牛1頭あたりの維持費って結局いくら?
この日の配信で川上さんが取り上げたのは、TikTokのリスナーから届いた1つの質問でした。
牛さん一頭あたりの維持費ってどれくらいなんだろう?
川上さんはこの問いを「シンプルかつまっすぐ」で、いい質問だと受け止めます。
ただ、牛を飼うのにかかるお金は餌代だけではありません。餌に水、電気、牛のベッドに敷くおがくずやもみ殻、獣医さんへの診療費、人工授精のお金と、あげていくと項目はどんどん増えていきます。
さらに搾乳設備、牛舎、機械、そして人間の労働力まで含まれます。川上さんは「牛舎は高い、機械も高い」と、設備の重さを何度も口にしていました。
結論は「年間およそ100万円」その中身は?
川上さんはまず結論から示します。目安は年間100万円くらい。ただし大事な前置きも添えます。
「維持費」という公式統計そのものはありません。そこで今回は、一番近い数字として農林水産省の牛乳生産費を使って説明していきます。
最新公表の令和6年の牛乳生産費では、搾乳牛1頭あたりの全国平均が年間108万7759円。ざっくり言えば、1頭から牛乳を生産するために年間約101万円のコストがかかっている計算です。
ここで川上さんが念を押したのは、この100万円は牛に直接使った現金だけではないという点です。
全参入生産費には餌代や労働、乳牛の償却費に加えて、資本利子や地代なども含まれています。つまり「牛1頭の餌代が年間100万円」ではない、というところは間違えないでほしいと話します。
コストの半分以上を占める「餌代」
では、何にそんなにお金がかかるのか。川上さんが最も大きな費用の1つとしてあげるのが餌です。
1つ前の令和5年の統計を見ると、搾乳牛1頭あたりの全参入生産費は103万2548円。その内訳を見ていくと、餌代の大きさがはっきりします。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 飼料費(餌代) | 53万8592円 |
| 労働費 | 16万4380円 |
| 乳牛償却費 | 16万4675円 |
つまり当時の全国平均では、生産コストの半分以上が餌代だったということです。
川上さんは、こうした構造はスーパーで牛乳を見ているだけではなかなか見えないと話します。
牛乳1本の後ろには、まず牛がいて、毎日大量の餌を食べています。さらに牛舎を動かす電気や水、搾乳設備、糞尿処理、繁殖や治療の機械、土地、そして人間の仕事があるのです。
牛乳が出るまで2年、その間ずっと“売上ゼロ”
ここからが、川上さんが「今日一番知ってほしいところ」と語る部分です。農水省の約101万円は、あくまで搾乳牛についての数字です。
牛が生まれた瞬間は、当然ながら牛乳は出ません。ここに酪農特有の時間の重さがあります。
メスの子牛として誕生
ミルクを飲ませて育てる
離乳・育成
育成牛として育てる
繁殖・妊娠
人工授精で妊娠させる
分娩
出産して初めて搾乳できる牛に
初産まではおよそ2年程度かかります。つまり約2年間、未来の牛乳生産のために先に投資し続ける期間があるということです。
もちろん子牛は成牛ほど餌を食べないので、「101万円×2年=202万円」と単純計算するのは間違いだと川上さんは補足します。
それでも育成牛には育成牛のコストがかかります。ミルク、スターター、粗飼料、配合飼料、牛舎、水、人工授精、病気になれば治療、そして毎日の世話。
それだけ手をかけても、その牛から販売できる牛乳はまだ1滴もありません。
「作れば売れる」わけではない酪農の現実
さらに難しいのが、生き物への投資だという点です。機械と違い、2年育てたからといって、必ず予定通り牛乳を搾れるとは限りません。
繁殖がうまくいかないこともあれば、病気や事故、分娩のトラブルが起こることもあります。酪農家は「2年後に牛乳を生産してくれるかもしれない牛」に、今日のお金と労働を投入しているのです。
そして川上さんは、もう1つの現実にも触れます。一生懸命に育てて牛乳がたくさん出れば経営は安泰なのか。残念ながら、そう単純ではありません。
Jミルクは、牛乳消費の減少傾向と、季節による需給のギャップを課題としてあげています。
315.9万キロリットル
304万キロリットル
直近の需給資料でも、2025年8月の価格改定以降、牛乳類の消費量が前年比割れで推移していることが指摘されています。川上さんは、これは酪農家としてかなり考えさせられると話します。
これからの酪農は「なぜ飲みたいか」まで考える
川上さんは、ここまでの話を改めて整理します。牛乳を作るには牛を育てなければならず、その牛はすぐには牛乳を出しません。
約2年育てて、妊娠して、お産をして、ようやく牛乳が出ます。その間も毎日餌を食べ、人が世話をし、牛舎も設備も必要です。つまり酪農家は、2年後に搾るためのお金を今日払い続けているのです。
そして、ようやく搾れるようになっても、今度はその牛乳を飲んでもらえるのかという問題が待っています。ここが今の酪農でかなりきついところだと川上さんは言います。
だからといって「飲んでください」と押し付けたいわけではありません。ただ、スーパーで200円や300円の牛乳を手に取ったとき、その1本は2年以上前から始まっている仕事の結果なんだと、少しだけ思い出してもらえたら嬉しい、と語ります。
一方で、酪農家側も「作ったんだから飲んでください」だけではダメだとも話します。
牛乳を作ることはもちろん、どうやって販売するかまで考えることが、これからの酪農の仕事だという考えです。
最後に川上さんは、牛乳を買うときに1つだけ見てほしいこととして、値段だけでなく、その1本が店頭に並ぶまでにどれくらいの時間が流れているんだろうと考えてみてほしいと呼びかけました。
物価高の中でも上がらない牛乳の値段
配信の終盤、川上さんは今回使った統計が数年前のものである点にも触れます。ここ数年で物価は上がり、原料代やガソリン代も上がっているからです。
仮に年間3〜5%コストが上がると、100万円の5%で1頭あたり年5万円増える計算になります。100頭飼っていれば、経費は500万円増えることになります。
こうした現状の中でも、牛乳は値段を上げずに提供されているということを知ってもらえたら嬉しい、と川上さんは話します。
配信中には「俺が消費を増やすしかない」というコメントも届いていました。川上さんは、国民みんなが1日にコップ1杯(200ミリリットル)飲めば、今の生産量の3倍が必要になると応じます。
- 牛乳1本の裏には2年以上前から続く投資がある
- コストの半分以上は餌代
- 物価高でも牛乳の値段は据え置かれている
まとめ
リスナーからの「牛1頭の維持費は?」という素朴な問いは、牛乳が店頭に並ぶまでの2年間と、酪農経営の構造を見つめ直すきっかけになりました。値段の向こう側にある時間を思い浮かべると、いつもの牛乳が少し違って見えるかもしれませんね。
- 搾乳牛1頭あたりの生産コストは、農水省の統計で年間およそ100万円が目安
- そのコストの半分以上は餌代が占めている
- 牛は生まれてから約2年間、牛乳を出せず“売上ゼロ”のまま育てられる
- 作れば売れる時代ではなく、消費は減少傾向にある
- これからの酪農は「どう作るか」と同時に「なぜ飲みたいか」まで考える必要がある
