アブストラクトゲームとは何か?
今回のテーマは、ボードゲーム作家のManaさんが長く悩み続けている「アブストラクトゲームのプロダクトデザイン」です。
Manaさんによると、アブストラクトゲーム ── 運の要素がなく、すべての情報が盤上に公開された対戦型ゲームの総称。囲碁、将棋、チェス、オセロなどが代表例ですとは、運の要素がなく、すべての情報が公開されているゲームを指します。手札のように自分しか知らない情報や、隠された情報は一切ありません。
基本的には盤面にすべての情報が出揃っていて、それをどう動かして勝つかを競う、完全な頭脳戦です。
厳密には「抽象的」という意味合いもあり、世界観やテーマを持たないノンテーマのものと定義されています。ただし実際には、テーマ性があっても運の要素がなければアブストラクトゲームと呼ばれることも多いと話されています。
(アブストラクトゲームが)私もすごく好きなわけなんですよ。もうアブストラクトも大好きですね。
テストプレイを終えた2〜3作が、なぜ発表できないのか
Manaさん自身、自作の『バーストオブマナ』はアブストラクトゲームに分類されると考えています。さらに、まだ発表していない作品が2〜3作あり、テストプレイも終えている段階だといいます。
それでも、その2〜3作はなかなか発表できていません。理由は、プロダクトデザインをどうするかにずっと悩み続けているためです。
ここからどういう風に(製品として)作っていこうかっていうようなもの、で、検討しているものがあるんですけども、なかなかそれ、今発表できないんですね。
アブストラクトゲームの面白さは、公開された情報をどう動かすか、相手とどう駆け引きするかという深さにあります。この深さこそが、のちに製品化の難しさにつながっていきます。
ルールが美しいほど「研究テーマ」に近づくジレンマ
Manaさんは、ルールがごちゃごちゃと多いアブストラクトゲームは遊びにくく、ルールの把握度合いで強さが決まってしまうため美しくないと考えています。
理想は、洗練されたシンプルなルールです。囲碁やオセロのようにルールはとても簡単なのに、シンプルだからこそ深い戦いができるというのがアブストラクトゲームの基本だといいます。
囲碁とかオセロとか、めちゃめちゃルールシンプルじゃないですか。ですけれども、そのシンプルが故に、まあ深い戦いができる。
一方で、ルールを突き詰めるほど「研究テーマ」としての意味合いが強くなります。アブストラクト好きの中には、Excelで駒の動きを試し、どんなパターンがあり得るかを研究している人も少なくないとManaさんは見ています。
手元のオセロで遊べてしまうなら、買う意味はあるのか?
アブストラクトゲームのルールをシンプルに洗練させていくと、コンポーネントの種類に工夫の余地がなくなっていきます。オセロは表が黒で裏が白の石と盤面だけ、囲碁も白と黒の石と盤面だけです。
そうなると、どの製品も見た目が同じように見えてしまいます。さらに、ルールさえ公開されれば、手元にある道具で遊べてしまいます。
(新しいルールを考えたとしても)手元のオセロのコマを使ってどうこうしたりだとか、そんなんでできてしまうと。
もちろん、あえて極限までシンプルにし、たとえばチェスのポーンの駒だけのような構成でスタイリッシュに見せる作家もいます。そうした作家は、同じデザイン性でシリーズ化して複数の作品を出していることが多いといいます。
シリーズ化以外の道を選ぶなら、他との違いや「その製品でなければいけない理由」まで考える必要がある、というのがManaさんの考えです。
「このルール専用の製品」と思わせるには?
製品としての存在理由をつくる方法の1つ目は、遊びやすさです。『バーストオブマナ』では、駒のデザインに動き方を入れ込むなど、プレイを助ける補助機能を持たせています。
2つ目は見た目です。白い駒、黒い駒というだけでなく、駒自体にデザインを乗せたり、盤面のデザインを良くしたりするだけでも、印象は大きく変わるといいます。
そのルールは面白い。そしてそのルールで遊ぶにはもうこれじゃなきゃダメだ。もうそのゲーム専用の製品なんだ。
Manaさんは、そう感じてもらえなければ購入の理由を見いだしてもらうのは難しいと話します。ただし、いくらデザインを乗せても、アブストラクトゲームは盤面と駒という基本的にシンプルな構成のままです。
カードゲームのように多彩なイラストを並べられるわけではないため、デザインだけで差をつけるのにも限界があります。
シンプルな構成ほど「しょぼく」見える問題
盤面と駒だけの構成をシンプルに作ると、正直しょぼく見えてしまう、とManaさんは率直に語ります。だからこそ、どれだけ本格的に見せられるかが重要になります。
いくらデザインを乗っけたとしても、結構しょぼかったりします。なので、そこに対してどれだけ、まあ本格的に見せられるのかっていったものです。
例として挙げられたのが囲碁や将棋です。木製の台や木製の駒なら本格的で気分も盛り上がりますが、100円ショップの品や、移動先で遊べる小さなプラスチック製のマグネット式の駒は安っぽく感じられます。
最初からそうした質感で出すと、魅力は微妙になってしまいます。構成要素が少ないアブストラクトゲームだからこそ、木製、金属製、アクリルなど、素材の品質をリッチにすることにこだわるべきだとManaさんは考えています。
リッチな素材と原価、テーマのあいだで揺れる
素材にこだわれば、原価が上がり、箱のサイズも大きくなります。特に盤面を埋め尽くすタイプのゲームでは、駒が何十個も必要になります。
少量の駒なら原価をかけてこだわれても、何十個となるとオリジナルの駒を作るだけで相当な金額になります。販売価格も上がりますが、見た目はシンプルなままなので、それで売れるのかが難しいところです。
素材をリッチにする
木製・金属製・アクリルなどで本格感を出す
原価が上がる
何十個もの駒をオリジナルで作ると高額になる
販売価格が上がる
箱のサイズも大きくなる
売れるかが不安
価格は高いのに見た目はシンプルなまま
上の図のように、品質を上げるほど価格と見た目のバランスが崩れやすくなります。加えてManaさんは、デザインのしやすさという点でも、何らかのテーマを乗せたほうが作りやすいと話します。
ノンテーマでおしゃれな装飾をするだけでも魅力はあります。ただ「そのデザインであるべき理由」という納得感を出すには、多少なりとも世界観を乗せたほうがプロダクトデザインとしては作りやすいという考えです。
見積もりを何度も繰り返す、行ったり来たりの日々
Manaさんは、ルールの決まっている2〜3作について、どんなテーマにするかを考えつつ、何度も見積もりを取っています。
すごく高くなっちゃうなだとか、なんとか安価にするためにはここを妥協するか、そうするとちょっと魅力が微妙だよなとか、そんなんでずっと行ったり来たりしてるわけなんですよ。
テストプレイ用のキットはとても面白く、仲間内や娘さんとよく遊んでいるそうです。早く出したい気持ちはあるものの、プロダクトデザインがネックになって悩み続けているといいます。
サイズ感も重要な要素です。紙の上に汎用的な駒を置いただけの小さく安価なものでは魅力に欠けるため、多少値が張ってもリッチにしたほうがよいのでは、とManaさんは考えています。
二人用で強い人が勝つ、だから広がりにくい?
アブストラクトゲームの多くは二人対戦です。4人用になると複雑になったり、ゲームバランスの調整が難しくなったりするためです。
二人用ゲームには確かなニーズがありますが、拡散性はパーティーゲームより控えめです。親友同士、親子、カップルや夫婦で遊ばれることが多く、そこから外へ広がっていくジャンルとは性質が違うといいます。
さらにアブストラクトゲームでは、強い人が勝つべくして勝ちます。一方的に負けた人は「これ面白かったよ」と人に勧めにくく、結果として広がりにくいとManaさんは分析しています。
二人対戦が中心で、親友・親子・夫婦など閉じた関係で遊ばれる。強い人が勝ち続け、負けた人は勧めにくい
アブストラクトゲームより拡散性が高いジャンルとして対比されている
アブストラクトゲームは、好きな人が好きだからこそ買うジャンルです。ただ、シンプルで洗練されているだけでは分母が小さいため、ライトなファンにも届くには「この内容で、このリッチさで、この価格」という納得感やお買い得感が欠かせないといいます。
シンプルだからこそ、素材に原価をかける
ここまでの議論からManaさんが出す方針は明快で、シンプルだからこそ素材に原価をかけるべきというものです。
実際、アブストラクトゲームには高価なものが多くあります。中身の数は少ないのに、3000円から6000円ほどする製品も珍しくなく、特に海外製品は木製でしっかり作られているため値段が張るといいます。
逆に、紙と簡素な駒、100円ショップにあるようなプラスチック、ポイント計測用のディスク型の木の駒だけで済ませると、作ったはいいが売れないという結果になりかねない、とManaさんは見ています。
アブストラクトはデジタル向き?
アブストラクトゲームの対戦では、自分が打てる手をどれだけ網羅的に考えられるかが鍵になります。そのうえで、お互いがルールを理解していないとフェアな戦いになりません。
それを補ってくれるのが、ブラウザゲームのようなデジタル版の補助機能です。Manaさんは、アブストラクトゲームはデジタルにも向いたジャンルだと考えています。
アナログでは素材などのコンポーネントの質と見た目のデザインにこだわる
デジタルでは素材へのこだわりは薄くてよいが、デザイン面、チュートリアル、駒を動かすときの演出にこだわる
ただしデジタル化しても、単純な駒だけでは他作品との違いがわからなくなります。図のように、こだわる対象は素材からデザインやデジタルならではの体験へと移るものの、見せ方への意識が要る点は変わりません。
アブストラクト限定の研究会や即売会という構想
Manaさんは、アブストラクトゲームを深く、研究しがいのあるジャンルだと語ります。どんな動かし方ができるか、どんな勝利条件にするか、定石はあるかといった問いが尽きないからです。
そこで、アブストラクトゲーム好きが集まって研究するボドゲ会や研究会を近々開きたいと考えています。
さらに、過去に開催されてきたシステム限定の即売会にならい、アブストラクト限定の即売会を小規模でもやってみたいといいます。システム限定の即売会としては、トリテ ── トリックテイキングの略。各自が1枚ずつカードを出し、強いカードを出した人がそのセットを取る形式のカードゲームやデッキ構築の例が挙がりました。
作者の中でもアブストラクト好きなんだけれども、それどうやって作るのかっていったところで躊躇しているっていう人もいると思いますし。
すでに作っている人も同じ思いを抱えているはずなので、交流も兼ねたイベントにしたい考えです。具体的になれば改めて告知するとしています。
リッチに作るか、サークルの色で割り切るか
結論として、答えは難しいとしつつも、Manaさんはリッチなデザインとリッチなコンポーネントに洗練されたデザインが乗ることで、良い製品になると考えています。
あまりにシンプルで研究テーマのような製品だと、違いや良さがわかる人は限られます。わかる人はルールを収集するような研究寄りの人たちで、「余計な要素はいらない」という人がほとんどですが、その分母は小さいといいます。
もう1つの道は、シンプルで行くと割り切ることです。テーマがないなら、自分のサークルの色、つまり「私が作るアブストラクトはこういうもの」というデザインの癖を全面に出します。
それを体現できるなら、駒がディスクだけでも、ボードのデザインや色味の洗練で勝負してもよいとManaさんは話します。その場合、作品のテーマは「自分のサークル」そのものになります。
素材やコンポーネントに原価をかけ、テーマも乗せて「専用の製品」としての納得感を出す
シンプルな構成のまま、サークル固有のデザインの癖や色味で統一感を出す
ゲームマーケットではアブストラクトゲームが苦戦しているという声もあります。それでも売れている作品は確かにあり、ルールの面白さ、プロモーション、遊んでいる様子の魅力、インストの簡単さなど、様々な要因を研究しながら進めたいとManaさんは締めくくりました。
まとめ
アブストラクトゲームは、ルールが洗練されるほど構成がシンプルになり、製品として買う理由が薄れるジレンマを抱えています。Manaさんは、素材やデザインに原価をかけて「このルール専用の製品」にするか、サークルの色で割り切るかという方向性を示しつつ、原価と魅力の間で悩み続けています。
- 運の要素がなく情報がすべて公開されたアブストラクトゲームは、シンプルなルールほど深く美しい
- 一方で構成がシンプルすぎると、手元の道具で遊べてしまい購入理由が薄れる
- 構成要素が少ないからこそ、素材の品質やデザインに原価をかけるべきだとManaさんは考えている
- 二人用で強い人が勝つ性質から拡散しにくく、ライト層には価格とリッチさの納得感が必要
- デジタル化や、アブストラクト限定の研究会・即売会といった広げ方も構想されている

