ロンドン初の一方通行は科学イベントのせいだった?
この回は、レンさんが出すクイズから始まります。「1690年代に、初めてロンドンで一方通行の道が生まれた。その理由は何か」という問いです。
エマさんは「危ないから?」「人が多いと一方通行になる?」と考えます。レンさんが明かした正解は、科学イベントを見るために馬車が殺到したから、というものでした。
正解は科学イベントを見るために馬車が殺到したから。
レンさんによると、当時は科学イベント自体が珍しく、一般に科学知識も普及していなかったため、科学実験は完全なエンタメでした。
何(が)起きてっかわかんない。もうマジックショーと一緒なんよ。
レンさんは、こうした場面が科学と社会が初めて接点を持った場所だと話します。そして現代でも、科学イベントに人が集まる一方で、「地球は平面だ」と主張する人たちの学会のような疑似科学の集まりもあると続けます。
それ(科学を広める活動と疑似科学を広める活動)はずーっと今まで戦い続けてると思ってるんよ。
エマさんは疑似科学について「それっぽい言葉や数値を使って、正しいと思わせたいことを正しいと思わせるもの」というイメージを語ります。これに対しレンさんは、幽霊やUFOのように数値が出てこないものも疑似科学に含まれ、疑似科学の範囲はかなり広いと補足します。
そこでこの回は「科学VS疑似科学」を軸に、昔から現代までの攻防と、科学をどう伝えるかというサイエンスコミュニケーション ── 科学の知識や考え方を、専門家と一般の人々のあいだでやりとりし、社会と共有していく活動の総称。講演、展示、メディア発信など幅広い形がありますの歴史を語っていきます。
参考にしたのは、サイエントークラボのコミュニティで教えてもらったという書籍『疑似科学から科学を見る』です。さらにレンさんは、サイエンスコミュニケーターの認定をポッドキャストで取ろうとしていて、その研修で学んだ内容も盛り込んだと話しています。
「誰の言葉も鵜呑みにするな」王立協会と閉ざされた科学
レンさんはまず前提として、科学が大事だと思われる前には、疑似科学も存在しなかったと指摘します。
科学がなければ疑似科学もないわけよ。
エマさんも「みんな神様の時代だったら、科学も疑似科学もいらない」と応じます。科学が体系化され、社会に浸透することが、疑似科学が生まれる条件になるということです。
レンさんによると、その動きが1600年代に起きます。舞台はロンドンで、ロイヤルソサエティ ── 1660年に設立されたイギリスの王立協会。現存する世界最古の科学学会の一つとされ、ニュートンも会長を務めましたが誕生します。
王立協会以前の科学者は、各自がバラバラに研究していました。王立協会のモットーは「誰の言葉も鵜呑みにするな」で、科学者同士が専門的なやりとりをし、互いにチェックし合う仕組みができていきます。
レンさんは、この相互チェックが今の学術論文の原型だと説明します。それ以前は論文らしきものはあっても、主に手紙でやりとりされていたそうです。
一方で、当時の科学はあくまで研究者の中だけの議論でした。たとえばロバート・ボイルは真空ポンプの実験を人々の前で行い、本当に真空になっているかを確かめてもらいました。ただし、見ていたのは科学のわかる人たちだけでした。
だけど一般大衆はそれ(公開実験)見る資格がなかったよね。
王立協会の中だけで科学実験が行われ、一般の人は知る由もない状態がしばらく続いたといいます。
電気のキスに空飛ぶ少年、18世紀の電気スペクタクル
1700年代に入ると、貴族が面白がって科学実験を見に来るようになります。特に人気を集めたのが電気の実験で、レンさんはその理由を「派手だから」と説明します。
ここでレンさんは、実際に行われたかどうかを当てるクイズを3つ出します。
1つ目は、参加者が手をつないで並び、端の1人に電気を流して全員がビリッとするかを試す実験です。エマさんは「やってない?」と答えますが、実際に行われていました。
2つ目は、電気ショックで七面鳥を調理し、帯電したグラスで乾杯するというもので、これも実際にやっていたそうです。エマさんは「貴族の遊びって感じ」と反応します。
3つ目が「エレクトリックキス」です。帯電させた台に女性を立たせ、男性がキスしようと近づくと、唇が触れる瞬間に火花が散り、みんなで盛り上がるというものでした。
え?え、キモ。どういうこと?
レンさんは、実験なのかパーティーなのかわからない文脈で電気が使われていたと話します。電気が見つかってまだ間もない1700年代だったからこそ、体感してみたい人が多かったようです。
さらにレンさんは、スティーブン・グレイによる「フライングボーイ」の実験も紹介します。天井から少年を吊り下げ、摩擦したガラス管で帯電させると、少年の手に羽毛が引き寄せられるという実験です。
グレイはこれで人の体が電気を通すことを示し、1730年ごろには公開実験のような形で行われていました。エマさんは「子供使われがちだな」と、牛痘ワクチンの話を思い出します。
この原理がどうとかじゃなくて、もう派手で面白いから。
1700年代の電気実験は、原理を理解するためではなく、派手で面白いショーとして人を集めていたのです。
ファラデーの講演が一方通行を生んだ?元祖科学コミュニケーター
1800年代に入ると産業革命が起こり、世の中で「科学技術はどうやら大事だ」という認識が広がります。それに伴い、原理を教育したほうがいいという流れが生まれました。
その中心にいたのが、サイエントークでも何度も登場しているファラデー ── 19世紀イギリスの科学者マイケル・ファラデー。電磁誘導の発見などで知られ、王立研究所で一般向け講演も数多く行いましたです。レンさんは「ファラデーさんになりたい」と話すほど尊敬しているそうです。
ここで冒頭のクイズにつながります。レンさんによると、ファラデーの科学イベントが人気すぎて馬車が詰まり、講演会場のあったアルベマールストリートが初めての一方通行の道になったといいます。
ファラデーの講演は、それまでの物好きな大人向けの電気ショーとは違い、一般公開で、子どもも呼んだ青少年向けの講演でした。王立研究所で行われ、代表的なクリスマスレクチャーは今も続いているそうです。
ファラデーの有名な著書『ろうそくの科学』も、もとはレクチャーとして行われた内容を本にしたものです。2016年にノーベル医学生理学賞を受賞した大隅先生が、科学者を目指すきっかけとして影響を受けた本としても話題になりました。
講義では、毛細管現象の説明や、目の前での水の電気分解、ろうそくの燃焼と人間の呼吸がどちらも炭素の巡りという点で似ている、といった話がされていたといいます。
いやもうこれ(ファラデーの講演に)子供として行ったらもう絶対これ科学面白ろってなるよね。
専門用語を使わず、誰でもわかるように話す姿勢は、現代の科学イベントでも理想とされる形です。エマさんは「元祖科学コミュニケーターみたい」と評します。
さらに当時の科学コミュニティは圧倒的に男性が多かったにもかかわらず、ファラデーの講演の聴衆は半数近くが女性だったそうです。
レンさんは、この時期にようやく、科学で説明できることが日常にもあるという、今では当たり前の感覚が広まっていったと話します。
権威が生んだ反発、骨相学はなぜ大流行したのか?
科学が広まると、王立研究所のような機関が少しずつ権威化していきます。レンさんは、そこから疑似科学が生まれると指摘します。
だって科学で何かここ(権威ある機関)が言ってるの正しいってなると、反発したくなる人が出てくるっていう。
エマさんは最初、権威を装って偽情報を流す人のことかと受け取ります。レンさんの説明は少し違い、「王立研究所はこう言っているけど実際は違うでしょ」という主張を支持する人が出てくる、という意味でした。
その具体例が、ヴィクトリア朝に流行した骨相学 ── 頭蓋骨の形から人の性格や能力がわかるとする学説。19世紀に欧米で大流行しましたが、現在は疑似科学とされていますです。頭の形に、その人の知性や愛情が表れるという考え方でした。
骨相学は当時の主流の研究者からは否定されていましたが、一般大衆には大いに受けました。エマさんは「手相とか心理テストと一緒じゃん」と、流行った理由に納得します。
レンさんも、家で手軽に試せる親しみやすさがあるから、否定されていても信じたくなる人が出てくると説明します。
話は、科学と疑似科学の線引きの難しさに進みます。レンさんによると、当時はわからないことだらけで、今ならスピリチュアルに見えるものも普通に研究対象でした。研究する人自身は、しっかり科学をやっているつもりだったといいます。
あ、でも実際やってるんじゃない?だってそういう仮説があって、で、それが正しいかどうかちゃんと検証してるわけだから。
結局科学ってそういうたくさんの、今だと疑似科学だよねって言われる屍の上に成り立ってる一部のものを科学って言ってるみたいな感じだよね。
エマさんは、チンパンジーと人間のDNAが99%同じという話を例に挙げ、かつて科学とされたものが後から覆ることもあると話します。レンさんも「時代によって事実は変わる」と同意します。
権威化
科学機関が力を持ち、「ここが言うなら正しい」と見なされる
反発
権威の言うことに反発し、別の主張を支持する人が出てくる
物語
わかりやすく、親しみやすい物語がくっつく
拡散
一般大衆に受け、強い疑似科学としてバズる
レンさんのまとめでは、疑似科学は権威に対するアンチから始まり、わかりやすい物語がくっつくと強い疑似科学になるといいます。骨相学は当時、大きくバズったそうです。
コナン・ドイル vs フーディーニ、心霊論争が示したもの
1800年代の終わりから1900年代にかけては、第一次世界大戦やスペイン風邪で多くの人が亡くなった時代です。レンさんによると、死んだ家族とコミュニケーションを取りたいというニーズが大きく高まりました。
1800年代末のロンドンでは、心霊現象研究協会という組織が立ち上がります。テレパシーや幽霊を、科学の力で大真面目に解明しようとする人たちの集まりでした。
レンさんは、科学とオカルトの境界線がとても曖昧になったと話し、それを象徴するエピソードを紹介します。主人公は、シャーロック・ホームズの作者コナン・ドイル ── イギリスの作家アーサー・コナン・ドイル。名探偵シャーロック・ホームズの生みの親で、晩年は心霊主義の熱心な支持者として知られましたです。
ドイルは晩年、戦争などで家族を失ったこともあり、死後の世界を科学的に証明したいと強く願っていたといいます。
ドイルの友人に、手品のプロであるフーディーニ ── 20世紀初頭に活躍したアメリカの奇術師ハリー・フーディーニ。脱出術で名を上げ、霊媒師のトリックを暴く活動もしましたがいました。ドイルはフーディーニの手品を見て「超能力者に違いない」と信じ込み、本人が物理的なトリックだと説明しても信じなかったそうです。
さらにドイルの妻は、霊を自分に降ろして手紙を書く降霊術ができると主張していました。妻はフーディーニの母親を降ろしたとしてメッセージを英語で書きます。しかしフーディーニの母は英語を使えない人だったため、フーディーニは「これは偽物だ」と怒り、2人は大喧嘩になりました。
えー、なんでそんな信じられるの?
それでもドイルは最後まで心霊を信じていたといいます。レンさんはここが重要だと強調します。
これってどんなに客観的な事実とか、そういうのを言われても、信じてる人は信じちゃうっていう。
シャーロック・ホームズを書くほど頭のいい人でも、正しい知識を与えられるだけでは納得しないことがある、という例です。レンさんは、降霊術には死んだ人と会話できるかもしれないという寄り添う物語があり、それに乗っかる構造こそ疑似科学の特徴だと話します。
エマさんも、UFOやネッシー、ツチノコ、さらに2000年に地球が滅亡するといった恐怖を煽る話も、ストーリーという点で同じかもしれないと応じます。
スプートニク・ショックと「欠如モデル」、知識を注ぐだけではなぜ失敗する?
1957年、ソビエト連邦が世界初の人工衛星の打ち上げに成功します。冷戦中で開発競争をしていたアメリカでは、なぜソ連に後れを取ったのかが問われました。
そこで出てきた答えが「国民の科学リテラシーが低いからだ」というものでした。疑似科学を信じることもリテラシーの低さと見なされ、国が積極的に国民に科学を理解させようとする流れが生まれ、イギリスなどにも波及したそうです。
レンさんは、その論理構造を次のように説明します。科学は国家の繁栄と国民の生活向上に不可欠である。一般市民の知識は足りていない。知識が増えれば科学を支持するようになり、国が強くなる。だから科学者は市民に正しい知識を教えなければならない、というものです。
しかし、とにかく知識を与えようとするこのやり方は、あまりうまくいきませんでした。レンさんは、これが欠如モデル ── 一般の人は科学知識が足りないだけで、知識を補えば科学を理解・支持するようになる、と考えるコミュニケーションの型。現在は批判的に語られることが多い考え方ですと呼ばれるものだと話します。
結局市民っていろいろ知識持ってる人は持ってるし、いろんな文化的価値観とか過去の経験とかいろんなものがあるんだけど、そういうのを無視して一方的に科学知識とかをもう注入しようとするっていうのをやる。
エマさんが噛み砕いてほしいと頼むと、レンさんは詰め込み教育のようなトップダウンのやり方だと説明します。理解が進む部分もあるものの、姿勢そのものがよくないと現代では言われているそうです。
市民の価値観や経験を無視し、トップダウンで知識を一方的に注入する
個々の興味や考えに合わせ、対話を通して科学を伝え、納得してもらう
対話もなしに一方的にわーって言っても、言われた側そん(なに)伝わんないよみたいな。
さらにレンさんは、このやり方には大きな危険があると続けます。国が言っていることが正しければいいのですが、間違っていたら大変なことになるというのです。
ルイセンコ事件、政治が科学的真実を決めたとき
レンさんによると、ソ連でもトップダウンで科学を教える動きがあり、そこで大きな失敗が起きました。舞台は生物学です。
ソ連は、メンデルの遺伝学を「資本主義的な似非科学」として切り捨てました。代わりに採用したのがラマルク主義 ── 生物が生きている間に環境によって獲得した性質が子孫に遺伝する、とする考え方。18〜19世紀のラマルクに由来し、現在の遺伝学では否定されています的な理論です。
具体的には、植物の種を冷水に浸すと収穫量が爆発的に上がる、といった主張でした。冷水に強い性質が遺伝し、どんどん強くなっていくという考え方です。
エマさんは、強者が残るという資本主義的な発想に対し、みんなに平等に機会があるという社会主義的な発想を科学に当てはめたものだと理解します。レンさんは、人間の性質も環境で改善できるという方向に、科学が共産主義の考え方に引っ張られたと説明します。
それは良くないね。なんか科学はそういう思想とはまた、あの、一線を画すべきだよね。
しかしソ連は、正しいことを言っていた遺伝学者や生物学者を処刑するなどして、生物学・遺伝学の研究を壊滅させてしまいます。これは「ルイセンコ論争 ── ソ連の農学者ルイセンコの学説が国家に支持され、メンデル遺伝学が弾圧された出来事。ルイセンコ事件とも呼ばれます」と呼ばれています。
だからこれは疑似科学が勝っちゃったっていう例なのよ。国レベルで。
レンさんは、ナチスでも似たことが起きたと触れつつ、今の民主主義国家でも科学への政治的な介入はそれなりに起きていると話します。
エマさんは、国が教育を支えるのはよくても、何が科学的に正しいかを国家が決めるのは違うと述べます。誤った科学思想を広めれば、かえってリテラシーを下げてしまうという指摘です。
テレビに出る研究者は二流?セーガン効果という偏見
疑似科学はゼロにはできません。それなら有名な研究者が普及活動をすればいいと思えますが、レンさんによると、そうした人は研究者として二流と見なされる現象があります。
この現象には「セーガン効果」という名前がついています。由来は、1980年代にテレビで科学の面白さを広めた天文学者カール・セーガン ── アメリカの天文学者。テレビ番組『コスモス』などで科学を一般に広め、惑星科学の研究者としても業績を残しましたです。
セーガンは論文も出し、業績もしっかりある研究者でした。それでも、アメリカの科学アカデミーの会員になる投票で否決されたといいます。否定派の理由は「テレビに出すぎていて真剣に研究していない」「科学を単純化しすぎている」というものでした。
一般向けに話そうと思ったら、ちょっと単純化しなきゃいけないもんね。
レンさん自身も、テレビに出てばかりの研究者を見て「この人本当に研究してるのか」と思ってしまうことがあると打ち明けます。大学院生のころは、完全な決めつけをしていた気がするそうです。
そもそもさ、めっちゃポッドキャストやってる研究者ってなったらさ、「本当に研究の方ちゃんとやってんの?」みたいな思われるのって、これ(も)セーガン効果で。
レンさんは、調べもせずに評価を下げるのはただの偏見で、実際にはすごい研究者であることも十分ありうると話します。
だって研究の評価下がっちゃうんだったら、じゃあ科学コミュニケーションやろうってならない。
研究とコミュニケーションの二刀流を目指す人が出てこなくなるため、セーガン効果は科学全体にとってマイナスだというのがレンさんの考えです。
ネッシーとフラットアース、一方通行の伝え方が招いた結果
それでも疑似科学は根強く残っています。レンさんは、スコットランドのハイランド地方にあるネス湖のネッシーを例に挙げます。今ではネッシーが地域の振興に使われ、写真が売られたりしているそうです。潜水艦で調査する案もあったものの、お金がかかるため実現していないといいます。
UFOには「政府が何か隠しているのでは」という陰謀論が絡みがちです。地球平面説にも「NASAは嘘をついている」という陰謀的な物語があり、NASA側の科学があるからこそ、そう言われてしまう面もあるとレンさんは指摘します。
レンさんは、フラットアースを信じる人は少なくないとして、具体的な調査結果を紹介します。
エマさんは、教育が行き届いていそうなアメリカでも割合が高いことに驚きます。レンさんは、統計の取り方にもよるかもしれないと留保しています。
レンさんは、一方的に知識を注入してきた結果がこれであり、科学機関側も市民の声を聞かなかったからこうなっている、と話します。
(疑いを持つ人の声)を無視してたら、じゃあこいつらはなんか隠そうとしてるってなっちゃうもんね。
疑う人の意見も聞いたうえで「こちらにはこういう情報がある」と会話し、納得してもらうことが大事だといいます。一方通行ではダメだからこそ、今は対話が重要だとされているのです。
エマさんの質問を受けて、レンさんはセーガン効果についても、まず偏見があることを自覚するのが大事だと話します。エマさんは、受け手の側は科学リテラシーを上げ、研究者の側はセーガン効果を自覚して、双方向のコミュニケーションをすることが必要だとまとめました。
リテラシーは高いのに理科好きが少ない、日本の課題
話は日本に移ります。レンさんによると、日本の子どもの科学リテラシーは世界的に見てとても高いものの、理科が好き、科学関連の職業に就きたいと答える割合は先進国の中でかなり低いそうです。
エマさん自身も、小学生のころは理科が好きで科学者になりたい時期があったのに、中学・高校で好きではなくなったと振り返ります。
それこそあれなんかな。あの、そういうさ、一方的な教育?とかのせいで、こう純粋な興味とかが、こう失われちゃって。
レンさんは、それも十分ありうるとしたうえで、中学や高校で急に難しくなりすぎて嫌になる「中学ジャンプ」のような要因もあると話します。これは以前、東京書籍の森田さんと話したテーマだそうです。
さらにレンさんは、理科が社会で役に立っていることとつながっていないと、職業にまでつながらないと考えています。エマさんは、科学者を選ぶ人は純粋な興味が動機というイメージがあると返し、2人は「どっちもある」と落ち着きます。
研究者にならなくても、疑似科学に騙されないことには意味があるとレンさんは話します。疑似科学に人が集まると、疑似科学のビジネスが盛り上がって謎の経済圏ができ、不幸な人が増えるような気がするからです。
疑似科学はなくならない、だから対話と物語で向き合う
レンさんは改めて、疑似科学はなくならないと話します。「この説が正しい」というものがあれば、「自分は信じない、自分が正しい」と思いたくなる人が必ず出てくるからです。
エマさんは、まともな科学者でも別の仮説を出すことがあり、科学が科学であり続けるには疑うことが必要なので、いろいろな説が出てくるのは必然だと話します。
まあ疑似科学を信じてる人は科学を信じてるってことでもあるんだよね。
だからこそ受け手の側も、情報の出どころを確認することが大事です。全部はチェックできなくても、「疑似科学はなくならないから気をつけよう」と思うだけで大きく変わるとレンさんは話します。
レンさんの考えでは、疑似科学とはうまく付き合っていくしかありません。ただし科学コミュニケーションが機能不全に陥ると、疑似科学側が盛り上がってしまいます。
エマさんが「レン君が頑張って」と振ると、レンさんは自分を全部信じろと言えば自分も疑似科学のようになりかねないと笑います。「啓蒙」という言葉もトップダウンに聞こえるので避けたいと話し、上からの態度こそ歴史の中で失敗してきたものだと振り返ります。
そのうえでレンさんは、番組で質問を募集したり、お便り会で答えたりしていることを、まさにコミュニケーションだと位置づけます。厳しく質問してくるエマさんとの会話も、完全な対話だといいます。
僕らの会話って完全に対話だからさ。僕これ正解の形だと思うんだよね。
最後にレンさんは、疑似科学が物語に引っ張られるのなら、科学の側もいい物語を伝えるべきだと話します。番組で語ってきたゴムやホルモンの話も物語であり、物語を声で届けることがサイエンスコミュニケーションにとって重要だと改めて感じたそうです。
エンディングでは、エマさんの提案で科学の質問コーナーの再開も話題になります。レンさんは夏休み期間の相談コーナーや、リスナー同士が答え合う仕組み、さらに専門家コミュニティのような場への構想を語り、追々考えたいと締めくくりました。
まとめ
科学と疑似科学は対立するというより表裏一体で、科学が権威を持つほど反発と物語をまとった疑似科学が生まれます。歴史を振り返ると、一方的に知識を注入するやり方は失敗を重ねてきました。疑似科学をなくすのではなく、対話といい物語で付き合っていくことが大切だというのがこの回の着地点です。
- 科学がなければ疑似科学もなく、権威への反発にわかりやすい物語がくっつくと強い疑似科学になる
- ファラデーの講演は、専門用語を使わず誰にでも伝える科学コミュニケーションの原点の一つだった
- 欠如モデルのようなトップダウンの伝え方は、ルイセンコ事件のように誤りを国レベルで広める危険もある
- メディアに出る研究者を二流と見なすセーガン効果は、科学コミュニケーションの担い手を減らしてしまう
- 受け手は情報の出どころを確かめ、伝える側は対話を重ねることが、疑似科学との付き合い方になる




