プロイセンはなぜ「スタートアップ」のような国だったのか
フリードリヒ大王編の最終回は、大王の死を受けて「結局フリードリヒ大王とは何だったのか」という問いから始まります。楊さんはまず、プロイセンという国がどう成り立ったのかを振り返ります。
楊さんによると、プロイセンにはゲルマン系もスラブ系も、ポーランド人もドイツ人もいました。宗教改革後のさまざまな宗派のキリスト教徒が、それぞれの母国で迫害されて流れ込んできた国でもあったといいます。
そのためプロイセンは、民族や宗教を国の基本理念にできませんでした。代わりに啓蒙主義 ── 17〜18世紀のヨーロッパで広まった思想。伝統や宗教的権威よりも、人間の理性による判断を重んじ、社会や政治を合理的に改善しようとする考え方ですという考え方を土台に国を建てた、と楊さんは説明します。
楊さんは、こうした理念国家のつくり方ができたのは、歴史的経緯から新興国のプロイセンだけだったと話します。新興国ゆえに軍備を強化する必要があり、そのために合理的に考え、財政規律を保つ行動を続けてきたのがプロイセンでした。
多民族・多宗派の新興国
民族や宗教を国の理念にできない
啓蒙主義を理念に建国
理性を土台にした国づくり
軍備強化の必要
新興国として生き残るために迫られる
合理的な財政規律
財政を締めて軍備を強化し続ける
フリードリヒ大王が完成
この流れをある意味で完成させた
楊さんは、この流れをある意味で完成させたのがフリードリヒ大王だったとまとめます。この説明を聞いた深井さんは、思わず次のように反応します。
スタートアップやん、本当に。
楊さんは、戦争の話が続いたためにプロイセンには軍国主義のイメージが付いたかもしれず、それは間違いではないと認めます。そのうえで、プロイセンは自由で公平で寛大な国でもあったと付け加えます。
たとえば三十年戦争 ── 1618〜1648年に神聖ローマ帝国を主な舞台に起きた宗教戦争。カトリックとプロテスタントの対立に周辺国の思惑が絡み、ドイツ地域は大きく荒廃しましたの頃、ドイツの他の地域では魔女狩りが行われていましたが、プロイセンの支配地域ではあまり起きなかったといいます。楊さんはその理由を、プロイセンの寛容さに見ています。
さらにフリードリヒ大王は、単一の法律で国を治める仕組みを、フランスより10年も先に整えたと楊さんは話します。同じ法律で統治されるからこそ、ポーランド系でもゲルマン系でも、軍人でも農民でも差別されないという先進的な近代国家だった、というのが楊さんの見方です。
七年戦争の勝者はイギリス?マリー・アントワネットからヒトラーまで
楊さんは次に、七年戦争 ── 1756〜1763年の戦争。プロイセンとオーストリアの争いを軸に欧州の大国が参戦し、北米やインドでは英仏の植民地争いも同時に起きましたを世界史の中に置き直します。七年戦争の頃、アメリカ大陸ではイギリスと、フランスおよびフランスと同盟したネイティブアメリカンが戦うフレンチ・インディアン戦争が起きていました。
楊さんによると、フランスはこの戦いで北米の植民地をすべて失います。イギリスは、プロイセンがボコボコにされている間に植民地を奪い、大英帝国の繁栄を築いていくという皮肉な結果になったといいます。
なんかね、そこ(イギリスとプロイセンは)仲間ですけどね。
イギリスはやっぱ賢いですね。漁夫の利を狙ってて。
楊さんは、オーストリアとフランスが手を結んだ外交革命で一番得をしたのは、実はイギリスだったと話します。イギリスはお金は出しても兵は出さず、その代わりにアメリカ大陸でフランスから領土を奪っていた、という見立てです。
ただしイギリスもプロイセンに大金を払ったため、財政危機に陥ります。楊さんは、その負担をアメリカの植民地に重税として転嫁したことが、アメリカ独立戦争につながっていくと説明します。
外交革命は別の流れも生みました。マリア・テレジアの娘のマリー・アントワネットがルイ十六世に嫁ぎ、それがフランス革命へとつながっていきます。樋口さんは、マリー・アントワネットがマリア・テレジアの娘だったことを覚えていなかったと驚きます。
楊さんの話はその先へ続きます。フリードリヒ大王の死の3年後にフランス革命が起き、跡を継いだフリードリヒ・ヴィルヘルムは反動的な体制を取りますが、ナポレオン軍に大敗して領土を大きく失います。
楊さんによると、もともと移民やユダヤ人を受け入れるコスモポリタンな理念国家だったプロイセンは、この敗北を機に「ドイツとして大きくなろう」という路線へ向かいます。ドイツナショナリズムが勃興し、ビスマルクによる統一、世界大戦、ヒトラーの登場へと流れていくといいます。
なんか忙しいな。こっちが行って、こっちが行って、こっちが行ってみたいな。
話はシリーズ全体の振り返りにも及びます。これまでのシリーズを理解していれば、宗教戦争から第一次世界大戦までの流れがほぼわかる状態になるはず、という声が上がりました。樋口さんも、今フランス革命編を聴き直したら印象が変わるかもしれないと話しています。
啓蒙専制君主は改革者か、革命家か
楊さんは、フリードリヒ大王を時代の「過渡期」に現れた王として位置づけます。ルイ十四世のような王権神授説と絶対王政の時代から、啓蒙専制君主の時代に入り、それがフランス革命の社会契約論と第一共和政へ流れ着いていくという整理です。
楊さんの言葉では、権力の源泉が神から、ホッブズ ── 17世紀イギリスの思想家。『リヴァイアサン』で、人々が安全のために主権者へ権利を委ねるという社会契約の考えを示しました的な社会契約、さらにルソー ── 18世紀の思想家。『社会契約論』で、主権は人民の一般意志にあると説き、フランス革命に大きな影響を与えました的な社会契約へと移っていく時代だったといいます。
楊さんはそのうえで、フリードリヒ大王は人間の人生としてはつらかっただろうという印象を受けたと話します。
楊さんはもう一つ大事な補足として、フリードリヒ大王は「改革者であって革命家ではない」と強調します。啓蒙思想を統治に生かしたものの、君主制と身分的な社会秩序を壊そうとしたのではなく、アップデートしようとしただけだったといいます。
たとえばフリードリヒ大王は、貴族を官僚や軍の将校に、農民を兵隊にスライドさせました。楊さんは、上下関係を保ったまま合理的な中央集権国家をつくろうとした点に、この王の特徴を見ています。
そうね、(身分制を)ハックしようとした感じ。
楊さんによると、フリードリヒ大王は人民の政治的権利を認めず、官僚への規制もむしろ強めました。大王の統治を形容する言葉として、楊さんは「全ての人民のために国王は動くけれども、何事も人民によらず」を紹介します。
君主制と身分制を保ったまま、啓蒙思想で合理的な中央集権国家へアップデートする
既存の身分秩序そのものを打ち破ろうとする
樋口さんは、教育が人民に行き届いていない時代には、そのほうがよい場合もあり得ると指摘します。今の状況と単純に比べて評価はできない、というのが樋口さんの受け止めです。
やっぱスピード感でいうと、ワントップでやった方が絶対早いし。
歴史家ハフナーが描いた「引き裂かれた偉大な男」
楊さんは、自分が読んだ中で一番いいと思ったフリードリヒ大王評を紹介します。ドイツの歴史家セバスチャン・ハフナー ── 20世紀ドイツのジャーナリスト・歴史家。ナチス期にイギリスへ亡命し、プロイセンやヒトラーについての評論で知られますによるものです。
楊さんが紹介するハフナーの評価では、フリードリヒ大王は生まれながらの文人で哲学者でした。フルート奏者で芸術愛好家、啓蒙主義者で人間愛にあふれた反マキャベリストであり、ヴォルテール ── 18世紀フランスを代表する啓蒙思想家。宗教的不寛容への批判で知られ、フリードリヒ大王と長く文通し、宮廷にも滞在しましたとも親しかったといいます。
ハフナーの評によると、即位直後のフリードリヒ大王は、拷問の廃止や新聞の自由など人道的な布告を次々に出しました。「我が国では誰もが自分の流儀で暮らしても良い」という布告もあり、ハフナーはそれらを仮面ではなく大王の本質だとしています。
一方で、ハフナーによれば、フリードリヒ大王は宿命的に大嫌いな仕事のために、その本質を犠牲にせざるを得ませんでした。権力政治、戦争、領土の強奪、同盟の破棄、まがい物の金貨づくりなど、プロイセン王であることのために自分を差し出したという評価です。
文人・哲学者・フルート奏者・人間愛にあふれた啓蒙主義者
戦争、領土の強奪、同盟の破棄、まがい物の金貨づくりを行う
ハフナーは、この二律背反が老年のフリードリヒ大王を氷のように冷たい皮肉屋にしたと書いています。人に愛されず人を愛さず、着古した軍服に身を包み、心は引き裂かれながらも、最後の瞬間まで職務に忠実な偉大な男だった、という描写です。
楊さんはさらに、25巻もの著作を残したフリードリヒ大王自身の言葉も紹介します。大王は、自分の権利や揉め事、国全体の問題は、神の意思を持ち出すにはあまりに小さな対象だと書いていました。
大王の文章には、神はシュレジエンがオーストリアのものであるよりプロイセンのものであるために奇跡を起こしてはくれない、という趣旨の一節もあります。楊さんはこの文章を、大王の心の奥底が見えるものとして受け止めています。
楊さんは、この文章を読んだとき泣きたくなったと打ち明けています。
神を頼らない王が抱いた「理性への信仰」
フリードリヒ大王と神の関係について、マリア・テレジアと比べる話が出ます。マリア・テレジアは、ウィーンは神に守られた神聖な都市だと考えていたといいます。
寄るべきものがあるのっていいね。
一方で、フリードリヒ大王は神を否定してはおらず、神がいても人間の争いには興味がないだろうと言っているだけだ、という見方も示されます。ネガティブな絶望ではなく、ただ合理的なことを言っているだけだ、という受け止めです。
楊さんは、それでもフリードリヒ大王の孤独を感じると話します。5万の軍勢が3000人になり、首都が陥落寸前で、自殺を考えるほどの状況でも、神に祈れず理性で何とかするしかないのは恐ろしいことだという感覚です。
これに対して、フリードリヒ大王には啓蒙主義としての「理性への信仰」があったのではないか、という視点が出ます。理性が何とかしてくれる可能性を感じていたからこそ、そこが大王のよりどころになっていた、という見方です。
(理性へのとらわれは)信仰心に近いですね。
ウィーンは神に守られた神聖な都市だと信じる
神は人間の争いに関わらないと考え、理性をよりどころにする
樋口さんは、理性への信仰が実際にワークしたことがすごいと話します。同時に、マリア・テレジアの信仰も彼女にとってはワークしていたという指摘も出て、何かを信じること自体が大事なのだろう、という話になります。
確かにあの絶望的なところから数学的に0パーじゃねえっていうのはもう信仰心ですね。ある意味。
さらに、フリードリヒ大王は無理をして理性を使ったのではなく、たまたま理性で元気を出せるタイプだったのではないか、という見方も示されます。理性が個性に合っていて、追い込まれたときにそれを使うのが一番低コストだったという解釈です。
深夜2時半の収録で見えた「あきらめない力」と運
本編が終わったあとのエンディングは、深夜2時半の収録になっていました。樋口さんは、リスナーも最後の2回ほどはテンションが低いと感じているはずだと笑います。
樋口さんは、戦争の話が続いて気が滅入ったと率直に話します。第一次世界大戦編でも似た感覚があり、長さだけでなく、人が死んでいく話を聞き続けることがダメージになると振り返ります。最も疲れていたのが七年戦争の話だったといいます。
どん底で死にかけた時でもここから這い上がれるんだっていう印象はやっぱ受けたんですね。
フリードリヒ大王の話から、あきらめない力そのものに社会的なパワーがある、という話も出ます。高杉晋作の回でも同じことを感じたといい、スタートアップの経験からも、あきらめない人はどんな状況でも強いと語られています。
樋口さんが印象に残ったのは、七年戦争の窮地を救ったロシアの政変です。ロシアのエリザヴェータ女帝が亡くなり、フリードリヒ大王を崇拝するピョートル三世が即位したことで、プロイセンは窮地を脱しました。
樋口さんは、敵国の君主にかっこいいと思われて和解に至るという解決は、窮地の本人には予想もコントロールもできないと指摘します。それでも、自分の哲学に沿って戦い続けてきたからこそかっこいいと思われたのではないか、と考えています。
一方で、運がよかっただけという面もある、という指摘も出ます。同じ能力と精神性を持っていても、国を滅ぼしてしまえば「フルートばかり吹いている愚かな君主」と言われたはずで、人間の評価はその程度のものだという話です。
樋口さんは、戦場でタバコ入れに当たった銃弾がもし10センチずれていたら、という逸話にも触れます。ちょっとした違いでいろいろなことが変わるバタフライエフェクトを感じたと話しています。
覚悟を決める生き方と、国を背負う人の犠牲
楊さんは、台本制作の段階で繰り返し指摘されていたテーマとして、王太子フリードリヒが18歳のときに親友を処刑され、覚悟を決めた場面を挙げます。楊さん自身は「全然覚悟を決めていない」と笑い、CEOから「主体性がない」と評価されたというエピソードも出ます。
生きることからは本当は逃げられないはずなのに、今日も生きるぞって思って生きてないとかって、なんかやっぱフリードリヒの話を聞くと、ちゃんとした方がいいのかなと思いますよ。
これに対しては、フリードリヒ大王の覚悟も環境によって生まれたもので、本人が強い意志でコントロールしたものではないかもしれない、という見方が出ます。楊さんも、迫られて必然性のうちに生きるしかなかったのだろうと応じます。
樋口さんに感想を聞かれた楊さんは、国という枠組みについて考えたと話します。今の日本は平和で食べることも寝ることもできますが、その国を保つために、見えないところで心身を犠牲にしている人がたくさんいるのではないか、という想像です。
なんか本当にこれを見てると、その国の幸せと個々人の幸せって必ずしも一致しないなってこともあり得るんだなと思いますし。
一方で、フリードリヒ大王を「かわいそう」と感じるのは自分たちが現代人だからで、本人はそう思っていなかったのではないか、という見方も出ます。農民に生まれていたら幸せだったとも言えない、という考えです。
楊さんは、父に殺されかけて「死にたい」と思った幼い頃の原体験や、両親の不仲を見て育ったことも、フリードリヒ大王の精神に影響したかもしれないと話します。
メタ認知と父子の葛藤、「いろんな観点」を持つこと
樋口さんは、フリードリヒ大王が途中から承認欲求を失ったように見える点に、自己の拡張を感じたと話します。個人と国が一体化すれば、個人としてどう思われるかは関係なくなるのではないか、という想像です。
樋口さんは、自分も会社が潰れかけたときに田川のことを考えていて、自分個人がどうなるかはあまり関係ないと感じたと振り返ります。
これに対しては、フリードリヒ大王自身が「君主は媚びやへつらいに惑わされないよう、自分が特別な存在ではなく民と同じ人間にすぎないと自覚する必要がある」と述べていた、という補足が入ります。樋口さんはそれを、自分を客観的に見る感覚だと受け止めます。
あれじゃないですか、メタ認知じゃないですか、これ自分の。
さらに、啓蒙主義そのものが本来メタ認知だという指摘も出ます。樋口さんは、本当の自分というより「あるべき自分」を見ている感じがすると話しています。
話は父との確執に移ります。父の軍人王はマイクロマネジメント、パワハラ、虐待をする最低な親に見えますが、同じ構造は上司と部下、親と子の関係でもよく起きる、という見方が出ます。それぞれが正当性を持って動いた結果、相容れずにぶつかり、それでも離れられないという構造です。
フリードリヒ大王が後に父の魂を受け継いだように見える点については、君主としての視点を得て、父のしたことの意味がわかったからではないかと語られます。一方で、父は息子の視点を獲得できないまま亡くなったという見方です。
虐待される息子として、父は最悪の存在
自らも君主となり、地方を回って父の国への貢献を知り「すごい」と感じる
文人・芸術家の視点と、軍人・君主の視点を併せ持った観点の豊富さが大王を偉大にした、という評価も出ます。その一方で、女性を軽んじる面は欠けており、それがマリア・テレジアとの関係にも影響した可能性がある、とも語られています。
相対化するしかないんだろうな。1個の価値観に縛られないためには。
最後に、どうしようもない運命と向き合い、自らの特性で乗り越えたことが一番好きなところだ、という感想が出ます。フリードリヒ大王は「死にたい」と言いながらも、ファクト認識を放棄せず、逃げもしなかった点が尊敬できる、という評価です。
次のシリーズは日露戦争
フリードリヒ大王編を締めくくったあと、樋口さんが次回のシリーズを尋ねると、答えは「日露戦争」でした。また戦争の話になるものの、暗さだけではないシリーズになるといいます。
日露戦争は、日本という国民国家のライジングを方向づけた戦争だと紹介されます。明治維新からつながる世代が命をかけ、国全体が一致団結して強敵ロシアに挑んだ物語で、今の生活があの時代の人々の努力の影響を受けていると感じられるはずだ、と語られています。
楊さんは国籍が違うため感じ方が違うかもしれない、という話も出ますが、本人も学生時代から日露戦争の歴史を読み、普通にリスペクトしていると答えています。
リスナーコミュニティが自治運営へ
最後に、コテンラジオから告知があります。これまでコテンが運営してきたクローズドなリスナーコミュニティを、リスナーの自治コミュニティに移すことが決まりました。
このコミュニティはDiscord ── オンラインでテキストや音声チャットができるコミュニケーションサービス。サーバーと呼ばれる単位でコミュニティを作り、話題ごとにチャンネルを分けて交流できます上にあり、過去2回ほどの抽選で参加者を募った約250人の規模です。移行の背景について、深井さんは、コテンには運営の才能もセンスもなかったと率直に説明しています。
センスがある人がやった方がいいよね、やっぱね。
深井さんによると、コテンラジオのリスナーは知的好奇心があり、世の中に迎合せず疑問を持つといった共通の性質を持っています。会社勤めでは人文的な話ができる友人を見つけにくいため、そうした人たちが集まれたら幸せだろうと考えたのが出発点でした。
コミュニティには10代から60〜70代までが集まり、中心は30代後半から40代だといいます。歴史やコテンラジオの感想だけでなく、趣味ごとの小さなコミュニティやオフ会、かわら版のような新聞が生まれ、樋口さんの樋口塾もここから派生しました。
今後は有志のリスナーが運営メンバーとなり、新メンバーの募集も見込まれています。案内は新設されるXのアカウント「コテンラジオリスナーコミュニティ」(@COTENCOMM)で行われる予定です。運営メンバーからは、次のような人に来てほしいというメッセージが寄せられています。
- 知的好奇心を元にお互いインスパイアしたい人
- お互いにリスペクトできる人
- 相手の文脈で物事を理解できる人、またはしようとする人
樋口さんは、250人の中で大きなトラブルが起きていないのは互いへのリスペクトがあるからだと話します。深井さんは「コミュニティが死ぬほど苦手」で月に1回ほど覗く程度、楊さんはボイスチャットによく参加しているそうで、出演者それぞれの関わり方の違いも笑いを誘っていました。
まとめ
フリードリヒ大王編の最終回では、プロイセンを啓蒙主義で建てられた先進的な理念国家として振り返り、七年戦争がフランス革命やドイツ統一へつながる流れが整理されました。そのうえで、理性しかないところで職務をやり抜いた一人の王の孤独や覚悟、運、父との葛藤が、現代の生き方や人間関係にも重ねて語られています。
- プロイセンは多民族・多宗派の新興国で、啓蒙主義を理念に合理的な国づくりを進めた
- 七年戦争の影響は、イギリスの繁栄、アメリカ独立、フランス革命、ドイツナショナリズムへと連鎖していった
- フリードリヒ大王は身分制を保ったまま国を合理化した改革者で、革命家ではなかった
- 神に頼らず理性をよりどころにした生き方は、一種の「理性への信仰」とも受け止められた
- 次のシリーズは日露戦争で、リスナーコミュニティは自治運営へ移行する





