リスナーからの質問「酪農家はどんな事故に気をつけている?」
今回の質問は、TikTokの「お豆腐さん」から届いたものです。
酪農家さんはお仕事の中でどんな事故に気をつけていますか?
川上さんは、健康や事故にはかなり気を配っていると話します。牛に蹴られるのは日常茶飯事で、つなぎ飼いの牧場ならなおさら注意が必要だそうです。
ただ、危険なのは牛だけではありません。トラクターや自動給餌機、搾乳設備、フォークリフト、高所作業、重いものの持ち運び、そして今年は暑さと、牧場にはさまざまな危険があると言います。
そこで川上さんは、農水省が報告している農作業事故の統計を紹介しながら、牧場の仕事では何が本当に危ないのかを整理していきます。
農業の事故は少なくない――統計が示す「機械」の危険
まず川上さんが伝えたいのは、農業の事故は決して少なくないということです。
農林水産省の統計によると、2024年の農作業事故による死亡者は全国で287人。前年の236人から51人増えています。この数字は、厚生労働省の人口動態調査などをもとに集計されたものです。
ここで注意したいのが、この287人は酪農だけの数字ではなく、農業全体の数字だという点です。川上さんは、酪農・畜産だけを網羅した数字として紹介するのは正確ではない、とはっきり分けて話しています。
では、農作業事故で大きな割合を占めるのは何かというと、機械の作業です。
令和6年の統計では、287人の死亡事故のうち、農業機械作業に関係する事故が156人。全体の54.4%にあたり、死亡事故の半分以上が機械に関係していることになります。
酪農もかなり機械を使う仕事です。トラクター、ホイールローダー、餌を混ぜるミキサー、給餌機、ダンプ、フォークリフト、草刈り機などを、毎日365日使っています。
だからこそ怖いのが「慣れ」です。同じ道を何百回もトラクターで走り、同じ機械を毎日使う。すると、危険な作業でも人間は慣れてしまうと川上さんは指摘します。
牛は悪気がなくても人を大怪我させる
次に、酪農特有の危険として川上さんが挙げるのが「牛」です。
過去の農水省の死亡事故統計を見ると、2023年は農業機械施設以外の死亡事故83人のうち、家畜によるものが5人。ここ数年では、2018年から2020年が各4人、2021年が1人、2022年が0人、2023年が5人となっています。
人数だけ見ると少なく感じるかもしれません。ただし、これは死亡事故だけの数字で、蹴られた・踏まれた・挟まれたといった負傷事故まで含めた全国の全件数ではない、と川上さんは補足します。
ここで大事なのは、牛が危険なのは人間を攻撃しようとしているからだけではない、という点です。
成牛は人間よりはるかに重く、横に一歩動いたり、後ろに下がったり、突然驚いたり、他の牛から逃げたりするだけで、柵や壁の間にいる人が挟まれる可能性があります。
だから川上さんは、牛を移動させるとき「この牛はおとなしいから大丈夫」だけで判断しないようにしていると言います。自分の逃げ道はあるか、牛の逃げ道はあるか、牛と壁の間に自分が入っていないか。ここを見ることが大切だそうです。
特に怖いのは牛が驚く瞬間です。急な音、床で滑る、見慣れないもの、他の牛に押される、痛みや恐怖――こうした状況では、普段おとなしい牛でも予想外の動きをすることがあります。
つまり、性格がいいから安全ではなく、生き物だから予想外に動くという前提で接することが大事だと話します。牛の気持ちを完全に読むことはできないからこそ、動物行動学を理解し、牛が動きやすい環境を見ることが安全につながるといいます。
「挟まれる」「蹴られる」――牛舎ならではのリスク
牛舎は、牛と人と機械と柵がかなり近い距離にある場所です。搾乳、牛の移動、治療、餌やりなど、あらゆる作業でこの近さがつきまといます。
ここで怖いのが、何かと何かの間に自分が入ることです。牛と壁、牛と柵、トラクターと壁、機械と機械。ぶつかるというより、逃げ場がなくなって挟まれる事故が起きやすいと言います。
川上さんは、知り合いの農家で起きた事故を紹介します。
ホイールローダーを操縦していて、いつも通り降りて牛を操作していたら、牛がそのローダーの前進バックのレバーをペロペロって舐めて。機械がビュンと下がってきて、壁と牛に挟まれてしまった、という事故ですね。
もう一つが「蹴られる」危険です。特に搾乳では、牛の後ろ足の近くで仕事をします。
乳房に痛みがあったり、初めて搾乳されたり、何かに驚いたり、ハエやアブを嫌がっていたりすると、足が飛んでくることがあります。
そこで川上さんが意識しているのは、蹴られない牛かどうかではなく、蹴られる可能性がある位置に自分の頭や体を置いていないか、という点です。牛の性格を変えるより、人間側の立ち位置を変えるほうが現実的なこともある、と話します。
牛より先に自分が倒れる――暑さと一人作業の落とし穴
今年、特に問題になっているのが暑さです。熱中症も死亡事故になっています。
2024年の農作業死亡事故では、農水省が夏の間の死亡事故増加を問題視しています。5月から9月までの死亡者数は前年より52人増え、そのうち21人が熱中症でした。
酪農家は牛の暑熱対策を一生懸命やります。扇風機、水、ミスト、牛の呼吸の観察。けれど、牛の熱中症ばかり見ていて、自分が熱中症になるケースがあると川上さんは注意を促します。
実際、川上さんの牧場に来ている研修生も、別の牧場で働いた帰りに手足がしびれ、家族に運ばれて病院へ行ったところ、熱中症だったそうです。朝夕の涼しい時間だけでなく、昼間に働く仕事も酪農にはあるからこそ気をつけたい、と話します。
そしてもう一つ重要なのが、一人作業の多さです。川上さんも一人で作業することが多く、事故が起きた後に誰にも発見されないのが一人作業の怖さだと言います。
農水省も、一人で農作業をして体調が悪くなった際、それが誰にも伝わらないまま時間が経過する危険性に注意を促しています。
川上さんは、ここはスマートウォッチやセンサー、AI監視カメラがもっと活用できる部分だと考えています。一定時間動いていない、機械が転倒した、心拍に異常がある、予定時間になっても戻ってこない――そんな異常を家族やスタッフに自動通知する仕組みです。
統計の読み方と、現場で意識している5つのポイント
事故件数の数字を見るときには注意点もあります。
農水省には、死亡事故統計とは別に、都道府県やJA、農機メーカーから寄せられた死傷事故の速報があります。2024年分では352人の死傷事故が報告されています。
ただし、これは全国すべての事故を網羅した統計ではなく、集計方法が死亡事故統計と違うため数字が一致しない場合がある、と農水省自身が説明しています。だから川上さんは「酪農では年間何件の事故が起きています」と断定するより、確認できる統計の範囲を明示して話すほうが正確だと考えています。
そのうえで、川上さんが現場で意識している5つのポイントをまとめます。
- 牛との間に逃げ道を作る
- 機械のいつもの作業ほど油断しない
- 牛・機械・壁の間に入らない
- 暑熱対策は牛だけでなく人間にもする
- 一人作業では、事故の後にどう発見してもらうかまで考える
川上さんは、事故防止は「気をつけましょう」だけでは弱いと言います。人間は必ずミスをし、牛も予想外に動き、機械も故障する。だからこそ、ミスしても大事故にならない環境を先に作ることが大事だと話します。
「もし自分が倒れたら何分後に気づいてもらえるか」
川上さんは酪農家になる前、酪農ヘルパーとして多くの牧場をまわっていました。
その仕事の中で、機械に巻き込まれて足や腕を失った酪農家を見たこともあるそうです。そうした現場を知っているからこそ、事故や病気、体のケアをなおさら意識するようになったと言います。
川上さんが普段心がけているのは、常に全力で働かないことです。
65パーセント、70パーセントくらいで普段は仕事をして、ここぞという時だけ働く。無理はしない、楽をするというのを意識してますね。
ただ、それを続けていると「まあ大丈夫だろう」という気持ちが出てきます。そういう時が一番危ない、と川上さんは戒めます。
研修生やタイミーなどのスキマバイトの人も多く来ますが、怪我をして帰った人はいないそうです。他の人がやっても事故がないことは、自分のやり方が正しい証だといいます。
最後に川上さんは、酪農家に向けてこんな問いを投げかけます。もし自分の牧場で自分が倒れたら、何分後に誰が気づいてくれるだろう。これが牛舎の安全を見直す一番いい問いになるかもしれない、と話しています。
まとめ
農水省の統計を見ると、農作業死亡事故では機械が大きな割合を占めています。牧場にはそれに加えて、牛に蹴られる・踏まれる・挟まれる、暑さ、一人作業といったリスクがあります。悲観するのではなく、なぜ事故が起きたのか、どうすれば同じミスをしても死傷事故にならないのかを仕組みに落とし込むことが大切です。
- 2024年の農作業死亡事故は全国287人で、その半分以上(156人・54.4%)が機械に関係する
- 牛は攻撃しなくても、重さや突然の動きで人を挟む・蹴る危険がある。性格ではなく「生き物だから予想外に動く」前提で接する
- 夏は人間の熱中症にも注意が必要で、2024年は農作業死亡事故のうち21人が熱中症だった
- 一人作業では、倒れた後に誰に発見してもらうかまで考える。センサーやAIの活用が鍵になる
- 事故防止は「気をつけましょう」で終わらせず、ミスしても大事故にならない環境を先に作ることが大事

