報酬の話の前提にある「多職種連携」の課題
今回の回は、前回取り上げた産業保健領域の多職種連携の続きから始まります。小橋さんは、何でもかんでも医者に責任を持たせる仕組みは、医療も産業保健も限界に来ていると話します。
厚生労働省でも産業保健のあり方検討会などで議論はされているものの、法制度はすぐには変わらないと小橋さんは指摘します。
そこで小橋さんは、民間の立場から多職種連携を当たり前にしていくことが、結果的に法改正への近道だと考えています。実態が制度を作るドライブになる、という見立てです。
何でもかんでも医者に責任を持ってやらせるっていう仕組みは、医療も産業保健も限界が来ていると思っていて。
ただし、持続的な多職種連携を実現するには、それぞれのプレイヤーが食べていけることが前提になります。ここから本題である報酬の話につながっていきます。
持続的な多職種連携活動を行っていくためには、それぞれのプレイヤーが食っていけないと、それは机上の空論になってしまうわけですね。
相場を下げていると言われる「仲介サービス」の構造
今回の報酬の話のきっかけは、小橋さんがゲスト出演したポッドキャスト番組「産業保健もやもやハレハレ」の第135回だと紹介されます。産業保健仲介サービスにまつわるモヤモヤを話し合った回です。
その中で出てきたのが、最近産業保健専門職の相場が下がっているというテーマでした。
よく言われる背景は、安さを売りにして産業医をどんどん仲介する仲介サービスの存在です。中抜きの割合も大きく、結果的に産業医の報酬が安くなっていると小橋さんは説明します。
小橋さんは、仲介サービスの本質は産業保健ではなく人材紹介だと指摘します。だからこそ、質そのものより人を仲介することにインセンティブが向きやすい、という構造を挙げます。
彼らのサービスの本質っていうのは、産業保健じゃなくて人材紹介ですから、構造的に産業保健の質そのものよりも、人をどんどん仲介していくことにインセンティブが向きやすい。
もちろん質を売りにした仲介サービスもあり、すべてがそうではないと小橋さんは断ります。ただ、安さを売りにした薄利多売型の会社がマーケットに広がると、相場が下がっていくと話します。
仲介会社だけが悪いのか、という問い直し
同業者間では「薄利多売型の仲介サービスが悪い」という論調が起こりがちだと小橋さんは言います。産業保健の知識に乏しく、価格設計が雑な会社が実際に存在することは認めています。
一方で小橋さんは、仲介会社だけが問題なのかと問い直します。問題の所在はいろんなところにある、というのがこの回の軸です。
じゃあその仲介会社だけが問題なのかって言われたら、私はですね、そこはそうじゃないと思ってるんですよ。
まず挙げるのが、専門職自身の問題です。嫌なら仲介会社を通じて仕事を受けなければいいだけ、という指摘です。
そのうえで小橋さんは、これからの専門職に必要なものとして、専門性だけでなく事業力・営業力・契約力を挙げます。これらがないと、本来の価値より安く買い叩かれてしまうと繰り返し伝えているそうです。
専門性
従来から重視されてきた基盤となる力
事業力・営業力・契約力
独立するしないに関わらず、これから合わせて身につける力
本来の価値での評価
買い叩かれず正当な対価を得られる状態
本丸は「職場巡視」という法制度にある
小橋さんが本丸だと考えているのが、労働安全衛生の法令上の問題です。具体的には産業医の職場巡視を挙げます。
法令では、原則月に1回の産業医の職場巡視が定められています。小橋さんは、産業医の本質的な職務の延長線上に職場巡視があると説明します。
働くことで健康を害していないか、医学的に働けるか、心身ともに健康に働くにはどうすればよいか。小橋さんはこの3本柱を産業医の本質的な職務として挙げ、職場巡視自体には非常に意義があると話します。
問題は、そのやり方と頻度が今の時代に即しているか、という点だと小橋さんは言います。労働安全衛生法は1900年代半ばの工場をベースに作られた法律だと指摘します。
危険性や有害性の高い業種では、今でも頻回な職場巡視に意義があります。一方で、都心のきれいなオフィスタワーで、社員のほとんどが在宅勤務という会社ではどうか、と小橋さんは問いかけます。
こういう会社で産業医が現地で原則月に一回職場巡視を本当にしないといけませんかっていう問いですよね。
小橋さんは、多くの関係者が内心「本当に意義があるのか」と感じているところだと話します。意義は感じにくいが、法律だからやらなければならない、という状況です。
そうなると、多くの会社は価格の安いところにお願いしようとなります。浮いたお金で社員の給料を上げた方が健康に意義があると考える経営者は少なくないはずだ、とも述べます。
一律月1回の巡視が単価を下げる、という持論
ここから小橋さんは持論を展開します。今の産業医の法制度、特に一律原則月1回の職場巡視が、産業医の時間単価を下げる最大のボトルネックではないか、という見立てです。
さらに小橋さんは、その連鎖を整理します。意義のある産業医業務の単価まで下がり、それにつられて産業保健専門職全体の単価まで下がっていく、という流れです。
一律月1回の職場巡視
意義を感じにくくても法律で義務化されている
産業医の時間単価が下がる
会社が価格の安いところを選びやすくなる
意義ある産業医業務の単価も下がる
巡視につられて全体の水準が下がる
産業保健専門職全体の単価が下がる
産業医の単価低下が他職種にも波及する
小橋さんは、これはあくまで説だと断ったうえで、産業保健周りの法改正を継続的に検討すべきだと話します。
訪問ベースから顧問ベースへ、という発想の転換
小橋さんが提案するのが、これからの産業保健サービスのあり方です。法令に基づく定期巡視をベースにするのではなく、顧問ベースを前提にするという発想です。
そのうえで、リスクやニーズに応じて巡視や面談を組み合わせていく形が、単価の面からもあらゆるステークホルダーにとって納得しやすいと小橋さんは考えています。
法令の定期巡視を前提にする従来型。意義を感じにくい会社でも一律に固定費がかかりやすい
顧問契約を土台に、リスクやニーズに応じて巡視や面談を組み合わせる。単価面で納得を得やすい
ただし小橋さんは、毎月巡視することが悪いわけではないと補足します。毎月顔を合わせることでラポールが形成され、産業保健の活性化につながったケースを何度も経験してきたそうです。
それでも小橋さんは、一律にすべての事業場で原則月1回の現地巡視を行うのは、今のリソース的に本当にできるのかと疑問を投げかけます。
地方のリソース問題と、オンライン巡視という現実解
小橋さんは地方の事情を挙げます。地方では現場に行くまで片道1時間や2時間かかることも珍しくない、という具体例です。
地方だと例えば現場に行くまで片道1時間とか2時間って平気でかかるんですよね。
すべての事業所を毎月現地で巡視するとなれば、リソースが足りるのか、その地域の医療は大丈夫なのか、という心配も出てきます。
その現実解として小橋さんが挙げるのが、現地巡視に適宜オンラインを組み合わせ、法律で解禁していくという方向です。現地巡視には及ばないかもしれないが、と断りつつ提案しています。
さらに小橋さんは、公衆衛生的な視点からの例も示します。ある地域に産業医が12人いて、11人がほぼ形ばかり、1人だけがまっとうな産業医だとしたら、という仮定です。
その1人が月1回1社だけを回るより、年に1回でも12社を順に回った方が、12社全体の産業保健にとってプラスになるのではないか、と小橋さんは述べます。
まっとうな産業医が月に一回一つだけの企業を回るより、年に一回でもいいから12個の企業を順々に回ってった方が、その12社全体の産業保健を考えた際に、公衆衛生的にはそっちの方がプラスになるんじゃないかな。
小橋さんは、これらは2026年時点では法律として認められておらず、あくまで妄想でしかないと念を押しています。
今から顧問ベースに備えることのメリット
小橋さんは、もし職場巡視の回数が緩和されれば、産業医にかかる年間の固定費は少なくなると指摘します。だからこそ、それに反対する勢力も必ずあると見ています。
ただし、その状況でもしっかり価値を提供すれば、結果的に時間単価は上がるのではないかと小橋さんは予想します。
そうした未来を見越して、今のうちから訪問ベースではなく顧問ベースを前提にした契約をしておくことが、企業側にとっても専門職側にとっても、長期的にはメリットが大きいと話します。
最後に小橋さんは、正当な対価を得るには、対価に見合う、あるいは対価を超える価値を提供し続ける必要があると締めくくります。これは産業医単体でも多職種連携でも変わらない、という考えです。
法律でモヤモヤする部分はあっても、お互いが気持ちよく仕事できるモデル設計・価格設計を、産業医や専門職はもっと意識していく必要があると小橋さんは感じています。
まとめ
産業保健専門職の報酬が下がる背景を、小橋さんは仲介サービス・専門職自身・法制度という3つの角度から整理しました。とりわけ一律月1回の職場巡視が単価を押し下げているという持論を軸に、訪問ベースから顧問ベースへの転換を提案する回でした。
- 報酬低下の背景は仲介サービスだけでなく、専門職自身の課題や法制度にもある
- これからの専門職には、専門性に加えて事業力・営業力・契約力が必要になる
- 小橋さんは、一律月1回の職場巡視が産業医の時間単価を下げる最大のボトルネックだと見ている
- 現地巡視にオンラインを組み合わせて解禁することが、リソース面での現実解として挙げられた
- 未来を見越し、今から顧問ベースの契約に備えることが企業・専門職双方に長期的なメリットをもたらす




