オーディション後に戻ってきた「通常回」のテーマは?
この回の収録は、番組企画「厚利少売プロデュースオーディション」の発表から2日後に行われました。冒頭で二人は、オーディションと、その直後に初めて開いたリスナー交流会の感想を語っています。
思った以上に感動しちゃったな、僕は。
あとはまあ、視聴者さんが喜んでくれてるのもすごい良かったかなっていう感じがしました。
川原さんは、普段は二人だけで言いたい放題に話している番組を、目の前のリスナーが全部聞いているのだと実感し、「何かまずいことを言っていないか」という恥ずかしさも湧いたといいます。一方のすがけんさんは、みんなが幸せそうな空間だったと素直に振り返り、川原さんから「すごい感想ピュア」と突っ込まれていました。
二人とも、リスナーが単なる聴き手ではなく「参加者」のように感じられたと話します。そのうえで川原さんは、久々にテーマトークの通常回をやろうと切り出しました。
川原さんが用意したテーマは、「優しい人ほど陥るいい人止まりで一生稼げない心のバグ」。相手の変化量を奪わない、厚利少売 ── 少ない顧客に高い価値を提供し、高い利益を得るビジネスの考え方。薄利多売の対になる言葉で、この番組と二人の共著のテーマですにおけるギブの距離感について聞きたいという問いです。
川原さんによれば、すがけんさんは一見すると厳しい言い方もするものの、根本には優しさがあるといいます。世間で言う優しさと厚利少売で言う優しさは、取る考え方も行動も違うのではないか、というのが問いの出発点です。
「優しいかどうか」を気にするのは世間体ではないか
すがけんさんは、自分が優しいとはあまり思っていないと前置きしたうえで、そもそも優しいかどうかを気にしていないと答えました。川原さんに「その心は?」と掘り下げられ、言葉を探しながら核心に近づいていきます。
すがけんさんは、人に優しくしたいと考えること自体は否定しません。ただ「私が優しいのかしら」と気にした途端、それはギバー ── 他者に惜しみなく与える人を指す言葉。見返りを求めずに相手の利益を優先する姿勢を表します的な思考ではなく、客観的な見られ方を気にする世間体の話になってしまうといいます。
みんなが言ってる優しいって、距離を取ってるとか遠慮してること(なんじゃないかな)って思うんですよ。
すがけんさんの考えでは、相手のことを考えればもっと言ったほうがいい場面もあります。仲良くなることを前提に優しくするのではなく、お互い優しくした結果として気が合う人と仲良くすればいい、という「全く逆の発想」だと説明しました。
違う人たちと仲良くなることを目的として優しくしなきゃって思ってること自体が、なんかすごい薄利多売的だなって僕は思うんですよね。
全員には優しくできるかもしれないが、主義主張も違う以上、全員と仲良くなることはできないというのがすがけんさんの見立てです。仮に全員と仲良くなれたとしても、時間が足りないとも付け加えています。
川原さんは、この考え方が『嫌われる勇気 ── アドラー心理学を対話形式で紹介した岸見一郎・古賀史健の共著。日本発の世界的ベストセラーとして知られます』に近いと指摘しました。好かれる・嫌われるとは別の領域で、本当に大切なものを大切にして生きる強さの話だと川原さんは解釈しています。すがけんさんは「読んでないけどきっと近いと思う」と応じました。
ここまでの話を整理すると、二人が対比している優しさは次の2つです。
優しく見られるかを気にし、距離を取ったり遠慮したりする。全員と仲良くなることが前提になりやすい
相手のためになることをはっきり伝える。仲良くなるかは結果であり、気が合う人とだけ仲良くすればいい
二度と会わないかもしれないから、爪痕を残す
すがけんさんは、初対面で自分を「厳しい」と感じた人に向けて、一応の言い訳をしておきたいと話し始めました。厳しく伝えるのは、「どうせ二度と会わないから言いたいことを言ってしまえ」という気持ちからではないといいます。
もう二度と会えないかもしれないんだから、ちょっとぐらいその人の変化のタイミングとして傷跡を残したいなというか、爪痕を残したいなみたいな気持ちなんですよ。
すがけんさんによれば、相談に来る人は基本的に変わりたくて会いに来ています。だからこそ変わるきっかけになりたいし、後からは言えないので、思ったことはその場ではっきり伝えるという姿勢です。
その後、その人が僕のことを好きになったり嫌いになったりするかは、もうコントロールもできなければ、はっきり言ってどっちでもいい。
すがけんさんにとって重要なのは、相手の役に立てるかどうかだけです。そのうえで「優しい人って多分役に立たないと思うんですよね」と言い切りました。川原さんは、ここでの「優しい」は冒頭の、距離が遠く自分が好かれるかを気にする人のことだと確認しています。
すがけんさんは、そうした遠慮は本質に近づくまでに時間がかかりすぎると指摘します。突っ込んだことを言って少しでもハッとしてもらえたら、あるいは5年後でもいいから、自分が渡した言葉で相手が変わるきっかけを手繰り寄せてくれたらいい、という気持ちで向き合っているそうです。
学生時代はどうしていた?京都の婉曲表現から考える
川原さんは、プロとして求められて人と会う場面でのすがけんさんのスタンスには納得したうえで、少し意地悪な質問を投げかけました。学校のように、相手が変化を求めているわけではない環境で「嫌われないように生きなさい」と育つ中で、すがけんさんはどう振る舞っていたのか、という問いです。
すがけんさんは、学生時代は引っ込み思案だったと振り返りつつ、それでも言いたいことは多少言っていたと答えました。人間はそのくらいしないと伝わらない、という感覚があったといいます。
コンピューターと会話するときにモジモジ曖昧にやってると、全く何にも進まないんで。
もともとロジカルなエンジニアだったことも影響しているかもしれない、とすがけんさんは話します。そこから話題は、最近よく取り上げられる「京都的な喋り方」へ移りました。
川原さんは余談として、京都出身の弁護士芸人小竹正義館さんの単独漫談ライブを紹介しました。京都の人が婉曲に言っていることの本当の意図を解説するパートがとても面白いといい、すがけんさんとチケットを取って見に行こうという話にもなっています。
すがけんさんは、早く帰ってほしいときに「いい時計してはりますね」と言う例を挙げ、こうした婉曲表現は相手への関心があってこそ成り立つと分析しました。
ああいうのって結局謎解きゲームみたいなもんだから、その謎を解くぞっていう相手に関心がないと生まれないことだと思うんですよ。
関心がなければ、「時計ね」「そんなに高くないですよ」と真に受けて終わってしまいます。すがけんさんは、遠回しに言うこと自体が「相手は自分に興味を持ってくれている」という前提に立っているように感じられ、それが少し気持ち悪いと話しました。
会いに来てくれてるとはいえ、僕にはそんな興味がなくて、事業とか自分が変わることに興味があるんだなと思ってる。
川原さんはこれを「伝わる素地が相互じゃないと思っているから」と言い換えました。相談に来る人の関心は自分の事業や変化にあるため、婉曲に伝えても考えてもらえるとは限らない、というのがすがけんさんがはっきり言う理由です。
30分で帰られたら成功?写真だけ撮って帰るのは失敗?
すがけんさんは極端な例として、1時間の予定で相談に来た人が30分で課題が解けて帰ってしまう場面を挙げました。実際に起きたことはないとしつつ、それでいいと考えているといいます。
長くいてくれなくて悲しいなとも思わないし、一時間のところ二時間一緒にいたかったなとも。別に恋人じゃないですからね。
川原さんは、時間に対して得られた変化量で見れば最適だからだ、と整理しました。すがけんさんにとっては、むしろ「30分で帰るくらい役に立ったんだ、すごい」と思える状況です。
反対に、すがけんさんが一番嫌だというのは、ずっとニコニコして褒め続け、「できるよ」と言って、最後に写真を撮って帰る相談です。写真というお土産だけを渡して帰るのは失敗だと考えています。
すがけんさんの考える「よい相談」と「失敗した相談」を並べると、違いがはっきりします。
川原さんは、自分とすがけんさんの最初の会話はまったく違う入り方だったと振り返ります。変化を求めて会ったわけではなく友人のような入りで、1時間の予定が話し足りずに2時間に延び、その延長線上でこの番組が生まれたといいます。
すがけんさんは、二人の関係においてはそれでいいとしたうえで、厚利少売を目指す人がどんなマインドセットで顧客に向き合うべきかを考えるとき、「優しさ」は何も入ってこないと話しました。
嫌な人と思われても、相手に変わってほしいのはなぜ?
すがけんさんは究極の二択として、「嫌な人と思われて相手が変わる」か「いい人と思われて相手が変わらない」かを挙げました。答えは迷わず前者です。
100パーセントこちらを選ぶ。変わってもらったほうが嬉しい
選ばない
ところが話しながら、すがけんさん自身が疑問に気づきます。嫌な人と思われれば二度と会えなくなるのに、なぜ一度しか会わない人にそこまで変わってほしいと願うのか、自分でもわからないというのです。
すげえ損するじゃん。
しかもそういう連絡も来ないんで。僕自身は永遠にモヤモヤが残るだけなんだけど。
川原さんも同じ点を謎に思っていたと笑い、「もはやカルマなのか」と思いながら聞いていたと明かしました。そこですがけんさんがたどり着いた答えは、自分が「超全体最適の人」だということでした。
だからその得した総量が(大きければ)僕自身は我慢できるんで。マイナスだけどゼロぐらいには思い直せるから。
自分の損はカラオケや美味しいもので解消でき、たくさん続ければ忘れていきます。一方で、社会全体の得の総量は確実に増えるというのがすがけんさんの理屈です。川原さんも、自分の負は自分で解消できるからノーカンでいいと思えるのでプロデューサーができている、と共感しました。
川原さんは、得が積み上がる社会に向けて自分という人間を使いたいという欲が、すがけんさんの一番強い欲なのだろうとまとめています。すがけんさんは、言語化したら損だと気づいてしまったと苦笑しつつ、「これからもちゃんとやります」と答えました。
相談の矢印が「自分」に向いていないか
すがけんさんは、厚利少売でやるなら全員にいい顔をする必要はないと話します。いい顔をすることは結局お金をいただく側の自分のためであり、もっと相手のことを気にしてほしい、というのがすがけんさんの考えです。
ここですがけんさんは、前日にあった集まりの話を始めました。自分に相談をしてくれる経営者が5、6人集まる会で、個人レッスンでのアドバイスも含めて、最近気づいたことがあるといいます。
すがけんさんは、お金をもらう場合はその分を返したいので、相談者に「どうなりたいですか」と聞き、目標に向けたアドバイスをしていきます。ところが、先月ごろからある傾向に気づいたそうです。
自分のお客さんの話をする人ってほとんどいないんですよ。
すがけんさんはマッサージ店を例に挙げます。「こんなお客さんがいて、もっと幸せにするにはどうしたらいいか」と聞いてもらえれば叶え方を伝えられるはずなのに、そうした相談はほとんどありません。何百万円か得したい、こんな会社になりたいといった、自分が幸せになる方向の相談が大半だといいます。
すがけんさんは、そうした問いが「ものすごく遠回り」だと最近さらに思うようになったと話しました。
新規開拓より先に、今いる顧客を2倍得させる
前日の経営者の会で、すがけんさんは一人ひとりにアドバイスしましたが、抽象度を上げると全員への答えは同じだったといいます。新規顧客の獲得は追わなくていい、という結論です。
すがけんさんによれば、そうすれば口コミで勝手に広がり、「お客さんを幸せにした人」と認められて周りから仕事が来るようになります。BtoBでもBtoCでも、ものづくりでもサービスでも、結論は同じになるそうです。
同じ値段で2倍得させる
今いるお客さんが感動してくれる
口コミが広がる
お客さんが勝手に周りに伝えてくれる
認められて仕事が来る
お客さんを幸せにした人として周りから依頼が増える
成功する
新規開拓を追わなくても事業がうまくいく
すがけんさんは、この話が今回の優しさのテーマとも近いと話します。優しいかどうかを考えると自分のための発想になりがちですが、相手が変わるかどうかを考えれば、もっと早くうまくいくはずだという感覚です。
川原さんは、それこそが真の優しさであり、厚利少売の一番の核だと受け止めました。そして、悩み相談でその観点の問いをもらったことは一度もないと振り返っています。
でも冷静に考えたらそれだけなのにね。
それが一番欲しいのにね、本当はね。
すがけんさんは、みんな商売を複雑に考えすぎていて、複雑であるがゆえに怯えるようになっていると指摘します。商標を取るべきか、建物は綺麗なほうがいいか、優しくしたほうがいいかといったことは付随するかもしれないが、メインには永遠にならないといいます。
(メインは)お客さんが得するかどうか以上だから、もうちょっとお客さんに興味持ってねっていう話かもしれないですよね。
川原さんは「今日のテーマぶった斬り」と笑いながら、とても後味がいいと話を締めくくりました。最後のお知らせでは、すがけんさんが経営者向けのnoteや二人の共著を、川原さんが自身の著書やお便りフォームを紹介しています。
まとめ
今回の対談では、世間で言う優しさが「どう見られるか」という自分のための発想になりやすいことが示されました。すがけんさんにとっての優しさは、嫌われても相手の変化のきっかけになることであり、ビジネスでは今いる顧客を同じ値段で2倍得させることに行き着きます。
- 優しいかどうかを気にするのは世間体の話で、相手の役に立つこととは別物
- 二度と会わないかもしれないからこそ、はっきり伝えて相手に爪痕を残す
- 長く一緒にいることより、短時間でも相手が変わることを成功とみなす
- 相談の多くは自分が得する方向に向いており、顧客の話をする人はほとんどいない
- 新規開拓より、今いる顧客を同じ値段で2倍得させることが厚利少売の核になる





