人事は「一番優秀なやつを置け」という発想はどこから来たのか
この回のテーマは「人事の資質」です。おいしい組織を語るうえで大事なテーマながら、これまで「人事とはどういう人であってほしいか」はあまり語られてこなかったと宇尾野さんは切り出します。
池原さんは、20年弱前に社会人デビューした頃、人事の仕事がまったくわからなかったと振り返ります。営業だったこともあり、採用の連絡や福利厚生の案内をする人、というイメージしかなかったといいます。
最初営業だったので、人事って採用の連絡来る人とか、時々福利厚生のご案内来る人とか、そんなイメージしかなかったんですよね。
転機は2000年代の人事ブームでした。サイバーエージェントの曽山さんのような「人事界のスター」が登場し、人事はそんなに大事なのかと認識し始めたと池原さんは話します。
宇尾野さんの入り口はリクルートでした。会社が何をしているかも知らないまま入社しましたが、社内で語られていたある言葉に引っかかったといいます。
一番優秀なやつを人事におけって言ってたんですよ。ってことは何かあんじゃねえかっていうのが入り口ですね。
その背景には、製造業とは違い「何を持っているか」より「誰が働いているか」が業績を左右するという情報産業ならではの発想がありました。だからこそ、最も優秀な人材を人事に置くという考え方が成り立っていた、と宇尾野さんは説明します。
人事は「オペレーション」と「戦略」の二つに分かれる
池原さんは、人事は会社によって労務管理や採用書類を出すオペレーション部隊のイメージから、経営の下に紐付いて戦略的に動く存在まで幅があると整理します。リクルートは後者に優秀な人を置いたからこそ成長したのだろう、と逆算して見えてくると話します。
池原さん自身の原体験は、人材開発のキャリアに飛び込んだ時でした。何もわからないと感じ、社会人向けの慶應MCCで中原淳先生のラーニングイノベーション論を学んだといいます。
戦略的に組織と人を動かすってどういうことなのかっていうのを、初めてこういう機会で学びましたね。
その場ではアカデミックな観点と、いすゞ自動車のCHROなど現場の実務家の話がバランスよく交わり、人事とは何かという立体感を得られたと池原さんは振り返ります。
宇尾野さんは、人事の役割を大きく二つに分けます。すでに決まったものを動かすオペレーション領域と、この先どんな事業を作るかを考える戦略的な機能です。
決まったものを動かす。仕組み化・文明化され、安定的に回すことが重視される
この先のチャレンジや事業づくりを考える。多様な経験や視点がないとできない部分が多い
オペレーションは仕組み化しやすい一方、戦略的な部分は多様な経験や見えている景色がないとできないと宇尾野さんは言います。今回はこの戦略的な部分の資質に焦点を当てて話が進みます。
誠実性・戦略思考・越境経験。資質と経験はどう掛け合わさるか
池原さんは、素晴らしい人事にも、残念ながら資質が向かずPIP(業績改善プログラム)の対象になった人にも接してきたと話します。そのうえで、一定の資質はあるだろうと述べます。
池原さんが挙げる資質の一つ目は誠実性です。人事は見本になるべき存在なので、誰よりもコンプライアンスに気を使わなければならないといいます。
二つ目は戦略思考です。ロジ回りだけをやってきた人は、マネージャーになった時に詰まってしまうのではないかと池原さんは見ています。
宇尾野さんはこれに「越境経験」を重ねます。これは資質というより経験の数の話で、いろんな人間やシチュエーションを理解していること自体が、施策を打つ時に視点の幅を生むといいます。
あっちでは今この施策を取るとこの人はこういう反応する、ここではこんなことが起きるっていうことが、ある程度幅を持って認知できている。
人間はいろいろな人がたまたま会社の目的に沿って集まっているだけであり、その仲介人として全員を機能させるには、一人ひとりの実態を理解する必要があると宇尾野さんは話します。越境経験があるからこそ、EQの高さが活きるという整理です。
池原さんは、資質かける経験値、しかも深さだけでなく幅広さや多様性が鍵になると受けます。そうなると、優秀でEQも高い人を人事に置くのは難易度が高いと指摘します。
人事に誰を置くかって、本当に優秀な人、かつある程度EQが高い人を突っ込まないといけないっていうのは結構難易度高いですよね。
宇尾野さんは、最初から越境経験がなくても、価値観の違う人たちの間にファシリテーターとして一歩踏み出せるかが大事だと補足します。営業で難しい交渉をやりきった経験も、人事の資質として活きるといいます。
共感力が高すぎるとしんどい?EQには二つの種類がある
池原さんは、対人支援やメンターの経験から、共感性が高すぎると人事は勤まらないと感じると切り出します。人に寄り添うだけでなく、ミッションビジョンに照らしてタフな決断をしなければならない場面があるからです。
あまりにも人に寄り添いすぎて共感しすぎる、どちらかだけに肩入れするっていう場合は結構しんどくなりますよね。
宇尾野さんは、EQ(共感・エンパシー)には二つあると整理します。情緒的に理解する共感と、なぜこの人がこの状態に置かれているのかという構造を理解する共感力です。
宇尾野さんは、その人がなぜ苦しい状況にあるのかを、周辺まで含めて幅広く捉える力が大事だと言います。同じ状況に置かれた人が他にもいるのではないか、と気づけることが越境経験にもつながります。
あの時別の部署で同じようなシチュエーションになってたから、この人とこの人つなげてみよう。
会社の中の失敗事例や成功事例を持っていること自体が、人をつなげる力になると宇尾野さんは話します。そのため人事には、一緒に悲しむ共感と、少し引いて構造を理解する力の両方が求められると整理します。
相手の感情に寄り添い、一緒に悲しむ力
なぜこの人がこの状態に置かれたのか、周辺まで含めて把握する力
フェアネスと「健全なえこひいき」をどう両立させるか
池原さんは、自分が接するのは大企業の人事が多いとしつつ、大企業とスタートアップでは人事の資質やキャリアが違うのではないかと問いかけます。大企業では全社最適や中長期の事業を見据えた判断が重要そうに見えると話します。
宇尾野さんは、日本の大企業の人事にも転換点があると応じます。人事共通の大前提はフェアネス、つまり公平性ですが、事業環境や戦略によって、特定の事業に重点投資する判断も生じます。
全社で見た時に、どうしても人ベースで見ると、この人にすごくパワーをかける、この人にはパワーをかけないっていう、いわゆる依怙贔屓が発生すると思う。
そこで宇尾野さんが挙げるのが「健全なえこひいき」です。フェアネスを大事にしながら、戦略に沿ってどうえこひいきを作れるかが人事にとって重要な視点だといいます。フェアネスも大事にしながら依怙贔屓をどう作るかが問われるという整理です。
急成長するスタートアップは自然にえこひいきをやってしまう一方、組織が硬直化すると公平性が強まる、とも指摘します。池原さんも、そのえこひいきはあくまで戦略に沿ったものだと確認します。
尊敬する人事・武田雅子さんに見る「右脳と左脳」の両立
池原さんが、印象に残る人事はいるかと問いかけると、宇尾野さんは何人もいると答え、一番尊敬する一人として武田雅子さんの名前を挙げます。
武田さんはクレディセゾンで営業からスタートし、カルビーなどで上場企業の役員を務め、複数企業のCHROを経験。現在は経営の参謀として複数社の社外取締役を担っていると宇尾野さんは紹介します。
男性優位のビジネス環境で女性として活躍してきた表層的な見え方だけでなく、いくつもの修羅場をくぐり抜けた人事としての深さがあると宇尾野さんは語ります。今は宇尾野さんの会社に顧問として関わり、多くの教えをもらっているといいます。
どっちかに偏ってる人は結構多いんですけど、(人としての深さと戦略との合致度を)どっちも持ち合わせてるっていうのは非常に稀有な存在だなと思ってます。
人としての懐の深さと、戦略との合致度を組織に実装するレベルの両方が高い、と宇尾野さんは評します。池原さんは「右脳と左脳が両方立っている」と表現しました。
経営者に「瞑想に行け」と勧めた、あるインド人幹部の言葉
池原さんは切り口を変え、経営大学院INSEADのEMCコースでの経験を語ります。MBAではなく組織系のコースで、世界中から人事関係者や経営者が集まる場でした。
印象的だったのは、世界的なラグジュアリーブランドのアジアパシフィックのヘッドだったインド人のクラスメイトです。人や経営を見る立場の苦しさと、どう自分を整えるかを話してくれたといいます。
自分の中に絶対的な平安を持て。(経営すれば)必ず嵐が来る。
彼はヨガや瞑想を実践しており、「瞑想に行け」と勧めたそうです。池原さんは素直に受け止め、一週間のヴィパッサナー瞑想のコースに申し込んだといいます。
嵐が来ても平安を持つみたいな、そこを私は教えてもらったなと思ってますね。
辛いことがあっても中心に自分を整え、穏やかな時間を持つ。池原さんは、人や経営を見るうえで大事なエッセンスを彼から学んだと振り返ります。
宇尾野さんも、人事は人間としてのあり方や振る舞いを正しに行く瞬間もあれば、整えに行く感覚も持ち合わせている点が大事だと受けます。
池原さんは、人事や経営には一般従業員が触れない醜い部分やトラブルも集まると付け加えます。火消しのような揉め事が多い中で、インナーピースを保つことが神髄だと感じたといいます。
人事を「使いこなせていない」経営者へ
宇尾野さんは、聴いている人事の人には新しい視点を増やしてほしいと語りかけます。経営者に対しては、人事を誰かに担ってもらう時やレベルアップさせたい時に、今回の資質を伸ばし、活かせる場所に配置してほしいと呼びかけます。
そのうえで宇尾野さんは、人事は大事な機能でありながら、うまく使いこなせていない経営者も多いと感じると率直に述べます。
人事の皆さんがよりパフォーマンスを解放できるようなシーンに役割を置いていってもらえるといいんじゃないかな。
池原さんは、話しながら自分が瞑想の話をするとは思っていなかったと笑い、深い会話だったと振り返ります。二人は、人事の資質や瞑想のテーマをまた別の回で改めて扱いたいと話し、この回を締めくくりました。
まとめ
戦略的な人事には、誠実性や戦略思考といった資質に加え、多様な越境経験と二種類のEQが必要だと語られた回でした。フェアネスと健全なえこひいきの両立や、嵐の中で平安を保つ姿勢まで、人事という役割の奥行きが浮かび上がりました。
- 人事はオペレーション領域と戦略的機能に分かれ、戦略的な部分ほど多様な経験が必要になる
- 資質の土台は誠実性と戦略思考。そこに越境経験が掛け合わさることで施策の視野が広がる
- EQには情緒的な共感と、構造を理解するコグニティブエンパシーの二つがある
- フェアネスを保ちつつ、戦略に沿った「健全なえこひいき」を作れるかが問われる
- 人事は正しに行くだけでなく整える役割も担う。嵐の中で自分の平安を保つ力が神髄となる





