索引がない文法書は不便?
僕の師匠である大西泰斗先生の本『総合英語FACTBOOK』の第3版が出るということで、その話をしていたときのことです。
よく『一億人の英文法』と『総合英語FACTBOOK』のどちらがいいのか、という話になるんですが、『一億人の英文法』の初期の版には索引が付いていないんですね。
「索引が付いてないのが難点だよね」という話になって、僕は「はて」と思ったんです。
これまで英語を勉強してきて、英文法書の索引を使ったことがほとんどないぞ、と。まったくないわけではないんですけど、あまり記憶にないんです。
索引を使わずに済んでいた理由
辞書を引いたり、辞書代わりに単語帳の索引で調べたりすることはたくさんあります。それなのに、英文法に関しては索引を使っていない。なぜだろうと考えてみました。
答えは、文法の内容が基本的に全体として頭に入っているから、でした。
これ、なんだっけ?
該当の文法項目がわからない
立ち返る
文法書のどこに載っているのか
思い出す
この本の、このページだ
脳内データベース
説明や例文が思い出せる
だから目次から調べたり、本の端に付いている見出しを見たりしていました。たとえば名詞のところを開いて、名詞のページの中に必ず自分の疑問の答えがあるはずだ、と探していった訳です。
全部は覚えきれない。でも、お手本の扱いは自分で調べるしかない
分厚い英文法書をやろうとして、なかなかやりきれない、という話をよく聞きます。
やりきれないんですよ、そりゃ。全部覚えておくのは難しいですし、AIなどの技術が進歩していく中で、覚えることの価値は下がっていくとも思うんです。
ただ、僕は大西先生のメソッドを基本的に習得して、それを指導に活かしています。AIに聞いたりググったりして返ってくる答えは、正解かもしれないけれど、大西メソッドではないんですね。
数年先には全然問題なくなるかもしれません。でも今のところは、自分が母艦にしている本の中でどう扱われているかを調べるのは、自分でやるしかないんです。
細かく覚えるより、全体像をつかむ
なので、たとえば『一億人の英文法』なら、どういう順番でどういうことが語られているのかを、なんとなく頭に入れておくんです。
細かいことは徐々に覚えていけばいいですし、あまり触れないものはだんだん忘れてもいいと思います。
理想は、索引がなくても「この文法項目はここに入っている」とわかるようになること。本は『総合英語FACTBOOK』でも『ロイヤル英文法』でも、何でもいいんです。
全体像がわかっていると、調べやすくなるだけではありません。自分が触れる英語や、自分がアウトプットする英語を、その全体像に照らし合わせながら扱えるようになるんです。
お手本や型がない状態でむやみにやっても、伸びてはいくんでしょうけど、いい感じに伸ばしていくのは難しいと思います。自己流も楽しいとは思うんですけどね。
お手本の1冊を決めて、その「生き索引」になる
だからこそ、自分がお手本とする1冊を決めて、全体像を持つ。そうすると、TOEICでも英検でも、いろんな英語に対応しやすくなります。
以前は、TOEICの「でる1000」中で文法事項がどう使われているか、Part 5で文法がどう切り取られているかを知りましょう、という話をしたこともありました。
目指すところは会話でも何でもいいですし、特に絞らないなら、自分が気に入った本でいいんです。
どの本がいいと言われても、自分がこれだと思う本があるなら、その本の生き索引になるつもりで学習していく。壁や疑問にぶち当たったとき、必ず自分で調べられるようになります。
本当は索引で調べたほうが精度は高いんでしょう。でも「あれ、これどこかな?」と自分で探してみる、ある種面倒なことが、覚えるきっかけになったりもするんです。
専門家からすれば、こうした文法書では生ぬるいという話もあると思いますが、自分で決めた範囲でいいと思います。ぜひ英文法の本をこまめに引いてみてください。
皆さんが軸にしている英文法の本も、ぜひ教えてください。読んでくださってありがとうございました。では、またお会いしましょう。バイバイ。
まとめ
僕が英文法書の索引をほとんど使わずに済んだのは、本の全体像が頭に入っていたからです。お手本の1冊を決めて、その「生き索引」になることを目指すと、調べやすくなり、英語の理解も深まると考えています。
- 分厚い文法書を全部覚えきるのは難しく、まずは全体の構成をつかめばいい
- AIや検索では、自分が軸にしている本での扱いまでは今のところわからない
- 全体像があると、インプットもアウトプットもそれに照らして進められる
- 索引に頼らず自分で探す手間が、覚えるきっかけになる




