25年間の家族の記録を追った映画を観て
この回で二人が取り上げるのは、統合失調症をめぐるドキュメンタリー映画『どうすればよかったか?』です。酒井さんと島田先生が、実際に一緒に映画館で鑑賞したうえで語り合っています。
映画の内容を、ネタバレしない範囲で酒井さんが紹介します。面倒見のいいお姉さんがある日統合失調症を発症し、さまざまな症状が現れていく中で、両親が家に南京錠をかけて娘を閉じ込めてしまったという家族の記録です。
この25年ほどのエピソードを、途中から弟が監督としてドキュメンタリー作品に撮ったものだといいます。異例の大ヒットドキュメンタリーと言われ、書籍の刊行に合わせてアンコール上映が行われ、藤野監督の登壇もあったとのことです。
なかなかパッと感想が言えないぐらいの衝撃を受けた。
精神科医である島田先生も、この病気は長く診続けてきたと話します。精神科医になってからずっと関わってきた病気だといいます。
精神科医だったらずっと見続けるような病気だから、精神科になってからはもうずっと診てる感じかな。
島田先生も、映画には強い衝撃を受けたと語ります。普段から患者や家族の話を聞いてはいるものの、実際に起きてきたことが長い期間にわたって映像で残されている点が大きいといいます。
中には治療に結びつかなくて大変だった話もたくさん聞くけれども、映像として実際に起きてきたこと、それをこれだけの期間にわたってっていうのが、すごく大きいことだと思う。
医療の現場では、通院や入院の期間は把握できても、そこから離れた日常生活まではなかなか見えないと二人は確認します。細かいところを把握しきれない部分もある、というのが臨床の実感です。
「対応の失敗例」という監督の問い
酒井さんは、映画のフライヤー裏にある監督の言葉を読み上げます。25年という長い年月と、それを「失敗例」と位置づける監督の姿勢が印象に残ったといいます。
我が家の25年は統合失調症の対応の失敗例です。
どうすればよかったか。このタイトルは私への問い、両親への問い、そして観客に考えてほしい問いです。
酒井さんが気になったのは、映画という表現が持つ客観性と、弟という当事者ならではの主観性のバランスです。自分のパーソナルな領域を公に出すことについて、最初からそう考えていたわけではないだろうと指摘します。
この点を、酒井さんは上映後に監督へ直接質問できたといいます。若いうちには撮れなかっただろうが、25年という時間の中で徐々に客観化が進み、これを残そうと思えた部分があるのではないか、と受け止めています。
統合失調症とはどんな病気か
ここで話題は、統合失調症という病気そのものの説明に移ります。島田先生は、幻覚や妄想といった症状を主体とする精神疾患だと説明します。
島田先生によれば、症状はそれだけではありません。思考障害や意欲の低下、感情の平板化 ── 感情の表れが乏しくなること。喜怒哀楽の表出が少なくなる状態を指しますといった症状も出ることがあるといいます。
一方で、激しい興奮状態が生じることもあると島田先生は補足します。同じ病気でも、症状は時期や病状の良し悪しによって大きく変化するものだといいます。
精神運動興奮状態っていうのが生じることもあって、そういう時にはすごく激してる、怒ってるような感情が出たりはする。
島田先生は、印象に残っている患者のエピソードも語ります。激しい症状で入院してきた人の入院時の様子を、具体的に振り返ります。
入院する時はもう話してる内容も支離滅裂だったり、目が座っちゃってるような感じで、周りを警戒したり、敵意むき出しな感じの目だったり。
その患者は「自分が襲われるから、先にどうにかしなきゃと思って暴れた」という妄想的なことを口にしていたといいます。しかし、入院してきちんと薬を飲むようになると、症状は次第に落ち着いていったと島田先生は話します。
退院後はだんだん普通の生活に戻り、最初に始めたパートの働きぶりが良くて正社員になった人もいたといいます。同じくらいの年齢の交際相手ができ、遊びに行く予定を語るまでに改善した例もあったと振り返ります。
薬物療法を主軸とした治療のかたち
治療法について、島田先生はまず薬物療法が最も主軸になると説明します。統合失調症の治療には薬物療法が欠かせないといいます。
そのうえで、薬物療法をメインとしつつ、作業療法やデイケアといった治療も併用していくと島田先生は続けます。入院中の人だけでなく、外来で通ってくる人も取り組むものだといいます。
お薬を主軸としつつ、それ以外の作業療法とかの非薬物療法も併用していくっていうのが大事。
診断についても酒井さんが尋ねます。他の精神疾患と症状が被ることもあるのか、比較的分かりやすいものなのかという問いです。
島田先生は、典型例は分かりやすいと答えます。明らかな幻聴があるなど、症状がはっきりしている人は診断がつきやすいといいます。
ここで島田先生は幻聴 ── 幻覚のうち、実際には鳴っていない音や声が聞こえる症状。人の声が聞こえるものが多いとされますについて説明します。幻覚の中でも音声に関するもので、人の声が聞こえるパターンが典型だといいます。
もう一つの代表的な症状が妄想 ── 現実ではないことを、訂正できない考えとして強く信じ込んでしまう状態です。これらが目立つ人はかなり分かりやすく診断がつく一方、そうでないパターンもあり、その場合は診断が難しくなる人もいると島田先生は話します。
酒井さんは、以前扱ったアルコールに伴う幻視は視覚の症状だった点と対比します。統合失調症では聴覚の症状、つまり幻聴が典型的だという整理です。
発症の原因は遺伝か、環境か
酒井さんは、映画の冒頭に「発症のメカニズムや原因を探るものではない」と書かれていたことを覚えていました。そのうえで、一般的にどのような発症の理由が考えられるのかを尋ねます。
島田先生は、遺伝か環境かとよく聞かれるが、正直どちらも関与していると答えます。遺伝だけで起きるわけでも、遺伝要因が全く関係ないわけでもないといいます。
完全に遺伝だけで起きるわけでもないし、遺伝要因が全く関係ないとかそういうこともなくて、どちらも合わさって起きる。
受診のタイミングと「誰も悪くない」という感想
話題は再び映画に戻ります。島田先生が気になったポイントとして最初に挙げたのは、受診のタイミングでした。
島田先生は、お姉さんがニューヨークに行ってしまった時が一つのチャンスだったのではないかと振り返ります。向こうで保護されるような事態だったなら、第三者の介入をきっかけに受診につながり得たかもしれない、という見方です。
一方で島田先生は、監督自身は「失敗例」と語っているものの、外部の人間がそう断じるのは難しいとも述べます。治療に至るまでの家族の苦労も同時に伝わってくるからです。
酒井さんの感想は、これとも重なります。90分から100分ほどの中で見えない背景はあるとしつつ、登場する人物の誰も悪くないと感じたといいます。
みんな良かれと思って、都度判断してることが、徐々に間違いだってわかっているが、極めて人間的な判断を下していた結果、誰も悪くないのかなっていうふうに思ってしまったんですよ。
島田先生もこれに同意します。両親も悪意があったわけではなく、自分たちの中の思うところで本人のためにやっていたはずだといいます。そこにこそ、この問題の難しさがあると受け止めています。
認知症・介護と重なり合う後半の問題
映画の後半では、お母さんに認知症の問題が出てくると島田先生は指摘します。それによって、家族としての判断がさらに難しくなっていく場面があるといいます。
監督の目線で言えば、お母さんの認知症とお姉さんの統合失調症という二つの問題が同時にのしかかってくることになります。島田先生は、これは臨床の現場でも実際にあり、解決がなかなかスッといかない事例だと語ります。
酒井さんも、統合失調症だけでなくさまざまな問題が掛け算になっていると感じたといいます。スティグマに加えて、介護、老い、家族の関係性、地域のサポートといった要素が絡み合う内容だと整理します。
これが自分に、ないしは自分の家族とかに起きても全くおかしくがないと思うぐらいではあった。遠い世界の話じゃなく、むしろよりリアリティを感じる内容だった。
受診を阻んだスティグマと呼称の変化
島田先生が重要な論点として挙げたのが、スティグマ ── 特定の属性や病気などに対する社会的な偏見・負のイメージ。当事者が支援や受診をためらう要因になりますです。統合失調症で受診に至らなかった背景に、こうした社会的偏見があったのではないかと指摘します。
島田先生は、これは時代的な要因もあるとしつつ、現代でも起こり得る問題だといいます。スティグマが、受診を阻む一つの壁になっていたのだろうと振り返ります。
酒井さんはここに、映画ならではの逆説を見出します。両親は医学を学び、いわばサイエンスを信じている人であるにもかかわらず、取っている行動を見るとスティグマに負けてしまっているように映ったといいます。
さらに酒井さんは、お姉さんがワンシーンで「サイエンス」と書かれたTシャツを着ていたことが印象に残ったと語ります。おそらく偶然だろうとしつつも、象徴的に感じたようです。
こんなにロジカルで学問的で、医学を志した人が、知らず知らずのうちに、恥とかスティグマとか、そういったものに負けてしまってる。
島田先生は、日本では昔から精神疾患の人を自分の家でそのまま様子を見る歴史があったと補足します。江戸時代の座敷牢 ── 家の中に閉じ込め、外に出さないための部屋。かつて精神疾患の患者を家庭内で隔離する形で使われましたや私宅監置 ── 患者を自宅に留め置き、外に出さない形の隔離。日本で歴史的に行われてきた措置ですという措置を例に挙げ、こうしたスティグマと歴史的に共にあってきたと語ります。
一方で治療薬の面では、統合失調症の薬は1950年代ごろには開発されており、日本への導入もそれほど時間はかからなかったのではないかと島田先生は話します。
ただし入院の面では課題が残るといいます。日本では入院外での受け入れがなかなか進まず、社会的入院 ── 医学的には退院可能でも、受け入れ先や社会的な事情から入院が続いてしまう状態のような長期入院が問題として挙げられることもあると指摘します。
呼称の変化についても二人は触れます。近年は「精神病院」ではなく「精神科病院」と呼ぶようになっていると島田先生は説明します。細かな差ではあるものの、そこでイメージを変える意味があるといいます。
病名そのものも変わっていると島田先生は続けます。統合失調症は、以前は日本語の訳語として「精神分裂病」と呼ばれていたといいます。名称とスティグマが紐付くこともあるため、呼び方の見直しには意味があるという理解です。
誰にこの映画を届けたいか
最後に酒井さんは、この映画を誰に観てもらいたいかを島田先生に尋ねます。
島田先生の答えは「日本人全員」でした。精神科の医療従事者にとっては分かっている話も多いかもしれないが、それとは関係なく多くの人に観てほしいといいます。
みんな誰もが当事者となり得ることもあるし、統合失調症に対しての理解とか、いろいろ考えどころが多いものだと思うから、みんなに見てほしい。
二人は、書籍も刊行されているのでぜひ手に取りたいと話します。映画を未見の人にも、ぜひ観てほしいと締めくくります。
まとめ
統合失調症は幻覚や妄想などを主体とする病気で、薬物療法を軸に治療で改善し得る一方、受診に至るまでには家族の判断やスティグマといった壁が立ちはだかります。映画『どうすればよかったか?』は、その現実を25年の記録として突きつける作品として語られました。
- 統合失調症は幻覚・妄想・思考障害・意欲低下などを主体とし、症状は時期によって変化する
- 治療は薬物療法を主軸に、作業療法やデイケアなどの非薬物療法を併用する
- 発症には遺伝要因と環境要因のどちらも関与すると考えられている
- 受診の遅れの背景には、社会的偏見であるスティグマが壁として存在してきた
- 誰もが当事者になり得るテーマとして、医療従事者に限らず多くの人に届けたい映画





