人事のプロは「支援」ではなく「推進」する
番組の後半では、前回から続く「人事のプロとは何か」という話題を、小橋さんがさらに解像度を上げて吉田さんに尋ねます。
吉田さんの答えの根っこは前回と変わらず「人を活かして事をなす」ですが、キーワードになるのが「支援」と「推進」の違いです。多くの人が事業への支援を軽く考えている、と吉田さんは指摘します。
感覚的には事業を支援するんじゃなくて、自分が推進するっていうぐらいの感覚で取り組まなきゃいけない。これが人事のプロだと思っています。
たとえば「10人採用してくれ」と言われて10人を採る、変えてくれと言われれば何人にすればいいか聞き返す。それは経営者だけを見ている状態だ、というのが吉田さんの見立てです。
社長、この業績でいくとここの人たちが今後余剰になってきますけど、どうしていきますか、私はこうした方がいいと思いますけど、っていうのを率先して言ってくれる。環境変化を先に一緒に見といてほしいんですよね。
社長が気づくのを待って、気づいたことをただ実行するのではなく、外部環境まで自分で見に行く。経営者と同じものを見ながら、人と組織の専門性でソリューションを出せるのが、吉田さんの言う人事のプロです。
CHROだけの役割じゃない。担当者一人ひとりの感覚へ
小橋さんは、この話がお金の面でのCFO、人の面でのCHROの役割に近いのでは、と確認します。
吉田さんも役割としてCHROが担うべき部分だと認めつつ、そこに限定しない大切さを強調します。CHROという役職を置いていない会社もあれば、人事が一人だけ、あるいは全員兼務という組織もあるからです。
この感覚を持てるかどうかが、その人自身のバリューにも、経営者が「この人を優先して置いておきたい」と思うかどうかにも、直結していくと吉田さんは話します。
復職手続きが「作業」になった瞬間に伝わってしまうこと
小橋さんは、概念だけでなく実際に手を動かすプレイヤーも組織には必要だと投げかけます。吉田さんは、そうした担当者にも外部環境を見ていてほしいとしたうえで、労務や産業保健の仕事が「作業」になる怖さを語ります。
復職の手続きひとつをとっても、手続きをこなすこと自体が目的化すると意味が薄れる、というのが吉田さんの見方です。
復職ってうちの会社においてはこういう意味だと思ってます、みたいなことまで言ってくれる担当者がいるかどうか。
小橋さんも、制度がこうだからこうです、ではなく、なぜまた組織に帰ってきてほしいのか、そのために健康が大事だからこの制度があるのだ、という伝え方一つで受け取り方が変わると応じます。
吉田さんが担当者に求めるのは、この難しさの前で葛藤することです。早く戻ってほしいという組織側の都合と、早く戻りすぎない方がいいという本人への配慮の間で悩んでほしい、と言います。
産業医の先生はこれどう思われますか、あ、なるほど、そうしますみたいになったり、社長がこうしろと言っているのでそうします、みたいになると、急に温度感とか熱量が下がっていくんですよね。
その温度感の低下は社員にも伝わり、「結局組織の都合を押し付けられる」「休職してもそのことしか言われない」という受け取られ方につながってしまう、と吉田さんは続けます。
特に産業保健の領域は、機微がすぐ伝わる仕事だと吉田さんは言います。ダメージを受けた人ほどその文書を読む機会が多いからです。
ただただ作業としてやってんなみたいなものって、一撃で、これはもう機械的な文書だなみたいに捉えてしまう。その機微がすごく大事な仕事だなと思います。
人事から見た「産業保健の専門職に求めること」
ここから話題は、人事と産業保健の関係そのものに移ります。小橋さんは、人事と経営者の間にある情報の非対称性と同じ構図が、産業保健専門職と人事の間にもあるのでは、と気づいたと語ります。
そのうえで小橋さんは、人事の立場から産業保健の専門職に求めることを吉田さんに尋ねます。吉田さんが挙げたのは、大きく2つでした。
人事は医師への気後れから遠慮しがち。選択肢や可能性をフラットに示してほしい
考えられていなさそうなときは、逆にプレッシャーをかけるぐらい問うてほしい
1つ目は、情報提供です。人事の人は医師に対して気後れがある、と吉田さんは指摘します。
この人これ聞いたら怒るんじゃないかとか、時間取っての相談ってめちゃくちゃ嫌がられるんじゃないかとか、勝手に気を使ってしまう。
だからこそ「こういうこともできますよ」「こういう可能性もありますよ」という情報を、費用の話も含めてフラットに出してほしい、と吉田さんは言います。選択肢があると知って初めて動けるケースが多いからです。
2つ目は、その真逆のようにも見えます。人事が葛藤できていなさそうなときは、ちゃんと考えてくださいと産業保健の側から言ってほしい、というものです。
社長も本人も十分に考えられないかもしれない場面で、会社の中で一番それを考え抜けるのはあなたではないか。そう強く背中を押してほしい、と吉田さんは話します。
小橋さんも、産業保健の側が何を大事にしているかを伝えなければ人事も分からない、伝えれば足りない情報が見えてまた考え方が変わる、と情報交換の大切さに触れます。
この協業関係がどうしたらうまくいくのか、お互いにちょっと腹を決めて、覚悟を決めて、自分の役割はここなんだと置きながら関わっていくことが、すごく大事な部分だなと。
「誰も犠牲にしない組織」は本当につくれるのか
後半のもう一つの軸が、吉田さんがライフテーマに掲げる「誰も犠牲にしない組織」です。小橋さんが改めて、吉田さんの描く人事の未来像を尋ねます。
吉田さんはまず、3人ほどで事業を始める場面を例に出します。この時点では、誰かが犠牲になっているわけではない、と言います。
一方で、30人、100人、1000人と増えたら誰かが犠牲になるのかというと、そうとも限らない。むしろ3人でも犠牲者を出すことは簡単だ、と続けます。
イメージできると思いますけど、経営者とかトップになる人が他の2人をこき使えばいいわけですよね。
つまり人数の問題ではなく、上に立つ人の価値観の問題だ、というのが吉田さんの主張です。誰も犠牲にならないまま高いパフォーマンスを出して大きくなった組織も、実はたくさんあると言います。
産業保健の領域に引きつけると、メンタル不調は組織である以上一定発生し続ける、と置いてしまいがちです。けれど吉田さんは、そうとは限らないと話します。
ただし難しいのは、パワフルなピラミッド型の組織を、誰も犠牲にならない組織へ転換することです。ピラミッドは上の人の価値観を強く反映するため、その価値観が変わらない限り転換は極めて難しい、と吉田さんは言います。
ピラミッドが悪いのではない。キーエンスの例から
小橋さんが、これから新しくつくる組織はやりやすいが、既にある組織が変わるのは難しいのでは、と問いかけます。吉田さんは、既存と新規の両方にアプローチしていくと答えます。
そのうえで吉田さんは、ピラミッド型そのものが悪いわけではない、と補足します。例に挙げたのがキーエンスです。
キーエンスってめちゃめちゃピラミッド型組織なんですけど、めちゃめちゃうまくいってるんですよね。
入社前から覚悟した人が集まり、ハードだけれどロジカルで理不尽が少ない。それならピラミッドでもうまくいく、と吉田さんは言います。
問題が起きるのはむしろ、言っていることとやっていることがずれる場面です。個性を発揮してほしいと言いながら、実際には「自分の考えはいいからまずこれをやって」ばかりだと、人は混乱して壊れていく、と吉田さんは指摘します。
こうした要素を一つひとつ取り除いていけば、不調の発生率は桁で下がっていく。だから既存の組織にも新しい組織にも、地道に関わっていきたい、と吉田さんは話します。
産業保健と二人三脚で、世代交代までに実現したい未来
小橋さんは、この取り組みには愚直な活動が必要になりそうだと受け止め、吉田さんが運営する人事図書館を通じて加速していく未来が見える、と語ります。
吉田さんも、ここには産業保健の人と一緒にやらなければならない領域が多くあると応じます。人の健康が害されることへの感度を上げ、それが組織のどこから発生しているのかを特定していく作業です。
本当に二人三脚というか、一緒にやらせていただくことで前に進んでいくのかなと思ってます。
吉田さんが目指すのは、誰も犠牲にならず高いパフォーマンスを出せると体験する人を増やし、そうした組織がマジョリティになって、いつか世代交代でひっくり返っていくことです。
小橋さん自身も産業保健専門職として人事図書館に参加し、大きな影響を受けていると話し、リスナーにも参加を勧めます。最後に吉田さんから、9月13日と14日に奥多摩で開かれる人事祭2025の告知があり、対談は締めくくられました。
まとめ
人事のプロとは、経営者と同じものを見て人と組織の専門性でソリューションを出せる人。そして産業保健とは腹を決めて協働する相手であり、「誰も犠牲にしない組織」は価値観次第で本当につくれる、というのが最終回のメッセージです。
- 人事は事業を「支援」するのではなく、自分が「推進」する感覚で関わることがプロの条件
- 復職などの手続きが「作業」になると、ダメージを受けた本人に機械的だとすぐ伝わってしまう
- 産業保健の専門職には、フラットな情報提供と、葛藤しない人事への問いかけの両方が求められる
- メンタル不調は組織である以上仕方ない、という前提は必ずしも正しくなく、価値観次第で発生率は下げられる
- ピラミッド型が悪いのではなく、言行のずれが人を壊す。地道な改善と産業保健との二人三脚が鍵



