会社を作って残っていたのは「定款と通帳」だけ
今回のエピソードで小橋さんは、株式会社を設立するまで、経営の本質はもっと複雑で難しいものだと思っていたと振り返ります。
具体的には、資本政策や中期経営計画のような、とっつきづらいものが経営だと想像していたそうです。
いざ自分が会社を立ち上げてみたら、そこには(会社の目的を書いた)定款と、私個人から会社へ出資した資本金が入っている銀行通帳、この二つしかなかったんですよね。
大企業で産業医をしていた頃にあれほど関わっていた就業規則や社内決済のフロー、ビジョンやミッションといった理念も、設立時点では存在しなかったといいます。
さらにメールアドレスや固定電話、名刺、ホームページなども、会社とセットで当然についてくるものだと思っていたところ、必ずしも必要ないと実感したそうです。
企業のバイタルサインは「お金」だと気づいた瞬間
小橋さんは、多くの場合は何かしらの思いがあって会社という箱を作り、世のため人のためになることをしていくのが会社設立の流れだと述べます。
一方で、その会社という箱は、お金がゼロになったら潰れてしまうという現実も指摘します。
ビジョンとかミッションといった企業理念、これは大事なんだけど、一方で究極的にはこの銀行通帳がゼロにならないように何とか食いつないでいく。これが経営の最もプリミティブな部分なんだなっていう風に知れた。
この感覚は、これまで自分が経験してきた何かに似ていると小橋さんは感じたといいます。
それは、病院での臨床医時代、救命救急やICUで生きるか死ぬかの患者を診ていたときの感覚でした。
救急の現場では、血圧や脈拍、呼吸数、体温といったバイタルサインを何よりも優先して見なければならないと説明します。これが途絶えると命に関わるためです。
もう本当に呼吸とか血圧とかが不安定な時に、ちょっと皮膚が乾燥してるから保湿しましょうねみたいな、そんなこと言ってる場合じゃないんですよね。
真っ先に気道を確保し、輸液を流すといった治療を一分一秒単位で優先していく。その感覚が、経営の感覚に似ていたといいます。
血圧、脈拍、呼吸、体温。途絶えると命に関わるため、他のどの治療よりも優先して安定させる
お金。ゼロになると会社が潰れるため、理念より先に絶やさないことが優先される
命なくして健康なし、経営なくして健康経営なし
小橋さんはここから、バイタルと健康の関係を企業に重ねていきます。人間はそもそも命がないと健康はない、という前提から話を進めます。
バイタルが安定して初めて、人間はどう生きるか、何を食べるかといった自身の健康を考えることができると述べます。
これは企業も同じだと小橋さんは考えます。どういう会社にしたいか、社員の健康を大事にしたいかは大事なことだと認めます。
目下のバイタル、つまりお金が切れちゃったら、そもそもお給料も払えないですし、会社も潰れちゃいますから、そんな悠長なことを言ってられないですよね。
健康だけでも経営だけでもダメ、同時並行の難しさ
一方で小橋さんは、会社を支えているのは人であり、その人を支えているのは健康だと補足します。だからこそ経営と健康は同時並行で考えなければならないといいます。
例として、一人でoneself.を切り盛りしていた頃を挙げます。24時間休みなく産業医活動を入れれば、短期間でお金はたくさん入ってきます。
そんなやり方続けてたら、おそらくそう遠くないうちに私(が)健康を害して倒れちゃうんじゃないかな。けど、私が倒れちゃったら、結果的にお金が今度は入ってこなくなって、会社が潰れちゃいますよね。
持続的に企業価値を上げようとすれば、SDGsやESG投資といった言葉がなくても、当然に健康を含む非財務指標を考えなければならないと述べます。
ただし、健康だけを考えていればいいわけでもないと小橋さんは釘を刺します。
私がよく寝て、よく食べて、よく遊んで、仕事はストレスフリーで健康だみたいなこと言ってたところで、放っておいても会社が成長するわけないですよね。
会社にお金が入るためのビジネスモデルや資本政策を、汗水垂らしながら考え実行しなければ、当然会社は儲からないと述べます。
そのうえで小橋さんは、原理原則として経営者にとって何よりも大事なことの順番を示します。
お金は企業のバイタルサインだから、そこを第1に考えた上で健康経営に取り組む。この順番こそが本質的に大事だと小橋さんは強調します。
渋沢栄一の「論語とそろばん」に通じる、人とお金のリスペクト
小橋さんは、第2回から第5回にかけての内容をあえてまとめると、人も大事、お金も大事、だから両方をリスペクトしていこうという話になると振り返ります。
これはまさに、一万円札でも有名な渋沢栄一が唱えた「論語とそろばん」に通じるのではないかと感じているといいます。
人っていうのはかけがえのない同志でもありますけれども、一方で最大の固定費でもありますからね。
そのうえで小橋さんが強調するのは、それでも法人はあくまで法人だという視点です。
法人は人間や社会が豊かになるために人間が編み出したツールであり、食べ物も服も家もスマートフォンも、身の回りは法人が生み出した産物ばかりだと述べます。
ただし法人はツールである以上、そのツールの奴隷になって個人が犠牲になったり健康を害したりすることはあってはならないといいます。
法人が死んでも個人が死ぬわけじゃないですし、法人は別にお神輿みたいな感じで誰かが代わる代わる経営してればなんとか持つかもしれない。
個人はですね、その人自身、結局自分を経営できるのは自分しかいないですからね。
健康を害さないと続かない企業に、存続する価値はあるか
小橋さんは、健康を害し続けるような働き方をさせないと継続できない企業について、踏み込んだ問いを投げかけます。
ゴーイングコンサーンとして存続し成長し続ける使命があるとしても、そもそも企業として生き続ける価値があるのかという問いです。
理念や信念を曲げ続けてまで、誰かや何かをたくさん犠牲にし続けてまで、果たして本当にやる必要があるのか。
むしろ売る、あるいは畳むといった選択をした方が、世のためや人のためになるのではないかと感じる部分もあると小橋さんは述べます。
さらにマクロな視点として、人材の流動性が活性化し、人を大事にして社会に確かな価値を提供できる企業へ人が流れていく形が望ましいと個人的な考えを示します。
小橋さんは、この健康と経営のテーマについて、自身も今なお葛藤していると率直に語ります。
ここは私もいまだによく葛藤する部分ですし、もしかしたら今日言っていることが明日また変わってくるかもしれない。
そのうえで、リスナーからの意見や感想もぜひ寄せてほしいと呼びかけ、総論的な部分を今回で一区切りとしています。
まとめ
今回は、自ら会社を立ち上げた産業医の小橋さんが、経営と健康の優先順位を救急医療のバイタルサインになぞらえて語りました。お金という企業のバイタルを絶やさないことを第一に置きつつ、法人はあくまでツールであり、個人が犠牲になってはならないという視点が示されました。
- 企業にとってのバイタルサインは「お金」であり、理念より先に絶やさないことが原理原則になる
- 命なくして健康がないのと同じく、経営なくして健康経営はないと小橋さんは述べる
- 経営者の優先順位は、第1にお金を絶やさない、第2にしかるべき支払いをする、その上で健康経営という順番
- 人もお金も大事という考えは、渋沢栄一の「論語とそろばん」に通じる
- 法人はツールであり、個人が犠牲になったり健康を害したりする企業に存続の価値があるのかという問いが投げかけられた




