質量のないものはある?KEK理論センター長が登場
この回のテーマは「質量はなぜ存在するのか」という問いです。冒頭でレンさんがこの問いを投げかけると、エマさんはこれまで考えたことがないと答えます。
「私はなんで存在するんだろう」って言ったら、私以外のものがあるってことじゃん。って考えると、質量以外のものがあって、その中でなんで質量は存在するのだろうっていう文脈ですか?
レンさんが「逆に質量がないものは何か」と返すと、エマさんは光を挙げます。光の質量の話は番組で以前少し触れたものの、深掘りすると難しいため、今回は専門家に聞くことになりました。
ゲストは、高エネルギー加速器研究機構KEK ── 高エネルギー加速器研究機構の略称。茨城県つくば市に本拠を置き、粒子を高速でぶつける加速器を使って素粒子や原子核の研究を行う研究機関ですの素粒子原子核研究所で理論センター長を務める橋本省二先生です。サイエントークとKEKのコラボはこれが2回目で、二人は以前つくばの加速器も見学しています。
橋本先生によると、加速器実験を行う研究所の中に理論センターがあり、素粒子や宇宙の理論を考える研究者が十数人ほどいるそうです。実験で得られた情報をどう組み合わせて宇宙や素粒子を理解するかを考えるのが、理論センターの役割だといいます。
巨大な装置を使い、最終的にある1つの数を数値として出す
出てきた数値が宇宙の理解にとってどんな意味を持つかを解釈し、「こういうものを測ってみたら」と提案する
橋本先生の仕事は、データを前にひたすら机に向かうというより、近くのトンネルで実験している人たちに「どうなってるの?」と聞いたり、世界中から研究者を集めて今後何を調べるべきかを話し合ったりすることだと話されています。
理論か実験か、分かれ道を決めたのは「アイドル」と煙
レンさんは、研究者が理論と実験のどちらに進むかをどう決めるのかを橋本先生に尋ねます。橋本先生の答えは、多くの人はアインシュタインに憧れて始めるというものでした。
橋本先生は、究極の理論を求める人にとってアインシュタインは「アイドル」のような存在だと表現します。ただし研究の世界ではすべてを自分で理解するのは無謀なので、専門が分かれていき、そのとき何を大事だと思うかで理論か実験かが決まるのかもしれない、と話されています。
橋本先生自身が理論に進んだ理由は、実験だと機械を壊してしまうからだそうです。学生実験で電気回路を作って電源を入れたら煙が出て、危うく火事になりかけ、「お前やめろ」と怒られたというエピソードが語られます。
レンさんは、以前出演した中山先生が実験装置を楽しそうに説明していたことに触れつつ、理論のほうが難しいと思っている人も多いのではと返します。橋本先生は、面倒な数学を理解する必要もあるが、人それぞれ楽しいことも難しいこともあり、ここにいる人たちは好きでやっているのだろうと答えています。
実際実験でわかる何十年も前にもう予言してましたみたいなこと、全然起きたりするじゃないですか、理論物理学だと。やっぱそういうのはかっこいいなと思います。
理論物理学の予言のかっこよさについて、橋本先生も「私もかっこいいなと思います」と同意しつつ、そうできるといいがなかなか難しい、と笑います。
リスナーの答えは「気持ちよく眠るため」?
話は、橋本先生の著書『質量はなぜ存在するのか』に移ります。ヒッグス粒子が見つかる少し前に最初に出した本を、その後十数年の新しい成果を踏まえてまとめ直し、改めて出版したものだそうです。
レンさんは、この本の問いを番組のリスナーにも投げかけていました。最初に紹介されたのは、眠る瞬間の心地よさを理由に挙げる答えです。
質量はなぜ存在するのか。これはもう絶対気持ちよく眠るためだと思います。体の重さに抵抗して日常活動した後、両足で受け止めていた重さを全身で分散して受け止めるように変換するあの瞬間は最高の瞬間です。この快感のために重力は存在するはずです。
橋本先生はこの答えに「わかりますよ」と共感します。布団に横になるとずずずっと沈んでいく感じが好きで、「重力だ、沈んでる」と思っているうちに寝てしまう瞬間は幸せだと話し、そのあと「何の話してたんでしたっけ?」と笑いを誘います。
ほかのリスナーからは、哲学的な答えや、学校で習う重力のイメージに近い答えも寄せられていました。
存在しようとして質量を持ったのかなと思います。人が手のひらの上で物の存在を感じられる目印として触覚にアプローチしたのでは。
質量は地球がものを引っ張ってる力を数値化するために人間が考えた指標なのではと思います。飛んでる鳥にも浮いてる魚にも質量があって、みんなに共通しているのは地球の重力、引力に引っ張られることかなという観点で考えてみました。
素粒子は質量を持ってはいけない?ヒッグス粒子が生まれた理由
エマさんは、日常生活では「なぜ質量があるのか」という問いはそもそも思いつかないと話し、物理学ではどうしてこの問いに至ったのかを尋ねます。
橋本先生も本を書き始めたときに困ったそうです。そこに質量があるのだからそれでいいと思ってしまいがちですが、素粒子理論をたどると、素粒子は質量を持ってはいけないという理論になっているといいます。
橋本先生によると、質量の存在を不思議に思うのは素粒子理論を学んだ人だけかもしれません。だからこそ「なぜこれを疑問に思うのか」から説明を始める必要があり、本が長く難しくなってしまったと話されています。
質量があってはいけない理由として挙げられたのが、自然界の4つの力のうちの弱い力 ── 自然界の4つの基本的な力の1つ。原子核のベータ崩壊などを引き起こす力で、働く距離がきわめて短いのが特徴ですです。電磁気力、強い力、弱い力、重力のうち、弱い力を正しく書き下そうとすると、質量があってはいけないという結論になってしまうそうです。
弱い力を理論で書く
正しく書き下すと、素粒子に質量があってはいけないという結論になる
矛盾が生じる
現実には質量があり、このままでは私たちの世界を説明できない
ヒッグス粒子を考え出す
矛盾を解決するために理論的にひねり出された
実際に発見される
10年以上前に見つかり、大きな話題になった
橋本先生は、素粒子の基本法則を理解する中で生じた矛盾を解決するためにひねり出したのがヒッグス粒子で、それが実際に見つかったので10年以上前に大きな騒ぎになった、と説明しています。
素粒子はなぜ「これ以上分けられない」とわかるのか?
レンさんは、リスナーから届いた素粒子についての質問を紹介します。
素粒子ってなんでこれ以上分けないってわかるんですか?ヒッグス粒子とか光子とか、クォークみたいな名前のやつがいるとか、そういうのが別ってわかるのはなんでなんですか?
この質問への橋本先生の答えは「わからないんですよ」というものでした。今はこれ以上分けられないと思っているものの、もっとエネルギーの高い加速器で実験すれば分かれてしまうかもしれず、私たちが素粒子だと思っているものは一番基本的なものではないかもしれないそうです。
橋本先生は、こうした質問をした人は本質をよくわかっているのだろうと評価します。レンさんは、粒子同士を高速でぶつけて断片を調べ、今のところここまで分けられるというのが現状のベストなのだと整理しました。
エマさんが「素粒子がさらに分けられるとわかったら物理法則がひっくり返るのか」と聞くと、橋本先生は「みんなそれを目指してるんです」と答えます。もし分かれるとわかったらまずは乾杯で、その先はノーベル賞がいくつも出るような新しい法則の発見になるだろうと話されています。
一方で、ヒッグス粒子に至るまで新しい素粒子が次々に見つかってきたものの、今は打ち止めになっているそうです。より高いエネルギーに到達するのがどんどん大変になっていることも、その理由の1つだといいます。
エマさんの「ヒッグス粒子も素粒子の1つなのか」という質問に、橋本先生は、電子やクォークとは違い、他の素粒子に質量を与えるためにそこにあるように見える「変な人」だと表現しています。
質量の正体は「閉じ込めたエネルギー」
質量とは何かについて、橋本先生はアインシュタインのE=mc² ── アインシュタインが特殊相対性理論から導いた式。エネルギーEが質量mと光速cの2乗の積に等しいことを示し、質量とエネルギーが同じものの別の姿であることを表しますから説明を始めます。光速は単なる定数なので、この式は「エネルギーとは質量であり、質量とはエネルギーである」ことを言っているそうです。
橋本先生のたとえは、光を閉じ込めた鏡の箱です。100%反射する鏡で部屋を作り、中に強い光を閉じ込めると、中身は空っぽでも、その箱は質量を持っているはずだといいます。
橋本先生によれば、ある狭い場所にエネルギーを閉じ込めることができれば、それが質量です。陽子や中性子も同じで、中身のクォークはほぼ質量ゼロですが、丸い塊の中に閉じ込められて行ったり来たりしており、そのエネルギーが質量として見えているそうです。
ほぼ質量ゼロのクォーク
陽子や中性子の中身の粒子
強い力で閉じ込められる
出ていこうとしても引っ張られ、狭い陽子の中にとどまる
中で行ったり来たりする
動き回っている分のエネルギーが中にある
外から質量として見える
そのエネルギーが陽子の質量として現れる
レンさんが「力はエネルギーと言っていいのか」と尋ねると、橋本先生は、力とエネルギーは別のものだが、強い力があるおかげでクォークを陽子の中に閉じ込められる、と説明します。
部品に分解すると「この部品は質量ないじゃん」となるのに、閉じ込めると質量が生まれるというのが混乱しやすい点です。橋本先生は、クォークが陽子の中で行き来することと、手の中で光が行き来することは同じことで、そこにエネルギーがあればアインシュタインはそれを質量と呼んでいる、と話されています。
ヒッグス粒子はプールの水?何もないはずの真空の正体
エマさんは、ヒッグス粒子によって質量が説明できるとはどういうことかを尋ねます。橋本先生によると、ヒッグス粒子の役割は、他の素粒子をできるだけ動けないようにすることです。
本来なら電子なども質量なしで光の速さで飛ぶはずですが、ヒッグス粒子がその辺にいっぱい埋まっているせいで、ぶつかり続けて自由に進めません。橋本先生は、その状態が私たちには質量があるように見えるのだと説明しています。
僕はなんか、なんとなくプールとか水入って、その水がヒッグス粒子みたいな感じだとしたら、ちょっと動きにくくなる。で、それで重さ感じるみたいな、なんかそんな感じのイメージですかね。
レンさんのプールのたとえに、橋本先生は「そう言ってもいいかもしれませんね」と応じます。そのうえで、何もないと思っている真空に何かが埋まっているのだから、この問いは「私たちの真空は一体どうなっているのか」という問いにもなっている、と話しました。
橋本先生によると、厳密には「ヒッグス粒子」ではなくヒッグス場 ── 空間全体に広がっていると考えられている場。素粒子がこの場と相互作用することで質量を得るとされ、場の揺らぎが粒子として現れたものがヒッグス粒子ですが埋まっていると言わないと怒られるそうです。宇宙のごく初期には埋まっていない空間だったものが、ある事情で埋まった状態になり、今に至っていると考えられているといいます。
宇宙が始まったごく初期は、ヒッグスが埋まっていない空間だったと考えられている
ある事情で真空がヒッグスで埋まった状態になり、素粒子が質量を持つ今の宇宙に至る
エマさんが「その事情が起きていなければ質量は存在しなかったかもしれないのか」と聞くと、橋本先生は「そういうことなんですね」と肯定します。だからこそ実験の人たちは、ヒッグスが埋まっていない宇宙の始まりのような状況を作り出したいのだそうです。
その実現に高いエネルギーが必要な理由について、橋本先生は、真空はエネルギーが一番低い状態で、そこにエネルギーを叩き込めば埋まっていたものが飛び出してきそうだ、と説明します。エマさんがプールの水を爆風で空にするイメージかと尋ねると、橋本先生は「スプラッシュですね」と答えました。
必要なエネルギー量の見当はあり、ヨーロッパの加速器LHC ── 欧州原子核研究機構(CERN)にある大型ハドロン衝突型加速器。周長約27キロメートルの世界最大級の加速器で、2012年にヒッグス粒子の発見に使われましたをさらに一桁大きくできれば起こるのではないか、と橋本先生は話します。全体のエネルギーとしては水爆より小さいかもしれませんが、それを一点に集中させる点が難しいそうです。
レンさんは、つくばで見た加速器が一周何キロもある巨大な装置なのに、最後にぶつかるのはナノメートル単位の幅だったことを思い出し、それをさらにパワーアップさせる難しさに驚きます。
橋本先生は、物理学の歴史は、原子の中に原子核と電子があったとわかったように、一粒に見えたものに中身があったと判明することの繰り返しだったと振り返ります。その流れで考えれば、ヒッグス粒子も何かでできているかもしれないと考えるのは自然な発想だといいます。
その営みはまだ百数十年しか続いておらず、自分たちは生きていられないかもしれないが、あと100年も待てば次のステージに行けるのでは、と橋本先生は期待を語っています。
日常で素粒子を感じることはある?ダイヤと炭の違い
次のリスナー質問は、日常生活と素粒子の関係についてです。
普通の生活で素粒子を感じられることってあるのでしょうか。
橋本先生も、日常生活で素粒子を感じることはもちろんないそうです。ただ、ダイヤモンドも炭も同じ炭素でできているのに、一方はキラキラ光り、一方は真っ黒なのはなぜか、と考えたくなるといいます。
橋本先生によると、そこには必ず理由があり、素粒子までさかのぼればちゃんと理解できるそうです。横にある金属の棚に触れると冷たいのはなぜかと考えて、中で素粒子が働いていると思うと嬉しくなる、とも話しています。
化学に興味があって研究室を選んだというレンさんは、目に見えないものを理解してコントロールできれば何でも作れるのではと思ったと語ります。橋本先生は、使い方の場面が違うだけで、理由を知りたいという感覚は同じではないか、と応じました。
化学とか分子のフィルターを持ってる人もいれば、素粒子みたいなフィルターを持ってる人もいて、そういうフィルターがいっぱいあった方が人生面白いなって僕は思うんですよね。
エマさんが素粒子は「一番究極かもしれない」と言うと、橋本先生は「究極というか、極端に偏っているというべきか」と返し、そういうことを考えると楽しいと話しています。
量子力学と仏教は似ている?「似てる」だけでは仕事にならない
ここから話題は毛色の違う質問に移ります。直感に反する物理のルールが仏教っぽいと感じたリスナーからの投稿です。
古代の哲学の思想と物理の理論に共通点があるのは偶然だと思いますが、すごい面白い親しみを感じます。量子力学と仏教について、橋本先生の見解があれば。
橋本先生は「困りましたね」と言いつつ、並べればいろいろな共通点が見出せ、それを味わい深いと感じるのはわかる、と答えます。ただし研究者はちゃんと計算できる理論でないと使えないと考えてしまううえ、自分には仏教の教養がないと話されています。
エマさんが、量子力学を調べるうちに哲学的な考えに至ることはあるかと尋ねると、橋本先生は、人生は複雑すぎて手に負えないとしつつ、量子力学には腹に落ちない感じがあり、それは初めて学んだときから今までずっと同じだと答えます。
レンさんは、似ている部分はあっても、仏教は計算できないが量子力学は計算している、という違いは知っておくとよいと整理します。橋本先生も、飯の種にするにはちゃんと計算できないと困ると笑い、引退したら仏教の勉強をしようかなと冗談めかしていました。
宇宙の果てでも物理法則は同じなのか?
次の質問は、宇宙空間に落ちていた財布をネコババしたら、どの国の法律で裁かれるのかというものです。レンさんも「全然関係ない質問」と前置きして紹介します。
宇宙空間に財布が落ちてて、それをネコババしたらどの国の法律で裁かれるのでしょうか?
橋本先生は、物理法則で禁止されていなければ何でもできるのでネコババはできるだろう、と答えつつ、法律は知らないと笑います。そのうえで面白いのは、物理法則が地球と宇宙の果てで同じかどうかは、実は検証しないといけない問題だという点だと話を広げます。
橋本先生によれば、証拠がなければ同じだと信じる理由はありません。では何十億光年も離れた場所の物理法則をどう確かめるのかと、橋本先生はエマさんに問い返します。
橋本先生によると、今のところ宇宙の向こうで物理法則が違うという証拠はどこにもありません。ただ、それがどこまで精密に言えるのかはわからないので、調べると面白いのではと話されています。
さらに、遠くから届く光は何億年も昔の光なので、昔の法則と今の法則が同じかという問題もあるといいます。橋本先生は、わかっているつもりでもわかっていないことはいろいろあり、それが楽しいと語りました。
そもそもネコババもできないかもしれないですね。物理法則が違ったら。
宇宙で涙を流すと?先生が宇宙に行かない理由
続いては、宇宙で生活することを夢見ているリスナーからの、かわいらしい質問です。
宇宙で青く輝く地球を生で見たら号泣不可避だと思いますが、宇宙は無重力で液体の涙は目に浮かんだ瞬間そこにふわふわとどまってしまうのではないかと考えたら怖くなり、ここに投稿しました。
橋本先生は、涙はふわふわ浮かぶだろうとしたうえで、丸い玉がキラキラ浮かんで楽しいのでは、と前向きに答えます。
エマさんが「先生も宇宙に行けるなら行きたいか」と聞くと、橋本先生は、宇宙ではビールの乾杯ができないかもしれないからやめておいたほうがいい、と答えます。プシューと開けてトットットッと注ぐ感覚がないなら行かなくていい、というのが理由でした。
一方で橋本先生は、かつてKEKにいた研究者に、宇宙飛行士の試験を最後まで受けた人がいたと紹介します。どうしても宇宙に行きたいという研究者は結構いるのだろう、と話されています。
アーティストがKEKの研究者を取材すると何が起きる?
リスナーからの最後の質問は、会社員をしながらアーティスト活動をしているオモチさんからです。オモチさんは毎年KEKの一般公開に行き、最近KEKでアートに関する取り組みが増えてきたと感じているそうです。
アーティストがKEKの研究者の方々にリサーチすることによって、お互いどんな効果があるとお考えでしょうか。
橋本先生によると、実際にアーティストが1か月滞在し、実験装置を見たり宇宙物理の話を聞いたりして、それをアートで表現する取り組みがあったそうです。橋本先生の近くにも来て、いろいろと話をしていったといいます。
普通では得られないインスピレーションがあるかもしれない
全然違う角度から研究についてコミュニケーションができ、一般の人にアプローチする道ができる
橋本先生は、自分は絵心がないので作品を見ると「なんじゃこりゃ」と感じるとしつつ、素粒子の世界や宇宙の始まりの違う見方を多くの人に提供できる点で面白い、と話します。また、科学とアートは新しい世界を開拓するという点で似ているかもしれない、とも語っています。
レンさんは、分野外の研究者との会話や一般の人の素朴な疑問が研究の役に立つこともあると話し、こうした交流の良さに共感していました。
量子力学はなぜ受け入れられた?今も残る観測問題
最後はレンさんとエマさんからの質問です。昔は古典力学が一般的で量子力学的な考え方は受け入れられていなかったのに、いつ、どんなきっかけで受け入れられたのかを尋ねます。
橋本先生は歴史には詳しくないと断ったうえで、古典力学では理解できないことがあまりに多く、量子力学が原子のスペクトルの結果をあまりに綺麗に説明できるとわかった時点で、正しいと考えるしかなくなった、と説明します。
古典力学の限界
古典力学のままでは理解できないことがあまりにも多かった
実験をきれいに説明
量子力学が原子のスペクトルの結果を綺麗に説明できるとわかった
受け入れざるをえない
実験結果を説明できるので、そちらに向かうのは必然だった
困った問題も残る
状態の重ね合わせや、観測で状態が変わることも受け入れる必要が生じた
当初は、ちゃんと計算できるのだからいいじゃないかという雰囲気で進んできたそうです。しかし、測定した瞬間にいろいろな状態にあったものが1つに縮まる波束の収縮 ── 量子力学で、観測を行った瞬間に、重ね合わさっていた複数の状態が1つの状態に定まるように見える現象を指す言葉ですがどういう過程なのかは、今も理解されていないはずだと橋本先生は話します。
橋本先生によると、この問題には、宇宙全体が量子力学に従っているはずなのに、観測する私たち自身を理論の外側に置いているという側面もあります。そう考えると、それが本当に問題なのかもよくわからなくなるそうです。
レンさんは、人間が作った言葉や数字で説明しようとすること自体にバイアスがあるのでは、と受け止めます。橋本先生は、私たちまで含めて量子力学の対象のはずなので観測とは何かは考えるほどわからなくなり、宇宙全体が重ね合わせだという多世界解釈 ── 観測によって状態が1つに定まるのではなく、あらゆる可能性がそれぞれ別の世界として分岐し並行して存在すると考える、量子力学の解釈の1つですを唱える人もいる、と紹介しました。
橋本先生自身は、完全に皆が納得する理解はまだないと考えているそうです。ただし、これが正解だと言っている人もいるかもしれないので気をつけたほうがいい、と慎重に言い添えています。
理解はまだ1%。橋本先生の研究と量子コンピュータへの期待
エマさんは、橋本先生自身の専門と、一番成し遂げたいことを尋ねます。橋本先生の研究は、クォークがくっついて陽子や中性子ができるという強い力の理論を理解することです。
橋本先生は、特にシミュレーションを使い、なんとなくではなく1%の精度で実験の測定量を求めることに取り組んでいるそうです。クォークがくっつく理論はややこしすぎて、誰もまともに計算できないといいます。
橋本先生によると、まずクォークが住む真空の様子を知り、そのうえでクォークがどうくっついて陽子になるかを精密に計算し、さらにその粒子の反応を計算で示すことを目指しています。KEKの加速器ではクォークでできた粒子が山のように作られているのに、そのほとんどは理論的に計算できないそうです。
ちなみに今、その(理論で)理解できる状況が100パーセントだったとしたら、今何パーセントぐらいまで研究進んでるみたいなのあるんですか?
この質問への橋本先生の答えは「1%かな」というものでした。ひらめき一つで一気に進むほど簡単ではなく、方程式はあってもまるで解けないほど問題が難しいため、新しい技術が必要だといいます。
橋本先生が期待する新しい技術は、量子コンピューター ── 量子の重ね合わせなどの性質を利用して計算する新しいタイプのコンピューター。特定の問題で従来のコンピューターより圧倒的に速く計算できると期待されていますです。量子の世界では多くの状態が同時に存在してやりとりしており、それを全部取り入れないと正しく計算できませんが、数が多すぎて今のコンピューターでは扱えないそうです。
橋本先生自身に量子コンピューターを開発する野望はなく、期待しているだけだといいます。今はまだ興味のある問題に使える規模ではないものの、1%を10%にするには、そういう技術が必要かもしれない、と話されています。
レンさんは、すぐ役立つ研究よりも世界の謎に挑む研究にワクワクすると語り、そうした研究者を応援していると話します。橋本先生も「私も応援したい」と応じたあと、自分はとりあえず仏教の勉強でもしたほうがいいかもしれない、と冒頭の話題で落ちをつけました。
番組の最後には、第7回ジャパンポッドキャストアワードのリスナー投票への呼びかけがありました。ポッドキャストとしての信頼を積み重ねることが、今回のような専門家とのコラボにつながる、とレンさんは話しています。
しかもポッドキャストってすごい長い時間さ、こうじっくり話聞けるじゃん。そういう場所って絶対大事だと思ってて。そういうのを作りたい。
まとめ
この回では、「質量はなぜ存在するのか」という素朴な問いから、素粒子理論の矛盾、ヒッグス粒子、真空の正体、量子力学の未解決問題までが、橋本先生のたとえとリスナーの質問を通してやさしく語られました。わかっているつもりのことにもまだ謎が多いという橋本先生の姿勢が、全体を貫いています。
- 素粒子理論では本来、素粒子は質量を持ってはいけず、その矛盾を解くために考え出されたのがヒッグス粒子です
- 橋本先生によれば、質量とはエネルギーを狭い場所に閉じ込めたもので、陽子の質量の多くも閉じ込められたクォークの運動から生まれています
- ヒッグス粒子は真空に満ちて素粒子の動きを妨げ、それが質量として見えていると説明されました
- 素粒子がこれ以上分けられないのか、宇宙の果てでも物理法則は同じかなど、確かめきれていない問いはまだ多く残っています
- 強い力の理論の理解はまだ1%ほどで、量子コンピューターのような新技術に期待が寄せられています



