なぜ坂本さんは海外×マンガの仕事を「めちゃめちゃ楽しい」と語るのか
後編にあたるこの回は、コミスマ社で海外事業を担当する坂本さんの仕事の話が中心です。担当は漫画で、鑑賞領域は海外。「海外かけるマンガ」がテーマになります。
いやもうね、どこから話そうっていうぐらいめちゃめちゃ楽しいですよ、この領域は。
楽しさの理由は数字が伸びる成長市場であることだけではありません。坂本さんは、もう一つの側面として知的好奇心の刺激を挙げます。
何て言うんですかね、文化人類学っぽい感じの知的好奇心がむちゃむちゃ刺激されて楽しいっていうのがあるんですよ。
坂本さんは現在ヨーロッパに住みながら、アジア・ヨーロッパ・アメリカを担当しています。国ごとに状況が違う一方、似ている部分もあり、いつからマンガ・アニメが入ってきて、何年後にどんな変化が市場に起きるかが国をまたいで似通っているといいます。
紙9割・電子1割の世界市場、日本の15年前と重なる構図
坂本さんが「意外なこと」として挙げるのが、市場規模の内訳です。日本と韓国を除くすべての国で、いまだに紙のマンガが主流だといいます。
恐ろしいですね。
ただし坂本さんは、これを日本の過去と重ねます。日本も15年前ほどまでは同じような状況だったといいます。
日本では、出版科学研究所 ── 出版物の販売額などの統計を継続的に調査・公表している日本の研究機関。マンガ市場の紙と電子の推移を示すデータがよく引用されますなどの統計で知られる推移があります。2000年代中盤から紙のコミックスと雑誌の売上が下がり、途中で電子書籍が登場して年々伸び、今では電子が紙を上回りました。
言うて日本で電子がこんだけ大きくなってきたのも割と最近だよと。
坂本さんは、この同じ変化が海外でも起きないかと見ながら市場を追っていると話します。ここから先の話は調査に基づくものもあれば、坂本さんの主観も多く含まれるといいます。
世界中で入り口は「少年ジャンプ」から始まる
話は、森下さん自身のマンガの読み方に移ります。森下さんは週刊少年ジャンプでワンピースの最新話を追いつつ、単行本でSBSを見るような読み方をしていると語ります。
本当に週刊少年ジャンプのワンピの最新を追いながら、単行本でSBSとかを見たり、ナルトとか、一般王道系の集英社系のものを追っているような人間なので。
一方で森下さんが一番好きな作品として挙げるのは、バイオレット・エヴァーガーデンや進撃の巨人など、死生観や哲学観の強いものです。それでも、マンガとの触れ合いの原点はジャンプのコミックスだといいます。
坂本さんは、それこそが話したかった内容の中心だと応じます。世界中で共通しているのは、どの国も最初は少年ジャンプから入るという点です。
マンガ・アニメが比較的最近流行り始めた国では、カテゴリ別の市場規模で9割方が少年漫画になるといいます。坂本さんは、その理由を分かりやすく、みんなが楽しめるからだろうと推測します。
時間が経つと市場に起きる「質的変化」とは
坂本さんによれば、マンガ・アニメが流行り始めてから10年、20年、30年と経つと、市場が大きくなるだけでなく、その中身に質的な変化が起こります。まず一つがジャンルの幅の拡大です。
少年漫画だけを読んでいた人が、他のカテゴリーも読み始めます。女性なら少女漫画や恋愛漫画へ、男性なら青年漫画やテーマの深い作品へと広がっていくといいます。
さらに、女性のマンガファンはその先でボーイズラブ ── 男性同士の恋愛を描くジャンル。BLと略される。もともと女性読者を中心に発展し、近年は各国で市場が拡大しています、いわゆるBLを読み始める傾向が、いろいろな国で共通して見られるといいます。
今結構世界中でね、BLって伸びてきてるんですけど。
坂本さんは、この質的変化の実例としてドイツを挙げます。ドイツは今、ヨーロッパでも大きなBL市場を持つ国だといいます。
その背景には放映の歴史があります。フランスが1980年代初頭に日本のアニメを放映し始めた頃、ドイツは「暴力的すぎる」として放映できない時期が続きました。フランスも当初は深夜アニメから始まりましたが、やがてゴールデン帯に進出して大人気になったといいます。
その間、ドイツの男の子はアメコミやアメリカのアニメを、女性はファンタジー小説を楽しんでいました。ただ、文字のファンタジー小説はハードルが高く、人はよりビジュアルなエンタメへ流れていきます。そのためドイツでは、少年漫画より先に少女漫画が入って流行り始めたといいます。
セーラームーンとかあの世代ですね。
坂本さんは、1990年代に少女漫画で育った層が大人になり、他のカテゴリーへ広がる中でBLがはまった結果、他のヨーロッパより先に大きなBL市場になったのではないかと推測します。
クラシック作品が売れ続けることが示す「新規読者」の存在
もう一つ坂本さんが挙げる共通点は、流行から20〜30年経つと、マンガ・アニメで育った少年少女が親世代になることです。親は子どもに「この作品いいよ」と伝え始めます。
その表れとして、まだ市場が伸びている海外諸国のコミックス売上ランキングには、ワンピース・ナルト・ドラゴンボールといったクラシック作品の1巻が今も入っているといいます。
坂本さんは、新規ユーザーが積み重なり、その人たちが別カテゴリーへ移っていく流れがミルフィーユ状に続いていくと表現します。長期で見れば市場はまだ大きくなると考えています。
親が子に作品を勧めるようになると、次に起きるのがマンガ・アニメの位置づけの変化です。坂本さんはこれを、日本でも起きたことだと振り返ります。
漫画アニメがオタクの恥ずかしい趣味から、人前で言っても恥ずかしくない一般の趣味にクラスチェンジするっていう。
かつては合コンで趣味を「アニメ」と言うと「電車男さんかな」と見られる風潮があったが、今では「漫画好き」に文化人枠すらあると坂本さんは言います。森下さんも「ありました」と同意します。
オタクの恥ずかしい趣味。「漫画ばかり読むと頭が悪くなる」と言われた
人前で言っても恥ずかしくない一般の趣味。「漫画好き」に文化人枠まである
フランスが突出する理由と、狙い目マーケットの見極め方
坂本さんによれば、この質的変化が特に進んでいるのがフランスです。市場規模はドイツやスペインの4〜5倍あるといいます。
フランスでは輸入される作品のカテゴリーが他国よりバラエティ豊かで、いわゆるオタクではない普通の人・普通の子でもアニメを見てマンガを読む状態になっています。一方、ドイツ・イタリア・イギリス・オランダなどでは、まだ「オタクなのかな」と見られがちだといいます。
森下さんは、この見立てが予測に使える点を指摘します。日本やフランスの質的変化を時系列で当てはめれば、次にどの国でいつ変化が来るかがある程度読めるという発想です。
坂本さんは、コミスマがさまざまなジャンルの作品を扱っていることを踏まえ、新興国と成熟しつつある国で持っていく作品を変えていると説明します。
中東・インド・アフリカのように、ようやくマンガを読み始めた新興国に大人向けや恋愛系を持っていくのはまだ早い。一方、フランスやアメリカのように少年系以外も売れ始めた国が、コミスマにとっての狙い目になるといいます。
よっしゃ次だ、次の僕らの投資対象の国はこの辺かなみたいなのを当たりつけながらやる。
ただし変化のスピードは、二人がもともといたテック業界に比べてゆっくりです。坂本さんは、5年後・10年後にマクロレベルの答え合わせができるだろうと話します。
森下さんは、この分析が営業でも使えると応じます。日本やフランスで起きた変化の過渡期に当たる国の出版社に対し、「今こそこの作品を仕入れるべきだ」と根拠を持って売り込めるのではないかという発想です。
日本で売れるものを作るか、海外向けに寄せるか
森下さんの営業アイデアに、坂本さんは同意しつつ注意点を加えます。国ごとに文脈や背景が違うため、そのまま当てはめず、その国のコンテキストに合わせる必要があるといいます。
例として坂本さんが挙げるのが、欧米で重視されるジェンダーダイバーシティ ── 性別に関する多様性。男女の平等(イコリティ)を含め、表現や描写の受け止め方に影響しますの観点です。日本の恋愛系マンガでも、女性への暴力的な描写や、主体性なく男性についていくヒロインは人気が出にくい傾向があるといいます。
自立心があって、強い女性みたいなヒロインを描いたものの方が、女性がより共感しやすいよみたいなとこはあるらしくて。
森下さんは、こうしたフィードバックを社内の編集部に落とすべきではないかと提案します。坂本さんも、なるべくそうしていると答えます。
一方で坂本さんは、難しさも指摘します。マンガ市場は日本が圧倒的に大きいためです。
フランスが4〜500億で、ティア2の国は100数十億と、規模には桁違いの差があります。そのため「海外に売れる作品にしましょう」というフィードバックが、マンガ単体でどれほど重要かというと、普通に日本で売れるものを作っておいた方がいいという結論になりがちだといいます。
しかも、日本で売れているものは海外でも売れる傾向があります。文化的・宗教的タブーに触れるものや文化的に合わないものが売れない、というほうがむしろ例外だと坂本さんは言います。
森自さんは、外してはいけない部分は絶対に外さない前提で、日本ウェイトと海外ウェイトのポートフォリオを組めるコミュニケーションが編集部との間にあるとよいのでは、と提案します。
マーケットがこうだから、こういう作り方をしましょうよっていうマーケットイン的なアプローチで作った作品からビッグIPってなかなか生まれないっていうのもあるじゃないですか。
坂本さんは、面白い作品は作り手の異常なこだわりからしか生まれてこないと語ります。日本でも海外でも受け入れられるものもあれば、海外では受け入れられないものも出てくる。それが作品作りの性質だといいます。
市場に合わせて作る。外してはいけない点を弾ける一方、ビッグIPは生まれにくい
作り手のこだわりから作る。名作が生まれる源泉だが、海外で当たらないこともある
本邦初公開、坂本さんの野望「世界中の作家が面白い作品を出しまくる状態」
編集部の話をきっかけに、坂本さんが自らの野望を語り始めます。会社としてトップレイヤーに食い込む議論と、坂本さん個人の願望が重なる話です。
坂本さんは具体例として、インド人が本気で作ったクリケット漫画や、紛争地帯で育った子が作るダークファンタジーを挙げます。今のマンガはほとんど日本人が作っており、世界中にある物語の種がまだマンガになっていない、という見方です。
海外の描き手も、コマ割りや絵といった技術面は追いついてきていると坂本さんは言います。トップクラスの画力は、日本の画力が高くない作家を上回るほどだといいます。
では何が足りないのか。坂本さんは、それを編集者だと指摘します。海外にはまだ編集者がいないというのです。
これがないからっていうものでいうと、編集者っていうのがやっぱまだいないんですよね、海外だと。
坂本さんの考える編集者の大きな役割は、読者目線でフィードバックし、作家が伝えたいことを誤解なく届けられるようにする壁打ち相手になることです。日本の名作の多くは、その存在があって生まれたといいます。
なぜ海外には編集者を養うエコシステムがないのか
坂本さんは、編集者を誰が食わせているのかを問います。答えは基本的に出版社です。
ジャンプが分かりやすい例として、トップクラスに稼ぐ作品があるおかげで、有能な編集者に年収1000万・2000万といった報酬を払える。その編集者が次の作家の卵にリソースを投下し、新しい作品をゼロから作る。上から下へ還流するエコシステムが回っているといいます。
海外これがないんですよ。
理由として坂本さんが挙げるのが、海外には週刊漫画誌をはじめとする漫画誌がないことです。
日本ではデジタル化が進み、コミスマのガンマ ── コミスマ社が運営するマンガ配信プラットフォーム。坂本さんが所属する会社のサービスとして言及されていますのような電子プラットフォームへの配信や、noteでのサブスク・投げ銭など、マネタイズの道が複数あります。
一方、雑誌がなく紙が9割の市場を作家目線で見ると、出版社からコミックスを出してもらい、それが売れて初めてお金が入ります。キャッシュフローのサイクルが遅く、マネタイズのポイントが限られた市場です。
そのため専業作家として食べていくこと自体が難しく、ヒットの収益を次の作家育成に投資するエコシステムも、それを成り立たせる箱も海外にはないと坂本さんは言います。
雑誌・電子プラットフォーム・note等。原稿料や課金で専業として食べやすく、育成に還流する箱がある
コミックスが売れて初めて収入。キャッシュフローが遅く、専業も育成エコシステムも成り立ちにくい
坂本さんは、この状況を変えられたところが次の覇者になるという仮説を語ります。日本と同じエコシステムを海外で回し、世界中の新人作家を発掘して作品を出しまくる。それを今の会社で実現するのが野望だといいます。
ニワトリと卵の壁と、突破口になった『バクマン。』
森下さんは、野望に納得しつつ、第一歩の難しさを指摘します。坂本さんも「ニワトリと卵なんですよね」と応じます。
森下さんは、日本と同じ出版社・編集者・エコシステムをそのまま他国に受け入れさせるのは難しいと考えます。概念自体がないため、ローカライズどころか作りを大きく変えないと受け入れられないのでは、というのが直感です。
これをローカライズするというよりも、もう完全に変態しているような状態ぐらい側替えしないと受け入れられないんじゃないかなって直感的に思いましたね。
坂本さんは、この見立てを的確だと評価します。海外の漫画家の卵は、完成品を持ってきて「出版を検討できませんか」と言うパターンが多いといいます。
日本では、アイデア段階から編集者とディスカッションし、リテイクとボツを重ねて作るのがマンガの作り方だという文脈が共有されています。しかし海外にはその概念がないため、そこが難しいポイントになります。
ただし坂本さんは、すでにその概念を理解し、ゼロから一緒に作りたいと言ってくる海外作家もいると明かします。なぜ知っているのかを聞くと、意外な答えが返ってきます。
バクマンの翻訳版読んだからっていう人がすげえ多い。
専門学校からグローバル投稿プラットフォームへ
森下さんは、マンガの専門学校を持っていけばよいのではと提案します。坂本さんによれば、専門学校は各国にすでにあり、トップスクール出身者の画力やストーリーライティングの技術はかなり高いといいます。
つまり、絵を描けるようにする段階はある程度できている。足りないのは、それと商業で成功するエコシステムをつなぐ最後の一手だと坂本さんは言います。
森下さんは、その最後をデジタルのプラットフォームで担えないかと発想を広げます。学校のようにフィジカルで囲うだけでなく、誰もがアプリで入れるプラットフォームがあればワークするのでは、という提案です。
坂本さんも、それが理想形だと同意します。ただ、海外にはマンガを読む人がほぼ全員使うようなデジタルプラットフォームがまだ存在しません。そのため専門学校の生徒が目指すゴールとして、日本の漫画雑誌・媒体で連載することを夢にする人が多いといいます。
森下さんは、ピッコマやLINEマンガのようなプラットフォームのグローバル版を作り、世界中から作家を集めて筋のいいものを採用していく、国内で当たり前の営みの海外版はどうかと提案します。
坂本さんは、それがネクストになり得ると応じます。ジャンプ編集部の運営する漫画プラス ── 集英社が運営するマンガ配信アプリ。少年ジャンプ作品などを配信し、海外でもユーザーが増えているサービスとして言及されていますのようなアプリは海外でも徐々にユーザーが増え、漫画家の卵が投稿できる場になっています。
日本市場が大きすぎる壁と、20〜30年で見る答え合わせ
ここで坂本さんは、もう一つの難しさを挙げます。デジタルではとりわけ日本のマンガ市場が圧倒的に大きいことです。
たとえばインド人が作った本気のクリケット漫画は、日本ではあまり流行らない可能性があります。そのため、日本で流行る作品を描ける海外作家はすぐ成功し得ても、そうでない作家が成功するには、読み手側のプラットフォームがグローバルになっている必要があります。
そうじゃない人たちが成功しようと思うと、今度描き手側じゃなくて読み手側のプラットフォームがグローバルになっている必要があって。
この読み手側の変化はマクロ・環境側の話で、時間がかかります。坂本さんが目標を2〜3年でなく20〜30年に置くのは、この上げ側が簡単には変わらないからです。
森下さんは、我々世代でやりきれることと、次世代に託すべきことがあるのかもしれないと応じます。坂本さんは、まだまだやりがいのある市場だと語ります。
答え合わせは僕が定年になる二十年後、二十五年後ぐらいとかに、どこまでやれたねっていうのがわかるかもしれないので。
最後に触れられたのが、二人の関係です。森下さんのHARS Globalは、コミスマのマーケティングやプロモーションの一部を手伝っているといいます。森下さんはエンタメ領域と東南アジアの解像度の高さを強みに、引き続きサポートしたいと語りました。
まとめ
この回は、各国で日本のマンガ・アニメが広がる過程には共通のパターンがあるという坂本さんの観察を軸に、海外にも作家を育てるエコシステムを作るという野望まで語られた雑談回でした。時間軸を長く取ることで、次に来る変化や狙い目の市場が見えてくる点が印象的です。
- 日本と韓国を除く各国では、いまだ紙のマンガが9割。これは日本の15年前と重なる構図で、電子化の波が来る可能性がある
- 世界中でマンガの入り口は少年ジャンプ。時間が経つとジャンル拡大やBLの流行、趣味の一般化といった質的変化が起き、フランスが最も進んでいる
- 質的変化を時系列で当てはめれば、次に変化が来る国や狙い目の市場を予測でき、営業の根拠にも使える
- マンガ市場は日本が圧倒的に大きく、日本で売れるものを作るのが基本。ただし文化的・宗教的タブーには配慮が必要
- 海外には編集者を養うエコシステムがない。日本と同じ仕組みを海外で回すことを、坂本さんは20〜30年かけて実現したい野望として語った







