50人未満でも義務はある?前回の補足から
冒頭で小橋さんは、前回取り上げた「社員50人以上で発生する5つの義務」について補足します。50人に満たなければ義務がないと考える人がいますが、それは誤解だと指摘します。
健康診断や長時間労働者への対応は、50人未満でも義務があります。さらに特殊健診の6種報告は、1人からでも義務が生じると小橋さんは説明します。特殊健診 ── 有機溶剤や粉じんなど、特定の有害業務に従事する労働者に対して行う特別な健康診断のこと。一般健診とは別枠で実施が求められる。
その上で小橋さんは、法律が時代や実態に追いついていない場面を感じていると話します。人数や規模で一律に線引きするのではなく、リスクをベースに体制や施策を考える枠組みへシフトすべきだという個人的な考えを示します。
法律全体が一律に人数とか規模とかで箸の上げ下げまで決めるんじゃなくて、あくまでリスク、これをベースにして体制や施策を考えていく枠組みにシフトしていく必要がもっとあるんじゃないかな。
そもそも産業保健師とは?企業で働く看護師のイメージ
本編のテーマは産業保健師です。小橋さんは、産業保健師を「企業で働く看護師さんのこと」とイメージしてほしいと説明します。
正確には、看護師資格に加えて保健師資格を持つ人を指します。ただし看護師資格だけでも産業保健の仕事は基本的にできるため、これらを合わせた正式名称は産業保健看護職だと小橋さんは補足します。
細かく分けると話がややこしくなるため、この回では「保健師」もしくは「産業保健師」という名称で統一して話が進められます。
このタイミングで取り上げた理由について、小橋さんは、産業保健師が産業医にとって最も身近な同業パートナーであり、企業の健康管理に関わる人にとっても最も身近な産業保健の専門職だからだと語ります。
もし知らなかったってことであれば、知っておいて絶対に損はないと思いますし、逆に知ってるけど役に立つかどうかわかんないってことであれば、ぜひ今回の配信を聞いて活用をお勧めしたい。
産業医と違い、産業保健師には労働安全衛生法上の選任義務は今のところありません。それでも健康相談や検診の事後対応で保健師を活用するよう法律にも書かれており、社員や企業にとって身近で中心的なサポーターとして幅広い業務を担えると小橋さんは説明します。
医学とアート?医師と看護師のベースの違い
産業医と保健師の違いを理解するために、小橋さんはそのベースにある医師と看護師の違いから掘り下げます。
第2回配信で触れた、健康にはフィジカル・メンタル・ソーシャルの3つの側面があるという話を踏まえ、小橋さんは、医師のベースにある医学はその中のフィジカル、つまり人体そのものを見るのが原点だと語ります。
医学っていうのは純粋なサイエンスなんです。
一方で、看護師のベースにある看護学は、フィジカルだけでなくメンタル面やソーシャル面も含めて、その人を全人的に見守るものだと小橋さんは説明します。
そのため看護学は医学よりもアート寄りのサイエンスであり、病気ではなく病人を見るのが看護師の原点だと小橋さんは表現します。
フィジカル=人体そのものを見るのが原点。純粋なサイエンス。
フィジカル・メンタル・ソーシャルを全人的に見守る。アート寄りのサイエンスで、病気ではなく病人を見る。
入院管理に見る、医師と看護師のパートナーシップ
小橋さんは、実際の臨床でも医師が病人として患者に接すると前置きしつつ、思いや生活環境まで含めて全人的に接することは看護師にデフォルトで備わっていると話します。看護師がいることで、より質の高い医療が提供できるといいます。
入院中の管理を例に、小橋さんは役割分担を説明します。全体的な治療方針は医師が決めますが、医師がずっと患者に張り付くのは現実的ではありません。
そのため入院中のケアやモニタリングは、病棟の看護師が専門性を持って中心になって行います。状態が急変したりバイタルが不安定になったときには、医師が病棟に駆けつけて看護師と一緒に対応すると小橋さんは語ります。
そういったパートナーシップっていうのが、医師と看護師の間にはベースとして備わっております。
産業医と保健師、面談はどう使い分ける?
小橋さんは、医師と看護師の関係はそのまま企業の世界にもスライドできると話します。わかりやすい例として挙げるのが面談です。
企業の担当者からよく「保健師と産業医の面談はどう使い分けたらいいのか」と聞かれると小橋さんは言います。その切り口として、まず産業医がやらなければならないものを整理します。
1つは、法令で医師が実施しないといけないと決まっているものです。具体的には、長時間労働やストレスチェックで本人が産業医との面談を希望して手を挙げた場合が該当します。
もう1つは、面談の前後で本人の就業状況に変化が生じる面談です。第8回で取り上げたような、休職するか復職するかが決まる面談がこれにあたります。
この就業判定の面談は、法令で産業医がやれと書かれているわけではないものの、厚労省の指針や裁判例を見ても産業医が実施するのが相場になっていると小橋さんは説明します。フィットネス・トゥ・ワークの観点からも産業医が妥当だといいます。フィットネス・トゥ・ワーク ── その人の健康状態が、担当する業務を安全に遂行できる水準にあるかを判断する考え方。就業の可否や配慮を検討する際の基準になる。
さらに、業務禁忌性を強く疑うものなど、医学の細かい知識がないと判断できないものも産業医の担当だと小橋さんは加えます。
法令で医師が実施と決まっているもの
長時間労働やストレスチェックで本人が産業医面談を希望した場合など
就業状況に変化が生じる面談
休職・復職の判定など。指針や裁判例から産業医が相場
医学的判断が必要なもの
業務禁忌性を強く疑うものなど、細かい医学知識を要するもの
健診結果やメンタル初回相談は、むしろ保健師が適任
一方でそれ以外の面談は、保健師の出番になると小橋さんは語ります。健診結果や、メンタルヘルスの初回相談などが例に挙がります。
休職中や復職後のフォロー面談、本人だけでなく上司からの相談も同様です。こうした面談は産業医でもできますが、むしろ身近な専門職である保健師の方が適任であることが多いと小橋さんは話します。
より身近な存在の専門職である保健師の方が適任であることの方が多かったりするんですよね。
面談以外の実務でも保健師は力を発揮します。小橋さんは、保健師が会社の社員と産業医のパイプ役やコーディネート役を得意としていると説明します。
産業医面談の日程調整も保健師が担うことが多く、企業の健康管理まわりの実務が増えて専門的で難しくなる中、その受け皿になっているといいます。
具体的には、健康診断・ストレスチェック・長時間労働者対応といった実務手続きやフォローアップなどです。契約にもよりますが、こうした専門性の高い実務の実行支援までやってくれる保健師が増えてきていると小橋さんは話します。
点の産業医、線と面の保健師
ここまでの整理から、小橋さんは産業医と保健師の得意分野を対比します。産業医は医学的なジャッジや意見をバシッと伝える、いわば「点」の業務に強いといいます。
一方で保健師は、普段からのケアやモニタリングを行い、いざという時にアラートを出す、「線」や「面」の業務に強いと小橋さんは表現します。
産業医っていうのは、どっちかっていうと医学的なジャッジだとか、意見をバシッと伝えるみたいな、そういう点の業務に強いんですよね。
さらに、保健師も個人だけでなくチームや組織に関わります。線や面で関わっている分、組織の健康課題解決に向けたより具体的なアプローチを引き出せると期待できると小橋さんは語ります。
医学的なジャッジや意見を伝える「点」の業務に強い
日常のケアやモニタリング、いざという時のアラートといった「線・面」の業務に強い
日本に何人いる?産業保健師の人数と広がり
続いて小橋さんは、産業保健師が日本に実際どれくらいいるのかを国の統計から紹介します。正看護師は全体で約130万人、そのうち保健師資格を持って実際に保健師として働いているのは約6万人だといいます。
ただしその8割から9割は自治体などの行政保健師で、企業で働く産業保健師は約4000〜5000人だと小橋さんは説明します。多く見積もっても1万人はいかないだろうとのことです。
数千人以上の大企業では健康管理室があり、雇用された保健師を中心に定常的な健康管理業務を回すのが一般的になってきていると小橋さんは話します。保健師は試験なしで衛生管理者の資格も取得でき、衛生管理者として企業の産業保健を引っ張る人も見られるといいます。衛生管理者 ── 常時50人以上の労働者を使用する事業場で選任が義務づけられる国家資格。職場の作業環境や健康管理などの衛生面を管理する役割を担う。
一方で、数百人・数十人と規模が小さくなるほど、保健師を直接雇うのは現実的な選択肢ではなくなります。この課題感から、中小企業を中心に嘱託産業医のように関わる独立系の産業保健師も少しずつ増えてきている印象だと小橋さんは語ります。
今回の締めと、次回への宿題
最後に小橋さんは、今回の内容がワンセルフの保健師スタッフが作り上げたコラムをもとにしていると明かします。もし産業保健看護職のリスナーから誤りの指摘があれば、遠慮なく訂正すると呼びかけます。
看護師と保健師の違い、産業保健看護職の専門家制度、具体的な業務など、今日だけではクリアにならない部分も多かったと小橋さんは振り返ります。その辺りはゲストを呼びながら深掘りする機会を持ちたいと話し、この回を締めくくります。
まとめ
この回は、企業の健康管理で最も身近な専門職「産業保健師」を、産業医との違いや使い分けの視点から整理する内容でした。医師と看護師のベースの違いが、そのまま産業医と保健師の役割分担につながっている点が軸になっています。
- 産業保健師は企業で働く看護師のイメージで、産業医にとって最も身近な同業パートナー
- 医学はフィジカル中心のサイエンス、看護学は全人的に見るアート寄りのサイエンスという違いがある
- 就業判定や医学的判断が必要な面談は産業医、健診結果やメンタル初回相談などは保健師が適任なことが多い
- 産業医は「点」、保健師は「線・面」の業務に強く、組織課題への具体的アプローチも期待できる
- 企業で働く産業保健師は約4000〜5000人。大企業では雇用が一般的で、中小向けの独立系も増えつつある


