文化の日の牧場で、なぜ「牛の睡眠」を調べ直したのか
この回は11月3日、文化の日の朝の配信です。川上牧場の川上さんは、堆肥の配達や体調の悪い牛の治療など、祝日でもいつもどおり牧場の仕事をこなす1日だと話しています。
この日のテーマは、リスナーから届いた牛の睡眠時間についての質問です。川上さんは以前の配信で「牛は人間のように長時間は眠らない」と話していましたが、詳しく調べると自分の認識と少しズレがあったといいます。
(牛の睡眠について)詳しく調べてみたら、自分の認識ともちょっとズレがありまして。
あわせて川上さんは、11月から酪農業界が生産調整で減産に向かっていることにも触れています。一時的なものだと信じつつ、消費者にも牛乳を1杯飲んだり、周りに声をかけたりして協力してほしいと呼びかけました。
ほかにも、配信を再構成した記事を毎日上げているnoteやメンバーシップ、メンバーシップの支援を子ども食堂への牛乳支援や食育活動に充てる「#ミライの牛乳」、週1回まとめが届く公式LINEなどのお知らせがありました。
牛の「寝ている」は人間の睡眠と同じ?まゆさんからの質問
お便りコーナーで読まれたのは、公式LINEの質問フォームから届いた、まゆさんの質問です。
牛さんの寝ていると人間の睡眠は違うものですか?人間は意識を手放して睡眠しますが、牛さんもそういうことありますか?人間だとただ寝っ転がっているのと睡眠の寝てるがあると思いますが、酪農家さんのいう牛が寝ているはどちらに近いですか?渡り鳥のように半分寝てて半分起きてるとかですか?牛が寝ていると言っても、頭を動かしていたり、口や尻尾が動いてるのを見たので、人間の寝ているとは違うのかなと思いました。
まゆ さんから
川上さんは、牧場で牛をよく見ているまゆさんだからこそ出てくる質問だと喜びつつ、最初に結論を伝えています。
最初に結論を言いますとですね、牛にも人間と同じように本当に眠ってる時間あります。
しかも研究ではですね、ノンレム睡眠とレム睡眠、この両方が確認されています。
ただし、牛が横になっている時間のすべてが睡眠ではありません。起きたまま休んでいる時間、反芻している時間、うとうとしている時間、本当に眠っている時間が混ざっている、というのが川上さんの答えです。
見た目で「寝てるな」と思っても、脳波を測ったら起きていた、ということも普通にあるそうです。川上さんは以前「牛の睡眠はだいたい4時間で、1日に何回も小刻みに取る」と話していましたが、牛によってさまざまだとわかってきた、と付け加えています。
横になって口をもぐもぐ、あれは寝ている?
川上さんがこの回でいちばん大切だというのが、「横になっている」と「寝ている」は違う、という点です。研究では、乳牛は一般的に1日8〜12時間ほど横になるとされ、1日の半分近くを横になって過ごします。
川上牧場でも、牛が横になってずっと口をもぐもぐさせている姿が見られます。その多くは寝ているのではなく、反芻 ── 一度飲み込んだ餌を胃から口に戻し、もう一度噛み直して飲み込む行動。牛やヤギ、羊などの反芻動物が、消化しにくい草を分解するために行いますをしているそうです。
反芻は立ったままでもできますが、牛は横になって反芻するのを好み、研究でも反芻時間の多くを横になって過ごすと報告されています。
人間で言うと布団に入って寝ているっていう感じではちょっと違って、むしろソファーに座ってなんか作業しているくらいの感覚に近いかもしれない。
では、牛は本当に熟睡するのか。川上さんによると、1970年代に牛の脳波や筋肉の活動、眼球の動きを測る研究が行われ、起きている状態・うとうとしている状態・ノンレム睡眠 ── 脳の活動がゆっくりになる比較的深い眠り。人間では眠り始めに多く現れ、体を休める働きがあるとされます・レム睡眠 ── 体の筋肉はゆるむ一方で脳が活発に働き、目が素早く動く眠り。人間では夢を見ることが多い段階とされますがあるとわかりました。
牛のノンレム睡眠では脳波がゆっくりになり、筋肉の活動も減ります。レム睡眠では筋肉の緊張がかなり下がり、目が動いたり、ときどき筋肉がピクッと動いたりします。人間とかなり似た眠り方を、牛もしているということですね。
熟睡は1日1時間48分?短い眠りを小分けにする牛
人間と大きく違うのは、眠り方の「まとまり」です。人間は夜に6〜8時間ほどまとめて眠りますが、牛は短い睡眠を何回にも分けて取っているそうです。
川上さんが紹介したのは、2018年のスウェーデンの研究です。スウェーデンレッドという種類の牛を3日間測定した結果、1日平均の内訳は次のようになりました。
つまりこの研究の牛では、脳波で確かめられたノンレム睡眠とレム睡眠を合わせても、1日平均で2時間弱しかありませんでした。一方で、反芻には1日8時間以上を使っていたそうです。
ただし、この結果は9頭を特定の環境で測ったものです。川上さんは、すべての牛が毎日1時間48分しか寝ないという意味ではなく、牛ごとの違いや飼育環境、泌乳ステージによって変わるうえ、牛の睡眠研究そのものがまだ少ないと補足しています。
頭を上げてじっとしている牛は、寝ている?起きている?
牛の口が動いているときの扱いもはっきりしています。反芻で口をもぐもぐ動かしている間は、少なくともレム睡眠のような深い眠りとは考えにくく、研究でも反芻中は睡眠の判定が難しいことが課題になっているそうです。
難しいのが、横になって頭を上げ、ほとんど動かない牛です。この姿勢でノンレム睡眠が起きることもあれば、うとうとしているだけのことも、静かに起きていることもあるといいます。
酪農家が寝てるなと思って見ている牛でもですね、休息中なのか、うとうとしているのか、ノンレム睡眠なのかまで外から100パーセント見分けるのは難しい。
研究者がカメラだけでなく、脳波や筋電図 ── 筋肉が動くときに出る電気信号を記録する検査。眠っているときの筋肉のゆるみ具合を調べるのにも使われます、眼球運動まで測るのは、見た目だけでは判別できないからです。
逆に、わかりやすい姿勢もあります。首の力を抜いて頭を床につけたり、首を後ろへ曲げて頭を体の横に乗せたりする姿です。レム睡眠では筋肉の緊張が下がって首を支えにくくなるため、頭をどこかに預ける姿勢がレム睡眠と関連することが研究されています。
人間からしてみると、その首曲げて寝るとなんか寝づらくない?って思ったりするんですけど、あれがもう牛にとっては楽ちんな姿勢だというわけですね。
まゆさんが見た「尻尾や足がピクッと動く」様子も、動いたから起きているとは限りません。人間の子どもが寝ているときにビクッとするように、牛もレム睡眠中に筋肉の小さな動きが記録されています。
一方で、ずっと口を動かして反芻している、周りを見ながら頭を頻繁に動かしている、ハエを追っている、といった状態なら、起きて休んでいると考えるほうが自然です。ひとつの動きだけで判断しないことが大切だと川上さんは話しています。
牛も渡り鳥のように脳の半分だけ眠る?
まゆさんの質問にあった「渡り鳥のように半分寝ている?」という点について、川上さんの答えは「現在の科学では、牛がそうしている証拠は確認されていない」というものです。
脳の片側を眠らせながら反対側を起こしておく眠り方は半球睡眠 ── 左右の脳の片方ずつを交互に眠らせる眠り方。泳ぎ続ける必要があるイルカや、長距離を飛ぶ一部の鳥で知られていますと呼ばれます。川上さんによると、一部の鳥やイルカなどの海に棲む哺乳類では確認されていますが、哺乳類ではかなり特殊な能力だそうです。
脳の片側を眠らせ、反対側を起こしておく半球睡眠が確認されている
普通の哺乳類と同じく、覚醒・うとうと・ノンレム睡眠・レム睡眠が確認され、半球睡眠の根拠は今のところない
では、なぜ牛の眠りは短いのか。牛は草食動物で、野生では捕食される側です。食べて、反芻して、移動して、休むだけで多くの時間を使うため、短い睡眠を何回にも分け、それとは別に長い休息を取る暮らし方になっているそうです。
ただし川上さんは、「捕食者がいるから睡眠が短くなった」という進化の説明は、牛で完全に証明された話ではないと念を押しています。大型の草食動物の生活様式と整合的だ、くらいに考えておくのが安全だということです。
睡眠より「横になれること」が大事な理由
酪農の現場では、睡眠時間そのものよりも、まず牛がちゃんと横になれているかを気にするそうです。研究でも牛は横になる欲求が強く、立たされ続けたあとは取り返すように長く横になる行動が確認されています。
牛のベッドが硬い、濡れている、狭い、暑い、ほかの牛に追い払われる。こうした環境では牛が十分に横になれず、寝不足だけでなく休息そのものを奪ってしまいます。牛がみんな気持ちよさそうに横になっている様子は、牛舎の環境を考えるうえで大事な情報になるといいます。
睡眠を奪ったときの影響も報告されています。2024年のレビューでは、睡眠や横になる姿勢を制限した実験で、乳量の低下や炎症の指標の変化が報告されていることが整理されているそうです。
つまり、牛は2時間くらいしか寝ないから寝なくても大丈夫、という話ではありません。短い睡眠でも牛には必要で、その本当の睡眠を取るためにも、まず安心して横になれる時間が欠かせない、というのが川上さんの説明です。
牧場で牛を見る目が変わる観察のポイント
川上さんは、今度牧場に行くことがあれば、横になっている牛をまとめて「寝ている」と見ずに、一頭ずつ観察してみてほしいと話します。姿勢と状態の目安は次のとおりです。
| 見た目 | 考えられる状態 | ポイント |
|---|---|---|
| 口をもぐもぐ動かしている | 反芻中の可能性が高い | 立っていても座っていてもある |
| 横になり頭を上げて静か | 休息・うとうと・ノンレム睡眠 | 見た目だけでは区別しにくい |
| 首の力が抜け頭を床や体に預けている | より深い睡眠 | 特にレム睡眠と関連する姿勢 |
まとめとして川上さんは、牛にも意識の反応が下がる本当の睡眠があり、ノンレム睡眠とレム睡眠の両方が確認されていること、ただし横になる時間と睡眠時間は別物であることを改めて伝えています。
牛が寝ているという一言で済ませてしまいますけれども、実際には反芻している牛がいたり、休んでいる牛がいたり、うとうとしている牛がいたり、本当に眠っている牛、これ全部違うんですよね。
2024年の研究まで調べて知識をアップデートできた川上さんは、熟睡が2時間弱という結果を「衝撃な事実」と振り返ります。牛舎に付けた監視カメラで夜中の牛を見ても、ずっと起きているように見えるそうで、「寝てないな」という勘は合っていたと話しています。
配信の最後には、Kindle本『酪農未経験者のために 遺伝改良と飼料設計編』や、そのデータを読み込ませたFarmEcho AI、86牧場が使う黒毛和牛の交配チェックアプリの紹介もありました。研究が進んで昔の情報が変わる分野もあるので、疑問や質問をどんどん送ってほしい、と呼びかけています。
まとめ
牛にも人間と同じようなノンレム睡眠とレム睡眠がありますが、横になっている時間の多くは反芻や休息で、本当の眠りは短く小分けです。牛が今何をして休んでいるのかを見ると、牧場の牛の見え方が一段変わるかもしれません。
- 乳牛は1日8〜12時間ほど横になるが、その時間がすべて睡眠ではない
- スウェーデンの研究では、脳波で確認された睡眠は1日平均2時間弱で、反芻は8時間以上だった
- 首の力を抜いて頭を預ける姿勢はレム睡眠と関連し、口のもぐもぐは反芻のサイン
- 牛で半球睡眠の証拠は確認されていない
- 短い睡眠を守るためにも、牛が安心して横になれる環境づくりが大切

