牛乳が余るなか、なぜ今「家畜伝染病」の話なのか
川上さんがこの回で取り上げたのは、海外旅行のお土産としてベーコンやハムなどの肉の加工品を日本に持ち帰ろうとして、空港で止められるというニュースです。
このニュースを見たリスナーから「豚熱って流行っているんですか?」という質問が届き、酪農業界でも家畜伝染病の話題が出ていることから、11月4日の水曜日の配信で、この話をしっかり整理することにしたそうです。
収録した日、川上さんは繁殖検診や採卵の準備、種の販売会社の対応、新しい試みのミーティングと、予定の詰まった1日を控えていました。
酪農業界そのものも大変な状況にあります。関東では生産調整として、牛乳の出荷量を減らすよう求めるお達しが出ているといいます。
川上牧場では12月から2月ごろに分娩が集中するため、出荷する乳量がどんどん落ちてきています。そのため、出荷抑制をしすぎると経営が苦しくなるという、難しいバランスの中にいると話されています。
(牛乳を)絞ってもね、でも余ってしまって捨てるみたいなことになったらもう最悪ですからね。
こうした事情もあって、川上さんはリスナーに「コップ1杯の牛乳を飲んでほしい」と呼びかけてから本題に入っています。
Spoonから届いた「豚熱は牛さんに影響ある?」という質問
お便りコーナーで読まれたのは、配信アプリSpoonから届いた質問です。
最近、豚肉などの密輸が流行っているようですが、豚熱は牛さんに影響はありませんか?牛肉や鹿肉は口蹄疫の心配はありますが、防疫体制はどうなっているのでしょう。潜り抜けてしまうこともあるのでしょうか?
かんしん さんから
川上さんは、畜産業界のニュースを見ているものの「密輸が流行っている」という話は聞いたことがない、としたうえで、もし流行っているなら本当に気をつけないといけない、と受け止めています。
実際、豚熱は現在も国内で発生しています。さらに11月1日には、福岡県でランピースキン病 ── 牛や水牛がかかるウイルス性の病気。皮膚にこぶのようなしこりができるのが特徴で、名前の「ランピー」はでこぼこした、という意味ですが出たばかりでした。
そこで川上さんは、豚熱、アフリカ豚熱、口蹄疫、ランピースキン病の4つを混ぜずに整理すると話しています。何の動物に感染するのか、海外からどう入ってくる可能性があるのか、日本はどう止めているのか、それでもすり抜ける可能性は0なのか、という順番です。
豚熱とアフリカ豚熱、名前は似ていても別の病気
質問の中心にある「豚熱は牛にうつるのか」について、川上さんの答えははっきりしています。豚熱はCSFと呼ばれる豚とイノシシの病気で、牛にも人にも感染しません。
海外から違法に豚肉が持ち込まれて、そこに豚熱のウイルスが含まれていたとしても、その豚熱が川上牧場の乳牛に感染するという心配はありません。
ただし、豚熱は養豚農家にとっては非常に大きな問題です。国内では今も豚熱が発生していて、野生のイノシシにも感染が広がっています。
福岡県では、2025年8月に県内の野生イノシシで初めて豚熱が確認されました。2026年10月29日時点で、検査した1098頭のうち累計93頭が陽性になり、イノシシ向けの経口ワクチンの散布も行われているそうです。
川上さんが強調するのは、福岡県で豚熱が出ていることと、同じ福岡県で出た牛のランピースキン病はまったく別の話だという点です。家畜の感染症とひとくくりにすると同じに見えますが、原因のウイルスも、感染する動物も、広がり方も違います。
さらにややこしいのが、アフリカ豚熱(ASF)です。名前は似ていますが豚熱(CSF)とは別の病気で、感染するのはこちらも豚とイノシシだけ。牛にも人にも感染しません。
それでもアフリカ豚熱が特に警戒されているのは、感染した豚の肉や加工品に、感染力のあるウイルスが残る場合があるからです。日本はアフリカ豚熱の清浄国 ── その病気の発生がない国として認められている国のこと。清浄国の立場を保つことは、畜産物の輸出入でも大きな意味を持ちますで国内発生がないため、最初の1例を入れないことがものすごく重要だと話されています。
この回で扱う4つの病気を、川上さんの説明をもとに並べると次のようになります。
| 病気 | 感染する動物 | 主な広がり方・警戒点 |
|---|---|---|
| 豚熱(CSF) | 豚・イノシシ(牛・人には感染しない) | 国内で発生中。野生イノシシにも拡大 |
| アフリカ豚熱(ASF) | 豚・イノシシ(牛・人には感染しない) | 肉や加工品にウイルスが残り、違法持ち込みで警戒 |
| 口蹄疫 | 豚・牛・水牛・山羊・羊など偶蹄類 | 感染力が非常に強い。持ち込まれた肉から分離例 |
| ランピースキン病 | 牛・水牛(人には感染しない) | 蚊やハエなどの吸血昆虫、感染牛の移動 |
空港に届いた肉から、本当にウイルスが見つかっている
「そこまで神経質にならなくても」と思う人に向けて、川上さんが紹介するのが空港などにある動物検疫所の検査です。動物検疫所では、海外から持ち込まれて輸入不合格になった肉製品などを調べています。
過去には、中国やフィリピンから持ち込まれた畜産物から、アフリカ豚熱のウイルスが実際に分離された事例があるそうです。
海外のお肉から病原体が入るというのは机上の空論ではありません。実物が日本の空港まで来ているということを知っていただけたらと思います。
さらに牛農家にとって怖い事例として、2026年1月に中国から持ち込まれたヤギの肉から、感染性のある口蹄疫ウイルスが分離されたことが挙げられています。それ以前にウイルスの遺伝子が見つかった例はあっても、感染力のあるウイルスそのものが分離されたのは初めてだったといいます。
口蹄疫は豚だけでなく、牛、水牛、山羊、羊など、蹄が2つに分かれた偶蹄類 ── 蹄(ひづめ)が2つに割れている動物のなかま。牛、豚、山羊、羊、鹿などが含まれますすべてに広がる、非常に感染力の強い病気です。そのため違法な肉の持ち込みは、豚だけの問題ではなく畜産全体の問題だと川上さんは話します。
一方で、誤解してほしくない点もあります。このヤギ肉は動物検疫で捕まえられたもので、日本の牛に感染して口蹄疫が発生したわけではありません。むしろ水際で見つけたから国内に広がらなかった事例として見るべきだ、というのが川上さんの説明です。
「入れない・農場へ入れない・広げない」3段階の防疫
日本の防疫について、川上さんは大きく3段階で考えるとわかりやすいと説明しています。
1段階目の水際では、発生国からの肉製品などは基本的に自由に持ち込めません。申告せずに違法に持ち込むと、3年以下の拘禁刑または300万円以下の罰金、法人なら最大5000万円以下の罰金になる可能性があり、悪質なケースでは警察への通報や逮捕の事例もあるそうです。
旅行先のおいしいソーセージやウインナーを「真空パックだから大丈夫」と持ち帰りたくなる気持ちにも、川上さんは触れています。
真空パックです。加熱してあります。お土産用です。ちょっとだけですから。これでですね、自由に持ち込めるわけではありません。
動物検疫所は、真空パックでもウイルスが感染力を失うわけではないとして、原則として検疫の対象にしています。見た目では十分に加熱されているか確認できない食品もあり、加熱済みに見えるソーセージからアフリカ豚熱のウイルスが見つかった例もあるそうです。
ただ、検疫があるから日本は絶対安全とは言えない、と川上さんは続けます。人、荷物、郵便、貨物の量は膨大で、違法に持ち込もうとする人もいます。病気によっては靴の裏、車両、動物、昆虫、野生動物と、経路もいろいろです。
そこで2段階目として、農場側には飼養衛生管理基準 ── 家畜を飼う人が守るべき衛生管理のルールとして国が定めた基準。消毒や立ち入り管理、野生動物対策などの項目がありますというルールがあります。牛農家なら、車両の消毒、人の出入りの管理、長靴や作業服の使い分け、野生動物を入れないこと、導入した牛の観察などを積み重ね、異常があればすぐ獣医師や家畜保健衛生所に連絡します。
川上さんはこれを、特別な薬1つで守るのではなく、何重にも薄い壁を作って、全部を突破される確率を下げる考え方だとまとめています。
福岡県みやま市で出たランピースキン病は、密輸と別ルート
最新の話題として、川上さんは2026年11月1日に福岡県みやま市の牛の農場でランピースキン病の疑似患畜が確認されたニュースを紹介しています。農場では経産牛70頭、育成牛8頭、子牛15頭の合計93頭が飼われていて、異常が確認されたのは1頭でした。
県はその1頭を殺処分し、移動制限、衛生害虫対策、部外者の立ち入り制限、消毒を進めるとともに、発生農場と半径5キロ以内の5農場、合計516頭へのワクチン接種を予定しているそうです。
ランピースキン病は牛と水牛の病気で、主に蚊やハエ、サシバエなどの吸血昆虫が運びます。感染した牛の移動でも広がります。寒くなってハエの動きがどうなるかはわからないものの、広がる可能性がある怖いニュースだと川上さんは話します。
大事なのは、今回の福岡県の発生を違法な豚肉と結びつける根拠はない、という点です。公表されている福岡県の資料でも、感染経路は特定されていません。川上さんは「これは絶対に混同しない方がいい」と念を押しています。
ランピースキン病は今回が日本初ではありません。川上さんの説明では、国内での確認から制度の見直しまで、次のような流れがありました。
ランピースキン病の致死率は、福岡県の説明で1〜5%程度と比較的低めです。それでも牛が発熱したり、餌を食べなくなったり、皮膚にしこりができたりして、乳量が下がっていきます。酪農家にとってはこれが非常に大きいと川上さんは話します。
しかも吸血昆虫が運ぶので、牛舎の入り口で長靴を消毒するだけでは防げません。ハエや蚊への対策が必要になり、病気ごとに防ぎ方も違うということです。
防疫をすり抜けることはある?最後の砦は毎日牛を見る人
質問の最後の「潜り抜けてしまうこともあるのでしょうか?」に対して、川上さんの答えは「あります」です。ゼロにはできず、2024年に国内で初めてランピースキン病が出たこと自体がその一例だといいます。
野生動物は検疫なんでわかりません。蚊やハエもですね、ここから農場ですと言ってですね、止まってくれるわけではありません。
そのため川上さんは、防疫は完全にゼロにする仕組みではなく、侵入する確率を下げ、入ったら早く見つけて広げないための仕組みだと説明しています。
その中で最後の砦になるのが、毎日牛を見ている農家です。国境では動物検疫、地域では家畜保健衛生所や獣医師、農場では酪農家がそれぞれ守りますが、「今日この牛おかしいな」と最初に気づけるのは毎日牛を見ている人だといいます。
乳量が急に落ちた、熱がある、餌を食べない、皮膚に変なしこりがある、よだれが多い、歩き方がおかしい。こうした小さな変化を見つけて早く報告することが大切で、AIやカメラが発達しても、人の観察はまだ重要だと話されています。
全体をふり返って、川上さんは防疫を1枚の巨大な壁ではなく、何枚もの網のように考えてほしいと伝えています。
空港で1枚、地域で1枚、牧場の入り口で1枚、牛舎で1枚、そして最後に毎日牛を見る農家の目。こうした重ね方のイメージです。
福岡県のニュースを見て「福岡の牛乳やお肉は大丈夫?」と不安になる人もいるかもしれません。川上さんによると、ランピースキン病は人には感染せず、牛肉や生乳についても安全だそうです。必要以上に怖がるより、病気ごとの違いを知ることが大切だと話されています。
生産抑制と防疫コストのなかで、現場が恐れていること
質問への回答のあと、川上さんは酪農家の置かれた状況にも触れています。生産抑制で出荷乳量を落とし、病気の対策にお金をかけても、出荷した牛乳は飲まれない、という状況です。
ランピースキン病については、前年は島根県にも来るのではないかとおびえていたそうです。入ってしまえば殺処分に協力し、ほかの農場にうつさないようにするしかない、と川上さんは話します。
川上牧場は都市近郊で酪農をしていて、酪農教育ファームやスキマバイトの人も受け入れています。人の出入りが多い分、日々の防疫には特に気をつけているそうです。
和牛とかが輸出したりとかしてるじゃないですか。ああいうのが全くできなくなって。
川上さんによると、ランピースキン病や口蹄疫が出ている国のお肉は買わない、という国がたくさんあるそうです。だからこそ、そうならないように気をつけたいと語っています。
最後に川上さんは、こうした対策を頑張っている農家の農畜産物がスーパーやコンビニに並んでいることを、消費者にも知ってほしいと呼びかけています。番組では、Kindle本『酪農未経験者のために 遺伝改良と飼料設計編』や、その内容を読み込ませたFarmEcho AI、86の農場で使われている和牛交配チェックアプリも紹介されました。
まとめ
豚熱もアフリカ豚熱も牛にはうつりませんが、肉の違法な持ち込みは口蹄疫のように牛にも関わる問題です。川上さんは、防疫をゼロにする壁ではなく、何枚も重ねた網として考え、早く見つけて広げないことが大切だと話しています。
- 豚熱(CSF)とアフリカ豚熱(ASF)は豚とイノシシの病気で、牛にも人にも感染しない
- 2026年1月には中国から持ち込まれたヤギ肉から感染性のある口蹄疫ウイルスが分離されたが、水際で止められた
- 真空パックや加熱済みに見える肉製品でも、自由に持ち込めるわけではない
- 福岡県のランピースキン病は吸血昆虫などで広がる牛の病気で、密輸の豚肉との関係は確認されていない
- 防疫は「入れない・農場へ入れない・広げない」を重ね、最後は毎日牛を見る農家の目が支える


