そもそも「箱」とは何か
この本のタイトルにある「箱」というのが何かという話から始めたいと思います。
『自分の小さな「箱」から脱出する方法』という本なので、基本的にみんなその箱の中にいて、そこから抜け出せば人間関係のパターンが変わり、いろんなことがうまくいくよ、ということが書かれています。
では箱とは何かというと、一言で言えば「自己欺瞞の世界」です。
自己欺瞞と言われると難しく感じるかもしれませんが、欺瞞というのは「欺く」ということなので、自分のことを欺いている状態のことです。
常に自分のことを欺いている状態にいるから、あなたの人間関係はうまくいかない。人間関係がうまくいかないということは、家庭も仕事もうまくいかない、ということなんです。
自分への裏切りが正当化を呼ぶ
では、どういう場面で自分を欺くのか。それは「本当は今これをやった方がいいんだよな」と思ったことをやらないときです。
たとえば、風に煽られて倒れている自転車を見て「立ててあげた方が親切だよな」と思いつつやらない。道に迷っていそうな外国の方に「声をかけた方がいいんだろうな」と思ってやらない。
上司に指摘されて落ち込んでいる若手の子に「声をかけてあげた方がいいんだろうな」と思っても、やらない。こういうことってあると思うんです。
このとき、本には「自分への裏切りが発生している」と書かれています。本当はやった方がいいと思っているのにやらないのは、その感情に背いているということなんです。
そして箱の中にいる人は、感情に背いた自分のことを正当化し始めます。
自転車を立てなかったのは「2分後に電車が来てしまうからだ」。声をかけなかったのは「自分には英語の能力がないからだ」。若手の子に声をかけないのは「俺の直属の部下じゃないし」「自分で立ち直る経験も大事だしな」といった具合です。
しかも、この正当化はどんどんループしていきます。「俺は仕事に全力を尽くすいい会社員なんだ」というふうに、自分のいいところを過大に評価していくんです。
さらに正当化の矛先が、倒れた自転車や外国の方、叱られた後輩の方に向いていきます。
「そもそもなんで倒れるように自転車を置くんだ」「スマホで検索すればわかるんじゃないの」「そもそもあの子がミスして怒られてるわけだよね」というふうに。
自分の感情に背いた瞬間、私たちはさっと自己欺瞞の世界に入り込んで、自分の良くなかった点は過小に、相手の悪い点は過大に評価するようになってしまう。「俺は悪くない、いつだってベストを尽くしてる」と思ってしまうのは、箱の中に入っているからなんです。
クマさんとウサギさんの言い合い
この箱の中にいる状態がより悪い影響を及ぼすのは、すでに人間関係ができてしまっている人とのやり取りのときです。
家族や直属の部下、上司など、関係性がある人に対して自己欺瞞が発生してしまうと、自分の悪いところは棚に上げて相手の悪いところを挙げつらうわけですから、そりゃいい気はしないよね、という話なんですよね。
本の例をジェンダーバイアスなく伝えたいので、あえて動物で例えてみます。あなたがクマさんで、ウサギさんと暮らしているとします。
ある日ウサギさんが体調を崩し、あなたは「今日は家事を自分がやらなきゃな」と思いながら仕事に出かけます。
帰りに夕飯の買い出しをして、ビールも買う。このときすでに「今日は一日頑張るんだし、ビールぐらい飲んでもいいよね」と正当化は始まっています。
家に帰ると、ウサギさんが起きてテレビを見ている。最初は「そんなに体調悪くなかったんだな、よかった」という親切心が先に浮かびます。
ところがふと見ると、洗濯物は溜まり、シンクには朝と同じ洗い物が残っている。その瞬間「なんでやってくれてないんだろう」という気持ちがふわっと出てくるんです。
そこから自己正当化が一気に始まります。「テレビ見れる気力があるなら洗濯機ぐらい回してよ」「俺は仕事で疲れてんだから」と。
それが態度や言葉に出て、ウサギさんが「どうしたの」と聞くと「別に」となる。そしてウサギさんもまた箱の中にいるので、自分を正当化し始めるわけです。
「私は辛くて今さっきまで寝てたの」「ちょっとぐらいできたんじゃないの」と、互いに自己欺瞞をぶつけ合ってしまう。
どっちかが「ごめんね」と言えば丸く収まるところを、互いに譲らないので、無限に自己正当化が止まらない状態になってしまうんです。
頭で考えても箱からは出られない
じゃあどうしたらいいのか。箱から抜け出しましょう、自分を正当化するのをやめましょう、という話なんですが、これが難しいんです。
なぜなら、頭で考えてもできないことだからです。今のあなたが箱の中にいるからなんですよ。
箱の中にいる人間がどれだけ出ようと思っても、箱の中にいるから無理だと。「一度は自分が折れるけれど、最後は相手にも謝らせよう」みたいな発想になってしまう。だから箱の中にいる状態でテクニックを重ねても無意味だと言われてしまうんです。
この本でハイライトをつけたところがあります。「自分のことを考え続けている限り、箱の外には出られない」という一文です。
「箱の中に入っている時は、たとえ自分の行動を変えようとしたところで、結局考えているのは自分のことでしかない。だから行動を変えてもダメなんだ」と書かれています。
だからまず箱の中から出なきゃいけない。これは心の底からのマインドチェンジみたいな話なんですよね。「俺はなんてことをしてしまったんだ」という気持ちになる。
ここで引っかかるのが「自分は出ようとしているけど、向こうは箱の中に居続けてますよね」という問題です。
でも、それに関しては関係ないんです。相手が箱の中にいるかどうかは関係ない。まずはあなたが箱の中から出なければ、今の人間関係は変わらない、という教えなんですよね。
箱の外に出てしまってからは割とシンプルで、相手も周りの人も、見ず知らずの他人も含めて、自分と同じ人間なんだと思う。
肩がぶつかったときに、箱の中にいると「ぶつかってくんなよ」と思う。でも箱の外にいると「ごめんなさい、急いでたのかしら」と思える。
時には自己正当化してしまうこともあるけれど、「いかんいかん、今自己正当化したわ」と思い直す。このあたりは認知行動療法っぽいところもあるなと感じました。
子育てにこそ効く視点だと思った
この本を読みながら僕が考えていたのは、この視点は子育てにおいてとても重要なんじゃないか、ということでした。
子供のことを人格を持った存在だと認識するのは、結構難しいんです。
どうしても「自分は世の中をよく知っている大人で、子供は知らない存在だ。だから私が先導してこの子の人生をうまく転がさなければ」という思いを抱きやすい。
「わがまま言わないの」という断罪も、「こっちには予定があるんだから潰さないでくれる?」という強い自己正当化が働きやすいんです。相手が弱い存在だからこそ、正当化しやすいんですよね。
最近『アドレセンス』というNetflixのドラマを見たんですが、これは親子の話でもあって、親が子に対して「自分の教育が間違っていたのではないか」と後悔するシーンがあったりします。
後悔しないために、より良い教育の手札を増やしたいと考える人は多いのですが、僕がいろんな人を見ていて思うのは、子供を育てる・教育するという縦の関係性で考えている限り、あまりうまくいかないということなんです。
大事なのは「この子にどんな教育を施せるか」ではなく、「どういう関係性を作れるか」という視点に立てているかどうかなんですよね。
たとえば「せっかくここまで習い事を続けてきたのに、やめるのはもったいないから続けて」という論調は、あまりよろしくないんです。関係性にヒビが入るからです。
それは子供との関係性より、自分が投資した分がまだ返ってきていないという心理から出ている。子供を物扱いしてしまっているんですよね。
逆に「やめたい」と言われたときに「わかるけど、ちょっとお休みしてみようか」「それでも本当にやめたくなったらやめていいよ」というワンクッションを挟めると、関係性がぐっと深まっていくんです。
習い事をやめたこと自体は残念な結果かもしれないけれど、それで関係性が強固になれば、子供は別のことで頑張る気持ちが芽生えたりする。
とはいえ、これは毎回補足的に言うんですが、子供からすれば別に親にうんざりしていてもいいんです。友達や学校の先生、バイト先で恵まれた関係があれば、自分の人生を謳歌していく。だから究極、親がどれだけ頑張っても、子供は自分で道を切り開いていくんですよね。
それでも僕は、子供の人生にいい間柄で関わり続けたいという気持ちがあります。だからこそ縦の関係性ではなく、いい関係でいることに重きを置く方がいい。これは究極エゴなんですが、仲良くありたいのに縦の関係を作ろうとすると、その願いが叶わなくてもったいないですよね、という話にもつながってくるなと思いました。
すごくかいつまんで話したので、気になる方はぜひ読んでみてください。『嫌われる勇気』と同じで、人間関係に悩む主人公に3人の上司がアドバイスする会話形式で進むので、Audibleとの相性もいいと思います。
今回は以上になります。ありがとうございました。
まとめ
『自分の小さな「箱」から脱出する方法』は、自分の感情に背いて自己正当化を続ける状態を「箱」と呼び、まずは自分がそこから出ることを説く本です。僕はこの視点が、縦ではなく関係性を大事にするという意味で子育てにも効くと感じました。
- 箱とは、感情に背いた自分を正当化してしまう「自己欺瞞の世界」のこと
- 相手が箱の中にいるかは関係なく、まず自分が箱から出なければ人間関係は変わらない
- 子育ても「どんな教育を施すか」より「どんな関係性を作れるか」の視点が大事
- 習い事などで自分の投資を優先すると、子供を物扱いし関係性にヒビが入る



