松竹は「実は不動産の会社」だった
映画配給会社として『東宝』『東映』と並べて見てきた『松竹』は、歌舞伎や映画でおなじみの老舗エンタメ企業です。
創業は1920年、上場は1949年。3社の中で最も歴史が古い会社です。
時価総額は約1620億円です。東宝が1兆3000億円超、東映が3900億円なので、比べるとコンパクトなサイズ感です。
事業の顔をひとことで言うと、歌舞伎興行が発祥で映画も手がけるけれど、実は不動産が一番の安定収益源になっている会社、という感じです。
四季報にも不動産が安定収益だと書かれていて、2024年には『TBSホールディングス』との資本提携も話題になりました。
事業の構成を見ると、そのいびつさがよくわかります。
- 映画関連事業:売上の約52%、利益率は約1%
- 演劇事業(歌舞伎):売上の28%、利益率はマイナス5%で赤字
- 不動産事業:売上の17%、利益率は37%
売上のメインは映画と演劇なのに、利益は圧倒的に不動産が稼いでいるんです。
ライバルと比べると見劣りする本業の数字
連結売上高は約1000億円、営業利益は60億円で、営業利益率は6.0%です。
本業の利益率はゼロに近く、ライバルが18%台だったのと比べると、ちょっと見劣りしてしまう数字です。苦戦しているポジションにいるんじゃないかなと思います。
純利益は54億円で純利益率5.4%。予想PERは29.6倍、PBRは1.52倍です。業界内では控えめですが、東映と比べると予想PERはかなり高い数値になっています。
ROEは5.1%なので、資本効率の面ではもう一段階のテコ入れが期待される水準ではなかろうかと思います。
従業員数は1439名で、単純計算の1人当たり営業利益は約417万円です。東宝・東映が1600万〜1700万円だったので、生産性では大きく水をあけられています。
四季報の業績記事も「反落」という厳しい見出しから始まっていました。
2027年2月期は、『鬼滅の刃』などの恩恵を受けた前期の大ヒットから映画興行・配給が反落し、演劇も微減、不動産も横ばい。さらに制作費が重くのしかかって、営業利益は反落する見通しです。
鬼滅の刃は結局東宝の配給作品ですし、同じく東宝の作品である『国宝』をきっかけに歌舞伎を見に行く人も増えました。今年は東宝さまさま、という展開だったんじゃないかなと思っています。
ただ、それは外的要因でプラスになっているだけ。実力値を見ると、結構苦しい戦いが続いているなと感じます。
もちろん、巻き返しの動きもあります。『正反対な君と僕』を製作幹事としてアニメ化し、有力出版社の原作獲得を急いでいるそうです。
歌舞伎でも早期の宣伝や25歳以下割引を導入して、集客力の底上げを狙っています。アニメIPの強化と伝統芸能のテコ入れに、必死に取り組んでいる様子がうかがえます。
補助金があるのでは、という仮説を調べてみた
数字を見ていて、私が勝手に立てた仮説があります。本業が厳しく営業赤字の年もあるのに、経常利益や純利益のマイナス幅はなぜか小さく見える。
歌舞伎のような伝統芸能を抱えているから、営業外収益として国から補助金が入っているんじゃないか、と思ったんです。
調べてみると、補助金は結構もらっているようでした。営業外収益に計上したというリリースが検索するといくつか出てきて、10億円規模で四半期ごとに載っている年もありました。
ただ、それが伝統芸能の領域に対するものなのかは、よくわかりませんでした。
ここは自分の見識の浅さというか、偏見が勝手に出てしまったなと、ちょっと反省しています。
純利益を大きくする要因としては、補助金のほかに投資有価証券の売却益が計上されることもあったようです。
本当は本業の実力値だけで見てあげるのがいいのかなとは思いつつ、血を流しながらも補助金と資産の切り売りで最終利益をギリギリ取り繕っている。それが経営としてのリアルなのかなと思いました。
「純利益が出ているからOK」は危ない
松竹を語るうえで、不動産事業の収入は外せません。だからこそ、不動産の見方って結構難しいんです。
四季報写経をしていて、Xでちょっと検索してみたことがあります。財務諸表はまだあまり読んだことがないけれど、四季報写経で知識をつけたい、という人のポストが最近いくつか出てきていて、仲間じゃんと思って嬉しかったんです。
ただ、その中に「営業利益はいまいちだけど、純利益が出ているからいい感じに着地しましたね」というようなポストも見かけてしまいました。
写経は思考の訓練なので、何かしらコメントしなきゃいけない。なんとかポジティブな点を見つけたんだとは思いますが、めっちゃ危険だなと思うんです。
企業分析の初期段階でやりがちなミスで、、言葉を選ぶのが難しいのですが、あまり見る目がないな、という感じなんです。
だって結局、再現性がないじゃないですか。営業外の収益を稼いでも、そのキャッシュが本業に食いつぶされたら本当に意味がないんですよね。
だから営業利益をきちんと見なきゃいけない。もし純利益や営業外収益を見たいなら、稼いだキャッシュが何に再投資されるかまでを見ないといけないと思います。
臨時で手に入ったお金がただ人件費に消えていくだけではダメなんです。本業の何に再投資されて、どこで複利を生み、雪だるま式に本業の稼ぎを増やせる形になっているか。そこまでしっかり見てあげなきゃいけないですよね。
自分たちの生活に置き換えると、不動産による底上げや有価証券の売却益は、ビットコインが値上がりして億り人になったような話かもしれません。
個人ならそれで生活して、キャッシュを食いつぶしながらFIREみたいな状態になるのもいいかもしれません。でも会社という1つの生き物として考えると、臨時のものも含めて入ってくるお金より出ていくお金のほうが大きかったら、続かないわけです。
ゴーイングコンサーン ── 企業が将来にわたって事業を継続するという前提のこと。継続企業の前提とも呼ばれますという言葉があります。会社は将来にわたって続くことを期待されて存在しているわけです。
継続可能性が高いほど外から評価されるし、世の中にインパクトを与えられる範囲も広がっていく。だからこそ、手に入ったキャッシュがどう使われるかまでセットで見てほしいんです。
PPMで「金のなる木」に甘んじないかを見る
もうひとつ、プロダクトポートフォリオマネジメント ── 事業を市場の成長性と市場占有率の2軸で4つに分け、資金配分を考える経営分析の手法(PPM)という視点もあります。
4つの象限に分けて、キャッシュの流れと市場占有率でフェーズ分けして考える理論です。
市場占有率が高く、キャッシュを生む力が強くて出ていくお金は少ない事業は「金のなる木」と呼ばれます。これ以上の成長は見込めないかもしれないけれど、会社に安定的にキャッシュをもたらしてくれる事業です。
でも、そればかりだと斜陽になったときに苦しくなります。市場が拡大している「花形」や、市場の成長性はあるのに占有率が低くて出ていくお金が多い「問題児」に、どう投資していくかが大事になる訳です。
金のなる木に甘んじていてはいけない、というのが経営学の通説としてあるんです。
お金が出たからOK、市場が伸びているからOK、と単独で考えるのではなく、いま置かれている状況とキャッシュのインとアウトを結びつけて考える。そうすることで、どこに資源を投下して伸ばすかが考えられるようになっていきます。
少し頭でっかちな部分もあるかもしれませんが、数字を見るときは多角的に、いろんな理論を組み合わせながら「これはこういう意味があるんじゃなかろうか」と考えてもらえるといいんじゃないかなと思います。
松竹の本業の配給については、作品の獲得力やIPが大ヒットするかに大きく左右される部分があるので、細かく語るのは本質的じゃないかなと思い、今回は営業外収益にフォーカスしてみました。
エンタメ業界のAI活用は「事務的な部分」に金脈がある
最後に、松竹だけの話ではないのですが、クリエイティブやコンテンツIPの業界にとってAI活用をどうするかは、非常に大事なテーマだと思っています。
AIで作られたものがユーザーの可処分時間を食いつぶすんじゃないか、という仮説もあります。一方で、長く続いている業界だからこそ、情報としての経営資源がたくさん眠っているんじゃないか、という観点もあるんです。
歴史の長い映画会社には、過去の企画書や、何十年分ものヒットと失敗のデータがあるはずです。原作権の獲得やクリエイティブそのものは秘伝のタレで、人間の身体性が活きる領域だと思いますが、こうしたデータには金脈がありそうだなと思いました。
映画業界では、企画段階でのストーリー案の生成や、SNSトレンドを分析してABテスト用のプロモーション動画をプロトタイプとして大量生成する動きも始まっていると聞いています。
ただ私は、それよりもっと事務的な作業の部分が大事だと思っています。企画と興行のデータを、自社の経営資源に変換していく作業です。
問題は、そのデータがAIに食べさせやすい形式に整っていないだろうということ。昔のものも含めてきれいに整えられるかが、初期の企画段階や宣伝プロモーションの効率化でAIを推進できるかの争点になるんじゃないかと考えています。
SECIモデル ── 知識創造のプロセスを、共同化・表出化・連結化・内面化の4段階で説明する理論。野中郁次郎氏らが提唱しましたでは、暗黙知を形式知にして人に伝え、それがみんなの中に入ることで新しい暗黙知が生まれる、と説明されます。
職人技の暗黙知はどうしてもAI化しづらい。だからこそ形式知化しやすい部分でデータを整形してAIに食わせ、戦略をどんどん生み出していく。そうして知の動きを高速化し、暗黙知が育つスピードを上げていくビジネスサイドの発展が必要なんじゃないかと思います。
クリエイティブを相手にする会社で働いていると、生成AI全体が悪のように見られることも一定あるんですよね。
著作権を侵害している可能性があるAIモデルやLoRAなんて、使っちゃいけないのは当たり前です。でも効率化できるところまで全部悪いものだと言ってしまうのは、よくないと思うんです。
これはこれ、それはそれと切り分けられる経営戦略をとれれば、業界全体がもう一段伸びていくんじゃなかろうかと思っています。これは検証というより私の意見ですが、ここで書いておくことに、そのうち何らかの価値が出るんじゃないかと思っています。
3回にわたって映画配給会社を見てきました。東宝は組織をアニメIP型に作り変え、東映はIPのLTVと格闘し、松竹は(これは私が勝手に言っているだけですが)不動産と補助金で本業を支えながら次の一手を探している。
同じ映画会社でも、戦っている経営課題や稼ぎ方はまったく違うんですよね。こうして比べながら四季報を読む楽しさを見つけてもらえたら、そして今回の分析が皆さんの新しい視点になれば嬉しいです。
まとめ
松竹は売上の中心が映画と演劇なのに、利益は不動産が支え、補助金や有価証券の売却益で最終利益を整えている会社でした。だから私は、純利益で安心せず、本業の稼ぐ力と、得たキャッシュの再投資先までを見るべきだと考えています。
- 松竹は不動産事業が利益率37%で、利益の大半を稼ぐいびつな構造
- 補助金は10億円規模で計上された年もあったが、伝統芸能向けかは確認できなかった
- 純利益だけでなく、営業利益と、臨時収益が何に再投資されるかまで見ることが大事
- エンタメ業界のAI活用は、過去の企画・興行データを整える事務的な部分に可能性がある



