人の目を気にするのは日本人だからなのか
この回は屋外で収録されています。いなけんさんが屋外での収録を恥ずかしいと話していたことから、ホストが「なぜ人の目を気にするのか」を掘り下げようと外に出た、という流れで始まります。
人の目?いや、なんか日本人に生まれたらさ。
なんかどうしても気になっちゃうなっていう。
ホストは、日本人であることの何が人の目を気にさせるのかと重ねて尋ねます。いなけんさんは「出る杭は打たれる」という言葉を挙げ、目立たないほうがいいという力学があるのではないかと答えます。
出る杭打たれるじゃないけどさ、目立たない方がいいっていう力学はあるなって気がしてて。
これに対してホストは、その力学は前提の話であって、どういう指向性で生きるかは別の話ではないかと切り返します。
それ(出る杭の力学)はあくまで前提の話で、どういう指向性で生きてるかっていうのは、なんかまた別の話な気する。
ホストは、その前提に縛られることもできるが、縛られないことも選択できるはずだと指摘します。日本人だから、という説明だけでは人の目を気にする理由の説明にならないという投げかけです。
自分が恥ずかしいの正体はプライドなのか
ホストは、一緒にいる人に恥ずかしい思いをさせたくない、という理由なら分かると言います。一方で、自分が恥ずかしいからという理由はよく分からなかった、と率直に伝えます。
まあなんか一緒にいる人に恥ずかしい思いさせたくないやったらなんか分かるんですよ。
自分が恥ずかしいからっていうのはあんまりよくわかんなかったです。
いなけんさんは、その前提として自分は少しプライドが高いのかもしれない、と自己分析します。
(人の目が気になるのは)前提ちょっとだけプライド高いかもしれないな。
いなけんさんは具体的に、自分の基準があったときに、人から見てその基準以下だと思われたくない、と説明します。
例えば自分の基準があった時に、人から見た時にその基準以下だと思われたくないというか。
ホストは、そうやって物差しを作るから、そこに満たなかったときにしんどくなるのではないか、と応じます。
頭の良さへの誇りと、人に勝つことへの執着
ホストは、以前の会話で選ぶ軸が偏差値だったことに触れ、いなけんさんが自分の得意な領域を持ち出しているのではないかと指摘します。頭の良さに誇りを持っていそうだ、という見立てです。
だから頭の良さに誇りちょっと持ってそうやなって。
いなけんさんはそれを認め、人に勝つことにはかなり執着があると打ち明けます。逆に勝てない、劣っている、負けているという状態には強いコンプレックスがある、と続けます。
結構確かになんか人に勝つみたいなところは割と執着があって。
逆に勝てないとか、自分が劣ってる、負けてるみたいなのには多分、強烈にコンプレックスがあるから。
そのため、普通以上には見られたい、普通以下だと思われたくない、それが人の目を気にすることにつながっている、といなけんさんは整理します。ただし「気になる」という言い方には少し語弊がある気もしてきた、とも付け加えます。
普通以下だと思われたくないから、人の目が気になるというか。
年収の平均を下回っても、やりたいことを選べるか
ホストは、キャリアの作り方や年収の軸にも他人の基準が入っているのではないかと尋ねます。いなけんさんは、お金の軸は大きくはないが人並みには欲しい、と答えます。
お金の軸とかは大きくはないけど、まあそれこそ人並みには欲しいよなとか。
さらにいなけんさんは、自分の年代の平均年収を大きく下回るが本当にやりたいことがある、というときにどちらを選ぶかは迷うところがあるかもしれない、と正直に話します。
自分の年代の平均年収っていうのが世の中的にあって、それを大きく下回るけど、本当に自分がやりたいことってなった時に、どっちを選ぶかってなったら、ちょっと迷うところはもしかしたらあるかもしれない。
ホストは、それはまだ判断が他人の基準に若干寄っている、と受け止めます。そのうえで「自分の人生はいつから始まるのか」と問いかけます。
なぜ多くの人は経営者になるのか
ここからホストが今日話したかったテーマに移ります。ホストは、いくつか年を重ねればみんな自分で会社をやりたくなると思う、と持論を展開します。
多分幾月先みんな自分で会社やりたいってなると思うんすよ。
その理由をホストはこう説明します。究極にワクワクしたいことや、こうありたいという状態を達成する手段は、結局は自分でやるしかない、というものです。
ホストは、ビジネスの界隈で生きていく人ほどそれが顕著に現れるから経営者になるのではないか、と話します。前提として、自分のやりたい世界観が今の市場や資本主義社会とマッチするかどうかといった要素はある、とも補足します。
ホストの見立てでは、上場企業の部長のような会社員も、経営を試したうえで、今の時代にたまたま合った生き方が見つからなかっただけだと分かった状態で働いている、といいます。だからモチベーションという概念で仕事をしていないのではないか、というのがホストの解釈です。
起業は目的ではなく手段
ここでいなけんさんが食事の手を止めていたことが明かされます。それでもいなけんさんは、自分の人生の手綱を握る感覚、オーナーシップを持てるという点で話は理解できたと応じます。
自分で自分の人生の手綱を握ってる感みたいなところでいうと、究極的には自分がオーナーシップを持てる。
いなけんさんは続けて、いわゆるカウンターパンチとして、会社を作ることは仕事とリンクした話であって、起業は手段の一つにすぎないのではないか、と投げかけます。
究極(起業)するって手段の一つじゃんって思ってしまったんだけど。
ホストもこれに同意します。毎月50万ほど入ってくるなら、NPO法人を立ててコミュニティ運営をするかもしれない、と例を挙げます。
僕も毎月50万ぐらい入ってくるんやったら、なんか別にNPO法人でも立てて、コミュニティの運営とかするかもしれないです。
そのうえでホストは、多くの人は実家が太くないからこそ、まずキャッシュを作る仕組みを作る必要がある、と話します。その手段として経営や自分での意思決定があり、それを分かりやすく「起業」という言葉で表した、と説明します。
自分のやりたい状態を達成し、キャッシュを作る仕組みを持つための手段。だから多くの人が結果的に経営者になる
会社という箱を作ることは仕事とリンクした話で、起業はあくまで手段の一つにすぎない
親の金で自由な人は、自由なのか
いなけんさんは思考実験を持ちかけます。親が金持ちで働かなくても食べていける、いい年の大人がいるとして、その人は自由なのかどうか、という問いです。
親が金持ちで働かなくても食べていける大人は、自由を達成できているのか。それとも自分で手に入れたものではないから、裏返しで自由ではないのか。
いなけんさんは、経済的な縛りから解放されてやりたいことができている点では自由に見える、と言います。一方で、それが自分で手に入れたものではなく家族の資産を土台にしているから、裏返しで自由ではないとも取れる、と両面を提示します。
それって自分で手に入れたものじゃなくて、親だったり、その家族の資産っていうところを土台にしてるから、裏返しで自由じゃないとも取れるのかなと思ってて。
ホストの答えは明快でした。その男性は自由を達成できている、というものです。
(親の金で食べていける男性は)できてると思いますね。
ホストは、自分にとっての自由は、何をしてもランニングコストがゼロの状態を作ることだ、と説明します。ランニングコストがゼロになった瞬間に次にやりたいことが出てくるからこそ、何をしてもコストがゼロである基盤を作りたい、という考えです。
ホストにとっての自由は、何をしてもランニングコストがゼロである基盤ができている状態を指します。その定義に照らせば、親の資産で経済的な縛りがない男性も自由を達成している、という結論になります。
まとめ
人の目やプライドから始まった雑談は、経営という手段の話を経て、自由とは何かという問いに着地します。答えを断言しすぎず、両面を行き来しながら二人の考え方の違いが見える回でした。
- いなけんさんは、人の目を気にする背景に「普通以下だと思われたくない」というプライドと、人に勝つことへの執着があると自己分析した
- ホストは、物差しを作るから、そこに満たないときにしんどくなると指摘した
- ホストは、やりたい状態を達成する手段は自分でやるしかないため、多くの人が結果的に経営者になると考えている
- いなけんさんは、起業は目的ではなく手段の一つにすぎないと投げかけ、ホストも同意した
- ホストにとっての自由は「何をしてもランニングコストがゼロの基盤がある状態」であり、その定義では親の資産で暮らす人も自由だと結論づけた

