのに血の通った私語ができない印象だったといいます。
青木さんは、ポッドキャストもセルフプロデュースでやっていると見られるのは、あながち間違っていないと受け止めます。そのうえで、セルフプロデュースには恥ずかしいことだという前提がある一方、おろそかにもできないという気持ちがあると話しました。
守りと攻め、そして下から来る人の怖さ
今井さんは、セルフプロデュースには「守り」と「攻め」があり、2人とも守りには敏感だと話します。攻めをやりすぎている人を見ると「やってんな」と感じるそうです。
青木さんは、守りがうますぎる人にも「やってんな」と感じると話します。青木さんが番組前に持たれていた、愛想はいいのに打ち解けてこないというイメージも、守りがうますぎる例だといいます。
さらに青木さんは、めちゃくちゃ下から来る人を、守りすぎのセルフプロデュースの例として挙げました。その怖さを、総合格闘技のガードポジション ── 総合格闘技や柔術で、下になった選手が脚で相手を制しながら守る体勢。下からの絞め技や関節技で反撃できる、決して不利ではないポジションですにたとえています。
下から来てるのをいいことに、こっちがもうちょっとでも触りに行ったら、下から本当に三角絞め絞められるぞみたいな。
鼻につくのは自己認識と見せ方の「差分」
青木さんは、気持ち悪さを生むのは、その人の実際のスペックや立場ではなく、本人が持つ自己イメージと、相手に持たせようとしている自己イメージの差分ではないかと考えています。
青木さんは、香取慎吾さんにファンができる理由も、本人の自己認識と表現にあまりギャップがないからかもしれないと話します。成功しても一般の人に乗り突っ込みを仕掛けられるような、芯からの気さくさがあるのではないかという見方です。
青木さんによれば、外的要因に左右されない自己認識を持ち、それと同じ認識を相手にも持ってもらえるアウトプットができると、セルフプロデュースしていても鼻につかないといいます。
今井さんは、有名なラジオの放送作家にラジオパーソナリティの才能を尋ねたときの話を紹介しました。答えは声でも喋りでもなく、「いい人であることです」の1つだったそうです。
やっぱリスナーとのコミュニケーションを取るときに絶対バレるみたいな。取り繕ってると。
青木さんも、音声は時間も長いのでバレると同意しました。放送作家は、本物であることが、ラジオで売れた人が売れる理由だと考えている、と今井さんは紹介しています。
期待に応えすぎず「小さく裏切り続ける」
青木さんは、本当は自信がないのに自信があるように見せる人も、本当は自信があるのに極端に下から来る人も、周りに居心地の悪さを感じさせると話します。社会的な自分を優先すると、どちらも起きてしまうそうです。
青木さんは、周りの評価や期待を理解しつつ、それが自己認識に強く影響しないようにしたいと考えています。その結果として行き着いたのが、次の考え方です。
期待がどんどんインフレして苦しくなる
「まあまあこんなもんか」をちょいちょいわかってもらう
青木さんは、期待を逆張りで鮮やかに裏切る能力は自分にないと話します。小さく裏切るのは謙遜のためではなく、自分が居心地悪くなるのが嫌だからで、恥ずかしいけれど緻密にやってしまっているそうです。
青木さんは、今井さんが番組前に感じていた「礼儀正しいけれど気さくではないかも」という印象も、結構本当だと認めます。どうプロデュースしても本質は見えてしまう、というのが青木さんの実感です。
今井さんも同意し、SNSが増えた今、特に音声と映像では本質が出やすくなっているかもしれないと話しました。
俯瞰しているのに展望がない2人
青木さんから、バレないようにしているのにバレていることは何かと聞かれ、今井さんは「そんなにきっちりしていない」ことを挙げました。友達が「イマイと一緒にいるとストレスを感じることがある」と期待値調整をしてくれているそうです。
青木さんは、今井さんにはちゃんとしているイメージと、謎の衝動性があると話します。今井さんは、旅行に行くとそれが出るかもしれないと答えました。
今井さんがもう1つ挙げたのが、中長期の展望がないことです。青木さんも同じで、俯瞰しているのに展望がない点が2人の共通点だといいます。
だから多分俯瞰した結果、これわかんねえなって。
青木さんは、明確な戦略があるだろうと聞かれて「ねえよ」と答えても、ポーズだと思われてしまうそうです。最後の最後で破綻まで見通せないことがあり得る自分を、みんな本当にはわかっていないと話しました。
今井さんは、先輩に従順な感じを出しているのに「目が言うことを聞いていない」と、後輩同士だった人に言われたことがあるそうです。青木さんは、それをかっこいいエピソードだと評しています。
権力者を長生きさせる「ちょうどいい生意気キャラ」
青木さんは、YouTubeチャンネル『UZU』で又吉直樹さんが話していた「生意気キャラ」の論理を紹介しました。生意気なのではなく生意気キャラの存在が、既得権を持つ権力者を長生きさせるという話です。
生意気キャラがいる
本当に生意気なのではなく、キャラとして振る舞う
権力者が受け止める
「いいね、生意気だね」と懐の大きさを見せるツールになる
周囲が感心する
「この人は懐が深い」と受け止める
権力基盤が強まる
生意気キャラも既得権に取り込まれ、権力を持つと同じ構造を繰り返す
青木さんはこの話を聞いて、ちょうどいい生意気キャラとしての今井さんを思い出したそうです。今井さんも、自分は「絶対脅かしてはこない」と認めました。
今井さんとね、ポッドキャストをやろうとした意思決定が相当ダサい思考回路にもとづいた可能性あるなって。
青木さんは、一回りほど年下でも物怖じしない今井さんがちょうどいいと、当時言語化しないまま直感した可能性があると話します。本当にムカつく生意気な人は嫌いなので呼ばない、というのも青木さんの率直な実感です。
今井さんは、その地獄に陥らないための蜘蛛の糸があるとすれば、青木さんがダサいことをしたときに、自分が不快なラインまで踏み込んで何か言えるかどうかだと話しました。青木さんは、まだ自分がそれを欲しがっていないと認めています。
根底にあるのは「幸せになりたい」という祈り
青木さんは、自分の見え方にいろいろな調整を加えているのは、得をしたいからではなく、幸せになりたいという気持ちからだと話します。
青木さんによると、責任ある立場になって寂しくなったり苦しくなったりしたときに、うまくガス抜きをしたい、柔らかい面もわかってほしいという気持ちがあるそうです。
青木さんは、ちょうどいい生意気感のある人とポッドキャストをやって見え方を良くしようとした魂胆も含めて、「可愛いよな」と振り返りました。
青木さんは、ちょうどいい生意気感も、自分の美意識や倫理観と現実を乖離させずに生きるための工夫だと話します。従順さだけでは自分の倫理観から離れてしまうため、いざとなったらやるという腹を持つことが、結果としてちょうどいい生意気感になるそうです。
青木さんは最後に、結局みんな幸せになりたいだけなのだから、セルフプロデュースが鼻につくと思われている人もみんな仲間だ、と結論づけました。今井さんはそれを「すごい結論」と受け止めています。
まとめ
セルフプロデュースが大事かどうかは、目的やフェーズによって変わります。青木さんと今井さんの対話では、鼻につくかどうかを分けるのは自己認識と見せ方の差分であり、その根底には幸せになりたいという気持ちがある、という見方が示されました。
- 持たざる者は大きく見せ、持てる者は小さく見せる方向へ向かい、同じ頂上を逆から登っている
- 「セルフプロデュースしていない」という振る舞いも、一種のセルフプロデュースになり得る
- 守りすぎも攻めすぎも、本人の自己認識と見せ方にズレがあると「やってんな」と感じられる
- 期待に応えすぎず、小さく期待を裏切り続けることで、期待のインフレを避けられる
- 鼻につくセルフプロデュースも、根底には幸せになりたいという祈りがある




