美味しい餃子の話は出てこない回
今回の「聴く餃子」は、いつもと趣が違います。小野寺さんは冒頭から、消化不良でモヤっとしているけれど文字に起こすときつい、最近の出来事を語って成仏させる会だと切り出します。
今回は私の中でめちゃくちゃ消化不良でモヤっとするけど、文字に起こすときつい感じがする、最近の件をポッドキャストで語って成仏させようと思う会でございます。
テーマは、これまで焼き餃子協会がプロデュースしてきたデパ地下催事「イケセイ餃子フェア」から、協会が外された一件です。
イケセイ餃子フェアはどう始まったのか
そもそもこの催事は、浜松餃子のKさんが西武池袋本店に単独で出店していたことがきっかけでした。そのKさんから、デパ地下の6枠ほどの催事スペースを全部餃子屋でやってはどうか、という提案があったといいます。
そこで小野寺さんは、焼き餃子協会と付き合いのある餃子屋をセレクトして出店してもらい、PRや運営のサポートを担うことになりました。
餃子屋さんたちだけに集まる催事っていうのが、今となっては伊勢丹とかいろんなところで行われているものはありますが、この始まりはこのイケセイ餃子フェアでありました。
焼き餃子協会は、焼き場から売り場への餃子の運搬まで含め、裏方として催事を支えてきたと話されています。
裏方として重ねてきた工夫
催事の構成には、小野寺さんなりの考え方がありました。一番いい枠は、最初に話を持ってきてくれたKさんに恩があるため、Kさんに割り当てる。そのうえで残りの枠に、いろいろな餃子屋を入れていきます。
特に大切にしたのが、6枠のうち1〜2枠を催事初出店の店に与えることでした。マンネリ化を防ぎ、お客さんにも新しい発見を届けたいという狙いです。
ただ、ベテランと初出店では売り上げが大きく違います。慣れていない店はディスプレイや商品数で苦戦しがちなため、出店準備から会場の雰囲気の共有まで、一緒に進めていったといいます。
さらに、同じ地域や似た強みの店が固まらないよう調整し、隣同士にならないよう配置にも気を配ってきました。
もう一つ、小野寺さんが自分たちにしかできないと考えていたのが、消費者代表としての立場です。
餃子屋さんたちが自分のことを名店ですっていうのはなかなか気が引けると思いますけど、我々のような第三者がこの店は名店ですって言えば、すんなりお客さんとか消費者側も、あ、そうなんだってなると思うんです。
店舗セレクト
付き合いのある餃子屋を選び、初出店枠も設けてバリエーションを広げる
出店サポート
初出店店のディスプレイや商品構成を一緒に準備する
配置調整
地域や強みが被らないよう出店枠を調整する
PR・情報発信
消費者代表の第三者として見所や名店を伝える
催事が育っていった手応え
数回の開催を重ねるうちに、西武池袋本店のお客さんにも「餃子屋だけが集まる催事」が認知されていきました。当初はメインストリート側の店ばかりに客が並んでいましたが、裏側の店にも満遍なく回るようになったといいます。
出店側も売り方が上達し、小野寺さんはより売りやすい枠への切り替えや、テレビ出演時の負担への配慮などを図ってきました。
その結果、特定の店に集中していた売り上げが、6店舗全体に分散するようになったと話されています。
メインストリート側の店に客が集中し、売り上げが偏っていた
裏側の店にも客が回り、6店舗全体で売り上げが分散するようになった
外された経緯
そんな中、西武池袋本店にヨドバシカメラが入るかもしれないという話が持ち上がり、今年の催事は行われない予定でした。
ところがKさんが西武側に掛け合い、この3月に2週間の開催が決まります。ただし主催は、Kさんが新しく立ち上げた団体で行うという形でした。
小野寺さんに伝えられたのは、6店舗×2週間の12枠のうち、2枠だけを連れてきていい、という内容でした。
これまで認知を広げ、出店者を集めて盛り上げてきた自負があった小野寺さんは、せめて一度打ち合わせをしたいと申し入れ、Zoomで話す時間をもらいます。
打ち合わせにはKさんと、愛知県豊橋市のNさんが出席。小野寺さんは、これまで協会が投資してきたこと、全出店者に目配せしてPRしてきたことを伝え、何か手伝わせてほしいと話しました。
打ち合わせ時点では、主催と出店者の統制は先方、PRなど外向きは焼き餃子協会という形で進んでいたといいます。
一方で、PRには費用や人件費が発生するため、小野寺さんは先方の団体からいくらかでも支援をもらえないかと打診しました。しかしその支援は保留となります。
支援が保留であればPRを担うのも難しいため、話は全体的に保留となりました。
その場の会話はほとんどNさんとのやり取りで、代表であるはずのKさんは特に語らなかったといいます。
Kさんは代表なんだけど、特に何も語らず、入れ墨をガシッと見せつけながらタバコをパカパカパカって吹かし続けるっていう感じで。
この様子から、小野寺さんはいい返事は聞けないかもしれないという予感を抱いたと話しています。
はしごを外された気持ち
初出店2枠のサポートを進めたあと、小野寺さんは改めて返事を尋ねました。返ってきたのは、なるべく自分たちでやろうと思っている、焼き餃子協会に依頼することはない、という内容でした。
予感どおりの返事に、小野寺さんは焼き餃子協会が完全にはしごを外された形になったと振り返ります。
後日プレスリリースで見た出店者一覧は、そのほとんどが、これまで小野寺さんが調整してきた店々でした。応援したい気持ちと、どうしていいかわからない気持ちが入り混じったといいます。
結論として小野寺さんが語ったのは、裏方として重ねてきた努力がないがしろにされた悲しさでした。
誠意を持って感謝を伝え、今回は自分たちで頑張ると言われていたら、気持ちの落としどころもあったかもしれない、とも話されています。
入れ墨を見せつけながらタバコをプカプカ吹かれて、この仕打ちっていう感じだと、なんかモヤモヤするなってところが正直な気持ちです。
それでも、言葉に出して聴き手に聞いてもらえたことで、少し気持ちの整理ができたと締めくくります。
こうして言葉に出してあなたに聞いていただけたことが、少し気持ちの整理もできました。
まとめ
餃子屋を主役に据え、裏方として催事を育ててきた小野寺さんが、その催事から外された経緯とモヤモヤを率直に語った回でした。美味しい餃子の話はありませんが、一つの催事の裏側にあった手間と思いが伝わる内容です。
- イケセイ餃子フェアは、Kさんの提案をきっかけに焼き餃子協会がプロデュースしてきた催事だった
- 小野寺さんは初出店店のサポートや配置調整、消費者代表としてのPRなど裏方の役割を担ってきた
- 催事は育ち、売り上げが特定店から6店舗全体へ分散するようになった
- 今年はKさんの新団体が主催となり、焼き餃子協会は12枠中2枠のみ、PR支援も保留のうえ最終的に外された
- 小野寺さんは努力がないがしろにされた悲しさを語りつつ、言葉にして気持ちを整理したと締めくくった


