社長が今も夜9時に配達する会社とは?
WASOは、ロンドンを拠点に日本の食べ物を届ける会社です。2015年にオフィス向けの弁当の配送から始まり、今は製造の機能も持つオンラインスーパーとして、イギリスとフランスで日本や香港などの食品を届けています。
WASOでは、冷凍の刺身や総菜を自社で作っています。金融出身の吉村さんに、製造や配送の仕組みを作るのは得意なのかと尋ねると、答えは意外にも控えめなものでした。
決して得意ではないと思います。あのオペレーションすごい作るのが。
ただやっぱりこう、気持ちは多分誰にも負けないんで、諦めない気持ちとか、一食でも届ける気持ちとか。
吉村さんは、売り上げがある程度の規模になった今でも、ときどき自分で商品を届けに行くといいます。翌日にドライバーへ回すのではなく、夜9時になっても自分で届けることがあるそうです。
ブランディングのページにも書いてますけど、やっぱ一食を届けることを諦めないって言ってるんで。
新しい商品を出す前の最後のチェックも、今も吉村さんが担っています。ただ、味にNGを出すことはあまりないそうです。WASOのシェフはミシュランの二つ星の店で料理長を務めた経験を持つ人で、よく考えられていると信頼しているからです。
だからその懐石料理とやっぱ、家で食べる料理は違うので、そことかは言いますけど。
吉村さんが口を出すのは、商品が一般的なお客さんのニーズからかけ離れていると感じたときです。高級店の料理と家庭で食べる料理の違いを見ることが、吉村さんの役割になっています。
原点は中学生で見たNHK「マネー革命」
吉村さんは1987年東京生まれです。原点は、中学生の頃にNHKで見た「マネー革命」という番組でした。番組に出てきた投資家のジョージ・ソロス ── ハンガリー出身のアメリカの投資家。ヘッジファンドで巨額の富を築き、財団を通じて慈善活動に多額の資金を投じてきたことで知られますさんが、大きな財産を社会のために使う姿に憧れたそうです。
フィランソロピーにお金をかなり使われて。で、そういうのを見て、こういう人はやっぱり日本にいないなっていうのを知って。
じゃあ自分もこうなりたいな、なるためには世界行くしかないなっていう感じですね、元から。
英語が好きだったことも理由の一つですが、一番の大元はこの番組だったと吉村さんは振り返ります。
吉村さんの諦めない姿勢は、学生時代のサッカーにも表れていました。慶應義塾高校から慶應義塾大学に進み、体育会のサッカー部に入っています。大学のサッカー部では、内部進学の学生が試合に出ることはほとんどないそうです。
どんなに下のチームであっても腐らず、まあ多分誰よりも練習して、誰よりも筋トレして結果的に試合出てるんで。
大学時代には、オーストラリアのメルボルン大学に約1年間交換留学しています。吉村さんはパーティー好きではないものの、人間関係を分解して考え、最初の1週間が勝負だと決めていました。
最初は全員、なんかそういうとこに行って、話しかけたら、まあ一番最初だからみんな気にせず入れてくれるわけじゃないですか。
吉村さんは、英語の勉強法も自分で編み出しました。前提にあったのは、1億2000万人の日本人が英語教育を受けてきたのに喋れないのは、そもそも教育が悪いのではないかという疑問です。
だから独り言を喋って、相手から聞いたことを理解して、また独り言を喋る繰り返しなんですよね。(会話は)
吉村さんはこの考えをもとに、家で英語の独り言を続けました。独り言なら文法や単語帳を見ながらでもかまいません。さらに、赤ちゃんが言葉を覚えるように、英語をシャワーのように浴びて聞いたといいます。
J.P.モルガンを辞めて、なぜイギリスで起業したのか
吉村さんは大学を出た後、三井住友銀行を経て、J.P.モルガンの投資銀行部門で働きます。本来は自分で事業をやりたい思いを常に持っていましたが、当時は事業のアイデアがなかったため、まずは勤めることを選んだそうです。
転機は2013年でした。吉村さんはロンドンの日本食チェーンで、日本で食べるものとは違う料理が日本食として売られているのを目にします。これをきっかけに食の分野での起業を決め、J.P.モルガンを辞めて翌年イギリスに渡りました。
イギリスを選んだ理由について、吉村さんは世界展開のしやすさを挙げます。当時のイギリスでは低価格帯の日本食が流行っていて、その多くがウェスタナイズ ── 西洋化すること。番組では、現地の人の好みに合わせて料理をアレンジすることを指していますされた日本食でした。
その時はそのウェスタナイズされたものが正解だと思ってなかったので、それを、まあ、ひっくり返そうと思ってやってた感じですよね。
もう一つの理由は、イギリスがコモンウェルス ── イギリス連邦。かつてイギリスの植民地だった国々を中心に構成される緩やかな国家連合で、マレーシアなどが加盟していますの中心だったことです。マレーシアや香港など、イギリスと歴史的につながりのある国々へ進出しやすいと考えていました。
ただし、ウェスタナイズされた日本食についての吉村さんの考えは、今では変わっています。
やっぱり外国の方、非日本人の方が楽しめるように調整してあげるのは正しいことだと思うんで、そういう意味では彼らに食べていただくためにはウェスタナイズした、するべきですね。
年に1回日本に旅行するような日本好きの人に向けてならアレンジは要らない、とも吉村さんは付け加えています。
毎朝500枚のチラシで、何人が注文したのか?
吉村さんが最初に目指したのは、日本食の店のチェーンでした。しかし、そのための1億円は集まらず、店を持たずに届ける形を選びます。2015年3月、WASOはロンドンでオフィス向けの弁当の配送を始めました。
お客さんを増やすために、吉村さんは毎朝金融街の駅に立ってチラシを配りました。弁当時代の2015年から2020年まで、朝7時半ごろから9時まで、風邪の日などを除いて週5日ほぼ毎日続けたそうです。
それが正しかったのかって言われると、振り返ってみれば正しくないと思うんですね。自分がその代表として、時間の使い方としては。
当時の弁当はオンラインで注文する仕組みだったため、チラシにはプロモコードとサイト、メニューを載せていました。反応は数字で覚えているといいます。
吉村さんの言葉では、100枚配ると1〜2人が頼んでくれる感覚でした。地道な積み重ねでお客さんを少しずつ増やしていったことがわかります。
残ったのは一人だけ。カートを押してシティを走った日々
WASOの弁当の事業は少しずつ伸び、2018年には1日300食ほどを届けるまでになりました。パートタイムを含めたスタッフは20人を超えていました。
ところが、売り上げが伸びても資金が足りませんでした。2019年、吉村さんは事業の縮小を決めます。
もうお金がない。シンプルにそれだけですね。お金がないからもう人を切って縮小するしかないみたいな、そういう感じでしたね。
縮小後に残ったスタッフは、パートタイムの1人だけでした。吉村さんは自分でおかずを作り、弁当を積んだカートを押してロンドンの金融街シティを回りました。
三菱UFJ銀行さんとかSMBCさんとかみずほさんとか回ろうとすると多少離れてるんですよね。だからもう間に合わないから走るしかないんで、本当に走ってましたよ。
飛脚のように。
このころ1日に売れたのは50食ほどで、消費税を除いた売り上げは300ポンドほどだったそうです。材料費とスタッフの給料を払うと、残るのは月3000ポンドほどの家賃にやっと届くくらいでした。
ほんと歯食いしばって。
この時期、日本に帰ろうとは思わなかったそうです。吉村さんは自分を負けず嫌いで、諦めが本当に悪い人間だと話します。ただ、撤退できないことは良くない時もある、という留保も添えていました。
吉村さんを支えたのは、偉大なスポーツ選手たちの言葉でした。イチローさん、マイケル・フェルプス、クリスティアーノ・ロナウドの言葉をインスタで保存し、何かあったときに見返して自分を奮い立たせたといいます。
マイケル・フェルプスだって、多分5、6年間一日も休まずプール行ってるはずなんですよね。クリスマスの日も。
いつか自分も誰かを支える側になれたら、と吉村さんは話します。ユニクロの柳井さんのようになったとき、自分の姿を見て同じように思ってくれる人がいたらとても嬉しい、という言葉でした。
コロナで届け先が消えた。13日で冷凍宅配へ
WASOが縮小してから、すぐにコロナが来たわけではありません。吉村さんは、その間の経緯を順番に説明しました。
ピボット自体はコロナによって強いられた感じです。
ピボット ── 事業の方向転換のこと。スタートアップの世界で、製品や顧客、ビジネスモデルを大きく切り替える場面でよく使われる言葉ですを迫ったのは、2020年3月のコロナでした。ロンドンのオフィス街から人が消え、弁当の届け先がなくなったのです。吉村さんは、生き残る方法をシンプルな推論で導き出しました。
人の居場所
お客さんがオフィスから家に移った
届け先
家にいるなら、家に届けなければならない
届け方
温かい弁当を家々に配るのは衛生面でも難しい
答え
冷凍するしかない
バーンってこう2週間、13日ぐらいで変えたと思います。
エンジニアと一緒に仕組みを変え、ドライバーを一気に採用し、冷凍の在庫を積みました。吉村さんは、弁当も冷凍食品も「作って届ける」点では似ているため、180度違う事業ではなかったからこそ数週間で切り替えられたと話します。
仕組みの作り替えを考えたのは吉村さん自身です。当時はパートタイムのエンジニアが1人いて、実装はそのエンジニアが担当し、仕組みの構造や考え方は吉村さんが全部考えたそうです。
家庭向けの冷凍食品の宅配を始めたのは2020年3月20日でした。その3日後にイギリスはロックダウンに入り、注文が一気に押し寄せました。
初期のお客さんの中心は、弁当事業の時代のお客さんでした。WASOはメールアドレスをCRM ── 顧客関係管理のこと。お客さんの情報や購入履歴をまとめて管理し、関係づくりに生かす仕組みを指しますで管理していて、そこからつながったといいます。その後はメタやGoogleの広告も使っています。
自分たちがこう過去5年、時間無駄にしたかなと思ってはいましたけど、まあつながってはいるかなとは思います。
手応えを感じたのは、ピボットした2020年のうちだったそうです。吉村さんは、これをPMF ── プロダクトマーケットフィットの略。商品やサービスが市場のニーズにぴったり合い、自然に求められる状態のことですではなく「心のPMF」と表現しました。
注文入ってくるし、お客様の課題が、まあ自分(には)解像度がすごく高く見えるというか。
打ち手がある程度当たり、お客さんからも良いフィードバックが届く。そうした様子を見て、これはいけるかもしれないと思ったそうです。今も規模は一般的にはまだ小さいとしつつ、頑張り続ければ柳井さんのようになれるかもしれない、と吉村さんは話しています。
香港、フランス。次の市場をどう選ぶのか
WASOは2021年に配送をイギリス全土へ広げ、2025年にはイギリスで香港の食品を扱うオンラインストアも開きました。日本食の次に香港を選んだ理由として、吉村さんは人口とその増え方を挙げます。
増加度が高いとインフラが追いつかないんで、そこに新たな提供する余白が生まれると思うんですよね。
吉村さんによると、イギリスには日本人が6万人、香港人が30万人いて、香港人はこの5年ほどで10万人以上増えているそうです。それなのに香港系のスーパーはオンラインで1店舗しかなく、インフラが追いついていないと見ています。
2026年2月、WASOはフランスに進出します。候補はドイツとフランスでした。国を選ぶ基準は2つで、ターゲットになるお客さんがどれくらいいるかと、その国で責任感を持ってやり遂げてくれる自社の人材がいるかです。
フランスにずっと行きたいって言ってた5年ぐらい働いてた方がいらっしゃったので、その方(を)行かせたら、何かトラブルが起きても、もう逃げずに頑張ってくださるだろうってわかってた。
国を増やすことについて、吉村さんはあまり大きく考えていないといいます。最初のイギリス進出がそもそも海外展開だったので、フランスもドイツもアメリカも全部同じだと感じているそうです。
1カ国行っちゃうと、その後は多分もう大体わかるんじゃないですかね。
今のWASOでは、フルタイムのスタッフがおよそ50人、ドライバーやパートタイムを含めると110人ほどが働いています。採用は主にリファラル ── 社員や知り合いからの紹介で人を採用する方法のことですで、ヘッドハンターや人材紹介会社は今は使っていないそうです。ほかに、日本語の無料のクラシファイドサイトに投稿すると、採用はかなりできるといいます。
国籍の違うメンバーをまとめる難しさについては、多少の違いはあるものの、日本人同士でも人はそれぞれ違うので、そこまでではないと吉村さんは感じています。
会社は15分で作れる。本社の国は後悔しないよう考えるべき?
ここからは、海外で起業するときの実務の話です。吉村さんは渡英前の2014年2月に、日本の自宅からオンラインでイギリスの会社を登記しました。
イギリスの会社も本当に15分で作りましたよ。これ嘘なしで、10ポンドか15ポンドかで。
手続きは全部オンラインで完結し、日本のようにあちこちへ出向く必要は一切なかったそうです。
2014年4月、吉村さんはワーキングホリデーのビザでイギリスに入り、その年の9月に起業家ビザへ切り替えました。その後、起業家ビザから永住権に移り、5年ほど前から永住権を持っています。当時の起業家ビザの条件は、事業のアイデアをピッチデッキにまとめて送ることと、手元に20万ポンドの資金があると示すことの2つでした。
会社の登記が15分で済んでも、本社をどの国に置くかは前もってしっかり考えたほうがいい、と吉村さんは強調します。海外から日本へ本社を移して失敗したと話す人も、アジアの国に本社を作ったことを後悔している人も、直接知っているそうです。
みんな、なんかそんなの大きくなった時にお金で解決できるからとか言うんですけど、いや、ちょっと考えた方がいいですね。
吉村さんは、本社の国によって資金調達と上場の条件が変わると説明します。
欧州の投資家は投資しやすく、日本の投資家は投資しづらい。ロンドンはどこの国の会社でも上場しやすい
日本の投資家は投資しやすく、欧州の投資家は投資しづらい。日本で上場するなら日本の企業のほうがいい
吉村さんによると、M&Aを考える人はそれほど気にならないかもしれません。一方で、会社をずっと持ち続けたい人や、上場してさらに資金調達をしたい人は、ドライタックス ── まだ現金として手にしていない利益に税金がかかること。株式の評価益などに課税される場面で問題になりますがかかる場合もあるので、作る前に考えてほしいと話します。
お金をどこから集めるかについては、国で選ぶより、その事業を評価してくれる投資家がいるところでやるべきだ、というのが吉村さんの考えです。税金の扱いは国や時期によって違うため、番組では専門家への確認を勧めています。
契約書は一字一句読む。そして「やらないこと」を決める
会計士や弁護士といった専門家の選び方について、吉村さんは最初は相見積もりを取って「えいや」で決めていたと話します。今は社内にフルタイムの会計士が1人いて、だいぶ楽になったそうです。
その代わり、吉村さんは契約書を自分で読むようにしています。不動産の契約から保険まで、すべての書類を自分で読んでいるそうです。
保険から何から何まで一字一句読んでますけどね。いや、でも一字一句読まないとダメじゃないですかね。
吉村さんは細かいところにも自分で入っていく経営者です。その基準は、そこに関わることで全体に大きく効くかどうかです。例に挙げたのは、ユニクロの柳井さんがチラシを細部まで見ているという話でした。
あれ(チラシ)一枚見るだけで全ユーザーのマーケティングにつながるわけですよね。
一方で吉村さんは、自分が何にでも入り込みがちな人間だとも理解していて、権限委譲をもっと進めなければと考えています。
ここ数年、WASOは大きく伸びています。何が効いたのかと聞かれた吉村さんが挙げたのは、やらないことを決めることでした。
100個ぐらい打ち手あって、全部いい打ち手だと思うんですけど、まあ全部いい打ち手でも打てるはずないんで。
まあでもこの1個だけは今月は絶対やりきろうみたいな、そういうふうに考えて、他のなんか捨ててでも、それをなんかちゃんとやる。
吉村さんは、時間を減らせという話ではなく、取り組むタスクの数を減らそうという意味だと補足しています。起業家ほど、いろいろやりたくなってしまうからです。
オフの日はない。ピンチはなぜ必ずチャンスなのか
オフの日の過ごし方を聞かれた吉村さんは、オフはないと答えました。誘われたら出かけるものの、誘われなければずっと仕事をしていて、土日も含めて週7日会社に行っているそうです。
でもそれ(仕事)が苦ではないです。だから、ちょっとつまんないんだなと思ったりすることもゼロではないんですけど、趣味もないし。
体力も持っていると吉村さんは話します。まだ道の途上なので、毎日会社に顔を見せているそうです。
経営で迷ったときも、吉村さんはあまり人に相談しません。相談するかどうかはタイプによるとしたうえで、ある程度の文脈を渡さないと正しい答えは返ってこないと考えているからです。落ち込むこともゼロではないものの、他の人に比べれば少ないといいます。
海外に出る前の自分にかける言葉を聞かれると、吉村さんは「諦めるな」だけだと答えました。ゾンビ ── ここではゾンビスタートアップのこと。成長しないまま生き延びている会社を指す言葉ですスタートアップが話題になることはあっても、気にせずとことんやればいい、という考えです。
諦めない強さについて、吉村さんは先天的な部分もゼロではないとしつつ、後天的にも鍛えられると話します。鍵になるのは、ピンチの捉え方です。
会社の売上が落ちてないのに、コストガンガン削減して生産性高く筋肉質に行くとかって、なかなかトップがみんなのメンバーとか社員に言いづらいと思うんですよね。
ピンチ
会社の売上が落ちる、会社として危ない状況になる
共有
ここでやるしかない、とトップが言える
合意
社員も「OK」と受け入れやすくなる
チャンス
コスト削減や人に依存しない仕組みづくりを進められる
トヨタやソニーのような会社へ。海外起業を目指す人に伝えたいこと
これからの目標を聞かれた吉村さんの答えは短いものでした。
もう本当にトヨタ、ソニー、ユニクロみたいな会社を作る(こと)。以上。Amazonみたいな。
目指す経営者としては、イーロン・マスクさんやジェフ・ベゾスさん、孫正義さん、柳井さんの名前を挙げました。そうなれる確率が高いと思っているわけではないものの、可能性が低くても信じて向かっていくことが大事だと吉村さんは話します。
最後に、これから海外で起業したい人へのアドバイスを求められました。吉村さんは、アドバイスできる立場だとは本当に思っていないと前置きしたうえで、こう答えています。
諦めないこと。で、あと、まあ誰が何を言おうと、まあやっぱり自分だけは自分を信じてあげてほしいなと。
吉村さんがこう考える背景には、海外ならではの孤独があります。日本で事業をしていれば仲間と飲みに行くようなはけ口もありますが、海外ではそうした機会が少ないからです。
悶々とすることもあると思うんですけど、そうするとやっぱり自分が自分を信じてあげられないと、もう崩れちゃうと思うんで。
では、海外での起業そのものを勧めるのか。吉村さんの答えは「やってほしいけれど、簡単にはお勧めできない」でした。海外で起業すると、現地の人に向けて事業を作ることが多くなるからです。
もし相手の方が海外だと、マーケットもすっごいわからないし、その方々が朝ご飯に何を食べてるのかすらわからない。
吉村さんは、現地で人を採用して任せる方法もあるとしつつ、お客さんのインサイトが自分ではほぼわからない中での厳しい戦いになりやすいと話します。それでも、いろいろな人にぜひ挑戦してほしい気持ちはあるそうです。
番組の最後は、自分だけは自分を見捨てないという言葉で締めくくられました。ロンドンの冬にカートを押しながら決めたこの姿勢を、吉村さんは今も続けています。
まとめ
吉村俊宏さんは、弁当配送の資金難とコロナによる届け先の消失を、諦めない姿勢と素早い事業転換で乗り越え、WASOをイギリスとフランスで食品を届けるオンラインスーパーへ育ててきました。海外起業の実務では、会社づくりの手軽さの一方で、本社の置き場所は前もって考えるべきだと語っています。
- 2019年の縮小でスタッフは1人になり、吉村さん自身がカートを押してシティを回った
- コロナで客がオフィスから家に移ったことを受け、13日ほどで家庭向け冷凍食品の宅配へ切り替えた
- 新しい国は、ターゲット顧客の数と、責任を持ってやり遂げる人材がいるかで選んでいる
- 会社の登記は15分で済んでも、本社の国は資金調達や上場、税金に影響するため慎重に考えるべきだと話す
- 100個の打ち手から1つをやりきる「やらないことを決める」経営が、WASOの成長につながったと振り返る



