ポーランドのゲットーでは何が起きていたのか
コテンラジオのヒトラー編は、前回で第二次世界大戦への突入まで進みました。深井さんによると、イギリスのチャーチルが徹底抗戦の構えを見せたことで、世界最強と言われたドイツ軍は押し返されます。
イギリス攻略に行き詰まったドイツは、攻勢の向きを逆に変え、もともと植民地にしようとしていたソ連へ向かいます。ヒトラーは共産党をはっきり敵と見なしていたため、ソ連への侵攻は重要な目標でした。
ソ連へ向かう途中にあるのがポーランドです。深井さんは、ユダヤ人大虐殺であるホロコーストが、実はドイツ国内よりもポーランドで起きていたと説明します。
ホロコーストっていう、そのユダヤ人大虐殺は、実はドイツ国内よりもポーランドで起こってるんですよ。
アウシュビッツ ── ナチス・ドイツが占領下のポーランドに設けた最大規模の強制収容所。ガス室による大量殺害が行われ、現在は博物館として保存されていますをはじめ、ポーランドには強制収容所がたくさんありました。ドイツ国内や、ポーランド・ソ連へ侵攻する過程で見つけたユダヤ人を収容所へ送り、虐殺していったのがホロコーストだと深井さんは整理します。
(ホロコーストは)でも知らないといけない歴史だなって思います。
ナチスの考え方の前提にあるのは、遺伝子的に優れたアーリア人であるドイツ人と、遺伝子的に負荷を負ったユダヤ人という区別です。ナチスは、ユダヤ人と血が混じることでローマ帝国の滅亡を含む世界の悪いことが起きてきたと考え、ユダヤ人をヨーロッパから追放しようとしました。
追放先として考えられたのは、アフリカ方面とソ連(ロシア)方面の2つでした。ただしアフリカ方面は企画倒れに終わり、ナチスはまずポーランドにゲットー ── ユダヤ人を強制的に住まわせた隔離居住区。中世ヨーロッパの都市にもあった言葉で、ナチスは占領地に多数設置しましたと呼ばれる隔離居住区を作ってユダヤ人を送り込みます。
深井さんは、ユダヤ人の側から見たゲットー送りの理不尽さを描きます。普通に生活していたところにドイツ軍が攻めてきて占領され、ある日急にゲットーへ行けと命じられるのです。
持ち出せるものはカバン1つと、決められた額の財産だけでした。これはユダヤ人の財産を徴収するためで、ゲットーからいつ出られるのか、その後どうなるのかも知らされませんでした。
ゲットーでは食料の供給が厳しく制限されました。成人男性には当時2400キロカロリーが必要とされていたところ、配給は177キロカロリーしかなかったと深井さんは紹介します。
うわぁ、これは。177キロカロリーはやばいですね。
衛生状態も劣悪で、女性の8割は月経が止まったといいます。深井さんによれば、ナチスは移動させるコストを嫌い、追放する代わりに「ナチュラルに数を減らそう」としていました。
この環境では特に子どもが生き延びられず、乳児の死亡率は凄まじい数字だったそうです。ミルクも配給制で、母親たちは朝5時から夕方5時まで並び、3日間並んでようやく少しのミルクをもらえるという状況でした。
子供のためにな。
ゲットーでは闇市場も発達していきました。一方でソ連方面のドイツ軍は快進撃を続け、押さえた領土にはさらに多くのユダヤ人がいました。
憎しみではなく「処理」として始まった大量虐殺
占領地が広がるにつれ、ナチスはそこにいるユダヤ人をどんどんゲットーへ送りました。しかしゲットーの収容人数には限界があり、ナチスはこれ以上送れないという状況でどうするかを会議で話し合います。
深井さんによると、この会議で決まったのが強制収容所による大量虐殺でした。発想の根にあったのは恨みではなく、いかに数をさばき、機械的に処理するかという考え方だったといいます。
だから、その、何て言うかな、恨んでて殺すとかでさえない。いかに数をさばくかっていう、その機械的に処理するかっていう考え方の中で出てきたのが、その大量虐殺。
ナチスは優生学の考え方から、身体障害者や精神障害者も遺伝子的に劣っているとして「生きる価値がない」としていました。実際に障害者施設で大量射殺が行われ、そこで殺害のノウハウとして使われたのが毒ガスでした。
深井さんは、障害者の殺害で培われたこの毒ガスの技術が、のちのアウシュビッツなどのガス室での大量虐殺につながったと説明します。「ノウハウ」という言い方はしたくないと前置きしながらの話でした。
ガス室ができる前のユダヤ人の殺し方は、ゲットーで栄養失調によって少しずつ数を減らすことでした。働ける人には軍事関連などの強制労働をさせてドイツ軍に寄与させ、働けない人は殺していくという方針です。
収容所に送られずに殺された人も大勢いました。侵攻の道すがら穴を掘って銃殺や撲殺をし、そのまま埋めることが繰り返され、その写真や映像も多く残っているといいます。
遺伝子で人を区別していたため、子どもも関係なく殺されました。母親の目の前で子どもを殺してから母親を殺すといった蛮行も数多く行われたと深井さんは話します。
きついですね。その、何て言うんですか、恨みとかでもなく。
人間と思ってない。
深井さんは、強制収容所から脱走できたごくわずかなユダヤ人の手記にも触れます。当時大人だった生存者はほとんどおらず、脱走後にPTSDで自殺した人も多かったそうです。
残された証言の中には、ガス室で殺された人の埋葬をユダヤ人にさせ、その死体の山から自分の妻と子どもが出てきて心が折れたというエピソードもありました。
俺、夜寝れなくなったもん。しんどすぎて。
いや、僕も妻と子供いるんで、結構こう、あんまりリアルに想像しちゃうとやばいですね。
ガス室での大量虐殺などにより、最終的に殺されたユダヤ人は600万人ほどにのぼります。二人は、千葉県かそのあたりの人口に相当するのではないかと、その規模の大きさに言葉を失っていました。
なぜユダヤ人はヨーロッパ中で差別されてきたのか
楊さんは、ホロコーストがナチスだけの犯罪ではなかったと指摘します。ナチスがいなければここまでの虐殺はできなかったものの、各国の現地の人々がユダヤ人を捕まえ、収容所に送ることに協力していました。
だからこのユダヤ人虐殺ってヨーロッパ全体がやってたんですよ、本当に。
深井さんも、ポーランドの人がユダヤ人を楽しみながら撲殺するようなことまで起きていたと補います。戦後には、ナチスだけではなかったという反省も強くあったといいます。
では、なぜユダヤ人だけがヨーロッパ中で差別されてきたのか。深井さんは諸説あるとしたうえで、何冊か読んでしっくりきた説明として、ユダヤ教の考え方が排他的だという点を挙げます。
ユダヤ教には、自分たちは選ばれた民族で、それ以外の人は救われないという考え方が基本にあります。キリスト教国の人々にとって、この考え方は受け入れがたいものでした。
さらにユダヤ人は当時、自分たちの国を持たず、あらゆる国に少数派として暮らしていました。深井さんは、少数派はどんな世界でも嫌われがちだと話します。
加えてユダヤ教は教育を重んじる教義を持つため、ユダヤ人の教育水準は高く、中世や近世でも周囲の平均より出世しやすく、よい社会的地位につきやすかったといいます。その結果、ユダヤ人は優秀なマイノリティとして妬みや恨みの対象になっていきました。
マイノリティで優秀でってことですね。
楊さんは、当時のヨーロッパではそれほど心を痛めずに迫害が行われていたのではないかと想像します。そして今のSNSで、悪いことをした人に激しい攻撃が向かう現象を例に挙げました。
要は人ってこいつは敵だとか、社会からいらないと思った瞬間にものすごい攻撃的になるっていうのが、実は今の日本でもある。
楊さんは、ユダヤ人が悪いと言っているわけではないと断ったうえで、その攻撃の対象が当時はたまたまユダヤ人だったのだと考えれば、認めることはできなくても理解はできると話します。深井さんも、反省を生かすためには、なぜこんなことが起きたのかを理解すべきだと応じます。
深井さんは、虐殺がシステマティックだったことを示す例として、収容所の職員にユダヤ人を憎みすぎている人は送られなかったという話を紹介します。苦しませてから殺したりすると脱走が増え、殺すペースが落ちるからでした。
効率的っていう言葉がやばいですね。
当時のドイツの民衆は虐殺までは知らなかったと言っていますが、薄々気づいていたという説もあると深井さんは話します。そのうえで、ホロコーストの全体の流れを時系列で整理し直しました。
社会福祉の停止
年金や補償が受けられなくなり、生活保護レベルまで貧しくなる
ゲットーへの移送
財産を徴収され、隔離居住区に送られる
栄養失調による死
極端な食料制限で、自然死に追い込まれる
強制労働
生き残り、働ける人は労働に従事させられる
強制収容所での大量虐殺
収容所に送られ、ガス室などで殺される
ホロコーストが世界に知られたのは、ソ連が巻き返してポーランドまで領土を取り戻し、最終的にベルリンまで攻め込む過程でした。ドイツ軍が強制収容所のあった場所から撤退したことで、初めて実態が露呈したのです。
ナチスも発覚すれば危ういことはわかっていて、撤退時には証拠隠滅もしていたと深井さんは説明します。
普通の人はなぜ虐殺に加担できたのか
深井さんには最後にもう1つ疑問がありました。強制収容所の職員や兵士たちは、どんな気持ちで虐殺に関わっていたのかという点です。
ある日いきなり、じゃあ強制収容所で、こうやってできるだけ数を効率的にさばいて殺すための仕事をしてくださいって言われたとしますよね。どんな気持ちでやるんだろうと思う、それを。
本を読み進める中で深井さんがヒントにしたのが、社会心理学の実験です。高度に発達した官僚組織の中で、人がいかに責任感を失っていくかを示した実験だといいます。
実験では、被験者が電気ショックを流される側と、指示に従って電気を流す側に分かれたように見せかけます。流す側は科学者に言われるままボタンを押し、電圧が上がるにつれて悲鳴が「やめて」「死ぬ」と激しくなっていきます。
実は悲鳴は声優による偽物の声で、本当の被験者はボタンを押す側だけでした。悲鳴が聞こえなくなるところまで用意されたこの実験で、何割の人が最後まで押すかが調べられたのです。
事前の調査では、多くの人が「ほとんどの人は途中でやめる」と予想していました。深井さんも楊さんも同じように考えていたといいます。
ほとんどの人は途中でボタンを押すのをやめると考えられていた
命令者が別にいると、驚くほど多くの人が最後まで押し続けた
実際その実験をやったら、命令者が別にいる場合はやるんですよ、普通に。
これって要は責任転嫁。
深井さんは、自分が意図した行為ではなく、プロセスの一部を仕事としてこなしているだけだと感じる点がとても官僚的だと指摘します。こうした組織では、誰も途中で「やりたくない」と言わないまま、ホロコーストのような事態にまで行き着いてしまうのだと考えられます。
ボタンを押してるけど、このボタンを押してる主体者として自分を認識してない。
上司に言われたから、拒否すれば家族を守れなくなるから、と言い訳が重なっていきます。そこにナチスの教育で植え付けられた「ユダヤ人は良くない奴らだ」という考えが加わることで、虐殺は起こりうるものになったと深井さんは話します。
長い時間ホロコーストについて語った3人は、しんどさを口にしながら一度収録を区切り、ヒトラー編は次回へ続きます。
まとめ
ホロコーストは、ナチスの優生思想のもと、社会福祉の停止からゲットー、強制労働、強制収容所へと段階的かつシステマティックに進められた虐殺でした。その背景には、ヨーロッパで長く続いたユダヤ人差別と、命令のもとで責任感を失っていく人間の心理があったと語られています。
- ホロコーストの多くはドイツ国内よりもポーランドで起き、ゲットーでは1日177キロカロリーという極端な食料制限が行われた
- 大量虐殺は恨みではなく「いかに数をさばくか」という発想から決まり、障害者殺害で使われた毒ガスがガス室につながった
- 虐殺にはヨーロッパ各地の現地の人々も協力しており、背景には排他的とされた教義と「優秀なマイノリティ」への妬みがあった
- 命令者がいると人は責任を手放してしまうという心理実験が、普通の人が虐殺に加担した理由を説明する手がかりになる





