リーマンショックと震災直後、なぜ初めての転職は苦戦したのか
じゅんごーるさんは、20代で初めて転職活動をした時の話をしています。新卒で入った会社の就職活動は売り手市場であまり苦労しませんでしたが、初めての転職はリーマンショック後で、震災の直後でもあったため、苦戦したといいます。
当時の職場は分業色が強く、プログラマーとして一作業者の業務しかしていなかったことも、転職の苦戦につながったと話しています。
このままのキャリアの積み方でいいの?年上の友人からのアドバイス
転職の際に、2回りほど年上の趣味友達からアドバイスをもらったといいます。相手は採用やマネジメントに関わる立場の人だったため、そのアドバイスが大いに参考になったそうです。
このままのキャリアの積み方だと、40になった時、今の年収に毛が生えたぐらいしかもらえないと思うけどいいの?
じゅんごーるさんは、そんな将来は嫌だと感じたと話しています。当時はマネジメントに興味がなく、開発技術のことしか考えていませんでした。それでも、上流工程もでき、幅広い範囲で高い技術が身につく職場に転職したいと考えるようになりました。
この友人からは、ITはツールでしかないので業務知識を身につけることが大事、というアドバイスももらったそうです。
友人の指摘
このままでは40歳で今の年収に毛が生えた程度
転職の方向性
上流もでき、幅広く高い技術が身につく職場を目指す
1回目の転職
上流から下流まで一人でできる職に就く
年に一度のキャリアの棚卸し
1回目の転職では、上流から下流まで何でも一人でできる職に就いたそうです。一プログラマーからすぐに大きくキャリアアップするのは難しいと思っていたと振り返っています。
このアドバイスをきっかけに、年に1回は仕事や業務、キャリアを棚卸しし、今転職活動をしたら自分の市場価値は上がっているかを確認するようになりました。
TwitterとAndroidアプリ開発に熱中した20代前半
転職後の20代前半の話として、Twitterが流行り始めた頃のことが語られます。当時はオタクやエンジニアばかりがいる印象で、じゅんごーるさんもJavaのエンジニア界隈の人を中心にフォローしていたそうです。
個人でもアプリ開発をしたいと考えていましたが、サーバーなどのインフラがわからず、維持費もかかるため、ローカル環境でアプリを動かす程度にとどまっていました。
そこで、ちょうど出始めたAndroidに目をつけました。ネイティブアプリの言語がJavaなので、Androidアプリならインフラがわからなくても作れると考え、Androidスマホを購入して開発していたそうです。
当時のAndroidはキャリアメールが使えず、周りがキャリアメールでやりとりする中で「Gmailでお願いします。絵文字使えません。」と伝えていた記憶があるといいます。自宅での開発やAndroidアプリ開発のコミュニティへの参加も、活発にしていたそうです。
インフラ未経験からフルスタックエンジニアへ
20代の頃はわからなかったインフラも、転職を重ねるうちに自分で構築するようになり直近までフルスタックエンジニアとして働いていたといいます。
この回は、X(旧Twitter)を見ていて思い出した昔話として語られました。
まとめ
20代の転職活動で年上の友人からもらった言葉は、年1回のキャリアの棚卸しという習慣として、その後も続いています。
- リーマンショックと震災後の転職で苦戦し、当時は一作業者としての業務しか経験していなかった
- 年上の友人からのアドバイスで、上流も技術も幅広く学べる職場を選んだ
- ITはツールでしかなく、業務知識が大事という助言ももらった
- 年に1回、キャリアを棚卸しして市場価値を確認するようになった
- Androidアプリ開発に熱中した20代を経て、フルスタックエンジニアへと進んだ





