大勢で歌うと、なぜ1つの声に聞こえるのか?
ゲスト回の後編には、70件以上のお便りが届きました。全部は紹介しきれないため、レンさんたちが気になったものを代表してピックアップする形で進みます。
最初に取り上げられたのは、歌声の個性に関する質問です。
一人一人が歌うと、その人によって歌声が違うのに、大勢で歌うと同じような歌声に聞こえるのはなぜですか。
第三脳室 さんから
北山さんはこの質問を「それも1つの研究テーマ」と受け止めます。北山さんによると、バラバラに聞こえるか1つに聞こえるかは、「同時」という概念とつながっているそうです。
たとえば100人で一本締めをすると、ミュージシャンの集まりならバンと揃って聞こえます。けれど北山さんは、100人の端と端では実際にはかなりずれているはずだと指摘します。オーケストラでも、一番奥のパーカッションと一番前のバイオリンは、本当は少しずれているはずだといいます。
北山さんがこれに気づいたのは、ゴスペラーズのリハーサル中でした。本番では観客の手拍子に乗って問題なく歌えるのに、前から20列ほど空いた機材席にいるスタッフがリズムに合わせて拍手をすると、時差のせいで全然歌えなくなったそうです。
(前の列から)そこまで繋がっていれば全然問題ないんですよ。人がいっぱいいれば。
同じ人が同じように手を叩いていても、客席が近くから途切れずにつながっていれば問題ない。北山さんはこの現象から、「同時ストリームの幅」のようなものがあるのではないかと考え、距離でどこまでを同時と捉えられるかを測ろうとしています。
北山さんは、合唱がピタッと揃う例としてウィーン少年合唱団の話も挙げました。北山さんが聞いたところでは、練習中に「揃えよう」とは一言も言わないそうです。
みんな自分の歌を歌ってるんですよ。それがグッて揃った時にああなる。
北山さんによると、ウィーン少年合唱団では、毎日数人が自分の好きな歌を好きに歌い、それを全員で真剣に聴く時間があるそうです。その積み重ねで、お互いがどんな音楽をしたいかを高精度で知っている、というのが北山さんの仮説です。
「揃えよう」とは言わず、各自が自分の歌を歌う。互いの音楽性を深く知ることで、結果として揃う
みんなが一緒になることで揃えましょう、という言い方が多い
北山さんは、どちらが良い悪いではなく、アプローチの違いだと補足しています。楽器や声質、その日の調子が違う以上、ズレは必ず生じます。そのズレが何人から気にならなくなるのかを知りたい、と北山さんは話しました。
打楽器奏者は音速を逆算して演奏している
リハーサルでの手拍子のずれについて、川原先生はその場で計算を始めました。北山さんによると、機材席までは約10メートルです。
(音の)秒速が340メートルなので、10メートルだと30ミリ秒ぐらいずれるんですよね。
川原先生によると、30ミリ秒は母音の半分ほどの長さにあたります。そのずれがずっと続けば混乱するのは当然だろう、と川原先生は話します。北山さんは、音が行って帰ってくるので実際には倍になると付け加えました。
ここから話は、オーケストラの打楽器奏者の話題に移ります。指揮者の見た目のテンポに合わせてシェイカーを振ると、打楽器奏者は「遅い」と怒られるそうです。
音が到達する分の時間を逆算して先行して振ってないと(いけない)。
北山さんによると、オーケストラではまずパーカッションが先に鳴り、そこに金管、木管、弦が順に乗っていきます。弦がやや遅れ気味に入るのも、楽器ごとの特性によるものだと北山さんは考えています。
パーカッション
音の到達時間を逆算して先行する
金管
パーカッションに乗る
木管
続いて乗る
弦
やや遅れ気味に乗ってくる
北山さんは、あるオーケストラの首席打楽器奏者から聞いた言葉を紹介しています。その奏者は「僕は耳を指揮者のところに置いてるんだよ」と話していたそうです。
この話を聞いたレンさんは、オーケストラの席順をくじ引きで決めたらどうなるのかと尋ねました。北山さんは「多分無理だと思う」と答え、配置にも意味があるのだろうと話します。
北山さんは、ネット越しの演奏の例も挙げました。オンラインでは通信の遅れがあるため、普通はゴスペラーズの5人がバラバラの場所からアカペラをしても、どんどんずれてしまいます。
ところが、自分で全ての楽器を演奏するジェイコブ・コリア ── イギリスのマルチ奏者・シンガーソングライター。多数の楽器と多重録音を駆使した音楽で知られ、グラミー賞も複数回受賞していますは、インスタライブで歌手とセッションしながら、遅れを逆算してピアノを弾いていたそうです。北山さんは、それを気持ち悪さではなく音楽として成立させられる人もいると話しました。
ゴスペラーズ自身も、コロナ禍で集まれなかった時期に、ヤマハが出している遅延を約10ミリ秒まで抑える仕組みを使い、ネット越しにハモる試みをしていたそうです。
「ゴスペラーズ限界」と倍音の仮説
ゴスペラーズのこれまでの経験では、5人で並んだときに1人あたりの間隔が3メートルを超え、端から端が10メートルを超えると、イヤモニを付けていても歌うのが難しくなっていくそうです。
だけどそれはちょっとデータ化しないと気が済まなくて。
レンさんがこの距離に名前を付けてほしいと言うと、北山さんは「ゴスペラーズ限界みたいなやつですか?」と応じました。北山さんは、来年受験予定の博士課程に合格したら、これを研究テーマの1つに入れるつもりだと明かしています。
これは自分を追い込むために言ってますんで。後で後悔すると思いますけど、頑張ります。
続いてレンさんは、大勢の歌声が同じに聞こえる理由について、川原先生の考えを尋ねました。川原先生は「パッとした思いつき」と前置きしたうえで、仮説を示します。
川原先生によると、人によって基本周波数 ── 声帯が1秒間に振動する回数のことで、おおまかには声の高さにあたります。単位はヘルツで表されますは異なり、声帯の仕組み上、その整数倍の音が強められます。これがいわゆる倍音 ── 基本の音の整数倍の周波数を持つ音。倍音の混ざり方の違いが、声や楽器の音色の個性を生み出しますです。
十分なサンプルが集まってくると、その歌全体としてどの倍音を持ってくるのかの個性は減ってきますよね。
さらに川原先生は、脳も似た周波数をひとまとめに処理する仕組みを持っていると説明します。そうしないと負荷がかかりすぎるため、そのラフさも合わさって、大勢の声が1つに聞こえる現象が起きても不思議ではないそうです。
高い声・低い声は鍛えられる?鍵は脱力
次のお便りは、声の音域についての質問です。歌が上手くなりたい、もっと高い声を出したいという声は、ほかの人からもたくさん寄せられていたそうです。
相談の要旨: 自分の元々の音域は変えられるのか、どれぐらい広げられるのか、人によって限界があるのか、練習でどうにかなるものなのかを知りたい。
ニコ さんから
北山さんの感覚では、高い声は鍛えれば出るようになるそうです。北山さんはほとんど歌った経験がないままゴスペラーズに入り、当時はファやファのシャープまでしか出なかったといいます。
それが約30年を経て、今ではソ、ラ、シのフラットあたりまで歌えるようになったそうです。下の音域も伸びていると北山さんは話し、川原先生は「でも上の方が伸びやすいですよね」と応じました。
川原先生はその理由を声帯の仕組みから説明します。声は、声帯を引っ張って薄くすると高くなります。声帯を伸ばす筋肉は研究でよくわかっていて、鍛えれば結果につながることもわかっています。
一方で、声帯を短く厚ぼったくして低くするほうは、より難しいといわれているそうです。レンさんは、緩めるほうを鍛えるのは普通の筋トレでも難しいと納得していました。
声帯を引っ張って薄くする。伸ばす筋肉は鍛えられることがわかっている
声帯を短く厚くする。緩める方向なので、より難しいとされる
ベースボーカルを担当する北山さんは、低い声を出したい学生によく質問されるそうです。そのとき北山さんは、「できることが脱力しかない以上、教えられることはそんなにない」と答えるといいます。
川原先生も、脱力の大切さを声帯の仕組みから裏付けます。声帯は薄い膜で、1秒間に200回から300回も振動しなければなりません。そこに力が入ると、不規則な動きが混ざってきれいに振動しなくなります。
さらに声帯の上には仮声帯 ── 声帯のすぐ上にあるもう1つのひだ。通常の発声ではほとんど振動せず、力むと閉じて喉が詰まった感じを生みますがあり、ここが緊張すると喉が詰まった感じになるそうです。
北山さんは、カラオケで力んで叫ぶように出す高い声と同じ高さ・同じパワーの声でも、リラックスして口の中の共鳴ポイントがうまく見つかれば、ほとんど力を入れずに出てくると話します。
うまく共鳴するとエネルギーが戻ってきて声帯を維持してくれるんで、筋肉の力で声帯を引っ張るとか維持するとかじゃなくて。
北山さんにとってボイストレーニングとは、筋トレというより、どの筋肉をどう動かせばどの声が出るかを体に登録していくプロセスだそうです。最近の北山さんは、歌の反動を支える足の筋肉にまで注目していて、足の筋肉が張っていると出ない音もあるといいます。
川原先生も、声を喉だけの問題と捉えず、お腹から肺、肺から声帯というプロセスで考えるべきだと話しました。北山さんによれば、立っているときの体重移動や筋肉の連動を理解できれば、座っていても同じように歌えるようになるそうです。
「腹から声を出せ」論争の正体
レンさんは、複数のリスナーから届いていた「お腹から声を出す」についての疑問を投げかけます。北山さんはこの論争を「すごいニヤニヤしながら外から眺めてる」と表現しました。
北山さんの整理では、論争には2つの立場があります。お腹を意識すると実際に声が出やすくなる人と、声は声帯からしか出ないのだから腹から声など出ない、と物理的な原理で考える人です。
原理的には別にお腹から声は出るわけじゃないんだけど、お腹から声が出てるようなイメージになった時の体の感覚みたいなものが、その声を出やすくしてるっていう事実はあると思うんですよ。
北山さんは、この言葉が生まれた経緯をこう推測します。最初に言った人は体の仕組みをよく理解していて、胸や喉、顔を意識して力んでしまうのを避けるため、意識をお腹に向けさせたのではないか、というものです。
試行錯誤
体の仕組みをよく知る人が、力みをお腹に逃がすと他がリラックスすると気づく
提唱
意識の仕方として「お腹から」というメタファーを広める
単純化
あまりに機能したため「声は腹から出るもの」と単純化される
論争
「腹から出ない」「腹から出す」という対立になる
北山さんは、尊敬するトレーナーの考えも紹介しました。筋肉には筋紡錘 ── 筋肉の中にある、伸び縮みを感知するセンサー。筋肉の状態を常に脳へ伝えていますというセンサーがあり、常に脳へ信号を送っているそうです。
このトレーナーは、筋肉を意識すると信号がぶつかって筋出力が下がるので、意識するなら骨や腱のようにセンサーのない場所がよい、と話していたそうです。北山さんは研究ではないと断りつつ、腕立て伏せで試すと全然違ったと話しています。
川原先生は、「腹から声を出せ」という感覚がまったく伝わらない人もいると指摘します。そうした人には、横隔膜の仕組みを科学的に知ってもらうのがよいと考えています。
お腹に空気入れろっていうのは私はすごく好きじゃないんですけど、(お腹に空気が)入るわけないので。
北山さんは、この言葉の本来の意味を、発声や呼吸に関わる筋肉がしっかり働けるポジションを取ろう、ということだと整理します。それを一言で伝えようとして、わかりやすさに振り切りすぎた結果が「お腹から声を出せ」なのだ、というのが北山さんの見方です。
スポーツ科学に学ぶ、音楽科学のススメ
ここで北山さんは、「声を大にして言いたいこと」として、スポーツの世界との比較を持ち出しました。北山さんによると、指導者が「自分はこうやってうまくなった」を教えるしかない時代は長く続いてきたそうです。
北山さんは現在52歳です。北山さんの学生時代までは、野球部が校庭をウサギ跳びで3周したり、水を飲むなと言われたりするのが当たり前だったといいます。
その後スポーツ科学が登場し、データを取るようになりました。北山さんは「大雑把に中略すると」と前置きしつつ、大谷翔平さんのような選手が出てくるようになったのもその流れだと話します。
指導者の成功体験を教える。負荷に耐えられる人が才能ありとされ、ウサギ跳びや「水を飲むな」が当たり前
科学的にデータを取り、不要な負荷を避け、効率の良い改善やオーバーワーク防止で選手生命が延びる
ある見方をすれば、スポーツ科学がスポーツ選手を守っているっていう言い方もできると思うんですよね。
実は音楽科学という分野も存在していて、北山さんも川原先生も音楽科学研究センターに所属しています。ただ、日本ではほとんど知られていないのが現状だそうです。
北山さんによると、音楽の指導はいまだに「俺はこれでできたから、お前もこれでやってみろ」が中心です。うまくいかなければ本人の努力不足とされ、別の指導方法にアクセスする手段は限られているといいます。
重心の管理とかって、多分もうすでにスポーツ科学で言われてることを音楽に取り入れるだけで相当な人が楽になるはずだと僕は踏んでるんですけど。
川原先生も、いまだに声帯を傷つける練習をしてしまう人がいると応じます。北山さんは、サ行が苦手な人にサ行の早口言葉をひたすらやらせれば、イップス ── 精神的な要因などで、それまでできていた動作が思うようにできなくなる状態。スポーツ選手の例でよく知られていますになりかねないと指摘しました。
川原先生によると、絵本『うたうからだのふしぎ』の土台には、もともとこうした問題意識があったそうです。絵本に興味を持ち、ここに解決策があるかもしれないと思った人にはもっと勉強してほしい、という思いを常に持っていたといいます。
北山さんは横隔膜を例に、解像度の大切さを説明します。横隔膜は息を吸うときに収縮し、吐くときは弛緩するしかありません。そのため、吐く動作の後半で横隔膜は「仕事しないことが仕事」なのだそうです。この解像度があれば、「お腹から」と言われたときに「お腹のどこですか?」と考えられる、と北山さんは話します。
歩き方も走り方も、なぜ誰も教えてくれなかった?
エマさんが、音楽科学の教育が日本で広がる可能性を尋ねると、北山さんは「そうありたい」と答えました。そのうえで北山さんは、歩くことや走ることのように、当たり前の動作は誰にも教わらないと指摘します。
北山さんによると、こうした動作は気づいたらできるかどうかで序列が決まり、上位の人だけが指導を受けていきます。本当は苦手な人こそ指導が必要なはずだ、というのが北山さんの考えです。
北山さんは40歳のとき、取材で来た短距離のオリンピアンから走り方のレッスンを受けたそうです。ジョギングを見たその選手から「その走り方だったら走るの嫌いですよね」と言われ、「走るの疲れないんですか?」と聞き返すと、「疲れないんですよ」と返ってきたといいます。
もう目から鱗どころの騒ぎじゃないんですよ。これをなぜ俺は小学校の時に知らなかったのかっていうことばっかりで。
走り方を教わってから、北山さんは日常で走っても全然疲れなくなったそうです。北山さんは、声を出す、歌う、話す、歩くといった動作こそ一番教えてほしいことだとして、音楽科学の知見を小学校や幼稚園の遊びにも取り入れたいと話しました。
レンさんは、ロンドンに住んでいた経験から、日本は異常なほどカラオケが多く、歌うことが好きな人が多い国だと感じたそうです。それなのに声の出し方を学んだ人は少ないので、もっと音楽科学に関心を持ってもらえるのではないか、とレンさんは話します。
川原先生は「知りたければいつでも教えてあげる」というスタンスでいるそうです。北山さんは自らを世の中と川原先生をつなぐ架け橋と位置づけ、川原先生に頼んで月1回の勉強会も立ち上げたと明かしました。
声がこもる人と、ひそひそ話ができない人
話題は、真逆の悩みを抱える2人のお便りに移ります。1通目は、声がこもってしまうという悩みです。
私は自分の声が通らず声がこもっていると思っています。相手になかなか声が届かないので、声がこもっている時に体の中でどんなことが起きているのかを知りたいです。声をこもらせずに楽に声を出せる方法、そういう体の仕組みやコツがあれば知りたいです。
まきまきマッキー さんから
2通目は、その逆で声が通りすぎてしまうという悩みです。
私は内緒話、コソコソ話ができません。声が通り過ぎてしまいます。会議中、耳打ちをしなければならない状況でも、どうしても丸聞こえになってしまいます。
クラクラ さんから
まずクラクラさんの悩みについて、川原先生は原因を声帯だと答えます。ささやき声を出すには、声帯を開いて振動させないようにする必要があるそうです。
川原先生によると、クラクラさんも「タ」のTを発音する瞬間には声帯が開いているはずです。声帯を開けない体ということはないので、その感覚を発話全体に持ち越せば、ひそひそ声はできるはずだといいます。
北山さんは、母音を出すことが、声帯が必ず震えることと結びついてしまっているのだろうと補足しました。北山さんの周りにも、新幹線で隣の人と話す内容が全部聞こえてしまう社長さんが1人いるそうです。
ちょっと試してもらいたいのは、あくびしてもらって、あくびするとこう喉が、あの声帯がガッと開くんですよね。
川原先生が提案したのは、あくびで声帯が開いた感覚のまま止めて話す練習です。その場で試したレンさんとエマさんは「開いたら確かにできる」と納得し、エマさんは「急にASMR ── ささやき声や小さな音で、聴く人に心地よいぞくぞく感をもたらす音声・動画のジャンルみたい」と笑っていました。
声がこもる人は、リミッターがかかっている?
北山さんは、内緒話ができないという悩みのほうが原理的には簡単で、声を出したいのにこもってしまうほうがハードルは高そうだと話します。
北山さんは「想像なので違ったらごめんなさい」と断ったうえで、声がこもる人は、普段の声がその人の最大ボリュームになっていて、それ以上大きな声を出したことがあまりないのではないかと推測しました。
やったことないことって人間って怖いじゃないですか。だから多分どっかにリミッターがかかってるので。
北山さんのおすすめは、1人でカラオケに行き、マイクを使わずに大きな声を出してみることです。鳴っている自分に慣れることが大事だそうです。
エマさんも、声がこもってあまり通らない側だと打ち明けます。北山さんはエマさんの声を聞いて、むしろ発声の効率がとても良いのだと評しました。
すごく燃費がいいように聞こえてます。で、それを逆に言うと、そのシステム持ってるから、アクセルちゃんと適度に踏めばパーンって出ると思うんですよね。
北山さんによると、エマさんの声はマイクにはしっかり乗り、自分の耳に返る分には十分なエネルギーを効率よく出せています。ただ、日常で遠くに飛ばそうとすると出力が足りなくなる、という見立てです。無理に力でねじ伏せて大きな声を出すと、声が枯れたり壊れたりするので注意が必要だといいます。
川原先生は、まず声帯を震わせる空気が十分に流れているかをセルフチェックしてほしいと話します。効率よく空気を流すには姿勢が大切で、お腹と胸をしっかり使って肺を動かし、しっかりとした呼気を確保することが第一だそうです。
さらに川原先生は、声を出そうとして声帯が過度に緊張していないかも確かめてほしいと続けます。声帯をギュッと締めて大きな声を出そうとすると、振動が妨げられるうえ、声帯が傷つくこともあるそうです。
エマさんが、大きな声を出そうとせず、姿勢と呼吸とリラックスを意識すれば自然と通る声になるのかと尋ねると、川原先生は「だいぶ変わると思います」と答えました。
「森のくまさん」とリラックスして通る声
北山さんは、走り方がわからない人が一生懸命走るほど遅くなるのと同じことが、声でも起きていると話します。発声効率は良いのに、遠くに飛ばそう、もっと伝えようという力みが、その効率を下げている可能性が高いそうです。
北山さんは、エマさんにも通る声を出している瞬間があるはずだと尋ねました。そこでレンさんが明かしたのが、自室で収録中だと伝え忘れていた日の出来事です。
めっちゃ歌ってて。森のくまさん歌ってたんですけど。
森のくまさんの時は確かに、めっちゃ一人だと思ってたからリラックスしてて。
北山さんは、エマさんの場合は伝えようとして逆に緊張しているパターンだと分析します。楽器としての声はすでに鳴っていて、あとは演奏の仕方、つまり緊張やメンタルの問題かもしれない、と北山さんは話しました。
まきまきマッキーさんへのアドバイスとして北山さんが勧めるのは、まず自分の楽器を精一杯鳴らしても鳴らないのか、状況によって演奏法がこもってしまうのかを切り分けることです。単純に鳴らしたことがないなら、普段の会話から少しずつボリュームを上げていくとよいそうです。
ほんのちょっと変えるんだったら多分誰も気づかないけど、自分の中にはそのノウハウが蓄積していくので、それはおすすめかもしれない。
レンさんは、小学校で応援団長をして声を出し続けた結果、大きな声を出せるようになった経験を思い出していました。北山さんは、夫婦で散歩しながら少しずつ距離を離し、10メートル離れて会話してみるという練習法も冗談まじりに提案しています。
北山さんによると、歌でも目の前の人に語りかけるときと、遠くの人に伝えようとするときでは、同じボリュームでも心持ちが変わり、楽器の鳴りも変わるそうです。レンさんは、母親が知らない相手の電話ではトーンが上がり、相手が祖母だとわかると急にリラックスする様子を例に挙げていました。
「口を大きく開けて話そう」は間違い
川原先生は、声が通らない人がやりがちな誤解として、「口を大きく開けてしゃべりましょう」というアドバイスを挙げました。口の中がこもっているなら口を開ければいい、という単純な発想です。
「い」とか「う」って発音するとき、口ちゃんと閉じなきゃいけないんですよ。
川原先生によると、「あ」だけなら口を大きく開ければよいのですが、それを他の音にまで当てはめると、ほかの音が出しづらくなり、かえって自分を追い込んでしまうそうです。一方で、口を大げさに動かす、という言い方ならできるかもしれないと補足しました。
北山さんも、口をあまり動かさずに話す人は「こもっている」と言われやすいので、口を忙しく大げさに動かすことで解消する方向もあると話しています。
北山さん自身も「通らない派閥」だそうです。一方、川原先生は声が通らずに困ったことはないといいます。
もしかしたらね、音声学ずっとやってるから、もう知らず知らずに、「あ、この音の時はこういう口なんだな」っていうのがわかってるのかもしれないですね。
北山さんは、川原先生には無駄な萎縮がなく、声を出すべき場面では先生としての経験と音声学の知識が合わさって、スパンと声が出てくる印象があると話していました。
マイクと仲良くなる、録音した自分の声と向き合う
北山さんと川原先生のコンビは結成5年で、サイエントークも2021年から活動していて同じくらいの年数です。レンさんは、5年前の自分の音源を聞き直すと、緊張でトーンが高く、マイクに乗っていないと感じるそうです。
毎週自分の声を聞いて編集してきたレンさんは、完全にリラックスして話せるようになるにつれ、声が太く通りやすくなったと実感していました。北山さんは、その様子を「マイクと仲良くなってらっしゃる」と表現します。
自分が出してる音じゃなくて、スピーカーから出て相手に伝わる音に責任を持たなきゃいけないってなると、機材とどう仲良くなるかってすごい大事ですよね。
お便りには、録音された自分の声が好きではない、違和感があるという声も多かったそうです。北山さんは、相手に届く音に責任を持つには、骨伝導 ── 声帯の振動が頭の骨を通って直接内耳に伝わる現象。自分の声が録音と違って聞こえる主な理由とされますのない、音波としての自分の声と向き合う必要があると話します。
川原先生は、知人である放送局のアナウンス室最年長のアナウンサーの例を紹介しました。大ベテランの今も、自分の声を録音して視聴者にどう届いているかを確認し、奥様にダメ出しを受けて調整しているそうです。
その違和感をなくしたいとか、自分の録音された声が嫌いなのを嫌いじゃなくしたいみたいなことでいうと、ともかく録音して聞かないと無理なんですよね、これは。
レンさんは、自分の声を聞くうちに、他人の声にも敏感になった気がするといいます。川原先生は、声を聞くための、より高解像度な脳の処理モデルができているのだろうと話しました。
川原先生によると、録音された声に違和感があるのは、普段イメージしている声と違うからです。骨伝導と鼓膜で聞く普段の声と、実際に出ている音波が一致するように認識する訓練を、川原先生自身は相当積んでいるそうです。
ここで川原先生は「研究者モード」に入り、少し前にレンさんが急にエマさんに話を振った瞬間、エマさんが緊張して声帯が少し締まった声質になったのが聞こえたと指摘しました。北山さんも、音が少し硬くなったと同意しています。エマさんは、こうして解説してもらうと何が起きているかわかるようになる気がする、と話していました。
ノリノリの日ほど出来が悪い?
北山さんはライブのあと、必ず自分の歌をチェックするそうです。そこで北山さんが面白いと感じているのが、手応えと実際の出来のずれです。
舞台上でガッツポーズ出てる時って、後から聞いたらがっかりするんですよ。
逆に、舞台上で「今日は全然ダメだ」と思っている日に限って、後から聞くと意外にちゃんと歌えているそうです。北山さんは、ノリノリのときは何かを失っていることが多いと話します。
レンさんが、聞き返すときに期待しすぎているのではないかと尋ねると、川原先生は「それは本当にあると思います」と強く同意しました。しゃべりでも、うまく話せたと思った収録を後から聞いて絶望することがある、という声も上がります。
レンさんは、ダメだと思った回が意外と悪くないのは過小評価の裏返しで、精神的な部分が大きいのではないかと話しました。北山さんは、2つともブラインドで聞けば同じぐらい歌えているのかもしれない、と応じています。
30点で舞台に出る、減点より加点の人生
北山さんは2015年に一度死にかけた経験があり、それ以降、舞台に立つ姿勢が変わって「加点する人生」になったそうです。それまでは完璧主義で、できることを全部できる前提でステージに出ていたといいます。
北山さんによると、客席には1パーセントほど、舞台上で起きる変化を全部知るのを楽しむ人がいるそうです。北山さんは、そうした楽しみ方自体はまったく悪くないとしつつ、完璧を前提に出ると、減点の瞬間を楽しむ人と一緒にライブをすることになると話します。
そこで今の北山さんは、生きて帰ることを30点と考え、メンバーやスタッフ、観客に「今日は僕は何もできません、ごめんなさい」と心の中で謝ってからステージに出るそうです。
そうするとできちゃうんですよね。やっぱリハーサルもしてるし、トレーニングもしてるし、経験もあるから。
歌えた、ハモれた、踊れたというたびに「今の良かったね」と思いやすくなり、同じ瞬間を良かったと感じてくれた観客と一緒にライブができる、と北山さんは話します。観客全体の感想は同じでも、自分だけは加点か減点かを選べる、という気づきです。
完璧を前提に出て、ミスのたびに点が減る。減点を楽しむ人とライブをすることになる
生きて帰ることを30点とし、できたことを加点していく。良かった瞬間を観客と共有できる
北山さんは、極端な話なので誰にでも勧めるわけではないと断っています。それでも、ミスをしたときに「今日の俺はこれをミスる俺なんだよね」と認めやすくなったそうです。
私それ大好きで、本当に結構変わりましたね。講演する時とか、そのメンタル教わって。
エマさんもレンさんも、自分たちは減点方式だったかもしれないと振り返ります。エマさんは、声に関係なく誰でも考え方を変えられるポイントだと話し、北山さんは「機能しなかったら全部俺のせいにして捨ててもらえばいい」「ノーリスクで使っていただける話」と笑っていました。
ポッドキャストのお誘いと、絵本の続編への思い
最後にレンさんは、北山さんと川原先生に2人でポッドキャストをやってほしいと熱烈にお願いしました。北山さんは、サイエントークを聞いていても「脳内の住んでるエリアが似ている」と感じると話し、今後の食事会やカラオケ会にも意欲を見せています。
締めの一言で北山さんが語ったのは、絵本『うたうからだのふしぎ』の続編を作りたいという思いです。北山さんは、まだ同じ枠組みで伝えられることがあり、川原先生はさらに多くを持っていると確信しているそうです。
(続編は)我々の力だけではどうしようもないので、ぜひ読んでみていただきたいし、読んで興味を持ったり、いいなと思ってくれた人はぜひね、何がしかの応援をね、お願いしたい。
川原先生は、出版社が続編を出すには売れる保証が必要だという「大人の話」に触れ、講談社に読者カードを送るといった具体的な応援方法も挙げました。
そのうえで川原先生は、絵本プロジェクトやMRIプロジェクトを振り返り、研究者の方法論とは違う届け方に触れられる喜びを語っています。北山さんや、イラストを担当した牧村久実さんのような表現者と組むことで、同じ内容でも届け方がまったく変わるのだそうです。
新しい表現方法に触れることが幸せすぎるんですよ。
番組の最後には、北山さんが先月修士論文を通して「修士」になったことも報告されました。北山さんは、次はサイエントークに論文の著者として呼ばれることを一つのマイルストーンにしたいと話し、「ゴスペラーズ限界」の論文化に期待が高まる形で締めくくられました。
まとめ
この回では、合唱が1つに聞こえる理由から、高い声・低い声、「腹から声を出せ」、こもる声とひそひそ声、録音した自分の声まで、リスナーの疑問に声のプロ2人が答えました。全体を通して繰り返されたのは、声は力ではなくリラックスと仕組みの理解で出るという考え方と、それを科学で支える音楽科学の大切さです。
- 大勢の声が1つに聞こえる背景には、音の到達時間のずれや倍音の平均化、脳の処理の仕組みが関わっている可能性がある
- 高い声は鍛えれば伸ばしやすく、低い声は脱力が鍵。声帯の力みは振動を妨げる
- 「腹から声を出せ」はわかりやすさに振り切ったメタファーで、本質は発声・呼吸の筋肉が働ける姿勢にある
- 声がこもる悩みには、姿勢・呼吸・リラックスから始め、口を常に大きく開けるのは避ける
- 30点で舞台に出て加点していく北山さんの考え方は、歌以外の場面にも応用できる





