出張続きの10月、酪農業界のニュースは明るくない?
配信日は10月3日の土曜日です。川上さんは10月に出張が多く週末に出かけられないため、2週間に1回の酪農ヘルパーを第1週と第4週に入れ、この日は休みにしたと話しています。
休んでばっかりですね、最近ね。でも本当に休みたいです。もう忙しいんで。
一方で、酪農業界のSNSでは10月に入っていろいろな動きが出ているそうです。農林水産大臣をめぐる話題、牛乳にかかる拠出金の増加、配合飼料の値上がり、脱脂粉乳 ── 牛乳から脂肪分と水分を取り除いた粉末。在庫が余ると、乳業や酪農家の負担が増える要因になりますの在庫の積み上がりで子牛用ミルクが高くなっていることなどが挙げられました。
明るいニュースが欲しいです。
それでも川上さんは、牛乳を飲んでもらうために今月も頑張りたいと話します。乾杯のあとには、牛の調子が良くなって乳脂肪が4%を回復し、乳量も増えてきたという明るい報告もありました。
リスナーからの質問「モックチャウ農場の優れている点は?」
この日のお便りコーナーでは、ホームページの質問フォームから届いた、かんしんさんの質問を取り上げています。
調べ物をしていたらモックチャウという地名が出てきました。そこにはモックチャウ農場があって、効率のいい取り組みで酪農経営をされているようでした。モックチャウ農場の優れている点は何でしょうか?また、日本に取り入れられる仕組みはありますか?
川上さん自身、モックチャウ農場のことは初めて知ったそうです。日本の酪農は北米やアメリカの情報を取り入れて発展してきた面が大きく、東南アジアの事例に触れる機会は多くなかったと振り返ります。
(ベトナムなどの東南アジアは)今すごい人口が増えてて、牛乳の生産量も爆発的に伸びているところなんですけども、このモックチャウ農場っていうのはかなり前から先進的な取り組みをされてるみたいです。
川上さんはこの質問に答えるため、原文のニュース記事を翻訳してもらうなどして調べ、まとめた内容を読み上げる形で解説しています。
結論は「巨大牧場ではなかった」。モックチャウ酪農圏とは
川上さんが最初に示した結論は、モックチャウの面白さは「ものすごく効率のいい1個の巨大牧場」にあるのではない、というものです。
モックチャウでは、地域に点在する農家を、餌、技術、獣医、生乳の集乳、加工、販売でつなぎ、地域全体を1つの巨大な牧場のように動かしていると川上さんは説明します。
場所はベトナム北部のソンラ省にある高原地域です。モックチャウでの乳牛生産は1950年代頃から始まり、研究では導入期、改革期、2000年代以降の発展期を経て、企業と農家が連携しながら産地として大きくなってきたと報告されているそうです。
現在のモックチャウミルクの公表資料では、2万6000頭を超える乳牛を、直営の大規模農場と500戸を超える地域農家のネットワークで支えていると説明されています。そのため川上さんは、1つの農場としてより「モックチャウ酪農圏」として見たほうがわかりやすいと話しています。
まず分けて考えたい、高原の気候というアドバンテージ
川上さんは、モックチャウの強みのうち、日本では簡単に真似できない部分を最初に切り分けています。それが場所と気候です。
モックチャウの高原は、ベトナムの中では比較的涼しい地域です。モックチャウミルクの2024年の年次報告では、地域の気温をおおむね9度から24度程度と紹介し、乳牛の飼育に適した気候を強みに挙げているそうです。
当然、[[暑熱ストレス::暑さによって牛の体に負担がかかる状態。乳牛は暑さに弱く、食欲や乳量、繁殖成績が落ちやすくなります]]の強い低地で乳牛を飼う場合と比べれば、牛にとっては有利です。
ただし上のQのPのTipsは不可のため、補足すると、乳牛は暑さに弱いため、涼しい高原は大きな利点になります。
だからこそ川上さんは、モックチャウの成功をすべて「経営が優れているから」と考えるのは違うと話します。土地と気候というかなり大きなアドバンテージがあることを、最初に分けて考えたほうがいいという指摘です。
農家を巨大化しなくても規模は作れる?
酪農の効率化というと、普通は1つの牧場を100頭、500頭、1000頭と大きくしていくイメージがあります。ところがモックチャウは、企業の直営農場だけでなく、たくさんの地域農家をネットワークの中に残しているのが特徴だといいます。
川上さんによると、FAO ── 国連食糧農業機関。世界の食料・農業に関する調査や支援を行う国連の専門機関ですの資料にも、企業が農家に乳牛の飼い方や搾乳室の管理、保存方法などを指導しながら、家庭単位で乳牛を飼う仕組みを発展させてきたことが記録されているそうです。
現在も会社は農家と契約し、技術支援、獣医、繁殖、飼料などを提供しながら、基準を満たした生乳を集めています。
1つの牧場を100頭、500頭、1000頭と巨大化していく
小さな農家を残したまま、ネットワークでつなぎ全体で大規模経営の機能を持つ
規模の大きさのメリットを得るために、一個一個の農家まで巨大化しなくてもいいということですね。
小さな牧場がネットワークにつながることで、全体として大規模経営と同じ機能を持てる設計になっている、というのが川上さんの見立てです。
農家が全部を自分でやらない、餌も地域でまとめる仕組み
川上さんが「日本にもかなりヒントになる」と感じたのが、農家がすべてを自分で抱えない点です。普通、小さな酪農家は牛を飼い、餌を調達し、繁殖や病気を見て、機械を管理し、牛乳を冷やして販売するまで、全部を自分でやりがちです。
モックチャウではこうした機能の多くを企業側がまとめています。2025年の年次報告では、地域農家を支援する技術ネットワークを置き、人工授精、疾病対策、獣医診療、牛群管理、栄養管理、搾乳室の管理などを行っていると報告されているそうです。
その結果、モックチャウの農家は「牛をちゃんと飼うこと」に集中しやすくなる、と川上さんは話します。
さらに大きいのが餌です。モックチャウミルクは地域の農家とトウモロコシや牧草を生産し、それを集めてサイレージにし、TMR ── Total Mixed Rationの略。粗飼料と濃厚飼料などを混ぜ合わせた、牛がそのまま食べられる完全混合飼料のことですを製造する施設も持っています。
この仕組みのおかげで、500戸がそれぞれ自分で飼料を設計し、ミキサーを買い、毎日混ぜる必要がなくなります。
(個人経営なのに)巨大な社員食堂を共同利用しているみたいなところで、これが面白いところかなというところですね。
TMRセンターにコントラクター、日本にも部品はある
モックチャウ方式を日本に持ってこようと考えると、実は日本にも似た仕組みがすでにある、と川上さんは指摘します。それがTMRセンターと、以前の配信でも紹介したコントラクターです。
川上さんによると、農林水産省も、TMRセンターから良質なTMRを年間を通じて供給することで酪農家の飼料調製の労力を減らし、生産性の向上につながるとしています。コントラクターは、飼料作物の種まきや収穫、堆肥散布などを農家の代わりに行う組織です。
モックチャウと日本で使っている部品は実はそんなに違わないということですね。
違いは、そうした部品を「どこまで1つのシステムとしてつないでいるか」にある、というのが川上さんの整理です。
15カ所の集乳拠点が減らす、搾ったあとのロス
もう1つ、川上さんが「実務的に面白い」と挙げたのが集乳の仕組みです。モックチャウミルクの資料では、地域に15カ所の生乳の集乳拠点を配置しているそうです。
2023年から2024年の会社資料では、農家からおおむね1キロ圏内で集乳できるように拠点を置き、生乳を10項目の品質基準で確認して、すぐに冷却して工場へ送る仕組みが説明されています。
搾乳
地域の農家が牛を搾る
集乳拠点へ
おおむね1キロ圏内の拠点に持ち込む
品質確認
10項目の品質基準でチェック
冷却・出荷
すぐに冷やして工場へ送る
川上さんは、これは牛の乳量を増やす技術ではなく、牛乳を搾ったあとのロスと手間を小さくする技術だと話します。
ついついどうしたら一頭から1キロ多く乳を出せるようになるだろうかって考えがちなんですけども、経営の効率は乳量だけではなく、輸送、冷却、検査、集乳、この時間を短くすることで、地域全体ではかなり効率が変わってきます。
遠くから牛乳を運び、また遠くのスーパーやコンビニへ運ぶほど効率は悪くなります。川上さんは、消費地が近いことも強みになると付け加えています。
データを農家ごとに抱え込ませない発想
モックチャウミルクでは、牛群管理ソフトのDelPro(デルプロ)や、牛の活動量・健康・繁殖を監視するSCRなどを使い、搾乳設備にはDeLaval(デラバル)のシステムも取り入れているそうです。川上さんは、どれも日本でも最新鋭の機械だと話します。
ただし川上さんが注目したのは、機械のメーカーではなく、データを使って問題を農家ごとに抱え込ませない発想です。
たとえば発情が来ない、乳量が落ちた、治療が増えた、乳質が悪くなったといった異常を、農家本人だけが悩むのではなく、技術者、獣医、人工授精師などが共有して見る仕組みです。川上さんは、ここが日本でもかなり重要になると考えています。
モックチャウの本質は「重複する仕事を減らしたこと」
最新設備の話を聞くと「設備がすごい」と思いがちですが、川上さんはそうではないと話します。
モックチャウの本質は、牛の作業を自動化したことではなく、農家が一軒ずつ同じ仕事を重複してやることを減らしたことじゃないかなと思います。
獣医を探す、餌を仕入れる、TMRを作る、繁殖を管理する、牛乳を運ぶ、品質を調べる。こうした共通化できる仕事は地域でまとめ、牛を毎日見る部分は農家に残すという分担に、川上さんは合理性を感じています。
獣医、餌の調達、TMR作り、繁殖管理、生乳の輸送、品質検査
毎日牛を見て、ちゃんと飼うこと
日本に取り入れるなら、形ではなく考え方を
ここから質問の後半、「日本に取り入れられる仕組みはあるか」への答えです。川上さんは、モックチャウの仕組みを丸ごと日本でやるのは難しい面があると話します。
文化や土地、牛乳の販売制度や乳価の制度、JAや乳業メーカーとの取引構造、人件費、獣医の制度が違い、すでにTMRセンターやコントラクターがある地域もあるためです。だからこそ、形ではなく考え方を持ち帰るのがいいと川上さんは考えています。
川上さんが例に挙げたのは、地域に20戸の酪農家がいるケースです。20戸がそれぞれ全部の仕事をやめて、機能ごとに地域で分担する姿を描いています。
| 仕事 | 担い手 |
|---|---|
| 飼料調製 | TMRセンター |
| 収穫 | コントラクター |
| 繁殖・牛群データ | 共通のクラウド |
| 獣医・人工授精 | データを見て巡回する専門家 |
| 子牛の育成 | 地域の育成センター |
| 堆肥と飼料の循環 | 堆肥を耕種農家へ出し、WCSやトウモロコシが戻る |
1つの巨大牧場を作るのではなく、20戸を1つの牧場のように動かす。川上さんはこれを「地域の酪農OS」のように考えると面白いと話しています。
材料も日本にはかなり揃っているそうです。農林水産省は、TMRセンター、コントラクター、公共牧場、酪農ヘルパー育成施設といった外部支援組織を連携させ、地域全体で生産性を上げる畜産クラスター ── 地域の畜産農家と関係組織が連携し、地域ぐるみで収益力を高める取り組み。国が支援事業として推進していますを進めています。
さらに国内でも、TMRセンターが耕種農家と連携して稲WCSを使い、畜産側から堆肥を戻す事例が実際にあるといいます。川上さんは、日本の課題は部品同士が十分につながっていないことかもしれない、とまとめています。
川上牧場に置き換えると?所有する牧場から接続する牧場へ
川上さんは自分の牧場にも置き換えて考えています。いま80頭を飼っている川上牧場が、100頭、150頭、200頭と増やそうとしたら、全部を自分でやるのはどこかで限界が来ます。
大型トラクターを買うかとか、TMRミキサーを買おうとか、人を何人も雇おう、牛舎を巨大化しよう。これだけが答えではないということですね。
モックチャウを見ていると、自分の牧場を大きくする以外に、自分の外側にある仕組みを大きくするという選択肢が見えてくる、と川上さんは話します。
具体的には、堆肥を必要とする農家とつながる、餌を作れる農家とつながる、繁殖や牛群データを専門家と共有する、機械や労働力を共同利用するといった形です。
ネットワーク化すれば儲かる、わけではない
川上さんは、モックチャウを「夢の効率酪農」として紹介するのも違うと釘を刺します。過去の研究では、モックチャウの酪農家でも購入飼料費が高く、農家によって経営成績に大きな差があり、コスト管理に課題があると指摘されているそうです。
企業に餌、技術、集乳、販売を依存すれば、企業との関係が悪くなったときのリスクもあります。ネットワーク化すれば自動的に儲かるわけではない、というのが川上さんの指摘です。
だから日本で応用するなら、効率化と同時に「誰が価格を決めるのか」「誰がデータを持つのか」「農家にどこまで選択肢が残るのか」も設計する必要がある、と川上さんは話しています。
地域の酪農を1つのシステムにするという答え
川上さんがモックチャウを調べて面白かったのは、最新の機器でも巨大牛舎でもなく、500戸の農家を残したまま規模のメリットを作ろうとしている点でした。
酪農の規模拡大は普通、農家の数を減らして1軒を大きくする方向に考えがちです。モックチャウは、農家の数を残しながら重複する機能を地域でまとめ、小さな牧場でも巨大牧場と同じようなインフラを使えるようにしている、と川上さんは整理します。
人手が減り、資材も機械も高くなっていく日本の酪農家にとって、これはかなり重要な考え方になると川上さんは見ています。
この発想が進めば、牛舎もトラクターも餌作りの機械も全部揃えないと酪農家になれない世界から、地域の仕組みに接続して小さく酪農を始められる世界につながるかもしれない、と川上さんは話します。
最後にリスナーへ、酪農家がいまやっている仕事のうち「地域に1つあればいいのでは」と思うものがあれば、コメントで教えてほしいと呼びかけています。
昔の日本の酪農にもあった?共同作業の名残
質問への回答を終えたあと、川上さんは改めて「めっちゃ面白かった」と振り返ります。モックチャウでは牛乳の販売だけでなく、観光牧場として見せたり、特色ある農産品をブランドにして売ったりしているそうです。
日本でも一部の地域に似た取り組みはあるものの、500戸という規模でやっていることがすごい、と川上さんは感じています。
昔のその酪農もこんな感じだったはずなんですよね。戦後で、生産量を増やそう、みんなで切磋琢磨頑張ろうって言って、一つの県に何百戸もあったような時は、こういうこともあったんじゃないかなと思って。
地域でトラクターを持ち寄って自給飼料を作るような共同作業の名残はまだあるものの、今はバラバラになってしまって悲しい、と川上さんは話します。それでも今回の調べものは、地域で生き残るためのヒントになったそうです。
川上さんは、自分たちが作った黒毛和牛の筋骨格がわかるアプリ「和牛交配チェック」を70を超える牧場が使っていることにも触れ、これもみんなでデータを持ち寄っていい牛を作る点でモックチャウに近いと話していました。
まとめ
モックチャウ酪農の強さは、1つの巨大牧場ではなく、500戸を超える農家を残したまま、餌・技術・獣医・集乳・販売を地域でまとめ、1つの牧場のように動かしていることにあります。日本にも部品は揃っているので、形を真似るより「つなぐ」考え方を持ち帰るのが大切かもしれません。
- モックチャウは2万6000頭超の乳牛を、直営農場と500戸超の地域農家のネットワークで支えている
- 涼しい高原の気候という、日本では真似しにくい有利な条件もある
- TMR工場、技術ネットワーク、1キロ圏内の集乳拠点、データ共有で、農家ごとの重複する仕事を減らしている
- 日本にもTMRセンターやコントラクター、畜産クラスターなど部品はあり、課題はそれらをつなぐこと
- 飼料費の高さや企業依存のリスクもあり、価格やデータの持ち主、農家の選択肢まで設計する必要がある

