「非常識ダブル」とはどんな治療か?
塙美由貴さんは、精神科・心療内科を専門に扱うクリニックを運営する医師です。もともと精神分析を学びたくて医学部に入り、精神分析を学んできたといいます。
塙さんは恩師の病気などをきっかけに、分子整合栄養医学 ── オーソモレキュラー医学とも呼ばれ、体に必要な栄養素を適切な量で補うことで不調の改善を目指す考え方。一般の医療では主流になっていませんと出会いました。現在は、この栄養療法と精神分析的な理解を融合させた治療を主に行っています。
岡田さんが「あまり一般的ではないのか」と尋ねると、塙さんは全く一般的ではないと即答しました。
精神分析は精神医学の非常識、オーソモレキュラーは医学の非常識って言われてますので、もう非常識ダブルです。
塙さんは、同じことをやっている医師はおそらくいないのではないかと話し、自身の立ち位置を「非常に特殊」だと表現しています。
体は栄養素でできている、というシンプルな理屈
塙さんによると、オーソモレキュラー療法は、もともとカナダで精神科の患者を主に扱うクリニックから始まりました。エイブラハム・ホーファー ── カナダの精神科医。ビタミンなどの栄養素を精神疾患の治療に用いる研究で知られ、オーソモレキュラー医学の先駆者の一人とされますという精神科医が臨床に応用し、世界に広まっていったといいます。
塙さんは、オーソモレキュラーの考え方は言われてみればシンプルだと説明します。人間の体はアミノ酸、ビタミン、ミネラル、脂質、水、糖質で成り立っており、細胞の合成を含むすべての機能がそこで行われているからです。
人間の体にそういったもの(栄養素)の不足があると不具合が起こってくる。だから、その不具合を改善するのには、不足している栄養素をしっかり補ってあげましょうねっていうふうな考え方をオーソモレキュラーではする
体の成り立ち
体はアミノ酸、ビタミン、ミネラル、脂質、水、糖質でできている
栄養素の不足
不足があると体の機能に不具合が起こる
補う
不足している栄養素をしっかり補い、不具合を改善する
塙さんは、この理屈は「当たり前じゃん」と思えるほど整合性があると話します。ところが日本の医療では分子栄養学はほとんど広まっておらず、ごく一部の医師が勉強している程度で、大学病院では全く取り入れられていないといいます。
なぜ誰も「ビタミンB」を口にしないのか?
塙さんが分子栄養学に関心を持った背景には、医師になったばかりの頃の違和感がありました。
大学の生化学ではビタミンBが人の代謝に大きく関わってるって学んでるのに、誰もビタミンBのBの字も言わないなってことがちょっと不思議だったんですね。
塙さんはその後、ビタミンをしっかり使った治療に出会います。理論的な背景を学ぶには手間がかかるため、多くの医師はそこまで勉強の手が回らないのかもしれない、と塙さんは推し量っています。
それでも塙さんは、栄養療法を実際に使ってみると非常に合理的な考え方だと感じたといいます。そして精神分析と栄養療法は相性がよく、お互いの足りないところを補い合うことで、いい治療効果が出てくると話しています。
チェックシート診断が見落とすもの
岡田さんが治療の成果について尋ねると、塙さんは日本の精神科医療の現状から話し始めました。多くの医師は栄養にあまり関心がなく、その最大の理由は医学部で栄養学を学んでいないことだといいます。
塙さんはさらに、症状の組み合わせから病名を判断する診断基準の存在を挙げます。チェックシートのような診断基準は、医師同士が共通言語で判断できるという意味では正しく、大事なものだと塙さんは認めています。
一方で塙さんは、症状の背景を考慮しない診断に問題があると指摘します。眠れない、食欲がないといった症状の裏にある事情を聞かずに、表に出た症状だけで病名がついてしまうというのです。
塙さんが本来聞くべきだと挙げる背景は、次のように多岐にわたります。
- 職場や家庭で何があったのか、どんな人間関係なのか
- 子どもの頃にどんな環境で、どんな親に育てられたのか
- 今、運動習慣はあるのか
- 毎日何を食べているのか
こうした背景を加味しないと、かなり高い確率でうつ病や不安障害、パニック障害といった病名がつくと塙さんは話します。
実際それで間違いではない場合も多いし、薬が必要な場合もたくさんあるんだけれども、しかしね、本当は食事が原因で砂糖の摂り過ぎで憂鬱になっているとかね
塙さんは、ビタミンやミネラルが足りずに体がうまく機能しない、そのせいで朝起きられず学校や職場に行けなくなる、という例も挙げています。こうした背景を無視した診断が広まってしまった、というのが塙さんの問題意識です。
丁寧に診るほど収入が減る、という医療制度
塙さんは、背景を無視した診断の広がりについて、医師だけを責められない制度上の問題があると話します。一人ひとりの患者に生活や食事を詳しく聞くと診察に時間がかかり、1日に診られる患者の数が減るからです。
塙さんによると、病名がついていない段階で食事について詳しく聞いても、医療としては1円にも評価されません。管理栄養士が病名のついた患者に指導する場合は収入になるものの、それ以前の段階は経済的に評価されないといいます。
背景を詳しく聞く
生活や食事まで聞くと診察に時間がかかる
患者数が減る
1日に診察できる患者さんの数が少なくなる
収入が減る
食事の聞き取りも経済的に評価されない
時間をかけられない
家賃や人件費がかかるため、保険診療では10分以上は厳しくなる
クリニックには家賃や人件費などのランニングコストがかかります。塙さんは、保険診療では一人の患者に10分以上かけるとギリギリで、それ以上は厳しくなっていくと現状を説明しています。
医師になった頃と今で何が変わったのか?
塙さんが医学部を出て医師になったばかりの頃は、もう少しゆっくり時間をかけて患者の話を聞き、なぜ今の状態になっているのかという背景を一生懸命聞いていたといいます。
しかし診断基準が広まった今、患者の背景をしっかり聞くことは評価されない方向になってきた、と塙さんは残念がります。その結果、症状をいくつか訴えただけで、うつ病や発達障害といった診断がついてしまうというのです。
ゆっくり時間をかけ、患者さんがこの状態になった背景を一生懸命聞いていた
診断基準が広まり、背景を聞くことが評価されず、いくつかの症状で診断がつくようになった
ここ(診断)は本当はもっとね、慎重に評価するべきなんだけれども、慎重に評価するべき時間が足りない。
塙さんは加えて、ほとんどの医療が健康保険制度のもとで行われているため、薬を使った治療が最も保険の適用になりやすいことも指摘します。こうした制度上の問題は非常に大きい、というのが塙さんの見方です。
「塙先生だからできること」で終わらせないために
塙さんは、多くの医師もどこかで悩んでいるはずだと話します。気分が優れない患者にうつ病として薬を出しても、一向に良くならないという場面です。
塙さんは医師の集まりで、食事のことを聞いてみたかと尋ねたり、分子栄養学について少しずつ伝えたりしています。ところが、興味は持ってもらえるものの、返ってくる反応は残念なものだといいます。
あの皆さん興味は持ってくれるんだけれども、それ(栄養療法)は塙先生だからできることですよね。って言われちゃうんですね。
塙さんは、栄養療法は少し学べば誰にでもできることだと考えています。学ぶのが本当に難しい精神分析とは違い、栄養療法は半年か1年本気で勉強すれば、かなり使えるようになるといいます。
そう簡単にはいかず、本当に学ぶのが難しい
半年か1年本気で学べば使えるようになる。臨床に応用するには2〜3年かかる場合もあるが、10年、20年の修業はいらない
塙さんが多くの医師に願うのは、価値判断の軸を増やすことです。複数の軸で見ることで患者の人生が見えてきて、本質的な改善につなげられると話しています。
塙さんのクリニックに来た患者からは、「ここまで良くしてくれると思わなかった」と言われることがあるそうです。塙さんは、生活状況や食事を細かく聞いて指導することを他であまりやっていないせいもあるとしつつ、そうした取り組みをしっかり行った患者は良くなる方が多いと語っています。
家でできることは「砂糖を減らす」から
塙さんは、自身のポッドキャスト『未来に紡ぐ心とからだの処方箋』でも、こうした考え方を詳しく発信しています。その理由として、誰もが塙さんのクリニックに通えるわけではないことを挙げました。
塙さんのクリニックの治療には保険外の費用もかかるため、抵抗を感じる人もいると塙さんは考えています。だからこそ、家で自分で改善できることには取り組んでほしいといいます。
例えばね、小麦粉をやめるとか、砂糖を減らすとか、これだけでもだいぶ変わります。だから、あの、できることをね、まずやってほしいなと思って
塙さんの提案は、まずできることから始めるというものです。岡田さんも、番組にはどこから取り組めばよいかのヒントがたくさんあるので、聴いてできるところから始めてほしいと応じました。
塙さんは、こうした取り組みが広がれば、発達障害の子どもやうつ病の患者を減らせるうえ、子どもをうまく育てられず虐待してしまう母親を減らすこともできると話します。塙さんにとって、これは日本の未来を担う子どもたちの将来に関わる話です。
岡田さんは、子育て中の親だけでなく、医師にもこうした方法があると知るきっかけにしてほしいと語り、塙さんも「お医者さんにもぜひ聞いていただきたい」と応えて対談を締めくくりました。
まとめ
塙美由貴さんは、精神分析で患者の背景を理解し、オーソモレキュラーで不足した栄養素を補う治療を行っています。症状だけで診断がつき、丁寧に診るほど収入が減る制度の課題を指摘しつつ、家庭では砂糖を減らすなど、できることから始めてほしいと語りました。
- オーソモレキュラーは、体を作る栄養素の不足を補って不具合を改善するというシンプルな考え方に立っている
- 症状だけで診断すると、砂糖の摂り過ぎや栄養不足といった背景が見落とされることがある
- 背景を丁寧に聞く診察は時間がかかるうえ評価されにくく、保険診療では10分以上かけるのが厳しい
- 栄養療法は半年から1年本気で学べば使えるようになると塙さんは話し、医師に視点を増やすよう求めている
- 家庭では、小麦粉をやめたり砂糖を減らしたりするなど、できることから始めるのが第一歩



