空中分解した会社で、なぜ「変えよう」としなかったのか
側島製罐は、自己申告型の給与制度やティール組織 ── 社長や上司の指示命令ではなく、メンバー一人ひとりの自律的な意思決定で運営される組織モデル。フレデリック・ラルーの著書『ティールの組織』で広く知られるようになりましたに近い組織運営で知られる老舗の製造業です。聞き手の桺本さんは、石川さんが今の組織にたどり着く前に、何を考えていたのかを尋ねました。
石川さんが家業に戻ったとき、会社は空中分解に近い状態だったと前回の収録で語られています。そこから組織を立て直すにあたって、石川さんが選んだのは、力で変える道ではありませんでした。
結論的には、「自分が変えよう」とか、「力を加えて変えよう」みたいなのが、あんまり自分には合わなくて。どっちかっていうと、自然な姿を目指すというか。
当時の社員は「やっても無駄だ」という諦めに満ちていたといいます。それでも石川さんは、一人ひとりに話を聞くなかで、社員の怒りに別の意味を見いだしました。
一人一人に話聞いてみると、怒ってるわけですよね。辞めないし。本当に嫌だったら辞めてるわけじゃないですか。
「なんでこうなってるんだ」って怒るってことは、ちゃんと理想像があるわけで。
社員が怒るのは、理想像を持っているからだと石川さんは考えました。そこで、社員が自分たちで組織の歪みを正していける状態をつくろうと考えます。羅針盤としてミッション・ビジョン・バリューを定め、そのうえで社員一人ひとりの良心や価値観が行動に結びつくことを大事にしてきたと話しています。
指示命令の文化を変えるために、石川さんが賭けたもの
桺本さんは、売上5億円に対して借金も5億円という後のない会社で、ピラミッド型ではない組織を選んだことに驚いたといいます。自分ならまずトップダウンで売上を上げ、組織に余裕が出てから切り替えるだろう、という問いかけです。
石川さんによると、もともとの側島製罐は組織図があってないようなものでした。役職のある人の言うことを聞くだけの組織で、言われたことしかやらない、怒られないように働く、社長が工場に来たときだけ言われたことをする、といった歪みが生まれていたといいます。
石川さんは、上の人に逆らえないという長年の文化そのものを変えなければ、根本的には変わらないと考えていました。ただ、言葉でいくら伝えても、社員には信じてもらえなかったといいます。
結局でもあなたが給料を決めるんでしょ?とか、ああいう視線は消えないわけじゃないですか。
金融機関出身で、メーカーで働いた経験もマーケティングや組織開発のスキルもない石川さんが、自分にできる最大のことは何かと考えて出した答えは「リスクを取ること」でした。
一番できないけどね。
石川さんは、自らリスクを取ることをテコにして、社員からの信用を一つずつ作っていくことを意識していたと振り返ります。
石川さんが目指した組織の変化は、次のように整理できます。
役職のある人の言うことに従う文化。言われたことだけをやり、怒られないように働く
ミッション・ビジョン・バリューを羅針盤に、社員の良心や価値観が行動に結びつく
「汚いオフィスですみません」という口癖は何を壊していたのか
桺本さんは、オフィスの改装も石川さんのリスクの取り方の一つではないかと尋ねました。石川さんは、純粋にお客様を迎えるのにきつい状態だったと前置きしたうえで、組織づくりをしようと思って何かをしたことは一度もないと話します。
石川さんが例に挙げたのは、当時の社員の口癖です。「オフィスが汚くてすみません」「イケてないホームページでごめんなさい」と、お客さんの前で自社を下げる言葉が当たり前になっていたといいます。
うちのパンフレットしょぼいんですけどって言いながら渡したりとか、それって言ってしまえば自傷行為みたいなものじゃないですか。
石川さんは、自虐の口癖が品質にも顧客との関係にも影響すると考えていました。その考え方の流れは次のとおりです。
自分を下げる
オフィスやホームページ、パンフレットについて謝りながら説明する
質を下げてよくなる
自分を下げることで、クオリティを下げてもいいことになってしまう
お客さんに押し付ける
その低さを、結果としてお客さんに受け入れるよう求めている
信用が生まれない
売上や品質を上げても、根本的には変わらない
石川さんは、自分たちが誇れるものを作り、いい仕事をしているという実感がなければ、お客さんからの信用は生まれないと話しています。その積み重ねが、たまたまオフィスのデザインやホームページ、組織の変革につながっていったといいます。
桺本さんは、感情的な部分と考え抜いた部分が同居した不思議な判断基準だと評し、自分や小平さんならもっとロジカルに考えてしまうと話しました。
ティール組織は「目指したもの」ではなく「結果」だった
小平さんは、石川さんの組織づくりを「課題を一つずつ解いていったら、中小企業型のティール組織に進化していた」と表現しました。
最初からティールにするぞみたいな感じじゃなくて、あれ、なんか近くね?みたいな。だからすごいオリジナリティ溢れてるし、しかもそれが組織に合わせて設計されてる。
桺本さんは、自分がティール組織を目指すなら、バックキャスティング ── 目指す姿を先に決め、そこから逆算して今やるべきことを決める考え方。未来の理想から現在の行動を導く計画手法ですで必要な要素を埋めていく作業をしてしまうと話します。石川さんは、ティール組織は本当に結果としてそうなっただけだと応じました。
ティール組織という完成形を決め、そのために必要なものを埋めていく。桺本さんが自分ならこう進めると語ったやり方
目の前の課題を一つずつ解いた結果、ティール組織に近い形になった。石川さんがたどった道
石川さんは、フレデリック・ラルーの本を読み、Zappos ── 靴などを扱うアメリカのオンライン小売企業。上司と部下の階層をなくす自律型組織の取り組みで知られていますや木村石鹸工業の事例も参考にしたといいます。それでも、自分たちに合うものを合うやり方で取り入れることを大事にしてきました。
側島製罐の自己申告型給与制度は、生きがいラボの福留さんというコンサルタントと進めています。ただ、その前に別の人と人事制度づくりを2回進め、半年から1年かけたあとに白紙に戻した経験があるそうです。
最終的にやっぱり「いやマネジメントしなくてどうやって会社回すんですか」みたいなことを言われたりとか、すごい合わなくて、その思想が。
石川さんは、他社の後追いをするのは木村石鹸工業にも失礼であり、自分たちの軸でもないと考えていたと話します。
一方で、石川さんの組織づくりには、自分自身の原体験も強く影響しているといいます。石川さんは、他人軸から自分軸への転換を経験していました。ずっと「普通がいい」と思い、周りが就活を始めたら就活をするように生きてきたそうです。
それで初めてこんなに仕事って楽しかったんだみたいな。自分の人生を生きているライブ感というか、ダイナミズムみたいなものを肌で感じて。
石川さんは経営者になって初めて、他人軸の人生がいいものではないと気づいたといいます。その楽しさを独り占めしたまま「みんなも仕事を楽しもう」と言うのは違うと考え、自分軸で働く楽しさを社内で民主化する運動をしていると、自らの「エゴっぽい部分」として語っています。
自己申告型給与制度はどう回っているのか?
小平さんは、ある有名なスタートアップが自己申告型給与制度に失敗した話を紹介しました。社員が自分の適切な市場価値を把握できず、給与がなんとなくで決まって、極端に低い人や高い人が出たそうです。一人ひとりと丁寧に話す経営者のリソースも割けなかったといいます。
そのうえで小平さんは、側島製罐の自己申告型給与制度の仕組みと運用プロセスを尋ねました。
自分の給料と役割を宣言する機会があって、それに対して会社が投資するっていう、ざっくり言うとそういう制度です。
石川さんによると、従来型の制度との一番の違いは、過去の実績にお金を払うのではない点です。まだ実現していない未来に対して本人が意思決定し、その分の給料を得る仕組みになっています。
桺本さんは、申告額の根拠がPLなのか、市場相場なのか、ライフステージなのかと質問しました。石川さんの答えは意外なものでした。
基本的には感想です。めっちゃ極論ですけど感想です。
側島製罐では、ライフステージに応じて給与を増やす仕組みはありません。家族手当や住宅手当はすべて廃止して基本給に組み込み、それも含めて自分で給料を設定する考え方にしているそうです。
石川さんが基準として挙げたのは、どれだけプラスを生み出せたかという原理原則です。例として管理職を挙げました。管理職が10人のチームの力をそれぞれ1.0から1.3に引き上げれば、チーム全体で3増えます。管理職の価値は本人の1と合わせて4になるので、ほかの人の4倍ほどの給料になる、という考え方です。
市場価値は参考にするものの、製缶業界は大きな業界ではないため、他社と単純に比較はできないといいます。実績に応じた歩合で稼ぎたいなら、保険会社や証券会社のほうが向いている、というのが石川さんの考えです。
給料は公開されているのか、反発はなかったのか
桺本さんは、社員同士がお互いの給料を知っているのかを尋ねました。石川さんによると、側島製罐の給料は「半分公開」の状態です。
投資委員会のメンバー自体も順番に入れ替えをしているので、そこに入ってるメンバーは、抜けたメンバーもおおよそは知っているわけですし。
さらに、宣言のときには社内の誰かにアドバイスをもらうため、その相手にも給与と仕事内容が見えます。フルオープンではないものの、一定の範囲では共有されているということです。
桺本さんが、自己申告型給与制度の導入時に半分ほどの社員が辞めたのではと尋ねると、石川さんはすぐに否定しました。導入時に戸惑いは大きく、つらい、しんどいという声や、多少のハレーションもあったといいます。
ずっとみんなに伝えてるのが、(この制度は)給料を下げるための制度じゃなくて、上げるための制度だから。今のみんなの給料っていうのも絶対に下げることはしないし。
石川さんは、上げたい人が上げられるための制度だから安心してほしいと伝え続けました。その結果、直接的な拒否はなかったと話しています。
「息苦しい制度」にしないための前提とは
桺本さんは、自己申告型給与制度もティール組織も、自分には「絶対無理」だと感じたと率直に語りました。結果がすべて自分に返ってくる責任の重さや、ブランドが確立した会社だからこそ生まれる採用後のギャップを懸念したといいます。
石川さんは、この懸念を認めたうえで、制度の位置づけ次第で働く人の受け止め方が変わると話しました。
(この制度が)自律的に考えて給料をどんどん上げていって成長させるための制度だみたいな風になると、やっぱり息苦しくってきついと思います。
石川さんは、自分の役割を自認できればそれでよいと考えています。一番良くないのは、望む給与と実際の役割にギャップがあるまま働き続けることです。ただ、年功序列の感覚で「自分の給料が上がらないのはおかしい」と言い続けることはできなくなるといいます。
さらに石川さんが大前提として挙げたのは、社員の存在そのものに感謝する視点です。仕事ができるかどうかや、やる気の有無でその人の存在価値を測る状態で運用すれば、息苦しい組織になると話しています。
意見がすれ違ったまま辞める人がいても、話す場は必要か
桺本さんは、人数が増えるほど人はピラミッド型のほうがしっくりきやすく、フラットな組織では不要な衝突も生まれるのではないかと指摘しました。それでも石川さんがこのやり方を続けていることに感心したといいます。
石川さんも、すべてがうまくいくわけではないと認めています。自己申告型給与制度では、ギャップを許せない人や、自分の現実を認められない人がいて、退職につながることもあるそうです。
そのギャップが許せないっていう人もやっぱりいたりするし、その自分がその現実を認められないっていう人もいるし。だからそうなると、じゃあもう辞めますわみたいな話になったりとか。
普通の会社なら「ステップアップのため」「他にやりたいことが見つかった」といった当たり障りのない理由で退職が終わります。ところが側島製罐では、意見がすれ違ったまま別れることもあり、精神的にはタフな場面があるといいます。
それでも石川さんは、求める給与と実際の給与のギャップを抱えたまま働けば、どこかでブレーキがかかり、お客様や他の社員にも影響すると考えています。
それがちゃんと明らかになるということ自体は、たとえそこで揉めたりすることが万が一あったとしても、いいことなんじゃないかなっていうふうに思います。
桺本さんは、セミナーなどでは良い面が語られがちだからこそ、今回はあえてネガティブな部分を聞いたと話し、収録を締めくくりました。
まとめ
側島製罐の組織は、ティール組織を目指して設計されたものではありません。石川貴也さんが、社員の諦めや自虐、上の人に逆らえない文化といった負の感情に一つずつ向き合い、自らリスクを取って信用を築いてきた結果の形です。自己申告型給与制度もその延長にあり、難しさを抱えながらも、存在への感謝を土台に運用されています。
- 社員の怒りを「理想像がある証拠」と捉え、力で変えるのではなく自然な姿を目指した
- スキルがなくてもできる「リスクを取ること」をテコに、社員からの信用を築いた
- 自己申告型給与制度は、年2回、役割と給与を宣言し、投資委員会と話して本人が決める仕組み
- 給与は下げないと約束し、存在そのものへの感謝を前提にすることで、息苦しさを避けている
- ギャップによる衝突や退職も、不満を抱えたまま働くよりは良いことだと石川さんは捉えている





