金曜の牧場は何をしている?11月の朝の段取り
この回の配信日は11月6日の金曜日です。島根県出雲市の川上牧場は、最高気温19度で晴れ時々曇りという、過ごしやすい朝を迎えています。
川上さんのこの日の仕事は、調子の悪い牛の対応から始まります。その牛は今週中に廃用 ── 乳量の低下や病気などで、乳牛としての飼育を終えること。多くの場合、牧場から出荷されますとして出す予定だそうです。
毎週金曜日、私は整体の日なんで、体バキバキの体を直してもらって、それに行こうと思います。
川上さんの金曜日は、午前に整体、午後に溜まった事務仕事という流れです。11月は出張がないと思っていたものの、後半に酪農教育ファーム関係の全国研修会があることも思い出したといいます。
そのうえで川上さんは、今日の配信テーマとして、神社で見かける牛の像の話を予告します。牛の像が祀られている理由を自分も知らなかったので、調べてきたという入り方です。
牛祀ってあるけど、それの理由とか全然知らないよねって思ってたんで、ちょっと今日はね、これを調べてきて。
北海道の減産と「酪農家も絞るだけじゃダメ」という訴え
乾杯の前に、川上さんは酪農業界のニュースに触れます。関東で生産抑制の通達が出ていたのに続き、北海道でも減産の方向に舵を切ることになったという話です。
川上さんの説明では、北海道全体で前年より1%、量にしておよそ40万トンの牛乳を減らす流れだといいます。北海道の規模なので、1%でもかなりの量になります。
川上さんは、物価高に加えて冬の灯油代などの燃料費がかかる北海道の酪農家の苦しさを気にかけています。そのうえで、都府県の酪農家も消費を伸ばすために頑張りたいと話します。
北海道が倒れてしまったら、もう日本の酪農もう終わりですから。
お知らせのあと、川上さんは酪農業界のSNSで起きている「あそこが悪い、ここが悪い」という言い合いにも触れます。消費が動かない状況に対して、酪農家自身が発信する必要があるという考えです。
川上さんによれば、消費者は現場のことを本当に知らないといいます。だからこそ、一人ひとりの酪農家が現場を発信してほしいという思いを語っています。
牛を祀る神社はなぜ?質問への答えは「理由は一つではない」
ここからがお便りコーナーです。この日の質問は、TikTokから初めて届いたものでした。
牛を祀っている神社はなんでだと思いますか?
タカイ さんから
酪農家の川上さんは、神社で牛の像を見ると、つい「立派な牛さんじゃないか」と見入ってしまうそうです。参拝者に撫でられてピカピカになった牛の像の話もしつつ、狛犬も含めて理由はよくわからない、と正直に話します。
川上さんが調べた結論は、神社で牛が大切にされる理由は一つではない、というものでした。神様そのものとして祀られる場合、神様の使いとして大切にされる場合、そして農家が牛の健康や多産を願う信仰が、重なっているといいます。
結論から言いますと、牛が神社で大切にされている理由はですね、一つではなかったんです。
天満宮の牛はなぜ寝そべっている?菅原道真公と御神牛
川上さんがまず整理したのは、神社に牛の像があっても、牛そのものが神様とは限らないという点です。神社本庁によると、神社には神使 ── 神様のお使いとされる動物のこと。神様と人の間をつなぐ存在として、神社で大切にされていますと呼ばれる動物がいます。
川上さんが挙げた神使の例は、稲荷神社の狐と、天満宮の牛です。牛の像を見たら「牛が神様なのか」ではなく、「この神様と牛にはどんな関係があるのか」と見るほうが面白い、と川上さんは話します。
牛と神社の関係でいちばんわかりやすいのが、菅原道真公を祀る天満宮です。太宰府天満宮には現在11体の御神牛の像があり、牛は天神様のお使いとして大切にされているといいます。
菅原道真公と牛が結びついた理由には、いくつか伝承があります。川上さんが紹介したのは、生まれ年と、亡くなった後の出来事にまつわる話です。
誕生
承和12年(845年)、丑年にあたる乙丑の年に生まれたとされる
御遺骸を運ぶ
道真公が亡くなった後、御遺骸を牛が運んでいた
牛が伏す
途中で牛が伏して動かなくなった
墓所に
道真公の遺志と考え、その場所を墓所にした
太宰府天満宮の牛の像が、立った姿ではなく横になった臥牛 ── 伏せて横になった姿の牛のこと。太宰府天満宮の御神牛の像は、この寝そべった姿で作られていますなのも、この伝承に由来すると説明されているそうです。調べながら読んでいた川上さん自身も、驚いた様子でした。
臥牛って書いてあるわ。そういえばそういう意味だったんですね。面白いですね。
天満宮の牛について、川上さんは、牛そのものを神様にしているというより、神様の人生を伝える物語の中に牛がいるから特別な存在になった、とまとめています。
トラクターもない時代、農家は牛に何を祈った?
川上さんによると、農村ではもっと生活に直結した牛信仰がありました。トラクターも軽トラックも重機もない時代、田畑の仕事や荷物運び、山からの運び出しは、牛や馬が担っていたからです。
牛は今で言えばトラクターとトラックと大切な家畜を全部合わせたような存在だったんじゃないかなと思います。
昔の農家にとって、1頭の牛が病気になったり死んだりすれば、家の暮らしそのものが揺らぎます。だから牛の健康や子牛の無事な誕生、長く働いてくれることを神仏に祈るのは自然な流れだった、と川上さんは考えています。
その祈りは、文化庁の記録にも残っています。川上さんが紹介したのは、青森県の気比神社の絵馬市と、飛騨地方の紙絵馬の習俗です。
| 地域 | やること | 願い |
|---|---|---|
| 青森県の絵馬市 | 飼っている牛馬の特徴を絵馬に描いてもらい、祈祷後に牛舎や厩に貼る | 牛馬の健康と多産 |
| 飛騨地方 | 牛や馬を描いた紙絵馬を買い、昔は厩に貼った | 牛馬の安全と家内安全 |
川上さんは、青森の絵馬市で願う内容に、今の酪農家としてもかなり共感できるといいます。病気にならないこと、無事に妊娠すること、難産にならないこと、健康な子牛が生まれることは、今も同じ願いだからです。
これ酪農ヘルパーで回ってたら貼ってあるとこありましたわ。年配の農家さんとかで。そういうことだったんだ。
川上さんが酪農ヘルパー ── 酪農家が休みを取るときなどに、代わりに搾乳や牛の世話をする仕事。いろいろな牧場を回りますとして牧場を回っていたころに見た牛舎の絵馬も、こうした習俗の名残だったわけです。
絵馬という名前に「馬」が入っていることにも、川上さんは注目します。今は合格祈願や良縁を書くのが一般的な絵馬も、背景をたどると、家畜と人の暮らしが神社の信仰に深く入っていたことがわかる、と話しています。
鳥取県の大山に残る牛馬信仰と、昔と今の牛の守り方
川上さんの地元である鳥取県の大山にも、有名な牛馬信仰があります。文化庁の日本遺産によると、平安時代に大山寺の僧が牛や馬の安全を願う守り札を配り、牧で牛馬を飼うことも勧めたことなどから、信仰が広がったとされています。
大山の牛馬信仰では、農家が牛や馬を連れて大山を訪れ、守り札をもらって牛舎に貼り、牛馬の安全を願ったそうです。川上さんにとってはよく知る場所でしたが、その意味はこの日はじめて知ったといいます。
川上さんは、昔と今の牛の守り方の違いにも触れます。今の酪農は科学で牛を健康にしようとしていますが、昔はできる管理をしたうえで、最後は祈るしかなかったという対比です。
科学や獣医学が今ほど発達しておらず、できる管理をしたうえで神社やお寺で無事を祈った
獣医さんの診察、ワクチン、飼料設計、牛群検定、ゲノムなど、科学的に牛を健康にしようとしている
さらに川上さんは、昔の農家にとって牛は、市場価格だけで測る財産ではなかったのではないかと話します。毎日一緒に働き、世話をし、子牛が生まれ、病気にもなる牛は、道具でも家族でもない、生活を一緒に作る存在だったという見方です。
だから牛が亡くなったときに供養をしたり、牛の霊を祀ったりする文化が生まれても不思議ではない、と川上さんは考えています。
牛を大事にした日本人は牛を食べなかった?今の牧場に残る感覚と誤解
川上さんは、今の牧場にもこの感覚が少し残っているといいます。経営なので乳量、乳成分、繁殖成績、餌はすべて数字で見ますが、長く牧場にいる牛は、ただの生産動物とは違って見えてくるそうです。
ああ、この牛、若い時はこうだったなとか、この牛のお母さんもうちにいたなとか、家系まで覚えてたりします。
一方で川上さんは、「牛が神聖だから日本人は牛を食べなかった」という理解は単純すぎると注意します。肉食との距離は、時代や地域、仏教の影響、政治的な禁令、農耕での利用など、さまざまな理由が重なって変わってきたからです。
同じ牛でも、神事として大切にされる牛、農耕を支える牛、食用になる牛があり、地域によって関わり方は違ったといいます。川上さんは、ここは分けて考えたほうがいいと話しています。
では、牛はなぜ祀られるようになったのか。川上さんの答えは、牛が神秘的な動物だったからだけではなく、田んぼを耕し、物を運び、子牛を産み、糞が肥料になり、今では牛乳やお肉まで生み出すほど、人の暮らしに深く入り込んでいたから、というものです。
なのでありがとうと。どうかこれからも元気でいてくださいが混ざってですね、信仰になっていったということですね。
川上さんは、今の酪農家にも祈る瞬間があるといいます。分娩、病気、受胎、子牛の命など、技術が進んでも人間にはどうにもできない場面が残るからです。
神社の牛の像はどう見る?3つの見方と川上さんの感想
質問への答えとして、川上さんは牛と神社の関係を整理します。天満宮のように牛が神使とされる場合と、農村で牛馬の健康や安全、多産、長寿を願う牛馬信仰がある場合です。
その背景にあったのは、牛がトラクターやトラックの代わりであり、肥料を作り、家族の暮らしを支える大切な財産だったことだ、と川上さんは話します。牛への願いの積み重ねが、牛の像や牛馬信仰として残っていると考えると、神社の牛がただの石像には見えなくなるといいます。
川上さんは、次に神社で牛の像を見かけたときの見方を、3つの問いで提案しています。
| 問い | 当てはまる例 | 背景 |
|---|---|---|
| 神様なのか | 牛そのものが祀られている場合 | 神様として祀る信仰 |
| 神様のお使いなのか | 天満宮の御神牛 | 菅原道真公と牛の伝承 |
| 牛飼いの祈りが残っているのか | 絵馬市や大山の守り札 | 牛馬の健康や多産を願う牛馬信仰 |
調べ終えた川上さんは、知らなかったことばかりだったと振り返ります。天満宮の牛の頭を触ると頭が良くなる、という話だけはどこかで聞いて知っていたそうです。
神社の信仰の知識もないですし、牛の知識だけはありましたけど、知らなかったことなんで、また新しい知識が増えて嬉しかったですね。
「善光寺にも大山にも牛がいた」リスナーのコメントと締めくくり
配信中には、リスナーから「善光寺にも大山にも牛さん置いてありましたね。撫でられすぎてピカピカでしたね」というコメントが届きました。川上さんは、道真公を祀る天満宮には牛の像が置いてありがちなので、そういう目でお参りしてほしいと応じます。
最後に川上さんは、神社に祀られるほど牛と人が近い関係にあることに触れ、牛を否定する声への違和感を口にします。
牛はいない方がいいとか言ってる人、ちょっとちょっと僕にはよくわかんないです。
締めくくりでは、Kindle本『酪農未経験者のために 遺伝解読と飼養設計編』と、そのデータを読み込ませたファームエコーAIの紹介がありました。黒毛和牛の交配チェックアプリは87の牧場で使われていて、年内に100牧場を目指しているそうです。
さらに川上さんは、農業雑誌『現代農業』の12月号の最後のページにコラムのような形で掲載されたことも報告しています。
まとめ
神社の牛は、神様のお使いだったり、牛飼いの祈りの名残だったりと、理由は一つではありません。共通しているのは、牛が昔の人の暮らしを支える欠かせない存在だったこと。今度神社で牛の像を見かけたら、どんな由来の牛なのか、ちょっと考えてみてくださいね。
- 神社の牛の像は、必ずしも牛そのものを神様として祀っているわけではない
- 天満宮の牛は神使で、菅原道真公の伝承から寝そべった臥牛の姿になっている
- 農村では、牛馬の健康や多産を絵馬や守り札で願う牛馬信仰が広がっていた
- 「牛が神聖だから食べなかった」は単純すぎる理解で、時代や地域で関わり方は違った
- 科学が進んだ今も、分娩や病気の場面で最後は祈る気持ちは昔の牛飼いと変わらない




