雨で圃場に入れない朝と、過去最高の乳量
11月5日木曜日の配信は、雨の話から始まります。最高気温21度で曇りのち雨の予報で、川上さんは堆肥をまいてほしいという注文を受けているのに、圃場に入れずに困っているそうです。
圃場に入れないんですよね。困ったもんでどうしたらいいですか?
この日の川上さんの仕事は事務仕事が中心です。川上牧場で作ったAIカメラ「ミハルAI」の説明会が翌週にあり、その準備や新しい試みのミーティング、書類仕事などでタスクがパンパンになっていると話しています。
牛乳の需給が厳しい状況についても触れ、コップ1杯と言わずに2杯、3杯、特に脱脂粉乳が使われているヨーグルトをたくさん食べてほしいと呼びかけています。酪農業界が一丸となっていない点を気にしつつ、政治にはあまり期待しておらず、消費者の力が大きいという考えです。
明るい話題もあります。前日に牛群検定 ── 乳量や乳成分などを毎月定期的に測る、牛の成績検査の仕組み。記録は経営改善や遺伝評価にも使われますがあり、川上牧場は平均38キロという過去最高の乳量を記録しました。
(乳量が)めっちゃ調子いい。めっちゃ搾ってます。はい、めっちゃ飲んでほしい。
好成績の理由として川上さんが挙げるのは、お乳が出ない牛や調子の悪い牛を淘汰したことです。乳が出ない牛を乾乳にすれば平均40キロを超えるかもしれない、とまで話しています。ただ、搾っても飲んでもらわないとどうしようもない、という本音も添えられています。
ホルスタインに血統はある?リスナーからの質問
お便りコーナーでは、配信アプリ「スプーン」に届いた質問が紹介されます。ホルスタインという品種名のほかに、牛に血統という考え方はあるのかという内容です。
ホルスタインという牛種を表す以外に血統というのは牛にあるのでしょうか?牛群検定でこの子は群れでナンバーワンの乳量、乳量を増やしたい時におすすめみたいに発信されるんでしょうか?もしくはブランドのような扱いで血統って使うんですかね。うまく伝えられないのですが、犬や馬ほど血統というのが重要ではないのかなと思いました。
ケンキチポパセリッティ さんから
遺伝改良や繁殖管理がいちばん好きだという川上さんは、この質問にテンションが上がった様子です。結論は、質問者の予想とは逆でした。
川上さんによると、酪農は何世代にもわたって血統を記録しながら細かく遺伝改良してきた世界です。日本ホルスタイン登録協会には正式な血統登録制度があり、父や母、祖先を記録し、海外から輸入された精液や受精卵の祖先まで血統証明に使われています。
ただし、乳牛の血統の見方は、競馬のディープインパクトの血やチャンピオン犬の血統とは少し違うといいます。今の乳牛は、本人の実際の成績、親族の成績、そしてDNAまで使って評価される時代になっているそうです。
カウファミリーと伝説の種雄牛とは?
川上さんはまず、ホルスタインは品種名だと整理します。犬でいえば柴犬やゴールデンレトリバーにあたる言葉で、その中に父、母、祖父母といった一頭一頭の家系があります。
日本では血統登録された牛の祖先が記録され、ホルスタイン種として純粋種までどれくらい祖先をたどれるかを示す「血統濃度」という考え方もあります。同じホルスタインでも、遺伝子の組み合わせは一頭ずつ違うということです。
ホルスタインだからみんな同じ血では全然ないんですよね。
質問にあった犬や馬の血統に近いのが、カウファミリーという考え方です。日本語なら母系一族、メス系のファミリーで、海外だけでなく日本でも使われています。
たとえば優秀なメス牛がいて、その娘も孫娘も優秀で、一族から優秀な種雄牛も何頭も出ていると、「あのメス牛のファミリーだ」という見方をします。アメリカのホルスタイン協会でも、遺伝評価には本牛だけでなく、祖先や子孫を含むカウファミリーの情報が使われているそうです。
有名な祖先もいます。アメリカのホルスタイン協会が2026年に公開している血統分析では、ラウンドオーク・ラグアップル・エレベーションやポーニーファーム・アリンダチーフといった昔の種雄牛が、現在の種雄牛群の祖先に高い割合で登場するといいます。
川上さんは、この感覚は競馬の血統表を見るのとかなり似ていると話します。遡ると4頭の牛にたどり着くと言われるほど、ホルスタインにも影響力の大きい牛がいるそうです。
群れで乳量ナンバーワンなら交配におすすめ?
ここから話は、馬との大きな違いに移ります。乳牛の改良の目的は、乳量、乳脂肪、乳タンパクを増やす、乳房炎になりにくくする、妊娠しやすくする、足を丈夫にする、長く飼う、暑さに強くするといった具体的な能力を次の世代へ伝えることです。
そのため、有名な血統だからとりあえず種付けしよう、ということにはなりません。日本のホルスタインでは、乳量だけでなく乳脂量、乳タンパク量、体細胞、在群能力、受胎率、空胎日数、疾病抵抗性、暑熱耐性、体型など、たくさんの形質の遺伝的能力が評価されているそうです。
質問の核心である「乳量ナンバーワンの牛は交配におすすめか」について、川上さんの答えは、それだけでは決めない、というものです。
その牛がたくさん牛乳を出した理由は遺伝だけではないからです。
乳量には、餌、産次数、季節、泌乳ステージ、暑さ、飼養環境、病気など、いろいろな条件が影響します。川上さんは、次の2頭を例に挙げています。
ものすごくいい環境で、ものすごく餌を食べて1日50キロ出した
条件が厳しい中でも1日45キロ出した
どちらが遺伝的に優れているかは、乳量の数字だけでは判断できません。そこで登場するのが、牛群検定の実績に血統情報を合わせ、その牛が子どもにどれくらいの能力を伝えそうかを計算する遺伝評価です。
生まれたばかりの子牛でも能力がわかる?
今の遺伝評価では、DNAのスニップという情報も使います。家畜改良センターによると、日本のホルスタインのゲノミック評価 ── DNA上の多数の目印(SNP)を調べ、血統情報と組み合わせて遺伝的能力を予測する評価方法は、昔から蓄積してきた血統の情報とスニップによるDNAの情報を組み合わせているそうです。
これらを組み合わせて、子どもにどんな能力を伝えそうかを予測するのが遺伝的能力の評価です。
川上さんはこれを、血統表を見る時代から、血統+実績+DNAを見る時代へと表現しています。昔と今の大きな違いは、生まれたばかりの段階でもある程度能力がわかるようになったことです。
大きくなって種付けし、子牛を産み、牛乳を搾り、さらに娘の成績を見るまで時間がかかった
子牛の段階でDNAを調べれば、乳を出す前から乳量・乳成分・繁殖性・疾病抵抗性などを予測できる
もちろん予測なので、100パーセント未来を当てるものではありません。それでも、交配や後継牛選びの精度は昔より大きく上がっていると川上さんは話します。
川上牧場でもゲノム数値を調べ、遺伝的に高く評価した牛には性判別精液 ── メスが生まれる確率を高めるよう処理された精液。後継牛を効率よく残したいときに使われますを使うことがあるそうです。逆に、すべての牛からホルスタインの後継牛を取るわけではなく、受胎率や産歴、分娩の難しさ、牛の状態を見て、ホルスタインを付けるか、和牛の受精卵移植をするか、交雑種を産ませるかを判断しています。
国全体の改良方針も変わってきています。2026年に日本の総合指数NTPが変更され、疾病抵抗指数が新しく組み込まれました。乳房炎、胎盤停滞、産褥熱、第四胃変位、乳熱、ケトーシスなどへの抵抗性が、これまで以上に改良へ反映されるようになったそうです。
NTPは、乳量だけでなくいろいろな能力をまとめて、どれくらい次世代へ残したい牛かを見る指標です。川上さんは、日本の育種の方向が「とにかく牛乳を出す牛」から「お乳を出して健康で妊娠して長く残る牛」へ変わってきていると説明しています。
血統は不要になった?名馬と乳牛の決定的な違い
では血統は昔より重要でなくなったのかというと、川上さんは「ちょっと違う」と言います。血統が不要になったのではなく、血統の使い方が変わったという見方です。
昔なら、お父さんがこの名牛だから期待できるだったんですけども、
今なら、お父さんはこれ、お母さんはこれ。ゲノム評価はこれで。この形質が強くて、ここの形質が弱いまで見ることができます。
さらに今は、血が近すぎないかを示す近交係数 ── 両親がどれだけ近い血縁かを数値で表したもの。高すぎると病気や能力低下が起きやすくなりますや、遺伝病の保因の有無まで確認します。日本でも種雄牛の遺伝子型検査が行われ、ブラッドやCVMといった遺伝性疾患の検査情報も公表の対象になっているそうです。
最後に川上さんは、競走馬と乳牛の違いを一言でまとめます。競走馬では一頭のスターの血そのものがブランドになりますが、酪農家が最終的に欲しいのは、自分の牧場で働いてくれる牛群全体だといいます。
一頭のスターが大きな価値を持ち、名馬の血そのものがブランドになる
有名な種雄牛やカウファミリーはあるが、目指すのは牛群全体を世代ごとにアップデートすること
川上さんの理想は、どの牛もそこそこの乳量で、乳房炎が少なく、妊娠しやすく、足が丈夫で、暑さにも耐えて長く残る牛群です。一頭だけ最高の牛がいるより、そのほうが経営として強いと話しています。サッカーにたとえるなら、スーパー選手が一人いるより、チーム全体が強くなって世界ランキングが上がるほうがいい、という感覚だそうです。
まとめとして川上さんは、群れで乳量1位の牛が必ずいちばん優秀な繁殖牛とは限らない、と繰り返します。逆に、今の乳量は目立たなくても、ゲノムを見ると繁殖性や疾病抵抗性、乳房や脚、長命性が高く、娘を残したい牛もいるそうです。
どんな牛を目指すかを決めるのは酪農家です。乳量を伸ばしたいのか、病気を減らしたいのか、長生きさせたいのか、搾乳ロボットに向く牛にしたいのか。同じホルスタインでも牧場ごとに目指す牛は違い、一頭一頭に血統と農家の選択の歴史が入っているということです。
白黒だから全部同じ牛ではなく、この(牛の)頭にも何世代もの家系図があると思って見てもらうと、ちょっと牛の見方が変わるんじゃないかなと思います。
わかっていても惹かれる、名門血統のロマン
血統を深く語り終えた川上さんは、自分自身のことも正直に打ち明けます。理屈ではわかっていても、有名なカウファミリーの血が欲しくなってしまうそうです。
昔の考えなので、有名なカウファミリーの血統の血が欲しいなとか思って、輸入の受精卵を買っちゃったりとかね。
輸入受精卵で生まれた牛から採卵して増やし、同じような牛が牛群に揃ったら楽しいだろう、とも考えるそうです。ただ、川上さん自身、それは経営判断としては間違っていると認めています。
本当は自分のところにあったね、あの遺伝能力が高い牛を揃える方がいいんですけど、まあでもロマンがあるんですよね、これね。
わからない用語は、過去の配信をまとめた「酪農データバンク」で検索できるそうです。牧場で牛を見て疑問に思ったことがあれば、気軽に質問してほしいと呼びかけています。
告知もいくつかありました。Kindle本『酪農未経験者のために』の遺伝改良と飼料設計編、その内容を読み込ませたAI「FarmEcho AI」、そして黒毛和牛の近交係数を計算できるアプリ「和牛交配チェック」です。和牛交配チェックは、川上さんが所属するメタグリ研究所のメディア「農業AI通信」で紹介され、制作秘話も読めるそうです。
まとめ
ホルスタインにも血統はしっかりあり、しかもとても重要です。ただ今の乳牛改良は、名牛の名前だけでなく、実績やDNAまで組み合わせて「次の世代に何を残せるか」を見る世界になっています。牧場で白黒の牛を見かけたら、その一頭にも家系図があると想像してみてくださいね。
- ホルスタインには正式な血統登録制度があり、母系一族のカウファミリーや伝説的な種雄牛も存在する
- 群れで乳量1位の牛でも、環境の影響があるため、それだけで交配に向くとは決めない
- 今の遺伝評価は血統+実績+DNAで、子牛の段階から能力をある程度予測できる
- 2026年のNTP変更で疾病抵抗指数が加わり、健康で長く残る牛を目指す方向が強まった
- 酪農の育種は一頭のスターを作るより、牛群全体を世代ごとにアップデートしていく営み

