「一番恐ろしいのは人間」は7歳には届かない
質問をくれた方には7歳のお子さんがいます。成長とともにお化けを怖がるようになったそうです。
今年のお盆には、見たこともないお化けを「怖い怖い」と言って、暗い部屋に行くのを嫌がったそうです。ご実家が田舎の和風の家なので、普段と違う場所というのもあったのかもしれません。
その方は「お化けなんていない、怖くない。この世で一番恐ろしいのは人間」と伝えたそうですが、お子さんには伝わらなかったということでした。
実はこの言葉、僕も子供の頃によく言われたんです。特に祖母からですね。
大人になった今はすごくよくわかります。でも7歳の子に言っても、よくわからないでしょうね。
当時の僕もまったくピンときませんでした。ある程度人生経験を積む中でわかっていくものなのかなと思います。
それに、お化けだけでも怖いのに「人間も怖いの?」となったら、怖いものが1つ増えてしまいます。だから伝わらなくてよかったのかもしれません。
とはいえ、大人がそう言いたくなる気持ちはわかりますよね。
困っているのは「いるかどうか」ではない
お化けがいるのか、いないのか。これはゼロか百かの二元論の話です。
でも、もしかしたらお子さんが困っているのは、お化けがいるかどうかではないんじゃないかと思うんです。目の前の、お化けがいそうで怖いという気持ちの方なんじゃないかなと。
いくら「いない」と言われても、本人は感覚的にいると感じてしまっている。そういう怖さは、なかなか消えないですよね。
そこが「お化けはいない」と言っても伝わらない理由なんじゃないかと思います。
その子の世界には、お化けがいる
では僧侶の僕は、お化けがいると思っているのか。
僕は、その子がお化けがいると思うなら、その子の世界の中にはお化けがいるということだと思っています。
仏教では「眼耳鼻舌身意」という言い方をします。五感に心を加えて六根 ── 仏教で、目・耳・鼻・舌・身体・心(意)の6つの感覚・認識のはたらきを指す言葉と呼びます。
目で見て、耳で聞いて、鼻で嗅いで、口で味わって、触れる。そうして受け取ったものを過去の経験や知識などで統合して、私たちは「これは〇〇だ」と解釈しているわけです。
この子の場合なら、暗さや、慣れない場所、普段と違う雰囲気の和風の田舎の空間。受け取ったものを統合して怖いと感じ、この感じは「お化けがいるということだ」と解釈しているんだと思います。
だから私は、感覚器官から受け取ったものを解釈した別々の世界が、一人一人の中にあると考えています。人によって世界の見え方は違うから、世界のありようも人によって違うんです。
たとえば、ポストは赤いとみんな言いますよね。でも、その人に見えている赤と私に見えている赤が違っていても、同じものを赤と呼んでいるかもしれない。他人の感覚の中にはどうやったて入り込めないですからね。
ちょっとわかりづらいかな。伝わっているといいのですが…。
その子は本やテレビや誰かの話でお化けという存在を知って、よくわからない怖い感覚の対象を「お化け」と呼んでいるんだと思います。
だから、いるかいないかの二択にあまりとらわれずに考えてあげた方がいいんじゃないかと思うんです。
僕も毎晩、障子の穴からお化けに見られていた
実は僕も、子供の頃にお化けを毎晩見ていました。
今住んでいるお寺とは違う、父が住職をしていた小さなお寺に住んでいた頃です。寝室は和室で、家族で布団を並べて寝ていました。
寝室には障子の窓があって、弟と遊んでいるうちにビリビリに破けまくっていたんです。
夜になって布団に入ってしばらくするとその障子のその穴という穴から、毎晩お化けが寝ている僕をじっと見ていた。見た目はお化けというより妖怪に近かったと思いますが、その記憶がめちゃくちゃあるんです。
本当に怖かったけれど、なんとか毎晩眠りについたことを覚えています。
質問をくれた方のお子さんにとっても、障子や暗い廊下、もしかしたら仏間や仏壇もある和風の家は、想像力がたくさん働く場所だったのかもしれません。その気持ち、なんだかよくわかる気がします。
僕が見ていたお化けがその後どうなったかというと、全然覚えていません。小学校2年で引っ越したので、それ以来見なくなったのかもしれません。
誰かが追い払ってくれたわけでも、「いないよ」と説得されたわけでもない。気づいたら見えなくなっていた、そんな感じでした。
お化けは消せなくても、そばにはいられる
自分の子供がお化けを怖がったことも、実際にありました。
そんなときは「ああ、そうなんだね。見えるんだね。怖いね」と言うかな。いるいないという話にはしないと思います。
問題なのは怖いという気持ちの方です。でも、それを取り除いてやることも簡単にはできないですよね。
うちの一番下の子は小学2年生です。お寺は広くてトイレが離れていたりするので、「トイレについてきて」と言われます。そういうときは、ついて行ってあげるんです。
その子の世界にいるお化けを消すことは、他人である僕たちにはできません。でも、怖い気持ちのそばに一緒にいてやることはできると思っています。
暗い部屋に行くのが怖いなら一緒に行く。寝るのが怖いなら、寝つくまでそばにいてあげる。
お化けは、見えていないお母さんにとってはいないことになるけれど、息子さんには見えています。いるいないは置いておいて、怖い気持ちに寄り添ってあげるのがいいんじゃないかなと思います。
無理にお化けを消さなくていい。いつかその子の中からいなくなるかもしれないし、ずっといるかもしれません。
お化けが象徴している気持ちを理解して寄り添うこと。それが息子さんがお母さんにしてほしいことで、してあげられることなんじゃないかなと思っています。
答えになったかわかりませんが、皆さんの参考にもなれば幸いです。ではまた。
まとめ
子供がお化けを怖がるとき、困っているのは「いるかどうか」より怖い気持ちの方だと僕は考えています。六根で受け取った世界は人それぞれなので、その子の世界にお化けがいることを否定せず、そばにいてあげたいと思っています。
- 「一番恐ろしいのは人間」は大人には実感できても、7歳の子には伝わらず、怖いものを増やしかねない
- 仏教の六根の考え方では、受け取ったものを心が統合して一人一人の世界ができる
- 僕が子供の頃に障子の穴から見ていたお化けは、説得されたわけでもなく、いつの間にか見えなくなった
- お化けは消せなくても、トイレについて行く、寝つくまでそばにいるなど、怖い気持ちに寄り添うことはできる







